No.1042377

唐柿に付いた虫 序

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

今回から先触れの姫がグダって中断した反省を込めて、完結してから上げる方法に切り替えることにしました。

それはさておき、式姫ゲーが全部サービス終了した訳ですが、私はくじけません……昨今のアニメやゲーム見てれば数年スパンで蘇るのは良くあること。

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2020-10-02 20:31:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:910   閲覧ユーザー数:888

 

 見慣れぬ赤く艶やかな実に、白い重ね餅のような物がへばりついている。

「変わった野菜だな、おやっさんよ、これ……食えるのか?」

 男の言葉に、おやっさんと呼ばれた近在の農夫らしい男が、麦湯を冷やした奴を旨そうに飲み干してから頷いた。

「俺が作ってんのは赤い実の方だけどな、一応食える、で、問題はこっちだよ」

 農夫が指さした、白い饅頭のような物を、男は軽くつついた。

 もちっとした弾力を指先に感じる。

 間違っても野菜では無い、強いて言えば、そう、良く搗き上げられた、極上の羽二重餅のそれのような、ずっと触って居たくなる触り心地。

 そして虫特有の、柔らかく薄い表皮の下にどろりとした体液の存在を感じさせるそれとも明らかに違う。

 では動物なのかとも思うが、何にせよ余りに動きが無さすぎる。

 この動きの無さは、蛹のような状態なのか……だが、それにしては表皮が柔らかすぎる。

 人の手になる玩具か何かか、だが、こんな物を田舎の親父の畑に置いて怖がらせる事に意味が何かあるのかと言えば、可能性は限りなく低いだろう。

「なるほど面妖な代物だ」

 彼の庭に、いつも美味しい野菜を届けてくれる近在の農家の親父が、鉢さら持ちこんできた奇妙な代物を眺めながら、男は腕組みをした。

「そういう代物だからここに持って来たんだよ」

「違ぇねぇ、俺がお願いした話だしな」

 何か怪しい事や物を見かけたら、手間だが報告してくれと頼んで回った成果の第一号が、この珍妙な代物の持ち込みであるのだから、文句も言えない。

 男は苦笑しながら、鉢を縁側に置いて、農夫に向き直った。

「こいつが何かは判らねぇけど、おやっさんも不安だろうから、一旦こっちで預からせて貰うよ、それで良いかい?」

「願ってもねぇ、今まで生きて来て、こんなの見た事無くてなぁ」

 そう呟きながら、威勢の良さそうな農夫が微かに身を震わせる。

 それも、無理はない。

 今は彼と式姫の力で平定されたこの近在だが、ほんの少し前は、人より妖たちの方が大きな顔をして闊歩していた土地である。

 まだまだ、彼らの物騒な置き土産の一つや二つが残っていても不思議はなく、一歩間違えば、それらは容易く人々を殺傷する力を秘めている事がある……そんな日常を身近にしてきた彼らからすると、見知らぬ事物に対しては、皆、まだまだ怯えの感情が先に立つ。

「しかし、ほんとに何だろうな、これは」

 白まんじゅうを仔細に眺めると、重ね餅の上部からは二つの長い何かが両脇に垂れている、これは耳……か?

 そして、下部から伸びる手足のような短い部位で赤い実に張り付いている、とすると、此処が胴体になるのか。

 だとすると、背中と思しき部位からは、黒い翼のような物が生えているが、学者でもない身の悲しさ、それが鳥の翼ではない事しか判らない。

 判らない物に頭を悩ませても仕方ない、男は表情を改めて、傍らに座す農夫に顔を向けた。

「ところでおやっさんよ、こっちの赤い実は何だい? 俺は、こっちも見た事がねぇんだが」

 男の言葉に、農夫の親父の顔が、自分だけが知識を持っていると知った人特有の笑みを浮かべる。

「こりゃな、唐柿(とうし、からかき)っちゅうて、南蛮渡りの物なんだとさ」

「❝からかき❞? 異国の柿なのか、この赤いの?」

 て事は、甘いのか、こいつ?

 そう尋ねる男に、親爺は首を横に振った。

「甘みも無いこたねぇが、殆ど酸っぱいだけだ。何でもこれぁ、食うんじゃ無くて、金持ちの旦那方が、眺めて楽しむんだとさ」

「ほう……眺めて楽しむ物たぁ、風流な事だな」

 何かと荒っぽい事が多く、安定した農作業や狩りもままならず、食うに困る事の多いこのご時世である。

 その中で、食えない作物をわざわざ作るという事は、それ以上の利があるという事に他ならない。

 南蛮からの作物、金持ちの旦那の鑑賞道楽用、そこまで思い至った所で、男の脳裏に一つの名前が浮かんだ。

「成程、これをおやっさんに作らせてるのは、榎の旦那かい?」

「へっへ、良くお分かりで」

 榎(えのき)の旦那。

 最近この近在の街に住み着いた、立派な榎のある丘に居を構えた、東の商都から逃げて来た商人。

 本人の言を信じればだが、彼は薬種問屋で、何れ再起の日のために山の石や草を集めたり、貴重な種や苗を、近在の農夫に金やら農具やらと引き換えに作らせていると、噂で聞いた事があったが。

「やり手だとは聞いてたが、おやっさんにも話が行ってたとは驚いたな」

「何て言うかね、この話しもそうだけど、断りたい程ケチでもないが、喜んで乗っかるほど楽でも儲かりもしねぇんだよ、あの旦那の話は」

「成程ねぇ、金持ちになる御仁ってのはしっかりしてらっしゃる」

 若干の皮肉を湛えた微苦笑を浮かべた男に、親爺は怪訝そうな顔を向けた。

「大将は榎の旦那に会った事はねぇんかい?」

「あそこに越して来た時に、饅頭持って挨拶には来たぜ、俺の方からも返礼だして、まぁ後はそれっきりだけどな」

 印象があまり良くなかったと判る男の表情を見て、親爺は低く笑った。

「へっへ、榎の旦那も、大将相手に商売仕掛ける度胸は無いって事かね」

「こんな若造相手に恐れ入るようなタマには見えなかったがな……俺ぁそんなに強面に見えるんかね」

 絶世の美男で、どこぞの殿のお小姓に、という程ではないが、どちらかというと外見(そとみ)には優男の部類に入るだろう、髭もはやしていないつるりとした顎を困り顔で撫でる男を見て、親爺は肩を竦めた。

「まぁ、あのカネカネ旦那にしてみりゃ、金で動いてくれない大将みたいなのはさぞかし怖いだろうと思うけんどな……ところで、なしてそんな事を尋ねるんだ?」

「ん、いやな、この白いのが生き物だとして、こいつはこの赤い実を食うのか、香りに釣られるのか、そのどっちかかと思ったんでな、だとすりゃこの赤い実の出所を調べりゃ、ついでにこいつの事も判るんじゃねぇかと思ったんだが……」

 そうか、南蛮渡りの植物か。

 遠い異国たる南蛮の情報は、知見の有る人も書籍も少なく、調べるにしても容易では無い。

 手繰る糸が一気に細くなったのを感じた男が、僅かにため息をついた。

「わりぃなぁ、俺は、榎の旦那ん所の手代に育て方教わって作ってただけだから、何にも判らんぜ」

「そうかい……所で、この赤い実が食われたような形跡は無かったかい?」

 持ち込まれた鉢には、この白まんじゅうがへばりついたそれ以外にも、三つほどの赤い実が生っている。

 男の言葉に、農夫が忌々しげな表情を浮かべる。

「おお、あったぜ、そろそろ旦那の所に納めようと思ってた、これとは別の鉢に生ってた赤い実が、幾つかしなびて下に落ちててよ、中だけ吸われたんかな」

 畜生め忌々しい……そう声を荒げながら白まんじゅうを睨みつける農夫を見ながら、男は何かを考えるように顎に手を当てた。

「吸われた、ね、物は残って……ねぇか」

 言葉の途中で親爺の顔が嫌悪に歪むのを見て、男には聞く前に答えが判ってしまった。

「捨てちまったよ、薄気味悪い」

「そりゃそうだ」

 見てみたかったが、おやじの対応は無理からぬことである、それにしても、蚊か何かの親戚なんだろうか、こいつ?

 ふむと呟いて、男はもう一つ気になっていた事を尋ねる事にした。

「なぁ、この実は赤くなると熟したって事で良いのかな?」

 白まんじゅうがへばりついた実を指さした男に、農夫は首を縦に振った。

「んだよ、緑から赤くなってって完熟だ、さらに暫くすると割れ爆ぜて種を撒き散らす」

「ふぅん、成程ね」

 一つ唸ってから、男は僅かに頭を振って、袂を探り出した。

「今の話を聞くと、こいつの餌なのは間違いなさそうだな……それじゃ売り物を悪いんだが、唐柿も鉢さら預からせて貰いてぇんだけどよ」

 男は袂から銀の小片を取り出して、傍らの親父の手に握らせた。

「些少だが、足りるかい?」

 それをちらりと見た親爺の頬が、正直な感情に一瞬緩むが、ふいとその顔がしかめられた。

「十分足りるし、そうしてぇのは山々なんだけどよ、榎の旦那にゃ、こいつは他の奴に売るなって言われてんだよ」

「ほぉ……まぁ確かに珍しいもんだし無理もねぇが」

 この白まんじゅうだけでは、調査の手が早晩尽きるのは見えている。

 うむむ、と暫く唸っていた男が、ややあってから曖昧な表情を浮かべた顔を上げた。

「それじゃこうしよう、この唐柿、俺が気に入ったから、おやっさんから無理にせしめた事にしとこうや、話は明日にでも俺の方で榎の旦那に付けとくよ」

 彼がこの付近では最強の武力を有しているのは、この辺りでは知らぬ者のない話。

 その彼に、一介の農夫が抵抗できなかったという話を疑う者は居るまい。

 榎の旦那に責められたら、白まんじゅうの話とかは一切せずに、その筋書きで、話しを合せちゃくれねぇか?

 文句は俺の方で引き受ける。

 そう言いながら、改めて銀の板をおやじの手に握らせる。

「……良いのかい、それじゃ大将が悪党みてぇになっちまうが」

「なぁに、今だって式姫の上前撥ねて、ふんぞり返ってる悪党にゃちげぇねぇ、今更悪名の一つや二つは屁でもねぇよ」

 人の悪そうな顔でにやりと笑う男に苦笑して、親爺は銀の板を袂に落とした。

「厄介ばっかり押し付けて悪いなぁ、大将」

「そうでもねぇ、妖怪退治やってる身からすりゃ、こうやって相談を持って来てくれる方が助かるんだよ、村の皆にも、妙な事が有ったら、茶菓子位は用意してるから気楽に話しに来てくれって言っといてくんな」

 おっと……暫くはおやっさんから鉢植え強奪した悪党やんなきゃいけねぇし、気楽にゃ来れねぇか。

 そうしかつめらしい顔で呟く男に、農夫が苦笑した。

「村の連中なら大将の事は良く知ってる、その辺は察してくれるだろうから、気にしなさんな。 まぁ、そうそう大将の所に持ちこむような、薄気味悪い事が起きても困るんだがな」

 そう言って立ち上がった親爺を見て、男も彼を送るべく、雪駄を突っ掛けて縁側から立った。

「全くな、平穏無事が一番さ。そうそう、近い内に野菜と一緒に瓜や唐黍持って来てくれんか。ウチのちっこいのが、そろそろおやっさん所の甘いのが食べたいって、騒ぎ出してるんでな」

 先だって、甘瓜を井戸で冷やした奴を振舞ってこちら、事あるごとに、飯綱や白兎が、またあれを食べたいと、おねだりしてくるのが困るというか、何というか。

「大将も大変だな、でもまぁ、あんなめんこい姫さん方なら、甘やかすのも楽しいか」

「まぁな、何かと大変だが、笑顔で飯を食ってる可愛い姿見てりゃ、親の気持ちが多少は判るってもんだよ」

 ニヤリと笑う男に、農夫が渋い顔を返す。

「そいつは、あんな可愛い姫さん方だからだぜ、家の洟垂れ共なんぞ、うるさいだけで敵わねぇや」

「そう言いながら、顔は満更じゃ無さそうだぜおやっさんよ」

 含み笑いをしながらの男の揶揄に、農夫はゆるむ顔を背けるようにして背を向けた。

「ちぇっ、うるせぇよ、それじゃ次来るときは甘い奴も持ってくるから、たんまり買ってくれよ」

「おう、有るだけ買うぜ、よろしくたのまぁ」


 
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