大量の兵器がならぶ格納庫を、2人のガバナーが歩いている。
漆黒のドレスをまとった武器商人ノーチェと、イグナイトをまとうVFの楽師オルフェ。
「竜撃戦によって、主力となった第三世代ヘキサギアの数は激減しました。
この機会に、過去の遺物を運用してはいかがですか?」
ノーチェが蠱惑的な声で、ならぶ兵器について語った。
第一・第二世代ヘキサギアとともに運用された数々の武具。第三世代ヘキサギアが主力となるなか、ガバナーの役割が変化したことによって捨てられたもの。高出力であることを重視して作られた数々の装備には、ヘキサギアを破壊するだけの威力がある。
しかし、オルフェは興味をしめさなさい。横目で確認だけして、すぐに先に行ってしまう。
「つれないですね、楽師様。すべて見せろと求めてくださったのは、あなたがたのほうなのに。」
「絡みつくな、魔女。商談がただの建前であることはわかっているはず。
我が主からうけた命は、貴様らの戦力を確認すること…それだけだ。」
「つまらない。命じられた以上のことをしようとは思わないの?
うまく商談をまとめあげれば、大好きなSANAT様が喜んでくれるかもしれないのに。
あなたにならば、捨て値でさしあげますよ?」
「無駄な誘惑だ。貴様からは何も買うなと命じられている。」
オルフェは、迷うそぶりなく甘言を切って捨てた。
困ったようなため息をつきながら、心の中でノーチェが笑う。敬虔な者ほど、堕ちる姿はうつくしい。
ノーチェが端末を操作する。床がひらいて、地下へとつづく階段があらわれた。
「…隠し部屋があるとは、聞いていないが?」
「そうですか?記載漏れですね。」
ノーチェが階段をおりていく。ためらいながら、オルフェがついていく。
地下室には、巨大な残骸が置かれていた。摩耗した一部だけだったが、オルフェにはそれがなにかわかった。赤い鎧、蝙蝠のような両翼、長い首の先にある多重の牙。
オルフェは兜をとり、涙をながしながらそれを崇めた。
「ぉ…おお…おお…!!この、神々しい姿は…!!」
「竜撃戦のあと、赤竜はLAが回収した。これはその一部をちょっとした詐術で手にいれたもの。
SANATの、VFの、そしてあなたの手元にあるべき機体だと思うけれど?」
わざとらしく、蠱惑的に。とりつくろうのをやめて、ノーチェが本性をあらわに語る。
あきらかな罠だと、相手にわかるように。罠とわかっているから出し抜けると、相手が思いこめるように。
「なにが望みだ…?」
オルフェは敬愛する主のために、主との約束をやぶった。
ノーチェは笑いだしそうになるのをこらえて、交換条件を語る。
「だいじょうぶ、簡単なことよ。首1つ落としてくるだけだもの。」
***
LA基地では、大破したコケコ卿とミルコレオの修理が行われていた。プラズマキャノンは中枢まで達しており、メインフレームをほぼ入れ替えることとなった。
レイブレードインパルスのパーツは希少で替えがなく、ロードインパルスの骨格によって代用された。ロードインパルスの骨格や人工筋肉は優秀で、2機はこれまで以上の立体機動能力を手に入れることができたが・・・代償としてレイブレードと共振励起をうしなった。
切り札をうしなった2機は戦略の見直しを求められた。
「やはり剣だな。騎士には絶対に必要だ。」
「槍はどうだ?前々から思っていたが、特攻癖のあるおまえにはこちらのほうがピッタリだぞ。」
「ふむ。悪くはないが・・・コケコ卿の軽さだと衝撃に耐えきれるか。逆にふきとぶかもしれん。」
「となると、レーザーブレードか。代わり映えしないな・・・。」
コケコ卿にはブースターとレーザーブレードの複合兵装であるエグゼニスウイングが、ミルコレオにはバイティングシザースが装甲のように増設された。コケコ卿は追加ブースター、ミルコレオは装甲によってうしなった共振励起を補う形だ。
トロスが端末を操作し、パーツの手配をすませた。
「ブースターは高価で需要も高い。まわってくるまでだいぶ時間がかかる。
しばらくはお休みだな、ルシア。」
「しかたあるまい。あの状況ですべてを失わなかっただけ幸運だった。」
「たしかにな。それで・・・どうする?」
トロスがちらりと物陰をみる。ルシアたちを隠れて見ていた少年―リトルがあわてて顔をひっこめた。
「懸想されているようだぞ。まぁ、いまのおまえは客観的に見て美女だからな。それに助けられたとあっては多少気になるのはしかたあるまい。」
「そうなのか?だれかを思い慕う心というのものは、よくわからないな…。」
トロスの言葉をうけて、ルシアが困惑したように自分をみやった。
ルシアの身体は、不自然なほどに均衡がとれている。病的なまでに白い肌も、黄金の髪に彩られると美しい。青い目はすんでいて、見ているだけで吸いこまれそうだ。
「おまえの騎士道とおなじようなものだ。万人が納得するような理屈はない。」
「気にするものにとっては、騎士道ほど大切なものということか。」
そんなに大切なものでないから、気にしなくていい。トロスはそう言ったつもりだったが、ルシアは逆の意味でうけとったようだった。
ルシアがリトルのほうへと、つかつかと歩いていく。
面倒なことになるかもしれない・・・トロスは心の中でため息をついた。
***
LA輸送部隊は、山岳を進んでいた。
制圧した野盗の基地から、ヘキサグラムを本部へ運んでいたのである。
輸送隊の中心となっているのは、スケアクロウたちだ。作業腕フレキシブルアームやチェーンソーをつかい、荒れ果てた野に道をひらいていく。満杯になったヘキサグラムストレージが幸せそうに揺れる。
スケアクロウたちのおかげで、旅は快適そのものだ。
随行する歩兵たちの雰囲気も明るい。なかには、山岳からの景色を楽しむものもいる。
「おいおい、これはゆるみすぎじゃないか?」
『問題ありません。先行偵察しているモーター・パニッシャーも安全だと言っています。』
護衛であるロード・インパルスのガバナーが笑う。言葉こそ咎めるものだが、手に酒をもっていた。彼の相棒であるKARUMAが、落ち着いた声で分析をくだす。
「みんな育てば人っぽくなるもんだが、おまえはずっと堅物だな、ロボ。」
『KARUMAは主人を補うように育ちます。この思考パターンはあなたのせいですよ、ブランカ。』
「おお?もしかして責められてる?それとも事実を言ってるだけか?」
『両方です。』
ロボのセンサーが異変をかぎとった。すぐにブランカが手をあげて、部隊の歩みを止める。
岩陰から、焦げついたなにかが見えている。
ぬき足さし足でしのびより、ロボがそれを確かめた。
それは先行しているはずの、モーターパニッシャーの残骸だった。
「ッ撃てぇぇーー!!!」
怒号とともに、ミサイルの射出音がいくつも響きわたる。
スケアクロウたちが四方八方へと逃げ惑うが、ミサイルは驚異的な追尾力で彼らにぶつかっていった。
爆発音と悲鳴。スケアクロウの残骸が炎とともにふきとんでいく。
「ロボ、スケアクロウを守れ!」
『ガバナー、離脱を推奨します。この武装がこれだけの数となると、相手はおそらく・・・。
もはや勝ち目はありません!』
「うるせえ!俺たちは護衛なんだ、死んでもあいつらを逃がす!」
ロボは地面を蹴って、スケアクロウたちのもとへ駆けもどった。
ロボのチェーンガンとブランカのマシンガン。2つの銃口が、スケアクロウを襲うミサイルを撃墜する。
「スケアクロウ隊!一列になって離脱しろ!
相手は牛だ、突撃を意識しろ!横に避けて囲いこめ!脚をぶったぎって殺せ!
安心しろ、敵は弾切れだ。もうミサイルはこない!」
ブランカの号令によって、ちらばっていた輸送部隊が列をなした。
漆黒の巨躯が駆ける。デモリッション・ブルート。野牛を模した重戦闘用ヘキサギア。
鉄塊のような四肢で斜面を踏み荒らし、群れをなしてスケアクロウ部隊へと突撃する。
逃げのびようとするスケアクロウとは逆に、ロボとブランカはブルートたちへとせまった。
チェーンガンで掃射するが、重装甲におおわれたブルートの巨躯はそれを意に介さない。傷を負いながらも、獲物にむかって突撃しつづける。
「全射撃武器をパージ!刀を抜け、ロボ!」
2人は、ロボの胴におさまっていた大剣を引き抜いた。
サムライマスターソード、高出力のレーザーと鋭い刀身をあわせもつ名刀。
生まれ持った腕とアーマーから延びるサブアーム、2つの腕でブランカが刀をふるう。ブルートたちの間をすりぬけ、関節を斬って足をくじく。
ブルートはバランスを崩して転がった。乗っていたガバナーが下敷きになる。
「いける!これなら・・・!」
しかし、ロボとブランカの快進撃はそこまでだった。
美しい賛美歌とともに、刃と化した空気がロボへと突き刺さる。衝撃をうけたロボはブルートへとぶつかり、群れの外へと弾き飛ばされた。
音のもとは、赤いスズムシのようなヘキサギア…アンプァーだった。ライブアックスをもったガバナー・・・オルフェが2機をにらんでいる。ライブアックスによって発せられた音がアンプァーによって増幅されロボのもとへと飛んできたのだった。
(そうか、こいつがモーターパニッシャーをやったガバナー!
電子戦用の機体、そのせいでここまで襲撃に気づけなかった…!不意討ちを許しちまった…!)
視界をおおいつくす、鋼鉄の野牛。せまってくるそれは、恐怖のせいか山よりも大きく見えた。
スケアクロウのガバナーが、ふるえる手で操縦棍を握りしめる。まだ、まだ早い。
野牛が目前へとせまったところで、操縦棍を横に切った。スケアクロウが横へとたおれこみ、さきほどまでいた場所をブルートがぬけていく。
しかし、それでもなお、かわすのが早すぎた。恐怖にふるえたガバナーが見ていた以上に、ブルートは遠くにいた。
ブルートは軌道を修正し、スケアクロウへとぶつかった。大角がストレージをつらぬき、破壊する。
「ぉ、おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
チェーンソーが吼える。身体へと突き刺さったそれがブルートの動きをにぶらせた。
いたるところで、おなじようなことが起きた。
突撃をかわしたスケアクロウが、デモリッションブルートへと次々とむらがっていく。
「…不意討ちをうけて、なお先陣を崩さない。忌まわしいが、見事な用兵だった。」
アンプァーがロードインパルスをつらぬき、中からKARUMAをひきぬいた。
オルフェは、ブランカとロボの2つをかかえて戦場から離脱した。
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