LA部隊は、枯れた山岳地帯を進んでいた。
そこにかつてあったであろう自然は、汚染によって消えている。
兵士はだれもが無機質な鎧―アーマータイプを身にまとい、香る瘴気から身を守っていた。
その傍らには、機械の獣たち―第三世代ヘキサギアが歩いている。
「見えてきたな。」
騎士ルシアがつぶやいた。
眼下にひろがるのは、野盗たちの集落。
放棄された基地をもとに作られ、各所にセントリーガンが配備されている。
見えているものは、威嚇のためわざと晒してあるのだろう。実際はもっとあるはずだ。
「対空火器が充実している。空から攻めるのは無理だな。
野盗とは思えない、すばらしい設備だ。おお、開発されたばかりの新型まであるじゃないか。」
トロスが技術屋らしい見識を見せた。
みなの顔が曇る。
先日、LAの1部隊が突如反逆し、LA基地を襲撃。近くの集落から住人をさらっていった。
ルシアたちは、住民の救出―そして裏切り者を始末する命をうけ、ここにきた。
しかし、思いのほか任務は困難なものになりそうだった。
「このぶんだと、報告にあったボルトレックス2機以外も揃えているかもしれんな。
彼らは寄る辺のない野盗ではない。強力な支援者がいる。」
「元はLAの正規兵。ただの野盗と思わないほうがいいか…。」
「攻略するだけでも難しいだろう。もはや人質は諦めるべきだな。
射程外からの砲撃で、廃墟ごと焼き払おう。」
「いや、人質の救出はせねばなるまい。それが騎士のつとめというものだ。
…それに、裏切り者ごと住民を焼いたとあっては、LAから人心がはなれる。」
ルシアの言葉をきき、トロスが考えこむ。
トロスにとって人心などどうでもいいが、彼が所属するLAはそうではない。
人類支配をもくろむ悪のSANATに対抗する正義の組織・・・そういう建前を大切にしている。
事が露見すれば、研究者としての地位をとりあげられるかもしれない。
「科学の発達には犠牲がつきもの。それを理解する者が少なすぎるな…。
まあいい。ならば陽動作戦しかあるまい。敵と人質を切り離す。
全員、ヘキサギアを換装しろ。」
輸送用の顎無しモーターパニッシャーから武装が降ろされる。
ロードインパルス3機がスナイパーキャノンを装備した。
ルシアの<コケコ卿>とトロスの<ミルコレオ>には電子戦装備が搭載された。
輸送用モーターパニッシャーは、連絡のためLAへと帰っていく。
「ロードインパルス部隊がここから狙撃を行う。
当て所はよく考えろ、人質をまきこむ可能性がある。
建物からはなれたヘキサギアや、僻地のセントリーガンだけねらえ。
敵勢力が応戦してきたら私とルシアで潜入。人質を救出し、基地を焼く。」
作戦が始まった。
ロードインパルス3機が、崖上から基地へとスナイパーキャノンを見舞う。
銃弾は、建物をかすめるようにとんでいった。
数機のセントリーガンが沈黙するが、見えているものすべてではない。
射程がひらきすぎてギリギリ当てきれない、そう思われるようによそおう。
基地から、モーターパニッシャー3機が飛びだしてきた。
ボルトレックスも3機いる。やはり、報告以上のヘキサギアがいるようだった。
ボルトレックスは、モーターパニッシャーの多脚にがっしり固定されていた。
エアフローターによって、一気に崖上へと昇ってくる。
スナイパーキャノンがモーターパニッシャー1機をつらぬく。
つるさがっていたボルトレックスといっしょに、崖下へと墜落していく。
ふらふらと小回りをきかせるモーターパニッシャーに当てることは、難しい。
撃墜できたのは1機だけだった。
切り離されたボルトレックス2機が崖上へと降り立つ。
『GAAAAAAAAAAAAA!!!!』
2機の白竜が吼える。呼応するように、獅子たちも咆哮した。
ロードインパルスのガバナーが、あわててスナイパーキャノンを切り落とした。
獣性を解放した機械たちが、しなやかな動きで跳ね、絡み、互いの武器をぶつけ合う。
一方、ルシアとトロスは基地内部へと潜入していた。
幸い、ここは元LAの基地。トロスの手元には地図データが残っている。
それらしい場所に当たりをつけることは簡単だった。
人質たちは、屋内訓練用の大部屋へと集められていた。
警備はふたり。ルシアがスタニングレイピアをふるい、気絶させた。
しかし、助けられたというのに、人質たちはルシアへと怯えた視線をむける。
「我々はLAの騎士だ。さらわれた貴公らを助けにきた。
どうか安心してほしい。」
ルシアの説明をうけても、人質たちは怯えている。
困惑するルシアをよそに、トロスはなにか納得したようだった。
「ふうむ、なるほどな。こいつらは反逆者だぞ、ルシア。
さらわれたのではなく、自分から望んでここにきたのだ。」
「なに…?」
「しかし妙だな。おまえたちD-16の住人は比較的優遇されていた。
わざわざ離反する必要はないと思うが…?」
トロスが人質たちに問いかける。
彼らは怯えて答えなかったが、代わりに蠱惑的な声が響いた。
「それはもう、LAの非道な人体実験から逃げるためでしょう。」
漆黒のドレスをまとった魔女、武器商人ノーチェだった。
ルシアは、反射的にノーチェへと剣をかまえた。怒気にふるえながら、ノーチェをにらむ。
「また貴様の仕業か、ノーチェ…!なぜそこまで人を弄べる?」
すぐにでも飛び掛からんとするルシアを、トロスが止めた。
怯えた人質たちを指し示す。ルシアは、恥じるように剣をおさめた。
「非道とは誤解だな。たしかにLAは人体実験を行っているが、それは希望した兵士にだけだ。
くわえて、兵士たちには特別手当を支払っている。仮に四肢が動かなくなっても困らないほどな。」
トロスの言葉は真実だった。LAは、人材を使い捨てるほど馬鹿ではない。
再生可能なパラポーンを有するVFを相手に、そんなことはしていられないのだった。
しかし、ノーチェは鈴を転がすような声で笑う。
「確かにそのとおり。でも仮に、もし悪―SANATを討てるのであれば、話は別。
正義のためならば、LAは非道を犯せる。
D-16の住人は、極めて稀有な特異体質。いくら強化のために薬漬けにしても、壊れない。」
「なるほど、そういう虚言で上層部を動かしたわけか。
上層部の一部を非道な実験にはしらせ、その情報を兵士たちにリークにする。
一銭の得にもならないというのに、よくやるものだ。仲間割れを見るのがそんなに楽しいのか?」
「ええ。騎士様の戦友が殺し合うのですもの、どんな菓子よりも甘美ね。」
人質たちが困惑した表情になる。目の前で語られた真実が、飲み込めないようだった。
人質たちにとってノーチェは、兵士たちとともに自分を救ってくれた存在。
それがいま、こうもあっさりと自分たちを騙し、傷つけたのだと告白している。
大顎で建物をつきやぶって、巨大な機械虫<サンダービートル>があらわれた。
背につけられたプラズマキャノンが、深緑に輝く。銃口の先には、住民たち。
ルシアがすぐさま駆けた。スタニングレイピアを投げ放つ。
サンダービートルの背に、レイピアが突き刺さった。流れる電流が、機能を一時的に麻痺させる。
「全員、私についてこい。ここから脱出するぞ!」
トロスが号令をかける。人質たちが懸命に建物の外へと走っていく。
追おうとするサンダービートルに、駆けつけたコケコ卿とミルコレオがとびかかる。
鶏の騎士と虫混じりの獅子が、巨大な機械虫を叩き、うち崩していく。
コケコ卿は尻尾の物理ブレードで、ミルコレオは鬣の大角で。
2機の動きはすばやく、巨躯を誇るサンダービートルはうまく対応してきれていない。
『おいトロス!こいつデカいくせに弱ェぞ!このままレイブレードで終わるぜ!』
「ミルコレオ。そんな一瞬で終わらせていいのか?いたぶってお前の強さを示してやれ。」
『たしかにそれもいいな!オラァ、いくぜェ!』
聖剣レイブレードは使用できない。汚染レベルを上昇させれば、住民たちに被害がでてしまう。
火器を使おうにも、下手に弾をだせば人質に当たりかねない。
サンダービートルの重装甲は堅牢で、なかなか突破できない。
必殺の武器がつかえないなか、軽装甲の2機は少しずつ追い詰められていった。
一方、ルシアとノーチェは斬り合っていた。
剣技で勝るルシアを、ノーチェが仕込んだ罠の数々で翻弄する。
VICに侵され、ルシアのアーマータイプは半ば機能を停止していた。
(サンダービートルの重火器を使わせるわけにはいかない。
スタニングレイピアで麻痺している間に終わらせねば…!)
ルシアがノーチェへと剣をなげつけた。
予備の2本目を失い、徒手空拳。
踊るように剣を避けたノーチェへと、愚直に突進していく。
ノーチェの顔が愉悦に歪む。碑晶質の短剣がアーマーを貫通し、ルシアの肉を穿った。
「焦ったわね、騎士様。今回はこれでお終い?」
短剣を胸に刺したまま、ルシアがノーチェの腕をつかむ。
「終わりだ。貴公の悪行は、ここで終わる!」
ルシアのアーマーから、カチカチと耳障りなタイマーの音がする。
それに気づいたノーチェが必死にルシアからはなれようとするが、かなわない。
アーマーが爆発し、ルシアとノーチェは炎へと飲みこまれた。
宙に浮くモーターパニッシャーを、ロードインパルスが蹴る。
突然の方向転換に対応しきれず、ボルトレックスが切り裂かれた。
つづけざまにチェーンガンが掃射され、モーター・パニッシャーが沈黙する。
崖上の戦場に残ったのは、ロードインパルス2機。
五分五分といった戦力比だったが、なんとか勝利をおさめることができた。
ガバナーたちは、生き残ったことを実感するようにため息をついた。
眼下の基地が爆発する。
人質たちを引き連れて、トロスとミルコレオがやってきた。
コケコ卿が、焼け焦げたルシアを乗せている。なんとか生きているようだった。
「諸君、ご苦労だった。敵勢力は全滅、人質も無事だ。見事な戦果だな。」
「貴公らが…生き残って…よかった。」
「喋るな、傷にさわるぞ。」
部隊はLAへと戻っていった。
「熱い抱擁だったわね、文字通り、半身が溶けるような。」
『腕を掴まれただけです。義体の損傷は80%、半身どころではありませんね。』
コックピットへと乗ったノーチェの身体は、右上半身しか残っていない。
トドメを刺されれば終わり。絶体絶命の状況。
仮死状態となり、死んだと見せかけることでなんとか逃れたのだった。
「ただ事実を語るだけなんて。あなたは本当につまらないわね、ビートル。」
『真の戦いに、詐術は必要ありませんので。あなたがやっているのはお遊びです。』
「お遊びでいいじゃない?人生、幸せに生きていかないとね。
それに、嘘ばかりじゃない。D-16のうちひとりは、本物だもの。」
ノーチェが虚空へと手をのばす。愛しい人を想って、あまくささやく。
「くすぶる火種にあなたがどう焼かれるのか。楽しみね、ルシア。」
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LAの1部隊が突如離反。街の住人をさらって山岳基地へと閉じ籠った。
事態に対処すべく、LA上層部は騎士ルシアと研究者トロスに出撃を命じる。
第三世代ヘキサギア部隊による、山岳基地の攻略が始まった。
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