No.105056

⑧リーナさんライジング!! 第3話 星の準則

星野幸介さん

重要さでは過去最大級のお話です。
あとページ数も最大級(笑)
今までのリーナお嬢様シリーズの謎や不明点は
このお話で、ほぼ解明できたと思います。
 会話の中に出てきた、あのアスタさんさえ、

続きを表示

2009-11-03 21:35:43 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:999   閲覧ユーザー数:973

リーナさんライジング!!

 

第三話

星の準則 (ほしのじゅんそく)

 

これは今から五年前のお話。

十一歳になったばかりのリーナお嬢様に

背負わされた悲しい重責。

彼女を見守り続けようと

僕に決意させた ある事件のお話……

 

 天井の豪華なシャンデリアが照らし続ける光の眩しさに目を覚ました僕は

薄目をあけて、手首の改造時計を見る。

 あれから三時間経過したらしい。

 徐々に意識がはっきりしてきたので、真っ先にリーナお嬢様を探す。

 幸い行方不明ということもなく、僕の横でお嬢様は、すやすや眠っていた。

 僕と同じでどこにも怪我はない。

 周りを確認してみると、エリザベス宮殿のような豪華な装飾で固められた部屋の

ふかふかした絨毯の上で寝ていたようだ。

 便宜上、部屋と言ってみたけど、僕ら一般庶民が想像する部屋と比べると

なんというか……ここはメチャクチャだ。

 床から天井までの高さが優に二十メートルはあるし、広さが部屋と呼ぶには広すぎる。

一キロ四方はあるんじゃないだろうか。

 はるか遠くに見える豪華な装飾が施された壁や天井には純金の延べ板が

あたりまえのように使われている。

 そうかと思うと、僕らのすぐ横には世界のトップレベルのスーパーコンピューターが

見渡す限り並べられていて、少し隙間があるかと思えば、最新鋭の超高級スポーツカーが

無節操にポンポンと三百台ほど置かれていた。

 その車内には、世界の超一流ブランドのアクセサリーや洋服、靴、指輪、時計など

最新の物から年代物のレア物までギュウ詰めにされていて、詰めきれなかった物は

ボンネットの上や車の天井の上に山積みにされて、雪崩を起こしている。

 おっと、周りに気をとられてちゃあいけない。

「お嬢様、お嬢様、起きてください!」

「う、う――ん……、あ、ハルロー……、私たち、やられちゃったんだよね。ここどこ?!」

「僕も、ついさっき、気がついたんですけど、それがさっぱり……」

「なんかチャランポランなトコねぇ。ん? 何それ」

 リーナお嬢様が指さした足下を見ると、クラッカーと冷水が注がれたダイヤモンド製グラスの

横に、麻雀卓くらいの大きさの金色の丸い缶が置いてあった。

 フタを開けてみると中には大粒のキャビアがびっしり詰まっていた。

フタの裏には小さく〈ベルーガ塩分一パーセント ペトロシアン調理ゲスト ジェイミー、

ミチバ、サカイ、シュウ〉とロシア語の文字がプレスされて刻まれている。

 うわーっ、なんつー超高級品!!

 缶の中には、他にもチョウザメを象った純金製の大きなスプーンが二つと、ヘタな日本語で

一言「くえ」と水性の太い黒マジックで書かれた紙切れが、裏向きで無造作にネジ込んであった。

 僕らが眠らされる前に敵意ムキ出しで近づいてきた、魂のない再生人間のコックが書いて

突っ込んだんだろう。

「なんてマネしてくれるのよ、インクが溶けてキャビアに付いちゃうじゃない、あの野郎!!」

「これで腹ごしらえしなさいって事らしいですね」

「デリカシーのない死体って嫌い! あ、それにしてもこのプチプチーって食感と、昆布と

干しアワビにトリュフを使って、軽くダシとりしたコンソメスープにウミツバメの巣と

フカヒレを細切れにして混ぜたのを煮込んで上からかけてあるのかなー、ウマー!!」

 日頃、肉入りラーメンや、とんむす、ういろう等、大須商店街のジャンクフードを

下校時に買い喰いして、大満足しているヘビージャンカーなリーナお嬢様にも刺激的な

お味らしく、人のおごりだと美味さ倍増とばかりにスプーンに山盛りで、ニコニコ

パクついている。

 その特製キャビア、スプーン一杯分で、お嬢様の家庭教師として、旦那様から

頂いてる月謝の何ヶ月分なんだろうか? 旦那様は昔から金払いは豪快な人なので、

不満の無い金額をいつも頂いてるんだけど、それを遙かに上回ってる気がする。

「ふ――っ、お腹いっぱい。満足満足♪」

「そりゃあコレで満足しなきゃ人間としてダメでしょう(笑) それにしても

最後の晩餐みたいな大盤振る舞いですね」

「最後の晩餐にご招待したつもりなんてありませんよ」

 部屋中に十六夜さんの穏やかな声が響いた。

「なに、どこよ、あんた?!」

 大声で叫ぶお嬢様。

「リーナさん、あなたが望めば三時のおやつの感覚で、いつでも口にする事ができるし、

選択次第ではこれが最後で、今後一生口にすることなく終わるでしょう」

「姿見せなさいよ!!」

「申し訳ないんですけど、あなた達の目の前に扉がありますね。そこまで足を運んでください」

 あれか……。

 五百メートルほど前方にある、装飾された壁にマホガニー材で作った大きな扉が付いている。

「ハルロー、行くよっ!!」

 扉に向かって猛ダッシュするお嬢様。

「あれっキャビア、僕の分は……!?」

「あっ、ごめんハルロー、帰りに白いワニの唐揚げおごるから勘弁ねっ!!」

 ひとっ粒のかけらも口にできず、一瞬目の前が真っ暗になったけど、なんとか立ち直って

お嬢様の後を追う。

 五百メートルを一気に走りぬいた僕たちの前には、巨大な扉がそびえ立っていた。

「ハァ、ハァ、用があるんでしょ、さっさと開けたら!?」

 グワガガガギギイィィィ…… 

 重々しい音をたてながらゆっくりと扉が開いた。

 完全に開いた扉の奥は巨大な鍾乳洞になっていて、蒼い色、赤い色、虹のように

様々な光を放ちながら液状のガラスが不規則に流動しつつ、鍾乳洞全体を満たしている。

 その液状ガラスの中をワンピース姿の十六夜さんにそっくりな顔をしたロングヘアーの

小さな女の子が漂いながら、僕達をジッと見据えていた。

 女の子の後ろでは、老若男女様々な人種の人達や犬、猫、鳥といった動物が

剥製のような姿で見え隠れしている。

 ふいにワンピース姿の女の子がニヤっと微笑んだ。

「初めまして! 会いたかったわ、お二人さん。バミューダの地下迷宮にようこそ!!」

 僕たちの頭の中に、女の子の元気な声が響いた。

「こ、この声は十六夜さんか!? なんで子供になって……!?」

「十六夜……?! ああ、真紀ちゃんのことか。かわいいし、優しくて頭のいい子よね。

去年ココで遭難して亡くなっちゃったんだけどね!」

「えっ?! 亡くなった……?! まさか十六夜さんって、あの歩く水死体の仲間っ!?」 

「失礼なこと言わないでよねハルロー君。真紀ちゃんは二百年前から使用人させてる

他の連中と違って、新鮮で優秀だったから完全に再構成して蘇らせて本人の意志は

そのままに、私の意志と力を十パーセント位上乗せして、私の〈代理人〉に

なってもらってるだけだよ。もちろん本人の了承済みさ!」

 パチンと女の子が指を鳴らす仕草をすると、流動を続けている液状ガラスの奥から

ビキニ姿をした十六夜さんが、女の子の前に流れてきて微笑んだ。

「この方が私の主(あるじ)です。お二人さん」

「あはは、初めまして。私、〈アスタ〉。よろしく!! 私には決まった姿形なんて

ないから、真紀ちゃんの幼い頃の姿借りてるのさ!」

「あ、あんた何者よ!? まさかホントに神様や悪魔とか宇宙人とか言うんじゃ……」

「リーナちゃん、私悲しいっ!! よりによってあなたが、低教育のサルを手なづける為に

サル山の大将達が考えたシステム(宗教)のシンボル(偶像)位しか思いつかないなんて!!」

「じゃあ、一体なんなのさ、このバケモノっ!!」

「ば、バケって……(苦笑) わかったわ、リーナちゃん。始めっから順を追って、

判りや~~すく教えてあげるから、よぉ~~く聞きなよっ!!」

 お嬢様の痛いツッコミにとまどいながらアスタさんは少し考えた後、口を開いた。

「あなた達の感覚で言うと、今から二百二十億年前までの宇宙ってのは千種類位の元素が

動きのない、とても小さな空間に散らばっていただけなのよ。その元素群が、ホントに

何かのハズミでたまたま、一個の原子がとなりの原子にぶつかり〈動き〉と〈電子の流れ〉が

出きて、それが変化を待ち望んでいた元素に次々とぶつかっていき、小さな爆発が産まれ、

連鎖反応で巨大な爆発に膨れあがり、現在の宇宙が始まったわけ」

 さりげなく宇宙創生の凄いお話を聞かされている気がするんですが。

「その際に電気エネルギーの動きが無くては生きられない有機生命体と、無くても

生きられる無機生命体が産まれたの。有機生命体というのはあなたたち動物のことで、

無機生命体というのは鉱物とか金属っていう、あなた達が日常で〈物〉とか〈元素〉とか

呼ぶ物質のことよ」

「〈物〉に動物のような魂や意志があったの!?」

「そうよ。驚いたでしょ。でも有機生命体は、無機生命体の意志も言葉もわからないし、

生活で利用しているから、生命があるなんて普通思わないよね」

物に魂が宿っているとか、物が話すとか言おうものなら、変人扱いされるよな。

「でも、工場の工作機械や自動車とかパソコンに〈意志〉を感じることがあるでしょ?

あれはね、何万という複雑な物質が集まってるところに、電流を流すと電子の流れが出きて、

無機生命体が疑似有機生命体に変化するから感じる現象なのよ」

「うーん……、つまり、あんたの正体は、その無機生命体の高級なヤツなわけ!?」

 リーナお嬢様が睨みつける。

「んー、まあね。正確には私は〈地球〉そのものなのさ。それであなた達が

今話してるのは〈地球〉の意志と話してるってことになるねっ!!」

「うええぇぇ――っ!! ち、地球……!?」

「ヤバそうな奴相手にしてるなとは思ってたけど、私、地球にタメ口きいてたのかーっ!!」

「地球みたいな大きな心で水に流してあげるから安心して(笑)」

 アスタさん絶妙なボケでんな(笑)。

「それでね、私たちが飛び散って〈星〉になる際に、各星――、無機生命体同士の間で、

簡単な準則(ルール)をとり決めたのよ。パワーバランスも考えずに、各星が好き勝手に

バラバラに発展しちゃうとマズイから最低限のルールを決めたわけね。

ルールがないと暴走するのはあなた達人間と同じよ」

「ルールがあっても無視して暴走する国もたくさんあるけどね」

「太陽みたいな星が発展し過ぎると、周りの無機生命体や有機生命体も、全部巻き込んで

滅ぼしちゃいますよね」

「そういうこと。それでね、取り決めた準則ってのはこんな感じなのさ」

 

【星の準則】

 

第一条

各星の保有する元素は一定量を守り、絶対に外の空間や外の星には出さない。

 

第二条

各星が保有する有機生命体が持つ力は、星自身を超えてはならない。

 

第三条

第一条、第二条を守る限り、各星に成る無機生命体は好きな物理法則を決めて、

自由な姿をとることができる。

 

第四条

第一条、第二条を破りし〈異常〉に対しては、散らばりし全星は協力して、

その消滅にあたること。

 

「これって……、じゃあNASAの宇宙開発は……!?」

「言語道断!! 私の目が黒いうちは、絶対そんなふざけたマネさせないっ!!

ロケットの発進トラブルや宇宙病eteでいろいろ妨害してやってるのに、

いい加減気づいてやめなさいよね!!」 

 うわ~~、アスタさんと宇宙開発関係者の相性は最悪だ。

「月にロケット撃ち込まれた時はホント焦ったんだから。月は私の身体の一部だから、

まだいいけど、あの後、基地なんか作られて、他の星にでも行かれた日には

シャレにならないっーの!!」

人類の宇宙開発事業には腑が煮えくりかえっているらしい。

「ただでも火星や金星とかに〈趣味悪いよなー地球。準則無視するような

有機生命体なんか蔓延(はびこ)らせてよぉ、俺たちみたいに準則行使して

さっさと始末しろ。すっきりするぜ!!〉とか言われて笑われてるんだから!!」

「趣味で生かされてた僕たちって一体……」

「怒りで忘れてるみたいだから、今、火星や土星飛んでる宇宙探査機のこと

言うの黙ってようねハルロー」

 小声で耳打ちするお嬢様。

「とまあ、私の正体と星の準則については話したから、次は私とあなた達

人間との関係について話すね」

どんな爆弾発言が飛び出すのか、聞いてる僕らは、おっかなビックリだ。

「昔から、あんた達人間って、こちらの意志を伝えずにほっとくと、

どんどん好き勝手に馬鹿なコトするでしょ?」

 いや、そもそも意志どころかアスタさんの存在自体、みんな知らないって。 

「やっと人間達も話し合いできる知恵がついてきたかなと思って、千年くらい前から

真紀ちゃんみたいな優秀な娘達を探してきて、この星の代表的な支配者のところへ

度々、私の意思伝達のために使いに出したのよ」

「へえ、十六夜さんの前任者さんか。どんな人たちなんです?」

 興味本意で聞いてみた。

「キリスちゃんとかモーゼちゃんとかクレオちゃんとかヒミコちゃんとか

いっぱいよ。その娘たちを通じて、〈あんた達を私の奴隷にしようって言うんじゃない。

ただ星の準則を守りなさい、私が何か警告したときは素直に従いなさい。

少しはあんた達も利口になりなさい。〉ってことを当時の人間のオツムのレベルに

合わせて判りやすーく説いてあげたのさ。あんた達すぐ忘れるし、子孫に伝達するのも

ヘタだから石版とか何かに書きとめろとか、絵にしろとか親切に教えてあげたりもしたんよ」

 お嬢様共々、唖然呆然だ。教科書で習ってきた歴史上の偉人達が、実は女性だったってのも

ビックリどころだが、アスタさんが全人類の先生だったというのも衝撃的だ。

「それなのに支配者連中、全然私のこと信じないし、色々反抗されて、あげくのはてには

使いの娘まで何人か迫害されたり殺されたりしちゃったんだ」

「昔は自分の思い通りにならない人間がいると、すぐに惨殺する自制の効かない独裁者が

多かったですからね」

「そうなのよ。それでさすがに私もアッタマきちゃったから、支配者連中が夜寝てるときに、

思いっきりヒドい悪夢ねじ込んでやって、とどめにハリケーンや火山噴火、地震とか

異常気象おこして脅してやったんだ」

神様や悪魔にバチを当てられても実感は沸かないが、アスタさんは実在する本人が

直接手を下して、バチを当てるから、その恐怖は計り知れないだろうと苦笑する。

「そしたら政治親父・武器親父・石油親父・車親父・コンピュータ親父・食料親父・

薬親父・デザイン親父……、津波のように押し寄せてきて私の前んトコに金ピカの

祭壇部屋作って、貢ぎ物を何百年、何千年と山の様に積み上げて、あの有様さ!!」

「怖っ!!」 

 あの部屋はそういうワケか……!!

「無機生命体に〈物〉を貢いで喜ぶとでも思ってるのかなー?! でも、ああいう

オツムの足りないトコがカワイイんだよね、人間って」

 アスタさんが次々と明かしていく歴史の裏の真実(笑)に唖然とする僕たち。

世界中の学者やマスコミ達が聞いたら狂喜乱舞して喜ぶだろうな。

「さすが神様や悪魔より年季入ってるわね。そりゃあ、ヘタな神だのみするより、

あんたの方が御利益ありそうだもん。私も今年から大須観音にお賽銭投げるの

やめてあんたに投げることにするよ」 

「へんな見直され方ね、まぁいいけど。それでこれからが本題。リーナちゃんに

わざわざこんなトコまで来てもらった理由はね……」

「理由は!?」

「あなたに地球の指揮者になってもらって、この星の物理法則とか、いろいろ

たくさん舵取りしていってもらいたいのよ」

「ええ――――っ!!」

 思わずお嬢様とハモってしまった。

「私、五十億年近くこの星を指揮してきたんだけど、頭が古くなってきたっていうか、

いい加減ワンパターンになってきたなって、最近反省してるのよね。重力加速度も

九・八Gのままで変えてないし、摩擦係数も手つけてないし、氷河期も最近してないしさ。

ハルロー君も「最近の地球ってちょっちワンパー」とか思わない!?」

「いっ、いいえ!!、トンデモありやせん!! アスタ様は今まで善政をしいておられですっ!!

それを変えて欲しいだなんて、滅相もございやせんぜ旦那っ!!」

 急に下手に出て、手をこすりながらかしこまる僕。

 アスタさんに現状維持してもらえるのなら、後世の人に情けない、かっこ悪いと

笑われようが地球人代表として、この際、土下座でもなんでもするね。僕は(笑)

「正直、少し歳とったというか、判断力の衰えを酷く感じる今日この頃なんだけどさ、

そんな悩みを抱えつつ、人間の世界を眺めてたらチビっ子のくせに、私みたいに

物事達観してて元気一杯に世界中飛び回って、面白いことしてる女の子がいるじゃない」

ハタから見れば面白いことやってるように見えるんだろうけど、一緒にいると

なかなか大変なんですよ。ホント。

「真紀ちゃん使いに出してもえらくいい反応してるし、オツムの方もすんごくキレるし。

私の後継指揮者はもう決まり!! この娘っきゃないって感じで気にいっちゃったわけよ。

報酬はリーナちゃんの思うがまま、熱烈歓迎!! 積極的になってほしいのよ。どうよ!?」

 困った地球(あるじ)様だ。まだまだ引退してもらっては凄く困るんですけど。

「うーん、念のために聞きますがお嬢様、アスタさんの後継者になりますか?!」

「絶~~対嫌!!」

「ですよねーー」

「後継者になってくれなきゃ困るぅ~~~~っ」

 虹色に変化する液状ガラスの中でアスタさんは小さな身体を振ってイヤイヤをしている。

「そんなこと言われても、僕たちも困ります」

「この星背負ってる責任あるんだから私困る~~~~っ!!」

「リーナお嬢様を護る責任があるので僕も困ります!!」

「困るぅ~~っ!!」

「困ります!!」

「困るぅぅ~~~~っ!!」

「困りますっ!!」

 どちらも一歩も譲れないので会話は堂々巡り、話をつけるのに長引きそうだ。

「リーナさん、ちょっとお話が。主とハルローさんが交渉中なのでこちらへ」

液状ガラスの中をスィッと泳いで三メートルほど僕から離れる十六夜さん。

五、六歩歩いてそれにつきあうお嬢様。

「くどくなりますがリーナさん、主の後継者の件、本当にお考え頂けませんか!?」

「深刻な顔したってヤダ!! そんなに引き継ぎやらせたいんなら、私を洗脳でも

して好きに操れば!? あんた達なら簡単でしょ、あのバカコック達みたいにさ!!」

お嬢様はプィッと横を向いてしまった。

「自分の意志で物事を考えて、積極的に舵取りをしてもらわないと意味がありません。

なにせこの広大な地球の舵取りをして頂くんですから」

「じゃあ真紀さん、あんたがやれば?」

「わ……私には主のように最上の決断を下せる力量がありません。それに現在、主が

背負っているような重荷にも耐えられません。主にベストのサポートを尽くすのが

精一杯です」

「あんたで無理なら私にできっこないよ、今月十一になったばっかだよ私!!」

「いいえ。主には後継者になる方の潜在能力が判ります。今は未熟でもあなたは

必ず星の準則に従い、この星を護っていける女の子です」

「買いかぶり過ぎよ……それで、もし私が本気で後継者にならなかったらさ、

この星どうなる?」

「今、探査機をNASAを初めとして様々な組織が宇宙に向けて飛ばしてますよね。

本来、主が正常な状態なら準則破りの、この事態を見過ごすわけがありません。

有機生命体と違い、巨大な無機生命体の主は遙かに長寿ですが、それでも五十億年

も生き続ければゆっくり衰えは出てきます。

 星の保有する元素―― この場合は探査機自身なんですが、それをこの星から

遠く引き離したということは微々たる量とはいえ、地球全体のパワーバランスを

崩してしまったわけです。ダメージ的には、主の脳神経をちよっぴりむしりとり、

遠くへ投げ捨ててしまった感じでしょうか」

「つまり歳とって、そろそろボケが始まりだしたけど、まだ身体はピンシャンしてる

お婆ちゃんの脳みそに、NASAが手ぇ突っ込んで、脳神経無理矢理引きずり出して

捨てちゃったからイッキに痴呆症まっしぐらってこと?」

 お嬢様のたとえの悪さに苦笑いの十六夜さん。

「痴呆症がどんどん進行していけばやがて脳死になり、それに伴い、脳の制御を

失った身体も死に向かうでしょう。地球のスケールから見れば、私たち人間は

主に宿るウイルスか寄生虫みたいなものですから主の死は、自分たちの死と同じです」

「私か誰かがアスタの代わりを引き受けて、星の準則を守らせるよう舵取りしなきゃ

全部お終いってわけ!?」

「主はリーナさんに似て、元気な頑張り屋さんなので衰えなんて見せようとしませんが、

いつもそばにいる私が見たところ、あと十年が限界かと……」

「あの子が…………」

 僕と元気に押し問答を続けるアスタさんの横顔を悲しそうな眼でみつめるお嬢様。

「こ、後継者になると……具体的に私どうなっちゃうの?!」

「まず始めに主から正式な後継者になるかどうかの〈問い〉が頭の中に聞こえてきて、

それを自分が〈承諾〉することで、主に正式な〈承認〉を受けます。その瞬間から

身体に主の力の五十パーセントを受け継ぎます。そして、その影響から現在の姿の他に、

特殊能力を持った二種類の姿に変わることができるようになります」

「それだけ?! いいことずくめじゃん?」

「それだけならいいんですが、これには問題があります。主の〈承認〉を受けてから

毎年一年ごとに五パーセントの力を受け継いでいき、使える力と知識は増大していきますが、

それに伴い、リーナさんの身体は有機生命体から無機生命体に少しずつ近づいていくんです」

「具体的に言うとどんな感じなのかな」

「たとえばカルシウムで出きている骨が、見た目や機能は保ちつつも、

次第にセラミックやチタンの合成物に置きかわっていくとか……

生き物の組成を無理矢理に代替え変換して、物質へ近づけるんですからたびたび襲ってくる、

その激痛は凄まじいものになります。主の力で痛みを押さえて慣れさせる事もできますが、

どの程度効果があるか判りません」

「あははは……。後継者なってみてもいいかなーとか、ちょっと思ったけど、やっぱ嫌に

なってきた。こわい(笑)」

「それともう一つ問題があって……」

「えぇっ、まだあるの?!」

「はい。実は後継者の身体の変化が進行するに従い、この激痛は徐々におさまっていきます。

ですが、それは同時にリーナさんの身体の無機生命体への変化が終了に近づいたことを

意味してるんです。そして完全に無機生命体になった場合、有機生命体向きの環境に

留まることが辛くなってくるので、この液体ガラスの様に、身体を収めやすい物の中で

身体の状態を保つ必要がでてきます。私のような再構成された蘇生人と違い、

長時間出歩くことが難しくなってくるんです」

「痛いわ、自由はないわ、たまんない!!」

「そしてなにより私が一番心配しているのは、完全に無機生命体になったあなたが

有機生命体だった時に持っていた感情を果たして、しっかり持ち続けられるのか?

あなたがあなたでいられるか保証できない事なんです」

「あ、アスタもあなたも大丈夫だって言ってたじゃない!!」

「確かに潜在能力的には後継者の資格があると言いました。でも、その変化に

あなたの精神や感情が耐えられるかどうかまではわからないんです。

仮にあなたが廃人のようになってしまったら、主は心を潰して身体だけ引き継ぐ気で

います」

「ひど……」

「主には自分の感情を殺して非情な決断を下さなければいけない時が

どうしてもあるんです。この星の全てを背負う者として」

 目を伏せて、十六夜さんはつぶやいた。

「真紀さん。あの子……、アスタってさ、何十億年もこんな液状ガラスの中に

閉じこもって千里眼みたいな眼で外界覗きながら、どれだけつらくて悲しい思いして

きたんだろうね」

「主は同情されるのを嫌う性格ですけど、それでもあなたにそう言って頂けると

少しは救われると思います」

 僕との交渉が十五分ほど経過して、アスタさんがとうとうシビレを切らして

十六夜さんに、おいでおいでする。

「ねえねえ真紀ちゃん、ちょいと聞いとくれよ、ハルローくんったら

リーナちゃん説得して欲しいのに、なかなか折れてくれないんだよー、

すんごいしぶといよねー、どうする~~?!」

「難問ですからね……こればっかりは相当の覚悟が必要になりますから、

決断して頂くには長い時間が必要になるでしょう」

「もぉ~~っ、お堅いお目付け役相手じゃ、ラチあかないなー、

やっぱ本人にジカ談判だなっ、あのね、リーナちゃん……」

「……アスタ。真紀さん通して、あんたが見てきた歴史、色々見せてもらったよ。

手を出して助けたかった大好きだった人たちが、たくさんいたのに、人間だけじゃなく、

世界全体のバランスを見て力を使わなくちゃいけない立場だから、

何もできなかったんだよね……」

「をっと!! 真紀ちゃん、チビっ子に余計な物見せちゃったね。うーん、

長ぁ~~く生きてるとね、いいこともある、悪いこともある。しゃあない」

「ねぇ、後継者になると周りの人たちと会えなくなるの?」

「う~~ん、体質的に会えないというか……この液状ガラスみたいな

特殊な性質の物の中でしか動きづらくなるし、やることもいっぱいあるし、

やっぱり会いづらくなるかもね」

「わたし、ちぃちゃい時からずーっと世界中飛び回ってきたんだよ。

周りはひどい大人たちばかりで友達もいなくて、つまんなかったけど、

日本に来て……大須に来て、やっと馴染めてきたのに……

好きになったのに……自分の街……」

「ごめんね……」

「学校のみんなや大須商店街のおっちゃんやおばちゃんとも会えない!?」

「うん」

「バカ親父や陳さんとも!?」

「うん……」

「ヴァーンさんとも!?」

「うん…………」

「はるみんやお母様とも!?」

「うん………………」

「ハルローとも!?」

問いかけるお嬢様の声がだんだん小さく震えてきてる。

「うん……………………」

「どうしても私が嫌がったら、どうする!?」

 困った顔になったアスタさんが真紀さんに目配せすると、

真紀さんは優しくウインクした。

 少しの間瞑っていた眼を開き、アスタさんは少し厳しい顔に

なってお嬢様に答えた。

「そうね……どうしてもあなたがなってくれないなら、私も「最後の手」を

使うしかない。代わりの〈後継者〉になってもらうさ。

そうだねぇ、たとえばハルローくんって妹さんいたよね。

あの娘なんかいい素質ありそうだよね。とりあえず〈キープ〉はしてあるし、

お願いしてみるよ」

 な、なにっ、 は、晴美を!? 〈キープ〉ってなんだよっ!? なにしたんだ妹に!!

「えっ……はるみんを……!? ダメっ!! ダメ――っ!! 周りの人たち巻きこまないでっ!!」

 お嬢様の頬に涙が伝った。

 お嬢様は今までどんなときでも、僕に涙を見せたことはなかった。

 絶対に…………

 なのに…………

 おまけに妹にまで手を出すつもりか……!?

 頭の中が真っ白になる。

 ガリっ……!!

思わず頬を噛む。口の中が血の味で一杯になる。

「な、泣かせたな――っ!! お嬢様を!! 晴美たちを人質にしてお嬢様を

無理矢理、後継者にして苦しめるマネはやめろっ!!」

 重いはずのコルトガバメントを自分でも驚くような早さで腰のホルスターから抜き出す。

 安全装置をはずしてアスタさんの額(ひたい)に狙いをつける。

 あとは撃鉄を起こせば引き金を引くだけで発砲できる。

 射撃の正確さ「だけ」なら自信がある。

「ふう~~ん面白いニャ~~、ためしにどこでも撃ってみればいいニャ。ニャッハッハハ!!」

 指でおでこをツンツンしながら挑発するアスタさん。

 人格(?)や意志を幼い頃の十六夜さんの姿に投射しているだけで、その正体は

実質地球そのものであり、その気になれば〈星の準則〉で太陽を初め、全宇宙の星々や

星間物質のエネルギー全てのご加護を幾らでも受けられるんだ。

世界中の核ミサイルを全弾撃ち込まれても、おそらく彼女はケロっとしているだろう。

 四五口径弾 七発の脅しなんてお笑いもいいところだ。

あきれすぎて、余裕のネコ語で笑われても仕方がない。

仕方がないが――――

「じゃあ……、これでも笑っていられるか!?」

 

「ハ……ハルロー!?」

「えっ!?」

「ふニャっ!?」

 

 僕はアスタさんに向けていたガバメントの照準をリーナお嬢様の頭にポイントした。

「あ……あはは、なんのマネかニャ……、それは!?」

「たしかにこんな銃、あんたに効くわけないな! けどリーナお嬢様の頭なら一発で

ふっ飛ばせる!!」

「えっ……、何、それ!?」

「ど……どういう意味なのかニャ!?」

「あんたと話している最中に、お嬢様と十六夜さんの話を盗み聞きさせてもらった。

アスタさん、あんたの寿命あと十年位なんだってな」

「ん!? ま、まだ生きるよ。あと千年は生きちゃうんだもん。ホントだよ、

ホントなんだから」

 あせりで余裕のネコ語が引っ込んだ。後ろを向いて、てきとーな返事をするアスタさん。

 僕は無視して話を続けた。

「お嬢様が〈後継者〉になるには身体や心に、かなり負担がかかるらしいけど、

あんたのことだ、もしお嬢様がOKしたときに、お嬢様がなるべく苦しまないように、

すでに「何か」少しずつお嬢様にしてるはずだ」

「そういえば最近ときどき眩暈がしたり、身体のあちこちに変な痛みがあるよ」

「う……」

「お嬢様が〈後継者〉をひき受けたら、いきなりあんたの力の五十パーセントを

受けとれるって言うんだ。今でもあんたの大事な部分が、かなりお嬢様に

行っちゃってるんじゃないのか? 違いますか?!」

「むぅう……そ、それがどうした!?」

 アスタさんがすごい顔で睨みつけてきた。

「お嬢様をここで撃てば、あんたの計画は水の泡だ。おまけにお嬢様が死ねば、

あんたも大ダメージを受けて、残り寿命だって四、五年に縮んじゃうだろ」

「そんなことして私が死んだらこの星も終わるし、あんたも死ぬんだよ!?」

 右手で拳銃をお嬢様の頭に突きつけながら、左手でお嬢様の手を握る。

お嬢様もしっかり握り返してきた。

「かまわない」

「こ……こんにゃろ……!!」

「お嬢様を撃たれたくなかったら、僕の周りの人たちをこれ以上苦しめるな!!」

「く……!!」

 二人じっと睨み合う。

 どれくらい時間が過ぎただろう。先に口を開いたのはアスタさんだった。

「アハハハ、まいったまいった!! たいしたもんだ♪ 私の負けさハルローくん。

私はこの星の総監督さ、五年やそこらでくたばるわけにはいかないんよ」

「それじゃあ……」

「うん、一応リーナちゃんの周りの人はキープしておくけど、もうあんた達に

無理ジイは一切しない。ホントは初めから無理ジイなんてする気なかったんだけど、

リーナちゃんとハルロー君にはコトの重大さを知ってもらって、覚悟を決めて

欲しかっただけなんだ」

 ぼくはほっとしてガバメントをホルスターにしまった。

「アスタさん、あのね、お願いがあるんだけど……」

「なに?」

「私、この星の人間っていうか生き物を全て消したいっていう、意志というか

空気を最近すごく感じるんだ」

 アスタさんと十六夜さんはなにか思い当たるフシがあるのか顔を見合わせた。

「私、いつか〈そいつ〉と何回も争うことになると思う。〈そいつ〉はすごい力

持ってるから立ち向かうにはアスタさんの力がいる。このまま私に〈後継者処置〉を

続けて! それで十年後に私が二十一歳になった時に、後継者になるか最後の決断を

させて欲しいの」

「お嬢様っ!?」

「いいよリーナちゃん。待つよ十年。たしかに絶対〈そいつ〉の好きに

させちゃダメだよ。がんばってね」

「うん」

「そうだね、〈そいつ〉に立ち向かう勇気があるんなら、少し早いけど私の力、

今ここで三十パーセントプレゼントだ。中に入ってきて!」

 えっ、液状ガラスの中にか!?

「うん、わかった」

 驚いたことに苦もなくリーナお嬢様は液状ガラスの中に入っていった。

 僕の想像していた以上にアスタさんの〈後継者処置〉が進んでいたらしい。

改めて自分の無力さを思い知る。

「じゃあリーナちゃん始めるよ!」

 言うが早いか、アスタさんはお嬢様に抱きつくとキスをした。ビックリして

お嬢様はジタバタ慌てていたが、それが〈後継者処置〉の手順の一つだと

気づいてからは、おとなしくアスタさんに従って身を任せた。

 七色の液状ガラスの輝きが増していく……

 数時間が過ぎ、やがて眩しい輝きが収まると、にっこり微笑んで

液状ガラス越しに僕を見つめるリーナお嬢様がいた。

「終わったよハルロー君! リーナちゃんお疲れ様!」

「ありがとうアスタさん」

「リーナちゃん、ハルロー君に見せてあげなよ私の力!!」

「えっ、なんかちょっと恥ずかしいなハルローに見せるの……。

だけど……やってみる!」

 なんだなんだ、アスタさんの力を見せる?!

「承認……承諾!!」

 お嬢様がつぶやくとお嬢様の周りに赤いホタルのような光が湧き出てきて

渦を巻きはじめた。

 お嬢様の背が急に伸び、十一歳らしく、どこか少年らしさが残っていた

体つきも、肉付きが良くなり十六歳くらいの姿に変わっていく。

それに合わせて青い髪が赤く染まる。

「これって、身体の物質構成を変えて十六歳のリーナちゃんの姿を

シュミレートしてるんだよ。この姿になると体力や持久力、それに五感が

通常の五倍になるんだ。〈赤のリーナ〉ってとこかな。じゃあ次!!」

「はぁ~~い、承認……承諾っと!!」

 赤くなったお嬢様の周りに、今度は黒い光と黄色のホタルのような光が

湧き出てきて、渦を巻いた。

 赤い髪の少女の姿から、さらに顔つきや体つきも大人びて、髪の毛が

伸びて黒く染まり、目つきも少し怪しくなり、見つめられるとなんとなく

吸い込まれそうな気がする。

「これがリーナちゃんの二十歳(はたち)のシュミレート。最強の〈黒のリーナ〉。

完全に後継者になっていないにも関わらず私の力の八十パーセントが使えるんだ。

めっちゃ凄いよ。欠点は一日三回食後に三十分しか、この姿になっていられない位かな」

「なんか風邪薬みたいですね」

「この〈黒のリーナ〉は基本能力が〈赤のリーナ〉の二倍で、得意技は

この星で発生するあらゆる物事の〈確率〉を自分の好きに決められるのよ!!」

「えっ、それって〈確率変動能力〉じゃないですか!!」

「そうそう、凄いでしょ!?」

 凄いなんてもんじゃない。それって神様と同じじゃないか!!

「神!? もしこの星に、そんなのが仮にいたとしても、この星から

そいつらが産まれた限り、まず私やリーナちゃんの力が、その上にくるよ」

 究極の力だ。こんな人間がいたら邪魔で消したいと考える人間が、世の中には

きっと大勢いるだろう。

「アスタさん、この姿すごく疲れる。三十分って言ったけど、そんなにもたないよ」

「そっか、まだ十一歳だし初めてで慣れてないからね。もういいよ。元に戻って」

「はい」

 お嬢様の周りに青い光が渦巻くと、青い髪のいつものリーナお嬢様の姿に戻った。

「ふぅ~~っ、疲れたぁ~~。外に出よっと」

 液状ガラスからスポっと抜け出るお嬢様。

「えっへっへ~~っ、どうよハルロー、見直したでしょ私の姿!?」

「ええ。そりゃもう、凄い魅力的なグラマー美人で惚れちゃいそうでした」

「そうでしょ、そうでしょ」

 わっはっはと高笑いしてる。頬を赤くしながら大喜びだ。

「でも十年待つの大変だなー」

 ふと小声で漏れたボヤキをお嬢様は耳をダンボにしていたのか、聞き逃さなかった。

 猛スピードで飛んできて、僕の襟元を両手で掴んだかと思ったら、ものすごい力で

ブンブン揺する。

「なんですってー!! 今の私に魅力ないっていうか~~~~っ!?」

 鬼ババにふりまわされるダメおやじの気持ちがよく判った。

「や、やあ、今のお嬢様には二十歳のお嬢様には出せない味があるというか、

カワイイ萠~~な魅力がいっぱいで、それはもう大満足というか……」

「あはは~~っ、そうかそうか、初めっからそう言ってくれなくっちゃあ~~~~」

アスタさんと十六夜さんの「あんたらバッカじゃない?!」という視線が背中に痛い。

 それにしても〈そいつ〉って、いったいなんなのだろう?

お嬢様たちは薄々気づいているみたいなんだけど……

 こうして僕とリーナお嬢様は一抹の不安を抱えながら、来るときには

想像もつかなかった、〈星の準則〉にまつわる重い責任を背負って、

バミューダ海域を後にした。

 

 

数日後――――

 

 今回の仕事はとんでもない大事件に発展したんだけど、収支的には大成功だった。

 十六夜さんは約束通り、巨額の〈二億円〉をお嬢様の銀行口座に振り込んでくれた。

 こうしてリーナお嬢様は一夜にして億万長者の女子小学生になった。

 帰国して二日後、落ちついた僕らはお嬢様の自宅のマンションでフロリダ名物の

白いワニの唐揚げ(笑)をつまみながら、プティさんとヴァーンさんを交え、

成功を祝して、ささやかなお祝いパーティーに花を咲かせていた。

 「カンパ~~イ!!」の合図でパーティーを始めてから一時間、宴もたけなわとなり、

梅酒に酔ったリーナお嬢様は僕にクダを巻いていた。

「ヒック……、そういやあさ、ハルロー、あんたハッタリとはいえ、私に

銃向けて殺そうとしたよね」

「えっ……、そんなことしましたっけ(笑)」

「どこの世界に、教え子の頭に発砲しようとする家庭教師がいるのよ~~~~!!

大金も入ったことだし、あんた今日から金銭管理のマネージャーに格下げ~~~~っ!!」

「ええ~~~~っ!! そんな~~っ!! まだお嬢様には教えることがいっぱい……」

 実は僕がお嬢様に教えられることなんて、もうなかった。

あのアスタさんに〈後継者処置〉を受けたお嬢様に何か教えられる教師なんて世界中

捜してもいないだろう。

 マネージャー降格は、僕へのお嬢様の遠回しな心遣いだと思う。

「いやあ~~それにしても二億二億♪ むふふふふ~~

どうやって使おっかな~~~~ルンルン♪」

「あのね、リーナちゃん、そのことだけど、お母さんちょっと言いづらいんだけどね……」

「なになにお母様、何か買って欲しいの?」

「ううん、違うの。あのね、日本の税率ってね、不景気だから特に高額所得者に

容赦なくてね、おまけにリーナちゃんは学生で会社組織や宗教団体じゃないでしょ、

だから……」

 パチパチパチと電卓を叩いて、お嬢様に見せる。

「え――っ!! なによこれ、一億円くらいしか残らないじゃない!!」

「こればっかりはね~~、リーナちゃんもう手遅れだけど大須引っ越して

モナコ国籍にする?!」

「な……なんの……、まだ一億円あるもんね~~だ!!」

 はた目で見ると相当凹んでるけど、お嬢様はまだ元気だ。

「あとね、里井久(りいく)君が、そんなに儲かったんなら十一歳になるまでの

養育費頂いてくぞってリーナちゃんの口座から六千万円天引きしちゃったのよね。

それと「俺も鬼じゃないからマンションの一階と二階は住むところにくれてやるから

ありがたく思えよ、ワッハッハ」だって」

「あ、あんのクソ親父ィィィ~~~~っ!!」

 ソファーを思いっきりブッ叩くお嬢様。

「い……いいもんね、あと四千万あるんだから……」

「お嬢様、次の仕事の準備費用を多めに残しておかないと仕事が受けられません」

「な、なによハルロー、あんた家庭教師でしょ、マネージャーみたいなこと

言わないでよっ!!」

「お嬢様が今さっきマネージャーに任命しました」

「うわ~~~~ん!! もういいもん!! 残ったお金でマンション大改装だもん!!

プール作ってセレブだもん!!(泣)」

 なんか、もうなぐさめる言葉が見つからないくらい、しょげまくっている(笑)

 こうして二夜にして、お嬢様は億万長者からニセレブな、ただの女子小学生に

逆戻りしてしまった(笑)

 

 でも……、

 本当に……

 全く元気な女の子だ。リーナお嬢様は。

 あんな目にあっても、自分を決して見失わないんだから。

 これから、なにが、あの子に待ちうけているのかは判らない。

 でも、あの笑顔をみるたびに、見守り続けたいって僕は思うんだ。

 

 

 

第三話 星の準則 完

 


 
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