No.1043355

唐柿に付いた虫 4

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。
「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

かやちゃ博士の講義は次回で、今回は出張組のお話。

2020-10-13 23:58:10 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:763   閲覧ユーザー数:749

 そよと夜風が吹いたか、天幕の入り口が揺れ、二十三夜の月明かりが、一瞬だけしらと差し込む。

 灯火の下、何やら書き物をしていた鞍馬は、筆を置いて、天幕の隅の闇に眼を向けた。

「偵察お疲れ様、吸血姫(どらきゅりあ)」

「何、造作ない事よ」

 その言葉と共に、灯火の中に吸血姫が、異国の ー彼女にとっては常のー 装束を纏った姿を現す。

 うねる銀髪、些か白すぎる肌を際立たせる、簡素だが仕立ての良い動きやすそうな衣服の上に、艶めく漆黒の外套を纏う妖美の剣士。

 彼女が鞍馬の元に歩んでくる、その歩みに揺れた外套の真紅の裏地がちらりと覗く。

 その外套の裏地と同じ、血の色を映した瞳が鞍馬の方を向き、にっと笑った拍子に、些か長めの犬歯が見えた。

「妾にとっては夜の散歩ついでの話じゃ」

「吸血姫の偵察は詳細かつ正確だから助かるよ、では約束の物を……」

 そう言いながら、鞍馬は行李から瓶子と、透き通った杯を取り出した。

「ほう……些か古風じゃが斯様な物が、この国に有ったかよ」

「玻璃は昔からあったんだよ。 そして我が朝の民は常に異国の物が大好きで、それを好む余りに自分で作りだす物好きも多い」

 鞍馬がその澄んだ白色を宿す器を手の中で転がす。

「大和(奈良)の地に毘盧遮那(びるしゃな)の金銅仏が建立された頃の事だがね、白玻璃(しろはり ガラス)の器も、砂漠の向うの胡の国(ペルシア)より至り、天子様がこれを愛用したそうな。 それから、さて何百年を閲(けみ)したか」

「なる程の、それにしても、お主がこういう物を所持しおるのが意外じゃが」

 吸血姫の言葉に、鞍馬が若干の自嘲を伴う笑みを浮かべ、白玻璃の器を灯火に透かす。

「烏は光り物が好きなのさ」

 烏天狗の眷属たる自分もまたそんな物。

 貨幣としての金銀には、人を動かす時の道具として以上の興味は無いが、人が作り出した至芸の煌めきには心が動く。

 その白玻璃の器に、瓶子の中身を注ぐと、透明な器の中で、紅の色が踊る。

「報酬はこれで良いのかな」

 白玻璃の器を受け取った吸血姫が形の良い鼻の前にそれを持って行き、満足げに笑う。

「十分じゃ、だが、この国で葡萄の酒などどうやって調達したのじゃ?」

 吸血姫の言葉に、鞍馬が人の悪い表情でくっくと笑う。

「山のあちこちで果実を作り、そこから酒を造る方が、税を取りたがるお偉い方々から隠れて醸すには都合が良いのさ」

 おつのや鞍馬は山岳修験者やその家族の元締め、崇拝対象でもある。

 彼らに酒が作りやすい果樹の種類や、より美味な酒造りのやり方を伝授してやりさえすれば、奉納品で自分たちが呑む分程度は賄える。

「知を授け、不満が出ない程度の上前を撥ねるか、良い関係じゃな」

「神様だの領主の仕事なんてのは、煎じ詰めればそこに至る物だよ。 慎ましくやってれば、私みたいなのでも神様としてそれなりに扱って貰える、失敗するのは、総じて欲を掻く連中さ」

 しれっとそう口にして、鞍馬も同じように、こちらは若干青みがかった玻璃の器に葡萄の酒を注ぐ。

「では、吸血姫、一献献上」

「うむ、頂こう」

 乾杯。

「あの盗賊共の館の防備はこんな物じゃな、防柵は峠の要所五か所に、人の身の丈以上の高さの木柵を二重に設置しており、鹿角や空堀も多少備えておるな」

 なるほど、常道だね、と言いながら何やらを目の前の絵図面に書き記した鞍馬が顔を上げる。

「水場と食糧庫はどうだった?」

「食糧庫と思しき建物は、頂上の首領の館に並んでおる、他に小さな物があるかもしれぬが、纏まった物はそこだけじゃ。 水場は、湧き水はあちこちから出ておってな、逆に定まった場所を水場としている様子は見られなんだ」

 吸血姫がそこまで報告して、美味そうに葡萄酒に口を付ける、その傍らで鞍馬は地図を睨んだ。

「あちこちから水か……妙だな、私は遠間から瞥見しただけだが、余り緑豊かでも無い、雪解け水を蓄えておけるような山では無いように見たが」

「その辺りは近寄って見ねば判るまいな。 切株の様子を見るに、元は緑豊かな山だったようじゃぞ、それらを切り開いて館を作り、武器や柵にしたという所じゃろうよ」

 水は過去の緑豊かだった時代の名残といった所じゃろうな。

「ふむ、そちらは判った、では盗賊たちの様子はどうだった?」

「警戒振りは夜盗の群れにしては良く統制されておったと思う……だが」

 白玻璃の器を持つ吸血姫の指が、鞍馬の眼前の地図の上を滑る。

「何か気になったかな?」

 先を促す鞍馬の声に、吸血姫の言葉が続く。

「領主の討伐を正面から退けた夜盗の集団という割に、どうも士気が低いというか、静かといえば聞こえは良いが、活気に乏しいように見えたのう」

「活気が無いか」

 それは確かに妙な……そう呟いた鞍馬に、吸血姫は細めた目を向けた。

「戦に勝ったばかりの連中なら、もう少し活気に満ちて居る方が自然かと思ったんじゃよ、どうじゃ、軍師殿?」

「吸血姫の言は尤もだ、とはいえ、領主殿を退けたといっても、彼ら自身の儲けになった訳では無いからね」

 狂熱が冷めてみれば、自分の腹が減っただけの無駄な戦だという事にも思い至り、士気もそんなに高くないというのは、不自然な話では無い。

「……確かにのう」

 戦争自体は、煎じ詰めれば所詮は盛大な消費活動でしか無い、結果として領土か財宝でも奪えねば、勝った勝ったと喜びながら餓死するような間抜けな事になりかねない。

「まぁ、今すぐに結論を出そうと焦る話でも無いな、報告を続けて貰えるか?」

「そうじゃな、山は定期的な見回りと立哨の組み合わせで、かなりしっかり見張られておる、寄せ手が纏まった兵を伏せて置くのは中々骨じゃろう」

 立哨共の配置はこことここで、巡回はこの位置をぐるりと回るように動いて居る。

 そうじゃな、故にこの辺ならば奴らの死角となる、二十名程度なら兵を伏せて置けそうじゃが、それでもそれなりに隠密の活動に長けて居らねば難しかろうな。

 そう吸血姫が指し示していく位置に印を付けながら、鞍馬はふむと唸った。

「ここに足止めを置いたか……吸血姫、この辺りに敵兵が伏せていられる場所はあったかい?」

 鞍馬が指し示した地図の一点を見て、吸血姫が低く笑った。

「流石じゃな、そこには洞窟とは言えぬ程度の窪みが有っての、十人程じゃが、夜盗共が寝泊まり出来る場所が設えられておった」

 しかも、ちょっと表から見た程度では判らぬように欺瞞されておる。

「そうか、他にそういう場所はあったかな?」

 鞍馬の言葉に吸血姫が頷き、その白い指が地図を指し示していく。

「大体が夜盗共のねぐらを兼ねておるようじゃな、他に四か所程、人の気配がある場所が有った」

 ここに、ここ、そして此処は中々深い岩屋になっており、かなりまとまった人数が居る気配じゃった。

 吸血姫の指し示す場所に印を付けながら、鞍馬は悩ましげな顔で、それを睨みつけた。

「確かにこれは盗賊のねぐらというより、山塞と言っていい代物だな」

 かの有名な梁山泊とは言わないが、これは中々大した代物だ。

 吸血姫のような存在が探ってくれていなければ、その全てを把握するには、相当な人手と犠牲が必要だったろうし、相手に気付かれる危険も高かった。

「妾もそう思う、どこから寄せられても、連携して当たりやすい位置取りじゃ、細い山道を登ってくる相手に対し、かなりの数的有利が取れるようにしておるな、そうそう、拠点間の道のこの辺りには、道塞ぎの為と思われる大石もあるな」

 楔を抜けば、道に転がり落ち、寄せ手を防ぐ、道塞ぎの石。

「一段目を放棄して次の防御拠点へ移動する際に敵を足止めする手段も、しっかり確保してあるって事か」

 念の入った事だ、鞍馬が感嘆の唸りを上げるのに、吸血姫も同意するように頷いた。

「良く考えられて居るよ、山を上手く使って要塞を作り上げておる、これは人だけで陥とそうとしたら、倍の兵力では足りぬじゃろうな」

 吸血姫のこの辺りの軍事的な判断は信頼できる、鞍馬は、ふむと軽く唸って、形のいいい顎を撫した。

 彼女の偵察して来た内容は、盗賊団の首領が、かなり戦慣れしていて、頭も切れる事の証明であろう、侮って掛かって良い相手では無さそうだ。

 ここの領主殿が、あそこに立てこもる盗賊退治に失敗したのも無理はないか。

 そして、領主殿に失地回復させるべく、彼の配下だけでこの要塞を落とす策を立てるのが今回の鞍馬の任務。

(済まねぇなぁ、俺が出てくと何かと角が立つ、鞍馬が裏で知恵を貸してやりつつ、目立たない式姫何人かと一緒に行って、あの領主のおっさんに花を持たせてやっちゃくれないか?)

 あのおっさんに貸を作っとくと、今後何かとやりやすいんだ、皆は良い気がしないだろうが、曲げて頼みたい。

 自分たちを送り出す時の主の済まなそうな顔を思い出し、鞍馬はくすっと笑った。

(なに、主君の構想の一環として、彼らに貸を作る必要は理解している、それに人対人の軍略を練るのも、裏方をやるのも久しぶりで、それはそれで中々に楽しい物さ、気に病む事は無いよ)

 その言葉に嘘は無かったが、実際に来てみれば、想像以上に面倒で、気疲れする状況なのは間違いない。

「私も裏方だ、現場で細かい指示も出せない以上、これは少々犠牲が出るのは甘受して貰うしかないな……」

 そこで言葉を切って、鞍馬は吸血姫を見た。

「それで、盗賊の主が、人か妖か、というのは確認できたかい?」

 鞍馬の言葉に、吸血姫が一瞬だけ不快そうな顔を見せ、自分を宥めるように酒を口に含んだ。

「出来とりゃ、先にそう言うわ」

 妾を子供の使いとでも思っとるのか。

「尤もだ、これは私が悪かったな」

 すまない、と鞍馬が素直に詫びるのに、吸血姫も矛を収めるように表情を和らげた。

「いや、先に一番の懸案を報告せなんだ妾も悪かった。 その、盗賊の主が住まうという館からは、妖気は感じなかった……というよりじゃな、そもそも人の気配すら無かった」

 故に、判らぬ……そう言いながら、吸血姫は肩を竦めた。

「人の気配すら無かった?」

 主は元より、使用人も、夜盗も?

「その通り、もぬけの殻じゃった」

 屋敷が無住で荒れている風はなかった故、一時の事じゃとは思うが、何とも言えぬ。

「ふむ、つまり夜盗共は根城の警戒を行っているのに、首領の館は空だった、と」

 判りやすい場所に派手な建物や警戒で耳目を集めておいて、本当に秘密にしたい重要な場所は地味にひっそり守るというのは、確かに定石ではあるのだが、本当にそうなのだろうか。

 では、そもそも、盗賊団の首領とやらは普段は何処に居るのか。

 やれやれ、妙な事だらけだな、そうぶっすりと呟いて、鞍馬は眉間に皺を寄せた。

 

 あの女賊は妖怪だ。

 この近在を治める領主が、最近「式姫の庭」として知られるようになってきた、彼女たちの本拠地をお忍びで訪ね、主に取引を持ちかけたのは少し前の事。

 人のふりをしているが、あれは間違いない。

 我が家中一の剛の者が浴びせた太刀は確かにあやつを捉えた、だがその体は霧の如くなって、平然と笑っていたと……。

 どうじゃ、そういう事情ならば、妖怪しか相手にせぬと名高いそなたと式姫達も、儂に手を貸せるじゃろう?

 ……無論、ただで、とは言わんぞ。

 

 さも対等の取引のようにやって来た領主殿だが、鞍馬達からは、彼の弱い足許が透けて見える。

 あの盗賊団の首領が人、それも女性と巷で信じられている以上、軍を動かしたのに、それを討伐出来なかったとあれば、領主殿の威厳が地に落ち切って、地面に潜り始めているのは、世上の噂をマメに集めている烏天狗や吉祥天たちからの報告で把握している。

 彼にしてみれば、早急に何とかせねば、地位や体面、そしてそれらが保証する彼の富や権力が危うい。

 故に、領主の提案に対して即座に飛びつかず、先ずはこちらで女賊の正体を見極めた上で協力を検討いたします。

 そう言って、相手に言質を与えずに、一旦納めた主の判断は正しい。

 ただ、人の争いに関与はしないと決めている主ではあるが、妖が人の振りをしているとなれば話が違う。

 それに、人の不安と恐怖は妖の力を増す源泉でもある、盗賊が跋扈しているよりは、治安が良いに越したことは無い。

 何より、領主が約束した、彼らの活動に対する支援や領土内の移動の自由の保障は、話半分だとしてもなかなかに魅力的。

 彼の口約束を、そのまま信じる程におめでたい面々では無かったが、無視できる話では無かったのも事実……故にこうして、ほぼ協力する事を前提として、鞍馬が下調べに出向く羽目になった訳だ。

 とはいえ、吸血姫が偵察してきた結果は……これをどう判じた物か。

 しばし、思いに耽る鞍馬の顔を面白そうに見ていた吸血姫が、ふと真顔に戻った。

「妙か、妙と言えばじゃな……」

 そこで言葉を切ってしばし沈思する様子の吸血姫に鞍馬は静かな声を掛けた。

「何か気になる事でもあったのかい?」

「いや、口に出しておいて済まぬが、恐らく妾の気のせいじゃろう」

 その、珍しく奥歯に物の挟まったような吸血姫の言葉に、鞍馬は僅かに身を乗り出した。

「そういう感覚は意外に大事な物だ、どうだろう、差し支え無ければ話して貰えないか?」

 鞍馬の言葉に、吸血姫が顎を撫でた。

「別にそう勿体ぶった話では無い、上手く言えぬのじゃがな、館に近づいた折に、懐かしい何かを感じたのじゃ」

「懐かしい?」

 どういう事だ、と目で問う鞍馬に、吸血姫は隔靴掻痒といった表情で肩を竦めた。

「だから、それが判らぬのじゃ、目にした何かなのか、香りなのか、音なのか、存在の気なのか……それすら判然とせぬ」

 そう呟くように言って、彼女は葡萄酒を口に含んだ。

「ただ、妾の感覚が、あの館に近付いた折に何かを、何となく懐かしい、そう感じたまでじゃ」

「ふむ」

 吸血姫が懐かしいと感じた何か、か。

「ありがとう、気にかけて置くよ」

「そうか? だが、妾の勘違いという事も大いに有る、余り気にする話でも無いと思うがのう」

 最後の葡萄酒を口に含み、満足げな息を吐いて、吸血姫は白玻璃の器を鞍馬に返した。

「馳走になった、妾の好みからするとちと甘口じゃが美味であった、次は勝利の美酒と行きたいの……では、妾はもう少し夜の散歩を楽しんでこよう」

「ああ、また近い内に偵察を頼むかもしれないが、その時は」

「次は葡萄酒二杯じゃな、だんだん値を吊り上げるでな、お主の寝酒が呑み尽くされん内に、あの館を攻め落とす算段を立てたが良いぞ」

 忍び笑いと共に天幕の入り口が微かに揺れ、二十三夜の月明かりの中に、彼女が姿を消す。

 それを見送った鞍馬が、二人の使っていた白玻璃の器を水ですすいでから、麻布で磨きだした。

「懐かしい……か」

 気がかりな様子で、鞍馬が拭き上げた白玻璃の器に視線を落とすと、ぼんやりとした自分の顔が、悩まし気な瞳で自分を見返してきた。

 吸血姫はああ言っていたが、彼女がわざわざ口にしたという事は、確かに彼女は言語化できない何かを感じたのだ。

 行李に器を戻し、鞍馬は一つ息を吐いた。

 夜はまだ長い。

「私も吸血姫に倣い、夜の散歩と洒落込むとするか」

 そう呟くと、鞍馬は絵図をくるくると巻いて、懐に仕舞った。

■鞍馬

 

■吸血姫

■白まんじゅう

(今回は出番ありませんが、こんなイメージです)


 
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