171、妖子覚醒する。
四方音は妖子の変化の能力を本来の自在変化まで高めようと妖子自身のトラウマと向き
合い克服できるようにするため、滅殺機関のエクスタミネーターの訓練所へ雅、銀、美猫、
さつきと一緒に妖子を向かわせた。
四方音は日輪の遺産より日輪の十字架の使用方法を妖子に学ばせ、日輪の力を借り
使いこなせるように最終的にはデミバンパイアより上位の真祖バンパイアすらも
屠れるようにするのが目標であった。
短期間でデミバンパイア、さらに全てのバンパイアに対する恐怖心を取り除き
本来の姿である妖狐の力が使えなければ両親そして祖父の仇を討ち逆髪一族の恨み
を晴らすことは出来ないのであったが、銀は妖子の聡明で繊細な優しい性格を考える
と四方音のように妖子に荒療治を施すのは正直反対であった。
だからさつきに因果を含め妖子の心のサポートを頼み込んだ。
さつきは妖子に暗示をかけトラウマの軽減を図ろうとした。
雅からは日輪の十字架を使いこなすノウハウを学び、銀、美猫からは戦闘の駆け引きを
学び、さつきは魔眼の力で妖子の援護をする。
大和龍之介も心配して強化魔剣を携えて応援に来た。
エリカことエカチェリーナキャラダイン少佐も皆の様子からかなり無謀とも思える訓練
否真剣勝負に緊張した。
妖子は正座をして精神を集中させ全身に日輪の力を体にオーラをまとい嘗ての古宮慧快
のように日輪の十字架を携えて走り出した。
妖子の姿は6本尻尾の化け狐の姿に変化していた。
拘束された凶暴なデミバンパイアはなすすべもなく日輪の十字架で心臓を突かれ爪の先
から塵に代わっていった。
次々とデミバンパイアを屠っていった妖子だったがまだ自分の力が信じられなかった。
最後に残ったデミバンパイアはかつて妖子を魔眼で娼婦として使役させトラウマの原因
になった、両眼を美猫に切られ雅に捕らえられた因縁のデミバンパイアであった。
「貴様が我を滅ぼすというのか面白い、出来るものならやってみろ。」
さつきは妖子の緊張が解けるとこれまでの暗示が解けると思い
デミバンパイアに魔眼をかけで動きを封じた。
「妖子ちゃん、こいつは口先だけで昔の魔力は封じられているよ。」
「思う増分恨みを晴らして過去の悪因縁を断ち切って。」
さつきの加勢に勇気づけられた妖子は体の中に何か熱いものを感じ、
因縁のデミバンパイアの心臓を日輪の十字架で貫いた。
最後のデミバンパイアが塵に代わり妖子は体力の限界か座り込んでしまった。
銀、美猫、さつき、雅他その場の全員が妖子の下に駆け寄った。
妖子はさつきの暗示の助けがあったとは言えの訓練所のデミバンパイアを
全て葬ったのであった。
妖子自身自分のやり遂げたことが信じ難かった。
「私の暗示は切っ掛けに過ぎないよ妖子ちゃん。」
さつきは妖子の変化している姿を見て自分の暗示だけではなく、
妖子自身の本当の能力の覚醒であることを告げた。
「妖子ちゃんの尻尾の本数は今何本あるかな。」
妖子は自分の尻尾の数を震えながら数えた。
「1本、2本、3本、4本、5本、6本」
ここまでは今までと同じであった、そして自分の目を疑った
更に尻尾が増えていた。
「7本、8本、9本、私の尻尾が9本になっている。」
銀が優しく妖子を抱きしめて、
「そう、これが妖子ちゃんの本来の姿よ、本当に頑張ったわね。」
感極まって泣き出した妖子の背中を優しく撫でた。
感動した美猫はさつきに抱き着いて貰い泣きをして自分のことのように喜んだ。
さつきも泣いていた、自分の力が十分に役に立てたことが嬉しかった。
雅と大和龍之介は妖子の覚醒は嬉しかったが妖子に行基の監視の目が及ぶのでは
ないかと懸念して興奮気味のエリカに妖子のことを秘密にしてもらうことにした。
銀は四方音に妖子の覚醒を報告し、今回の荒療治について四方音の本音を問いただした。
「何もあんなに無理やり妖子ちゃんを覚醒させる必要はなかったと思いますが。」
「さつきちゃんがいなければかなり危なかったと思いますよ。」
四方音は銀の不満は尤もだが、銀に妖子に逆髪一族の恨みを晴らさせようと考えている
ことを明かせなかった。
明かせば、銀は絶対反対するか、自分一人で行基に一矢報いようとしかねないので絶対に
秘密であった。
妖子が本来の姿に覚醒したからには何とか舞台を整えて仇討ちをさせたかった。
銀にまだ本当の理由を明かせないもう一つの理由は、銀には緩やかな行基の監視の目が
あるためで、行基に知られれば先手を打たれて関係者全員皆殺しにされかねないからで
あった。
銀には自分の先走りで遣り過ぎだったと素直に謝り、妖子が覚醒したからには自在変化が
早く出来るようコツを掴んでもらうためにお互い協力して行こうと提案した。
銀はやや不満であったが結果オーライだったので渋々矛を収めた。
四方音にとって妖子の能力が古宮慧快の日輪十字架を使いこなすのに十分であることが
確認出来たことは僥倖であった。
172、彌浄童子は告げる
雅は四方音に呼び出され、緩やかな行基の監視の目に注意して源さんの工房にやってきた。
雅は大和龍之介や白猫銀同様に行基の監視の対象になっている事を知らされて、
驚きを感じていた。
「やはり、バンパイアハーフであることが発覚したことで政界の黒幕に目をつけられた
上に日輪の十字架なんぞを使っていることで、余計注目されてしまったのかな。」
あくまでお気楽な雅であった。
「雅兄様に是非紹介したい方が大陸から来られているのじゃ。」
四方音はかなり神妙な面持ちで出迎えた。
雅はノンポリではあったが大陸と聞いて正直驚いていた。
現在においても半独立状態で政治的に不安定なイメージがあったのだ。
「私の名は彌浄と申します。」
「鬼族の棟梁の霧霞童子様から是非四方野井雅様にお伝えしたいことがありまして、
こちらにこっそり行基に見咎められぬ様に参りました。」
雅は真祖吸血鬼以外の鬼族に会うのは初めてだった。
「行基と呼び捨てにするということはとても高位の鬼族の方でいらっしゃるのですね。」
「こちら様は童子名をもっておられる方で行基なんぞよりはるかに高位じゃ。」
四方音の言葉に雅は平身低頭してしまった。
腰の低い雅に彌浄童子は恐縮して慌てて頭を上げるように言った。
「スレート大侯爵様のご子息に頭を下げさせたら我が主霧霞童子様に叱られます。」
雅は突然父の名が出たので驚いて、
「霧霞童子様は父とお知り合いなのですか。」
「霧霞童子様はスレート大侯爵様とは肝胆相照らす間柄なのです。」
雅は父の偉大さを改めて感じた。
「実は霧霞童子様はあなたがいずれは行基に小宮慧快様のように使役されかれないことを
憂慮されています。」
「スレート大侯爵様の圧力がなければ直ぐにも行基の下に連行されていたでしょう。」
「行基にとって人間も亜人も便利な使い捨ての道具に過ぎないのです。」
彌浄童子は厳しい口調で警告した。
「我が主霧霞童子様は今のこの国の歪みをそのままにして置くつもりではありません。」
「私が今ここに来ているのはあなた方にそれを伝えるためです。」
雅は自分が何か大きなことに巻き込まれるような不安を感じた。
自分に一体何ができるのであろうか。
硬い表情になった雅を見て彌浄童子は告げた。
「実は霧霞童子様は雅様に一度お会いしたいと申しております。」
173、慧快の托鉢
粗末な墨染の衣を着て慧快は托鉢に回っていた。
「慧快さんその恰好はどうされたのですか。」
時次郎は慧快を二度見して尋ねた。
「実は兄弟子が住職を務めるお寺がとても貧乏なので、
朋友皆で托鉢に回っているのです。」
「まさか公認エクスタミネーターで稼いでいるとは言えないので
地道に托鉢に回っているのです。」
時次郎は慧快の意外なところを見て、
「黄泉音様や銀さんが見たらなんと言うか。」
慧快は顔を赤らめて、
「お二人には内緒でお願いします。」
時次郎は隠しても黄泉音にはばれてしまうと思ったが可哀想なので黙っていた。
いつもの明るさが全くない慧快だったが意外にも御報謝は多く貰えたので、
兄弟子が住職を務めるお寺にいそいそと戻って行った。
「おかえりなさい慧快さん。」
住職が慧快を出迎えて脚を濯ぐ水を井戸から汲んできた。
本当にものすごい襤褸寺であった。
貧乏神が集団で居ついているような貧乏寺で、
この寺の住職が全く無欲なのが原因だった。
食べ物、金銭は全て貧しい人々あげてしまい何もない状態であった。
御本尊に供える物にも事欠く有様だった。
だがもし慧快が大金を持ってきても住職は絶対に受け取らない高潔な僧侶だった。
そんな兄弟子が放っておけなくて慧快は他の兄弟弟子達と共に托鉢に回っていた。
黄泉音は占いで慧快が托鉢に回っていることを知り、正直面白いので銀を誘って
慧快の様子を見ることにした。
しかしながら慧快達がいくら托鉢しても焼け石に水で寺の様子は全く変わらないことに
黄泉音は疑問を持ち、よく調べてみることにした。
「銀ちゃん、何か怪しいとは思わないかい。」
銀は慧快の人柄を思い浮かべて思ったままを答えた。
「慧快さんお人好しだから、何かに騙されているんじゃないかな。」
黄泉音は寺に物乞いに来るのが常に同じ顔ぶれで繰り返しやってくることに気付き、
「お寺にいつも物乞いに来る連中がとても怪しいねぇ。」
二人は物乞いに来た連中の後をつけてみることにした。
その物乞いたちが何故か一か所に集まりだした。
「やっぱり変だね、どうしてあんなところに集まるのかね。」
集まったところは新興宗教の桐信教会の集会所であった。
黄泉音と銀は建物の中に潜り込みこっそりと聞き耳を立てた。
「小田桐教祖様今日もまたあの貧乏寺から金銭をせしめて参りました。」
教祖と呼ばれた老人は嫌らしい笑顔を浮かべて物乞いに化けた信者たちを労った。
「皆様のお力でこの教会もとても立派な物に成りました。」
「いずれはあの寺を廃寺に追い込んで桐信教会の第二集会場にいたしましょう。」
「本当に有難う御座います。」
話を聞いて、銀は激怒した。
思わず白鞘の霊験あらたかな太刀を抜いてその場にいる連中を皆殺しにしそうになった。
黄泉音は静かに銀を止めて恐ろしい声で呟いた。
「あの連中、ただ地獄送りにするだけじゃ到底私の気が収まらない。」
「もっと厳しい罰を与えて苦しめてやらないと。」
実に銀以上に黄泉音は怒っていたのであった。
黄泉音と銀が教会の建物から出ると中では祝賀会が始まっていた。
「いったい、何の祝い事なんだろうねえ。」
皮肉っぽく黄泉音は呟いた。
建物に強い結界を張り、内側から一切のものが出られないようにした。
そして強力な呪いをかけ、中の信者達は餓鬼のように飢えて満たされなくなった。
呪いのかかった信者達は集会場の中の食べ物を全て食い尽くした。
やがて飢えた信者達は小田桐教祖をじりじりと追い詰め始めた。
「待て私は食べられないぞ、止めてくれ、そんな目で私を見るな。」
小田桐教祖は豚のような悲鳴をあげ、生きながら信者達に食い殺された。
更に残った信者達は共食いを始め五体満足な者は一人もいなくなった。
そして食べられる物が無くなり餓死して全滅した。
中に生きている者がいなくなったことを確認してから、黄泉音は呪いを解き、
結界を解いた。
黄泉音と銀は漸く気持ちが晴れ、二人は慧快の所に向かった。
慧快は突然黄泉音と銀が訪ねてきたのに驚いた。
一目見るなり銀は慧快の托鉢僧姿にしばらく笑い転げていた。
「銀ちゃん、あまり笑っちゃ可哀そうよ。」
黄泉音も初見で吹いていたがやがて真顔で、
「慧快さん、このお寺も元通りになりますよ。」
「このお寺に取り付いた餓鬼共は全部退治しましたから。」
黄泉音は慧快に笑顔で答えた。
174、妖子の涙
本来の化狐の姿に変化できる様になった妖子はとても不安であった。
「私は一体どうなってしまうのだろう。」
「四方音様や銀さんは心配なことは何もないと言っていたけれど。」
そんな妖子の許に美猫が訪れた。
「妖子ちゃんきっと心配はいらないと思うよ、もし何か危険なことがあるなら、
銀ねぇならキチンというと思うよ。」
美猫は不思議そうな顔をして呟いた。
「しかし、わかんないんだよねえ。」
「銀ねぇが妖子ちゃんの覚醒を促すためとは言え妖子ちゃんにあんな危険ことを
させるなんてとても信じられないんだ。」
「中央公園でホームレス生活をしていた時だって、
仲間の命を守ることを最優先していたのに。」
妖子は実は四方音の指示であることも、銀が最後まで抵抗していたことを知っていた。
だからこそ、デミバンパイア以上の魔力を持つさつきをサポートにつけてくれたことも。
ただ、本当の四方音のことを美猫に話すわけにはいかなかった。
美猫は四方音がただの不思議少女だと信じていて、四方音もまたそれを望んでいた。
「銀ねぇじゃないとすると一体誰が今回のことを仕組んだんだろう。」
妖子は美猫には本当のことを打ち分けたかったがそれでは四方音の正体がばれてしまう。
どうやって美猫を納得させる事ができるか見当がつかなかった。
そこへさつきが訪ねてきた。
実はさつきも妖子のことが心配だったのであった。
「妖子ちゃん、大丈夫少しは落ち着いたかな。」
「今だから白状するけどデミバンパイアに魔力を使うのは、生まれて初めてだったんだよ。」
「でも妖子ちゃんを守るために必死なってやってみたらちゃんと魔力が使えたよ。」
美猫は銀の依頼を受けたさつきも必死だったことを理解した。
「さつきには自信がないから断るという選択肢はなかったんだ。」
美猫はさつきの勇気を誇らしく思った。
「意気に感じるというやつなんですよ。」
さつきは照れくさそうに答えた。
「さつきさん、本当にありがとうございました。」
妖子は思い出すと感謝の気持ちで涙が止まらなくなり、嗚咽しはじめた。
美猫は気まずくなって、さつきと一緒に妖子のもとを離れようとした。
妖子はふと美猫に話しかけた。
「美猫さん、近い将来全てを打ち分ける日が来ますので待っていて下さい。」
175、寒河江照宗の恩返し
貧乏寺の住職で古宮慧快の兄弟子の名は寒河江照宗と言った。
慧快はこの寺は以前のように元通りになると伝え、事実そうなったので、
寒河江照宗は慧快の裏家業の協力者である比良坂黄泉音に
直接会ってお礼をしたいと考えた。
しかし、高位の変化の占い師の居所は全く見当がつかなかった。
そこで虱潰しに占い師を探すことにした。
ボロボロで粗末な墨染の衣を着た僧侶の姿は亜人街ではとても目立ったのであった。
偶然にも滝口時次郎に道を尋ねたので時次郎は慧快の関係者ではないかと思い
道案内をすることになり一緒に黄泉音の所に行くことになった。
黄泉音を訪ねてくるとは慧快の関係者とはいえ、また変わった坊さんだと思った。
時次郎は少し話を伺うことにした。
「照宗様は慧快様の同門でいらっしゃるのですか、」
「弟弟子の慧快のほうが才能も有るのですがこちらが心配なるほどお人好しなのが
私には心配の種です。」
時次郎は慧快がみんなに愛されているのだなあと思い。
頭の中に慧快の笑顔が浮かんだのであった。
黄泉音は珍客の到来に驚き面白がった。
「あなたがあの寺のご住職で慧快様の兄弟子の照宗和尚様ですか。」
「あの時はご不在だったので慧快様にご伝言をお願いして立ち去ったのですよ。」
照宗は深々と頭を下げ、
「此方こそ、お礼に伺うのが遅くなりまして申し訳ございません。」
「御蔭様でお寺を無事に立て直すことができました。」
照宗は懐から水晶で出来た小さな地蔵菩薩を取り出し黄泉音に渡し、
「実はこれはお寺の所有物ではありません、私個人の守護仏なのですが、
是非これを黄泉音様に持っていて頂きたいと思いまして。」
「この仏さまは今まで私が困った時、つらい時に助けとなり守ってくれました。」
黄泉音は流石に遠慮して中々受け取れなかったが、照宗の熱意に負けて受取ることにした。
さて後日の話であるが黄泉音が悪夢と戦っている時には
必ずこの地蔵菩薩の化身が助けてくれるので悪夢に苦しむことが無くなったのである。
寒河江照宗が晩年に養子として育てた子が寒河江弐公で次の代の密教の総本山の管長になり、
時次郎、後の道雪に慧快の書き残した日輪の遺産を委ねるのであった。
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