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No.1047362
神嘗 歪さん
「言ったでしょッ。私、用があるのッ!変な言い掛かりに付き合ってられないわッ!」 振り向き様に金切り声をあげる七奈美。だが阿妻は、無表情のまま…。
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「このままでいいんですか?」 …と告げた。 ずっとガン見してきた阿妻だったが、今は更に七奈美の心の奥を透かして見ているような目をしている。 七奈美の動きと息が……止まった。 「山口さんは複数により、顔の形が変形するまで殴られてました。そして最後は、鎌のような形状の鋭利な刃物により刺殺されたことが分かってます」 それを聞いた七奈美の頭の中では、『あの時』の自分に向けて「逃げろッ!」と言った山口さんの顔が思い出され、ギュッと下唇を噛んだ。 「手口からして、私たちも貴女が犯人だとは思ってません。でも、貴女が真実を告げないことで犯人が見つからなかったら、山口さんの『お母さん』はこれからずっと悲しむことになるでしょうね」 「…ッッ!」 大きく見開く七奈美の目。 「先ほど落谷刑事も言っていましたが、今回の引ったくりも貴女自体を狙ったものかもしれない。身の安全は保証します。どうか協力してください」 阿妻は椅子から立ち上がると、七奈美に向かって深々と頭を下げた。 まさかの七光りお坊っちゃまの行動に、思わずギョッとする落谷。 七奈美はというと…。 「…………本当にッ? …話したら、私だけじゃなく、私の『家族』も守ってくれるッ?!」 …と言いながら、あんなにキツい顔つきが、一気に泣き出す寸前の子供のようにグシャリと崩れた。 阿妻は丁寧に「はい」と頷く。 ダムが決壊するようにワッと泣き出す七奈美。落谷は立ち上がると、七奈美を支えるようにして元の椅子に座らせた。 「約束するよ。そのための警察だからね」 そう、優しく微笑みながら言う落谷。 たぶん今まで溜めに溜め込んでいたのだろう、七奈美の目から涙が止まらたくなった。 ーー…十数分後。 ひとしきり泣いて心が落ち着いた七奈美。その顔は、初めの第一印象よりもかなり幼く見える。 そしてハンカチですする鼻を押さえながら、ポツリポツリと話始めた…。 七奈美は落谷が言ったとおり、キャバクラに働いていた。それもあまり品の良いとはいえない店だった。 「制服は仕事か?」という落谷の質問があったが、始めは確かに仕事だった。 より多くの客の指名を受けるため、店外のアフターや休みの日でも客とデートという形で接客をした。 その時には、大体今着ているような男受けする服を着ていくのだが、なかには服装などの細かい指定をしてくる客もいる。 そう。20代にもなって高校の制服を着たのは、始めはそんな経緯からだ。 ここまで聞いて、「どうしてそこまでするの?」と落谷が問う。 「お金が欲しいからに決まってるじゃないッ」 七奈美は吐き捨てるように言った。 制服は、自分が本当に高校のときに使っていたモノを着た。一緒に持っていたバッグも、当時の使っていたままの学校指定のモノだ。 落谷は民家の防犯カメラに映っていたバッグのチャームホルダーを思い出し、七奈美に気づかれないところで「やっぱりっ♪」という顔をする…。 七奈美も、いくら客の要望とはいえ「20代にもなって、こんな格好するなんて…」と憂鬱で仕方なかった。 だがそのデートの帰り、電車に一人で乗っているとき気づいた。 …周りが誰も自分を見ていないことに。 元々童顔で、それが今の仕事にはマイナスだと思っていた七奈美。だから、メークや服装で何とか色気を出そうと頑張った。 でも…。 電車の窓。外の夜の暗さが窓を鏡のようにして、制服の七奈美を映し出す。 そこには、ほとんど化粧をしないことで高校生の時とあまり変わらない自分がいた。 心が踊った。 映っている自分の口元が、どんどん上がっていった。 当時、リアル高校生だった七奈美には、青春と呼べる思い出は無かった。 小学生のとき、クズみたいな父親が借金だけ残して死んだ。母親は本業とバイトのWワークで、その借金をなんとか返済していた。 七奈美も、年頃になってから大好きな母親を助けるため、常にバイトに明け暮れた。それと同時に、より良い給料を貰える会社に就職するため、学業も頑張った。 部活なんてやる余裕なんて無かった。それどころか、友人とまともに遊んだ記憶も無い。 でもその努力が報われ、高卒でも最良な就職先に内定することができた。父親が残した借金も、あと少しで完済の目処がついた頃……母親に異変が起きる…。 仕事も家事も手つかず、ボーとする時間が増えていった。色々なことを忘れることが多くなった。 病院で診察を受けたところ………若年性アルツハイマーだと診断される。 多分、七奈美が就職を決まったことで、母の長年に渡った緊張の糸がプツッと切れたのだろう。 どんどん酷くなっていく一方の母親を残して、決まっていた就職先で働くのが難しくなった。けれど、まだ借金も返していかなければならない。 悩みに悩んだあげく七奈美が出した決断は、夜の仕事だった。 幸い七奈美は幼い顔立ちだが、容姿は悪くない。キャバクラに勤め始めて、すぐにそこそこ客がついた。 店と母親の世話で、自分を見失うぐらい目まぐるしい日々が三年続く。 そんなときに現れた、電車の窓に映る高校生と見まごうばかりの自分…。 この時には、借金のほうはなんとか返し終えていた。母親のことがあるが、金銭面だけでいえば少しは余裕ができていた。 そこから七奈美は、客とのデート以外でも制服姿で出歩くようになる。 友達とワイワイとはいかないが、この格好で街をブラブラ歩くだけで、あの時の青春を取り戻せるようで楽しかった。 なにより、本当の自分でいられた。 キャバクラという仕事上、服装も化粧も色気のある大人の女を演じてきたが、本当の七奈美は可愛い服やファンシーな小物が大好きなのだ。 それらを、制服姿でウインドショッピングするだけで幸せだった。 …が。 そんな小さな幸福も、あるときを境にまた苦痛へと一変する。
2020-11-29 10:02:19 投稿 / 768×1024ピクセル
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「言ったでしょッ。私、用があるのッ!変な言い掛かりに付き合ってられないわッ!」
振り向き様に金切り声をあげる七奈美。だが阿妻は、無表情のまま…。
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