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真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版26

こんばんわ、アンドレカンドレです。

前回より時間が空いてしまいましたが、ようやく更新できました。
涼州編、非常に長い内容になってしまいました。
この先の展開も再編集前から大きく内容が変更されていますので、

続きを表示

2020-06-21 19:26:50 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1208   閲覧ユーザー数:1185

第二十六章~その想いを一撃に込めて~

 

 

 

「早く前線に戻るぞ、北郷!」

「分かっている!」

麒麟との死闘からおよそ半刻ほど、一刀は春蘭とともに涼州の街、両側を建物に囲まれた道を走り抜けていた。

霞は先の戦いで負傷した愛馬と意識がない恋を介抱するためにその場に残り、様子を見て華琳がいる本隊に合流する

という方針となった。

先を走る春蘭と後ろをついて行く一刀。春蘭は時折、苦悶の表情を浮かべ腹部を押さえている。

先の戦いで負傷していたのは春蘭も同様だったのだろう。

「春蘭、お前も休んだ方が・・・」

「黙れ!」

春蘭の身を案じた一刀の提案を春蘭は一蹴した。

「今は季衣達と合流することが先決だ!」

「・・・」

今、季衣や秋蘭達が前線に立ち、傀儡兵達と戦っているだろう。

春蘭が気が気でない事は分かっていたため、一刀はそれ以上の事は言わなかった。

そして何より、一刀自身が他人の身を心配できる程度の余裕がなくなっていた。

「く・・・!」

突然、足から崩れ膝を折る一刀。転倒する事は避けられたが、その場から動けなくなっていた。

春蘭もその事に気づき、足を止めて後方で倒れた一刀の元に急ぎ駆け寄った。

「北郷!何をしている!」

一刀の前にしゃがみ込むと、少し乱暴に一刀の肩を掴み身体を揺すった。一刀の身を一応に案じてはいたが、

一刻を争う中、気持ちが焦って中々加減が出来ないでいた。

「ごめん、春蘭。俺は・・・少しここで休んでいく」

自身の身体を揺する春蘭の腕を掴むと、一刀は優しく払った。そして立ち上がり、民家の前まで移動すると壁に背中を

預ける形でその場に座り込んだ。

「北郷・・・?」

「あぁ、少し休んでから・・・すぐに追いかける。だから・・・」

「北郷、貴様・・・」

一刀の様子に違和感を感じた春蘭。しかし、先を急がないといけない状況の中、一刀ばかりを気に掛けるわけにはいかない。

「そうか、ならば私は先に行く。お前もすぐに来い!いいな!」

そう言い放つと春蘭はその場から走り出した、一刀に目をくれる事もなく。

そして春蘭の姿が見えなくなった事を確認できた一刀は一息をつくのであった。しかし・・・

「ゔ、ぅおおおおおお―――ッ!」

突然、一刀の口からおびただしい量の血が吐き出される。その血は地面をあっという間に赤く染め、

辺りは一面血の海と化した。それだけにとどまらず、全身の至る所より出血、同時に身体が引き千切れんばかりの激痛が

全身を襲い、気を抜いた瞬間に意識を失うような状態になってしまった。

麒麟との戦いで蓄積していたダメージが一刀の身体に一気に押し寄せたのであった。

無双玉、于吉たちが言っていた、外史を構築するに必要とする、膨大な情報量が一刀の中に存在する。

情報の力を利用する事で『身体強化』を図っていたが、利用する事を止めた途端にこの有様だった。

「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

両肩で息をする一刀。息を整え、気持ちを落ちつかせると意識を集中させる。

すると、出血が一瞬で止まり、激痛も自制内にまで緩和した。再び力を使い、身体強化を図ったのだ。

「・・・・・・、これが、強大な力を得た代償、ってやつなのかな?」

楽々と強くなれるわけがない。それは百も承知の上ではあったが、どれの程の代価を支払わされるか、

最近まで考えてこなかった。考え始めるようになったのは、自身の身体に異常が現れた時からだった。

「露仁・・・、じいさん・・・」

露仁は言った、力を使う事を恐れるな、と。だが一刀は恐れていた、力を使う事を。

何故ならば貂蝉から教えられていたからだ。力を使い続ければ、自分はどうなるのかを。

 

「まさか街の下にこんな空間があったとはな」

「これが噂に聞く、地底世界っちゅうんやつかぁ?」

光の届かない、薄暗い洞穴。道は一本で更に坂道となっており、凪と真桜は警戒しつつも下へ下へと降りていた。

「あたしだってこんな場所があるなんて知らなかったよ。きっとあいつが・・・」

そう言ったのは、二人を先導するため松明を片手に前方を歩く翠。

「祝融が・・・」

祝融。撫子が語った、現在の涼州の刺史の名。しかし、その名の刺史は存在しない。

外史喰らいに連なる存在である事は間違いないだろう。

「・・・・・・」

「翠?」

突然喋らなくなった翠。凪はどうしたのだと声をかけた。すると、翠は何を思ったのか足を止めた。

「・・・すまない」

「えっ」

「あたしは、お前たちに・・・」

あんなひどい事をしたのに、翠は二人にただ申し訳ない気持ちを改めて伝えようとした。

だが、言葉にする事を一瞬ためらってしまう。もしかすると二人に嫌われたかもしれない、失望されたかもしれない。

友達だからこそ、それを確かめるような事に抵抗を感じてしまった。しかし、それでは今までの自分と変わらない。

そんな自分の心の隙を祝融につけ込まれてしまったのだから、ここで怖がっていては何も始まらないはずだ。

翠は一歩前に踏み出すための勇気を振り絞ろうとした。

「ちょい待ち!」

だが、そんな翠の覚悟に待ったをかけた。

「二度も謝るんはなしやで」

「だ、だけど、あたしは・・・!」

「真桜の言う通りだ。翠はすでに私たちに謝罪した。

元々私達はお互いに恨んでいたわけではない。だから私はもう許しているし、それは真桜も沙和も同じだ」

「せやせや、もしどうしても言いたいんやったら、ありがとうとでも言うたらええ。謝ってばかりやとお互いに気が滅入る一方や」

「あぁ、確かに。私もそちらの方が良いな」

「・・・・・・」

二人のお陰で謝罪する機会を完全に失う翠。しかし、それがとても心地良く思えてしまった。

自分に向けられた二人の微笑みは直視するにはあまりに照れ臭く、翠は少し視線を外してこう言った。

「・・・あ、ありがとう」

「「どういたしまして」」

凪と真桜の声が重なり、洞穴の中で響いた。

 

―――時間は少し前に遡る

「駄目だ、このままじゃ・・・駄目なんだ」

翠と凪達が一戦を交えた直後の事。凪達と友情を確かめていた翠が目元に溜まった涙を裾で拭って華琳に発した発言であった。

「どういう事かしら?」

何の脈絡もなく、唐突に発せられた翠の言葉に当然疑問を抱く華琳。だが、予感はあった。

「奴は・・・祝融は、涼州の民達を怪物に変えてこの戦いに利用しているんだ」

最初は誰もその言葉の意味を理解する事が出来なかった。翠自身も理解していないところがあるのだろう。

それでも伝えなくてはいけない事を必死に言葉で紡ぐ。

「何言っているのか、あたしも分からないけど・・・人間が怪物に変えられているところを、この目で見たんだ!」

「なら、いま私達が戦っているのは涼州の・・・」

「ここに住んでいた民達なんだ!」

その場にいた者達が言葉を失う。まさか、自分達が守ろうとしていた民達と自分達は戦っていたとは。

今まで戦ってきた傀儡兵達の正体が、この大陸に住む民達の成れの果てだったのだ。

その事実を突き付けられた翠がどんな気持であったのか。

「それで、曹操をやれば涼州の民は助けるって、祝融に言われて・・・」

「まさか、そないことを真に受けたんか?」

真桜は翠に聞く。仮に華琳を殺したとしても、果たして祝融がそのような約束を守るだろうか。

祝融という人物を理解していなくても、翠を利用するだけして最後に切り捨てる魂胆だろうという事は明白だった。

「・・・他にどうしようもなかったんだ!あんな化け物みたいな、一体どうすれば・・・!」

「落ち着いて、翠ちゃん!」

手で抱えた頭を横に振る翠に寄り添う沙和。しかし、翠は冷静を取り戻せなかった。

「あれを・・・、あれをどうにかしないと本当に大変なことになる!」

「馬超!」

華琳の一喝でようやく翠は我に返り、華琳の方を見た。

「祝融は今、どこにいる?」

事態は一刻も争う程に深刻だった。

今の話が事実だとすれば、外史喰らい達と戦えば戦うほど民達が犠牲になる。

そのような外道な行為を、この大陸を統一し乱世を終わらせた覇王・曹孟徳が許容するはずがなかった。

華琳の顔は鬼の形相、溢れんばかりの怒りが彼女の身体が震えさせた。それはこの場にいた誰もが同じ感情を抱き、

それは翠も同様であった。

「祝融はこの下だ。地下に根を這っているんだ!」

 

―――そして現在に戻る

「曹操を殺せって言われて、それであたしはこの穴を通って地上に戻ったんだ。

だから、このまま降りていけば・・・」

洞穴を降りていく翠、凪、真桜。祝融が有する人間を怪物に変える何か、その正体の調査こそ三人に課せられた任務だった。

最初、桂花は反対意見を提言した。どのような経緯があったとしても華琳に刃を向けた翠を同行させる事は出来ない、

それ以前にしかるべき処罰を下すべきだと言った。しかし、華琳はその提言を棄却した。

「確かにしかるべき処罰は必要でしょう。けれど、事は一刻を争うわ。祝融の居場所を知っているのが馬超しかいない以上、

彼女の協力は絶対だと私は判断する!」

これが華琳の決断であった。沙和はその場に残り、凪と真桜の隊の兵士達は沙和達の隊に再編される形となった。

長い洞穴を降りていくと、人一人が通れる幅程度の一本道から少し開けた道になる。

暗い中、松明の灯りを頼りに進むと、植物の根のようにゴムの質感に似た黒い触手が壁を這っていた。

「これは、植物の根?」

凪は触手に手を伸ばす。しかしそれは翠の手で遮られる。

「駄目だ!そいつに触らないほうがいいぞ」

「翠、これは一体・・・」

「こいつはあれの一部だ。触れば取り込まれるかもしれないぞ、あんな風にな」

そう言って、翠はある場所を指し示す。その先にあったのは橙色の光を放つ、卵のような繭のような得体のしれないものが、

触手に包み込まれて壁際に配置されていた。凪と真桜はその中で何かが蠢いている事に気が付いた。

「う!こ、これは!?」

凪はぎょっと驚く。近くで見た瞬間、蠢くものの正体が分かった。人間の形をした影が見えたからだ。

「あ、あんまり考えとうないんやけど・・・」

この光景には真桜も顔を青ざめ、冷や汗を流した。何故なら、この先の至る所に同じものがいくつも設置されているからだ。

人間を怪物に変えるもの。それを目の当たりにした事で、凪と真桜は翠の話が現実味を帯び始めた事を身を以て実感した。

早くこの中にいる人達を救出したいが、その方法が不明である以上、下手に手を出す事は出来なかった。

「・・・先を急ごう」

「あ、ああ・・・」

「せや、な・・・」

緊張が走る中、三人は再び洞穴の先を進む。

 

華琳が率いる、魏軍本隊。

涼州の街の入り口から十里(約4-5km)ほど中へ進んだ場所。そこは普段住民達が憩いの場として利用されている

広場であった。いくつもの弊害があったものの、春蘭達が前線を上げたことで本隊はこの広場に一時的な陣を設置に

成功していた。華琳の命令のもと、軍師三人は自身が受け持った部隊の指揮を執っていた。

「敵は正面だけではないわ!常に建物の間、脇道のような横からの襲撃に警戒するよう伝えなさい!」

「屋根上からの奇襲が考えられます。偵察兵は屋根に敵が潜んでいないか確認を!」

「全ての渡しの補強は出来ていますので、慌てず二列に並んで順番に渡ってくださいねぇ」

なお、桂花は前線部隊、稟は偵察部隊、風は本陣及び後方で待機する部隊を担当していた。

街中という平原とは勝手が違う戦場に戸惑う兵士達に逐一指示を出し、混乱を最小限に抑えようと躍起になっていた。

そんな中、桂花の表情が急に険しくなり、周囲にいた人間は彼女が苛立っている事に気づき始めた。

「桂花、どうかしましたか?」

「・・・何でもないわよ」

「その割には苛々していますがね~。牛乳飲んだ方が良いのでは?」

「放っておいて頂戴」

風の煽りに対していつもは喰いついてくる桂花だが、今回は冷たく突き放した。

どこか腑に落ちないという様子の桂花。二人は心当たりが一つあった。

「もしかして馬超の件ですか?」

「・・・・・・っ!」

桂花の反応は明白だった。言葉にしなくともその反応こそが答えであった。

「やはり・・・」

「桂花ちゃん」

二人の何か可哀そうなものを見るような目に、桂花は沈黙を貫く事が出来なかった。

「・・・あぁもう!そうよ、その通りよ!けど当然でしょう!未遂とはいえ、馬超は華琳様のお命を狙ったのよ!

私の目の前で華琳様が殺されそうになったのよ!!その場で斬首されてもおかしくないでしょうに!

なのに、華琳様はその事を不問にしただけでなく、重大任務を任せるなんて!!こんなこと有り得ないわ!!」

間を置く事なく、桂花は自身の苛立たせているもの全てを吐き出した。無論、稟も風もその件については

思うところがあった。しかし、今ここで口にしてしまえば収拾がつかなくなるのは必至であったため口にはしなかった。

怒りを露わにする桂花に対して、稟は至極冷静に対応した。

「桂花。華琳様は馬超への処罰は戦の後に決めると言ったのであって、別に不問にしたわけではないですよ」

「その場で処断しなかった時点で同じようなものよ!」

「それは極端が過ぎますよ。それにその重大任務には凪と真桜が同行しています」

「馬超がまた裏切る可能性があるでしょうが!」

「まぁ確かに可能性はあるかもしない、けれど・・・」

「そんな器用な真似が出来るほど、翠ちゃんは賢くはないと、風は思うのですよ~」

「う・・・、それは」

風達の指摘に、桂花は言葉が続かなくなった。確かにあの時の馬超の行動はあまりにも直線的だった。

華琳を殺そうと考えるならば、もっと慎重に計画的に進めるべきであったはずだ。

だが果たして、翠にそこまで考えるだけの頭があるだろうか。ある、とは桂花に断言できなかった。

言葉が詰まった桂花を見て、稟はとどめの口撃を放った。

「聞けば、馬超自身も本意ではなかったようですし。華琳様も全て踏まえた上でご判断したのです。

ならば、今となってああだこうだと言うのは野暮というものでは?」

「だからって・・・!」

稟の言葉にてこの論戦の勝敗は既に決していた。だが、それでも桂花は食い下がろうと抵抗するも、

この場に現れた人物によって阻止されてしまった。

「あら、随分と白熱しているようね」

「か、華琳様!」

前触れもなく後ろから現れた華琳に桂花は動揺する。

「桂花は私の判断に納得していないようね」

「そ、そういうわけでは・・・」

「けれどあの時も言った通り、事は一刻を争うわ。祝融を倒さない限り、この戦は終わらない。

そして祝融の居場所を知っているのが馬超しかいない以上、彼女の協力なくしてこの戦いの勝利は有り得ないわ」

この戦いは眼前の傀儡兵達を倒すだけでは意味がない。首謀者である祝融を倒し、その目的を阻止しなくていけない。

華琳は全てを知っているわけではない。しかし、この戦いの本質は理解していたのだ。

「ですが、華琳様。馬超が嘘をついている可能性があります。

人間を怪物に変えるなどと、そんな子供の戯言、荒唐無稽過ぎて眉唾な話にも程があります!」

華琳が本質を理解していても、他の人間も同様に理解しているわけではない。桂花もそんな理解できない人間の一人であった。

だが、残念な事にそれが普通なのである。そういう意味では、桂花の反応は当然であった。

「えぇ、確かに眉唾な話ね。

けれど、私達はすでにいくつもの眉唾なものを目の当たりにしてきた。要はそれがひとつ増えただけの話よ」

そう言う華琳に焦りはない。王としての風格、余裕に満ちた顔をしていた。

同じ状況下にいながら、自分とは全く異なる反応を示す華琳の姿に、桂花は認識のずれを感じていた。

「ですが・・・!」

「桂花。あなた、私に同じことを言わせるつもり?」

困惑する桂花。しかし、華琳はそれ以上の発言を許さなかった。華琳の放った重圧に桂花は言葉を失い委縮した。

「敵は私達の常識の『外』にいる。その常識の内にいては万に一つの勝利もない。ならば、私達が最初にすべきは

常識に捕らわれない事、違うかしら?」

「・・・はい、仰る・・・通りでございます」

華琳は桂花に理解を求めなかった。無理やりに桂花を納得させたのであった。

だが、桂花に不満はなかった。何故ならば、桂花にとっての曹孟徳は常に自分達がいる場所より先にいる存在だからだ。

自分達を導く高貴な人物。結局のところ、桂花は華琳に分からせて貰いたかったのだ。

「引き続き、よろしく頼むわね」

「「「御意」」」

そう言い残し、華琳はその場を離れた。軍師三人は王の背中に向かって一礼する。

「はぁ・・・、華琳様」

桂花は完全に悦に入っていた。そんな彼女の姿を見て稟と風は思った、何だこの茶番は。二人は思わず深い溜息をついた。

 

暗かった洞穴であったが、翠は何かに気づき歩みを止めた。

「着いたぞ。覚悟しておけ、二人とも」

松明の火を消し、翠は槍を持ち直し戦闘態勢に入る。

「ちょ!何やっとんねん!?」

灯りを失った事で辺りは暗闇に覆われ、凪と真桜は警戒をする。しかし、それはすぐに解決した。

「う・・・」

突然の明かりに耐えられず瞼を閉じる。暗闇に慣れた目を明かりから守ろうと手で目を隠し、少しずつ明るさに目を慣らした。

そもそもこの地下に光がある事に疑問を感じたが、それは後々に分かる事であった。

「「ここは!」」

凪と真桜が口を揃えて一言だけ発した。地下に存在した巨大空間。二人の想像を絶する広大さに驚愕していた。

村一つは軽く入ってしまうような空間。しかし、そこに村は存在しない。大量の黒い触手が上下関係なく、法則性はなく、

縦横無尽に、この空間を覆い尽くしていた。

天井、地下であるためその言葉には語弊があるかもしれないが、天井に這う触手の一部が球体状に変形し白色に輝いている。

そして照明とも言えるそれは何十、何百もの数がぶら下がり、この空間を照らしていた。

更に辺りを見ると、先程の人間を怪物に変えるものが地面を這う触手に埋もれるように存在した。

他に目立つものと言えば、空間の中央に位置するだろう場所に存在する、巨樹のような触手の集合体だろう。

遠くから見れば本当に齢が千単位の巨樹であるが、近くで見れば無数の触手が複雑に絡み合って上に伸びていた。

気になるところは集合体の中心部に触手で包み込まれた、赤と橙が入り混じった輝きを放つ巨大な核だろう。

この時点で、三人は悪夢を見ている心地であった。

「あれだ!あれがあたしが言っていたやつだ!」

翠が指をさす。その先にはあの触手の集合体があった。

「あぁ、分かる。あれは・・・ここにあってはいけないものだ!」

「せやな。けど、その前に少し調べなあかんな」

この触手の集合体が元凶である事は誰が見ても明白だった。三人は触手の集合体の根元まで近づいていく。

三人の目的は飽くまでも調査だ。あの集合体が何なのか、まずはそれを調べる必要がある。

幸い、ここに祝融がいなかった。調べるならば今のうちであった。

「近くで見ると、ほんまにでかいなぁ!」

「感心している場合か。・・・植物の類にも見えたが、この質感は見たことないな」

凪はこの集合体の異質な表面に目を細める。ゴムの様な質感、黒く輝く独特の光沢、しかも微妙に胎動し動いている。

このような植物など見た事がない。明らかにこの世のものではない存在であった。

「真桜、頼む」

「よっしゃ、それじゃこいつの出番やな!」

真桜が自慢げに取りだしたのはカメラであった。かつて、一刀から得た現代の知識をもとに発明した一つである。

「へぇーこれがカメラなのか?」

翠は物珍しそうにカメラを見回す。翠は朱里達からカメラの存在は聞いていたが、現物を見るのは初めてだった。

この時代、カメラは過ぎた技術である。現実の風景などをそのまま切り取ってきたような絵を一瞬で描く。

そんな風に説明しても大部分の人間は法螺話(ほらばなし)と笑って信じない事だろう。

「なぁ、それであたしもとってくれないか?」

「ええでぇ。それじゃあ翠姉さん、まずは一枚♪」

初めて見たカメラに、目を輝かせ興味津々の翠。真桜も真桜で自分の発明に興味を持ってくれた事で興が乗ったのだろう。

任務をそっちのけで翠を被写体とした写真を撮る準備をした。

「二人とも、いい加減にしろ。今は遊んでいる場合ではないだろう」

脱線する二人を凪が戒めた。さすがに二人もまずいと思ったのだろう。あはは、と申し訳なく笑った。

 

「翠姉さまぁあああああああああっ!!!」

声が枯れる程、翠の名前を叫び続ける蒲公英。

何かに連れ去られてしまった翠を捜して街中を駆け巡っていた。

しかし翠は一向に見つからず、蒲公英は涼州の城にいた。かつては自分達が住んでいた場所。

翠と馬騰。そして自分と従姉妹達が暮らしていた日々。あの頃の記憶が次々に蘇ってくる。

街は今戦場と化しているのが、城内はとても静かであった。最初はここが敵の本陣なのではないかと疑っていた。

しかし、実際は人一人いない、もぬけの殻であった。奇妙に思いつつも、蒲公英は城内にいるかもしれない翠を

捜索していた。

「もう!一体どこに行っちゃったのよ、姉さまは!?」

虱潰しに探し続けるも翠どころか人一人見つける事が出来なかった。焦り、不安、苛立ちが蒲公英の心を支配する。

そんな事をしているうちに、蒲公英はある部屋の前に辿り着く。

「・・・ここって」

蒲公英は特に深い意味なく極自然と部屋の扉を開ける。そこは馬騰の寝室であり、同時に馬騰が亡くなった場所でもあった。

翠と蒲公英達は馬騰の最後に立ち会う事は出来なかった。故に後悔があった。そんな後悔が部屋の中へと誘ったのだろうか、

蒲公英は馬騰の部屋に入った。

「ここは・・・あの頃と変わらないのね」

涼州が魏の領地となって二年以上が経過し、城の至る箇所が修復されたり、改築されたりと当時の雰囲気と

大きく変わっていたため、蒲公英が城内に入った時、全く違う場所に来たのではないかと錯覚してしまった程であった。

だが、そんな中でこの部屋は何一つ変わる事なく当時のままであった。

「・・・・・・」

部屋の中を見回す蒲公英。部屋の中は隅々まで清掃が行き届いているようだ。

壁に掛けられた執務用の正装、領主用にしては少々質素な屋根付き寝台、その横には丸形の机が配置され、

机の上には花が入った花瓶が置かれていた。花瓶の花は綺麗に咲いており、誰かが小まめに取り替えてくれているのだろうか。

そして職務用の机、机の上には何も置かれておらず片付けられていた。

そこに座って仕事をする、まだ健常であった頃の馬騰の姿を蒲公英は思い出した。

「叔母様」

蒲公英は机の角に手を置き、ぽつりと口から零れる。

「ん?」

何かに気づいたのだろうか、蒲公英はそちらに目を向ける。机の引き出しが中途半端に出ており、その中から何かが

覗いていたのだ。蒲公英は手を伸ばし引き出しの中にあるものを手に取った。

「これって・・・手紙?」

馬騰が書いたものだろうか、『娘へ』とだけ書かれた手紙であった。

まだ封を切られていないところを見ると、まだ誰も中身を見ていないのだろう。

蒲公英はすぐに分かった、これは馬騰が翠に宛てたものである事を。馬騰の最後の言葉がこの中に書かれているに違いない。

「姉さま、必ず見つけて渡すからね!」

蒲公英は手紙を懐に仕舞うと、気持ちを新たにし、翠を捜すため馬騰の部屋を出ていった。

 

カシャッ!

シャッター音が軽く鳴ってから約数十秒、カメラから一枚の写真が出て来た。真桜達はちゃんと撮れているか確認した。

「す、すごいな・・・、朱里達が言っていた通りだ!本当にすごいな、真桜!」

「へっへ~♪」

「調子に乗るな」

カメラと写真に問題となる不具合もない事を確認できたため、引き続き撮影を続けた。様々な方向から触手の集合体を

撮影し、空間の全体の様子も可能な限り撮影した。

「よし、こんなものやろ」

「そうだな、そろそろ華琳様の元へ戻ろう」

「ああ」

写真を十数枚撮った事を確認し、凪達は来た道を戻ろうとした。

「おやおや、もうお帰りなのでしょうか?」

しかし、背後より声がかかる。三人は後ろを振り返ると同時に戦闘態勢に入った。

振り返ると、触手の集合体の影からゆっくりと出て来る人の姿。その姿に、翠は見覚えがあった。

「祝融!!」

影から現れたのは女。女の名は祝融。この戦いを裏で操る、外史喰らいの末端の一人。

「あれが祝融!?」

「ほえぇ~、どない奴かと思ったら、これまたえらいべっぴんさんやな!ほな、一枚」

カシャッと祝融にカメラを向けてシャッターを押す真桜。

「真桜、こんな時に!」

唐突に写真を撮られたからだろうか、それとも緊張感が緩んだからだろうか、祝融は溜息をついた。

「・・・馬超殿はもう少し考えてから、ご友人を選んだ方がよろしいと思いますよ」

「余計なお世話だ!お前にそんなことを言われる筋合いはない!」

祝融に槍を向けて牽制する翠。そんな彼女の姿のどこが面白かったのか、祝融の口から笑いが零れる。

「ふッ、気丈を装っているようですが、しかし嘆かわしいですね、馬超殿。仇の一つも満足にとる事も叶わず、

あまつさえその事実から目を背けて友達ごっこに耽っている。こんな無様を見せられては、あなたの母上は

草葉の陰でさぞかし嘆いていることでしょう」

「・・・っ!」

母、馬騰を持ち出され、翠は反射的に俯いてしまう。そんな彼女を守ろうと凪と真桜が前に立ち塞がった。

「翠、あんな奴のいう事は気にせんでええで!」

「真桜の言う通りだ!人の弱みにつけ込むとは、なんて卑劣な!」

「ほぅ、随分な言い様ですね」

翠の代わり祝融に反論する凪と真桜。それに対して祝融は平然とした態度を続けた。

余裕な雰囲気を醸し出す祝融に苛立ちを覚えた真桜は舌打ちをした。この女は翠の心の隙につけ込み、彼女を利用した。

それは真桜、そして凪にとって、翠の友として決して許せない行為であった。

「翠をそそのかしておいて何言うとんね!華琳様を殺せばここの人たちを助けるとか言ったそうやけど!

そないな約束、最初から守る気なんて毛頭なかったんとちゃうか?」

「・・・まぁ、否定はしませんよ」

「貴様・・・!」

真桜の問いに少しの間合いを取って、祝融は遠回しに肯定する。その答えに凪は怒りを露わにして拳を構えた。

既に臨戦態勢の二人を前に、祝融は依然として平然としていた。

何故こうも平然なのだろうか、今いるこの場所が自分の領域であるからか、自分が外史喰らいの末端であり、

外史を管理する立場であるからか、自分が負けるはずがないという自信があるからか。

恐らく、それらもあるだろう。しかし、そうではなかった。そもそも目の前の三人の事など最初から眼中に

入っていなかったのだ。

「馬超殿が仇をとろうがとるまいが、私にはどうでも良い事。

・・・私はこの盤古がどのような結果をもたらすのか。興味があるのはそれだけですからね」

「盤古・・・、それが名前か」

この得体の知れない、触手の集合体の名は盤古。凪はようやくそれを知る事が出来た。

盤古―――。

中国神話に登場する神の一人。天地創造の神として様々な古文献に記載されている。

天と地が接していた世界を盤古が分離した事で、天と地の概念が生まれたという。

盤古の死後、その遺体から太陽、月、風、雷などの万物が誕生したとされている。

そんな神の名前を与えられた、この得体のしれないものは地下に世界を創造し、人々を別のものに作り変えている。

この小さな世界でこの盤古は新たな天地を創造しようとしているのだった。

「えぇ、盤古・・・、女渦が研究・創造した影篭を元に誕生し、そしてあの御方が私に託して下さった」

「あの御方・・・?」

あの御方とは誰の事だろうか。真桜にその相手の心当たりはない。それは翠、凪も同様であった。

しかし分かる事はあった。それは祝融はその御方にご執心であるという事だ。祝融の顔はまるで恋をする乙女のようで、

この人のためならば何でもできると言わんばかりに満ち足りていたからだ。

「あの御方の期待に応えるためにもこの実験、成功させねばならないのです」

「実験?祝融、お前は一体、何を企んでいやがるんだ!!」

「お話をしたところで、あなた達にこの崇高なお考えを理解する事は出来ないでしょう」

「何だと!?」

翠の問いかけに、祝融は答える事を拒否した。馬鹿にされたように感じた翠は前のめりに詰め寄ろうとしたが、

真桜がそれを遮った。そして、真桜は不敵な笑みで祝融にこう言い放った。

「何や随分とご執心やな。けど、こっちはそれを破壊するための算段はもうついとるんやで!!」

「ほぉ?」

破壊する、その言葉に祝融は反応した。盤古を破壊するなどと蒙昧を吐かれた事に不快に感じた祝融は

真桜を射抜かんとばかりに睨みつけた。

「ぉ、おい、そんなはったり・・・!」

「よう分からんけど、あいつは惚れた男のためなら身体張って気張れる女と見たで。

あいつの目的を頓挫せるようなこと言えば、きっと動揺するはずや!」

「なるほど、確かに」

三人は祝融に届かない声量で会話する。翠の言う通り、真桜の言った事ははったりではあろう。

だが、真桜はこのはったりにて祝融の動揺を誘い、こちらに有利な状況に持ち込むという狙いがあった。

しかし、その狙いは大きく外れる結果となってしまった。

「・・・そうですか。ではお好きにどうぞ」

「「へっ?」」

「何だって?」

余りにも意外な答えに三人は目を丸くする。

祝融は祝融で自分が言った事が三人に届いていなかったのかと首を傾げ、仕方ないともう一度言った。

「聞こえませんでしたか?

お好きにどうぞ、と言ったのです。焼くなり煮るなり、あなた方のご自由に」

そう言い終えるとくるりと反転、三人に踵を返した。そんな冷めた反応にちょっと待て、と真桜が言いかけた瞬間であった。

「もっとも、出来るのであれば、の話ですが・・・」

振り向かないまま祝融はそう言い残し、盤古が作る影にその身を溶かすのであった。

「ま、待て、祝融!!」

翠は急ぎ祝融の後を追いかけようとした瞬間、地下の空間が揺れる。

幸い立っていられる程度の揺れではあったが、その揺れの原因はすぐに判明した。

盤古を形成していた黒色の触手が次々と意思を持っているかのように動きだしたのだ。

複雑に絡み合っていた巨大な触手達が解かれていき、その触手の先端が上へ上へと伸びていく。

「こいつ動くんかいな!?」

今まで動かなった盤古に脅威を感じる三人をよそに、盤古は外敵から身を守るために防衛態勢に移行していく。

揺れが収まった頃には、触手達は盤古を守るように囲み、そしてその先端は生物の口のように変形し三人に牙を向けていた。

「折角ここまで来て下さったのですから、こちらも最低限のおもてなしをしなくてはいけませんね」

どこからともなく聞こえる祝融の声。それに呼応するかのように、人間を怪物に変えるものに亀裂が入る。

そして亀裂を広げて次々に外へと飛び出す傀儡兵。凪達はあっという間に四方八方を取り囲まれ、退路を断たれてしまった。

「囲まれてしまった、これでは逃げられない!」

「やるしか、ないようやな!!」

「だ、だけど・・・!」

翠は迷う。この傀儡兵は涼州の民達の成れの果てだ。傀儡兵を殺す事は、罪もない民達を手にかける事になるのではないか。

「迷う気持ちは分かる。だが翠、ここで戦わなければ更に犠牲が増えるだけだ!」

「く・・・っ!」

凪の言う事はもっともであった。翠もそれが分かっているからこそ歯軋りする。怪物、傀儡兵に作り変えられた民達を

救う方法はあるだろう。一刀達が星と恋を救ったように。しかし、ここには一刀はいない。

今この場に一刀が来てくれる事に期待するわけにはいかなかった。凪は翠に残酷な決断を迫る。

戦わずして民だった怪物に殺されるか、戦って一人でも多くの民達を救うか。

二つに一つの選択。悩んでいる時間はあまりにも少なく、迷いは翠の心を締め付ける。

そんな時、翠の両肩が叩かれる。翠は沈んでいた顔を上げて左右を見る。そこには凪と真桜がいた。

ここまで一緒に来たのだから当然の話であるが、翠にとってそういう問題ではなかった。

自分は一人でここに立っているのではない、二人が一緒に立っているのだ。言葉を発しなくとも共に戦ってくれる。

これ程に心強く、安心できる事はない。三人は言葉でなく目で語り、そして最後に頷く。

槍を握る手に力が入る。少しの間を置いて、翠は決断する。決断した翠の顔に迷いはなく槍を構え直した。

「行くぞ、・・・二人とも!!」

「おうよ!!」「ああ!!」

 

謁見の間を通り過ぎ、蒲公英は執務室の扉を開けた。城内で探していない場所はここだけであった。

案の定、部屋の中には誰もいなかった。しかし、入った瞬間に感じるこの違和感。明らかに別の空気がこの部屋にはあった。

一見すると普通の執務室であるが、その奥にある妙な扉が真っ先に目に入る。

「え、何これ?こんな扉、昔からあったっけ?」

蒲公英の記憶の中にもないその扉。鉄で出来ているだろう重々しい扉、だが取っ手などなくどうやって開けるのか分からない。

気になるところと言えば、扉の右横、胸の高さに位置する所で白く光っている、四角の形をしたでっぱりが

壁にくっ付いている事だろう。蒲公英は鉄の扉の前に立つと開ける方法を模索する。押す、引く、横に滑らせる・・・

考えられる開け方を全て試すがびくともしなかった。

「んー・・・、本当に何なのこの扉?明らかに怪しいんだけどなぁ~。んー・・・」

蒲公英は首を傾げ、ただただ唸るしかなかった。この扉の先に何かがある、蒲公英の直感が囁いているも開ける事が出来ず、

立往生するしかなかった。唸る事しばらくして、蒲公英は扉の横の壁にある四角のでっぱりに注目する。

もしかして、と恐る恐るそのでっぱりに手を伸ばす。指の先端が触れるとでっぱりが壁の方に少し沈む。どうやらこれは

押すものなのだろう。蒲公英はそのままでっぱりを押し込んだ。完全に壁に沈んだでっぱりからカチッと音がすると、

白から赤に光が変わる。突然が色が変わった事に驚いて蒲公英は手を離した。そんな彼女に追い打ちをかけるように、

どんな事をしても開く事がなかった扉が、左に向かって横に滑るように開いたのだった。

「ひゃあ!?」

驚きの連続に、蒲公英はたまらず腰を抜かしその場に座り込んでしまった。

扉が開くとその中は小さい部屋だった。四,五人が入ったらすし詰め状態になってしまうような直方体状の空間。

中を見回すと、床の中央にまたしてもでっぱりを見つける。手の平程の大きさの円状のでっぱり。

蒲公英は腰が抜けているため、四つん這いででっぱりのところまで前進する。

「これも、押すのかな?」

先程とは違い、迷う事なくそのでっぱりを押し込む。すると、鉄の扉が勝手に閉じる。扉が閉じると明かりがなくなり、

空間は暗闇に支配される。しかし、壁や天井に照明があるのだろう。一瞬の暗闇を経由して、蒲公英は人工的な明かりを得る。

「え?え、え?」

自分の周りで起こっている状況について行けず思考が停止する蒲公英。そんな彼女を乗せたまま、今度は床が下へと沈んでいく。

下へ下へとどんどん沈んでいく、いや正確には降りていくのだ。果たして、蒲公英はどこに向かっているのだろうか?

それは、他ならぬ蒲公英自身が知りたい事であった。

 

「はぁあっ!」

ガギィイッ!!!

「くっ!・・・でやぁ!!」

ガッゴォオッ!!!

「ちぃ!・・・はぁあ!!」

ギュゥイ―――ンッ!!!

果敢に攻める翠、凪、真桜。しかし、眼前の敵は彼女達の動きを把握し、的確に防御、回避して反撃に移る。

その反撃に何とか対応できたとしても、敵はすぐに距離を取るため、防御からの攻撃が上手く繋がらない。

「でやぁあああ!!」

翠はそれでも臆せず前に出る。直線的な攻撃ではすぐに見抜かれる。翠は攻撃をすると見せ掛ける、フェイントなるものを

織り交ぜながら敵である傀儡兵に攻撃を仕掛けた。

ガゴォッ!!!

「く!?」

しかし、そのフェイントもいとも容易く見破られ、攻撃を受け止められてしまった。攻撃を防御された際に体勢を崩して

しまった翠に、三体の傀儡兵は一斉に襲い掛かる。

「おりゃあああっ!!」

そこに螺旋槍を構えた真桜が横から飛び込んでくる。回転する螺旋槍の攻撃が横からくるとは思わなかったのだろう。

三体のうち二体が削り取られ、そして貫かれた。

「はぁあっ!!」

真桜が取りこぼした残り一体の横腹に、凪が放った気弾が命中し爆ぜる。

何とか傀儡兵達を相手に戦う三人であったが、盤古に近づこうにも傀儡兵達が壁となってその道を遮っている。

障害となる傀儡兵達を倒して突破しようにも決定打が見いだせず今に至るのであった。

「やっぱり、うちらの動きを読んどるな!」

「く、このままでは数で押される!」

「どうするんだよ!逃げられない、攻められない・・・これじゃ手詰まりじゃないか!?」

誰が見ても三人が置かれる状況は圧倒的不利なものだった。

項羽の四面楚歌。四方八方を取り囲まれてしまい、三人に出来る事は一斉に襲われないよう牽制する事だった。

しかし、それも限界に近づいていた。

「・・・と、思うやろ?」

「え?」

翠は真桜を見る。そう言った真桜はにんまりと笑っていた。この危機を一気に覆す、そんな奥の手があるのだろうか。

翠は祈った、そんな奥の手が本当にある事を。

「あれを破壊する算段はもうついとる、それがただのはったりと思うなかれや!!」

マントを広げ、そこから取り出したのは何かの部品の数々。真桜は流れるようにばらばらだった部品を次々と組み立てていく。

「曹魏の発明王と謳われた、李典曼成の真骨頂、ここからやでぇっ!!!」

「発明王?」

「真桜が勝手に言っているだけだ」

発明王(自称)は組み立てを一通り終えると、次に螺旋槍の螺旋部と柄を工具を用いて取り外す。そして、先程組み立てた部品を

槍の動力部に取り付ける。真桜が組み立て上げたものに、翠は厳顔、桔梗の豪天砲を思い出したが、

実際のそれとは似て非なるものだった。そう組み上がったのは螺旋槍、改め擲弾発射装置、所謂グレネードランチャーである。

傀儡兵が数人、一斉に真桜達に襲い掛かる。

「喰らいやぁ!」

傀儡兵に銃口を向け、真桜は引き金を引いた。銃口から一発の擲弾が発射され、わずかの曲線を描いて一体の傀儡兵に当たった。

ドォオオオオオオン―――ッ!!!

轟音を伴う爆発、五体以上はいたであろう傀儡兵達が擲弾の爆発に巻き込まれ、一瞬にして骸と化した。

その威力は確かなものだった。

「す、すごい!凪が使う気弾に似ているけど、威力はそれの数倍以上だ!」

「隊長の知識と豪天砲を参考に発明したとっておきや!これで驚くのは、まだ早いでぇえええっ!!!」

真桜は引き金を連続で引く。回転式の弾倉であるため、次々に擲弾が発射される。着弾した擲弾が次々と爆発し、

この攻撃に関する情報がない傀儡兵達は為す術もなく爆発に巻き込まれていく。

「翠、はよぅ行き!!」

「けど・・・!」

「涼州の民を守るんやろう!?だったら、さっさと行かんかい!!」

真桜のグレネードランチャーの登場で混乱する傀儡兵達。その隙を縫うように凪が気を纏った打撃を傀儡兵に叩き込んだ。

気弾で傀儡兵達が吹き飛ばされた後に道が出来る。それは数秒も経てば再び傀儡兵達に満たされてしまう脆い道だった。

「行け、翠!」

「・・・!!」

凪の声に突き動かされたのか、翠の身体は意思と関係なく勝手に走りだしていた。

脆い道を突き進み、傀儡兵の包囲網を突破する。翠はそのまま盤古に向かって走り続けた。

一本の触手が口を開けて翠に襲い掛かった。翠は咄嗟に跳躍し触手を回避、触手の口は翠ではなく地面に喰らいついた。

ちょうど触手の上に着地した翠はそのまま触手の上を走る。盤古の攻勢は続き、触手が次々と翠に襲い掛かる。

翠を守るため、真桜のグレネードランチャーが触手を撃ち落とす。その真桜を妨害せんと傀儡兵が仕掛けてくるが、

凪が気を纏った打撃や気弾にて真桜を守る。擲弾の爆発と爆発の合間を切り抜け、翠は確実に前に進む。

「盤古の中心で輝いている核だ!!」

「きっとそこがそいつの心臓部やぁ!!」

翠に向かって叫ぶ凪と真桜。それは翠も薄々と気付いていたが、二人のおかげで自分が進むべき道がはっきりとした。

だが、爆煙の中から新たな触手が現れ、突然の事に翠は対応する事が出来なかった。

「くっ、まずい!」

急ぎ空になった弾倉に擲弾を装填する真桜。しかし、間に合わない。右足に気を溜める凪。しかし、これも間に合わない。

触手の口が大きく開かれ、翠を喰らわんとする。逃げ場がなかった。ここまでか、翠が諦めかけた瞬間だった。

「あんたの相手は・・・、ここにいるぞぉおおおおおお―――っ!!!」

どこから聞こえるか覚えのある声。翠の眼前に迫った触手の頭部を、蒲公英の全体重を乗せた槍の一撃が刺し貫いた。

「蒲公英ぉっ!!」

しかし触手は屈しなかった。蒲公英を振り払おうと暴れだしたのだ。蒲公英は触手の頭部を刺し貫く槍にしがみつき抵抗した。

「行ってぇ、姉さまっ!」

「・・・!」

一瞬迷い、しかし迷いを捨て前へ進む。

次々に襲い掛かる触手を掻い潜り、触手から触手へと飛び移り、翠は猪突猛進にただ前へ突き進んだ。

「「いけぇえええええええええ―――っ!!!」」

凪と真桜の叫びが重なる。それに呼応するように翠は加速する。

「きゃあっ!」

暴れる触手の影から現れた別の触手が蒲公英の頭部をかすめる。頭部に攻撃を受けた事で怯んだ蒲公英は槍から手を放して

しまい、為す術もなく空中に投げ出されてしまった。落ちる蒲公英、それでも翠の方に向かって声を張って叫んだ。

「いっけぇえええ、翠姉さまぁああああああ―――っ!!!」

三人の声を背中に受け、ただただ進み続ける。

母、馬騰のためだけでなく・・・、今を生きる、かけがえのない者達のために為すべき事を為そうと駆ける。

またも触手が翠に襲い掛かる。翠は触手を避けるため跳んだ。だが、跳んだのは回避するだけではなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおお―――っ!!!」

槍を振り上げる。盤古の核は目前。翠は自分の全てを槍に込め、渾身の一撃を放った。

 

ザシュゥウウウ―――ッ!!!

翠の槍が盤古の核を刺し貫いた。深く、深く刺し貫いた。槍によって破損した箇所より赤褐色の液体が大量に噴出した。

それと同時に、周囲にいた傀儡兵達の動きが鈍りだす。盤古は傀儡兵達の指揮系統を管理する機能を有していた。

つまり、翠達は敵軍の総大将を討ち取ったのだ。盤古の機能が低下した事で、傀儡兵達は自分達を操る主を失い、

ただの人形に戻ろうとしていたのだ。破損した盤古の核は次第に輝きを失っていき、天井から下がる照明も

それに呼応する様にだんだんと暗くなっていく。そして液体が噴出し終わった時、盤古の核は完全に輝きを失い、

全ては闇に還った―――。

 

地上の戦闘にも変化が現れた。

「な、なんだこれは!?」

目の前で起きた事が理解出来ず、春蘭は困惑する。自分達が戦っていた傀儡兵、その全員が何の前触れもなく

一斉に動きを止め、糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ倒れたのである。この状況に春蘭に限らず、

戦っていた兵士達も突然の事に混乱していた。

季衣は地面に倒れた傀儡兵の頭を恐る恐る爪先で軽く蹴ったが、傀儡兵は一切の反応も示さず倒れたままだった。

「・・・死んじゃったの、かな?」

「わ、分からないよ・・・」

何が起きたのか、季衣は横にいた流琉に尋ねるが、流琉も同様に状況が分からず困惑していた。

「おい、秋蘭。何がどうなっているのだ」

「・・・・・・」

春蘭は訳が分からず、妹の秋蘭に答えを求めるも、その妹は春蘭の顔を見るだけで答えなかった。

一応に秋蘭は考えていた。どうして傀儡兵達が突然動かなくなったのかは分からないが、

ひとまずは戦闘が終わった事は間違いない。だが、春蘭、季衣、流琉は状況を飲み込めていない。

先程まで戦っていたのだ。しかし、敵将を討ち取った訳でもなく、敵を全て倒した訳でもない・・・、

戦の終わりの節目を見つけられず、彼女達はこの戦の終わりという結果を得られなかった。それが混乱の原因であったのだ。

「お、おい・・・」

質問に答えず、ただじっと見ているだけの妹に不安を感じたのだろう。秋蘭の顔を窺いながら春蘭をもう一度声をかけた。

さすがにこれ以上不安を煽るような行為は今は避けるべきであろう。

「・・・落ち着け、姉者」

「しかし・・・!」

「状況が分かっていないのは、姉者だけではない。狼狽する姉者を見せられては他の者達も狼狽えてしまうだろう?」

「う・・・」

そう言われ、春蘭は言葉を失う。秋蘭の言う事ももっともであった。

将である自分がこの様では下の者達に示しがつかないだろうし、更に不安を与えてしまう事になるだろう。

「春蘭様ぁ!秋蘭様ぁあ―――!」

後方より大声を上げて現れたのは沙和だった。

「おぉ、沙和か!・・・ん?」

「沙和。どうした、怪我したのか?」

春蘭と秋蘭は自分達の元に駆け寄ってきた沙和が怪我をしている事に気づいた。

「え、えーと、ちょっとだけ・・・なの」

はぐらかすように喋る沙和。後方で何かあったのだろうか、自分達に教える事を躊躇する彼女の様子に春蘭と秋蘭は眉をひそめる。

「・・・」

二人が疑いの眼差しを沙和に向ける。だが、沙和は本当の事を言うわけにはいかなかった。翠の攻撃で怪我をした、等と

言えば、どうしてそんな事になったのかを間違いなく問い詰められる。そして、翠が華琳の命を狙ったと知れば秋蘭達、

特に春蘭が黙っているはずがない。どんな理由があろうとも翠を斬り殺そうとするに違いない。

沙和は話をはぐらかすため、華琳から受けた伝令を春蘭達に報告した。その内容に春蘭達は揃って首を傾げた。

 

―――至急、本陣まで後退せよ

 

五胡連合兵の皮を被った傀儡兵達を相手に苦戦しながらも、涼州の城が目前という所まで前線を押し上げる事が出来たのだ。

にもかかわらず、ここで後退しろと華琳が命じた事に疑問を抱くのは当然の事であった。

「どういう事なんだ!ここで後退しろとは!?」

「えっと、それは・・・」

伝令の内容を受け入れられない春蘭は、本当に華琳からのものなのかを沙和に問い詰める。怒りの感情を露わにする春蘭に

沙和は怖気てしまい声を発せられない。

「落ち着け、姉者。そう詰め寄られては言いたい事も言えなくなるだろう」

沙和に今にも食い掛ろうとする春蘭をなだめつつ、秋蘭は沙和に聞いた。

「沙和、華琳様は他に何か言ってはいなかったか?」

「え、っと・・・あとは、隊長を連れてくるようにって言われたの」

「ふむ・・・」

秋蘭は一考する。本陣まで後退しろという命令と一刀を連れて来いという命令。

傀儡兵達が脅威でなくなった今、進軍する好機であるはずだが、華琳はその逆の命令を出した。

更に一刀を連れて来いという、わざわざ一刀を指名している事を踏まえて考えると、

秋蘭が前々から抱いていた違和感、そして懸念は決して的外れなものではなかったと確信する。

「分かった。季衣、流琉、すまないがお前達は兵達を纏めて本陣まで後退しろ。沙和も手伝ってくれ」

「「は、はい!」」

季衣と流琉の短く発した声が重なる。二人は秋蘭達に一礼しその場を離れ、兵達の元へ向かった。

「わかったの!」

沙和も遅れて一礼すると、季衣達の後を追った。

「さて、姉者」

「お、おう何だ?」

「確か、姉者は途中まで北郷と一緒だったのだな?」

「あぁ・・・だが、あいつが少し休んでいくと言ったから先に来てしまったが・・・」

「北郷と別れた場所は、覚えているか?」

「当たり前だ!」

秋蘭の質問にやや食い気味に答える春蘭に一抹の不安を抱くも、現状では自分の姉を信じるしかなかった。

「・・・なら、北郷を迎えに行こう。北郷がいる場所を知っているのは、姉者しかいないからな」

秋蘭は春蘭より粗方の顛末は聞いていた。あの怪物、麒麟に辛くも勝った一刀。

しかし、話の内容から察するに一刀が無傷でいるとは到底思えなかった。今後の事を考え、一刻も早く一刀を保護したい所。

秋蘭の懸念が確信に変わった時から、彼女の胸の内に一抹の不安が生まれたのだった。

 

翠達が後にした地下空間。そこに残るは機能停止した傀儡兵達と盤古。盤古が停止しため、空間は闇に支配されていた。

その暗闇の中に一人、盤古の根元に立つのは祝融であった。祝融は輝きを失った核を見上げ、状況を確認した。

「・・・盤古の完全な機能停止を確認。試作品とはいえ、外史の登場人物達が為し得てしまうとは。

相手の能力を過小評価していたのでしょうか。全く、自分の節穴加減には嫌気がさしますね」

自己嫌悪に陥る祝融。しかし、落胆はしていなかった。何故ならば、祝融にとって今の事態は許容範囲内だからである。

「ですが、戦闘に関するデータは十分に得られました。検証結果も申し分ないでしょう。

・・・さて、それでは最後の実験にはいりましょうか」

そう言うと、盤古の核にわずかだが輝き出す。そして祝融の身体に触手が巻きついていく。そんな状況であっても、

祝融は熱に浮かされたように悦に入った笑みをこぼしていた。

「盤古の最後の機能。対象は私自身で検証します。あぁ・・・何という幸甚。『貴方』に、この身全てを捧げます」

祝融の身体が触手に覆い尽くされると、盤古の核の前まで連れて行かれる。祝融の存在を核が認識したのか、

核の部分から手のようなものが形成され祝融に伸びていく。祝融は核に引き寄せられ、その身体は核の胎内へと取り込まれた。

ドクン、ドクン、と少しの間を置いて核が胎動を開始する。胎動に同調して核は輝きを増していく。

その輝きは今までよりも強く、赤と橙が入り混じっていた色は完全に混じ合い、どういうわけか輝きは黄金色に変化した。

 

二人掛かりでも開きそうにない取っ手のない鉄の扉。それが勝手に横に滑る形で開かれる。

その奥から現れたのは、先程まで盤古と戦っていた翠、蒲公英、凪、真桜の四人であった。

「はぁ~・・・、息が詰まりそうになった」

「いやぁ、さすがに四人は狭すぎたね。分かれて乗ればよかったかも」

狭い空間にいたせいで精神的負担があったのだろう、大きく息をつく翠と蒲公英。

そんな二人をよそに真桜は先程まで乗っていた装置に興味津々で、直方体の空間の至る所を舐め回すように調べていた。

「けど、すごい絡繰りやで!簡単に上に昇れて下にも降りれるんは!

・・・そうか!昔、隊長が言っておった『えれべーた』っちゅうやつかいな!!

滑車を利用した絡繰りなんかな?普通、誰かが滑車を回さないとあかんのやけど、

こいつは勝手に回すもんがどこかにあるんか?」

そんな一人騒いでいる真桜の姿を、翠は少し引き気味に遠方から眺めていた。

「本当にそいうのが好きだよな、真桜は」

「だが、確かにこの壁のでっぱりを押すだけで上にも下にも移動できるのはとても便利だ。足が悪い老人や小さい子供、

病人を運ぶ際には重宝するかもしれない」

盤古との戦いが終わった直後で気持ちが緩んでいる凪達はいつしか雑談を始めていた。緊張の連続で精神的にも、

肉体的にも疲労していた四人は一時の休息を楽しんでいた。

「しかし、まさかこの城に直接繋がっていたなんてな」

「へへん、蒲公英が見つけたんだよ♪」

「見つけただけで、何自慢げに言ってるんだ」

胸を張ってどや顔で言う蒲公英に、翠はデコピンを放つ。蒲公英はあいた、と言って額を手で押さえた。

「盤古を倒したことで黒尽くめの兵は動かなくなった。恐らく外の兵も同じように動かなくなっているはずだ」

「じゃあこの戦、蒲公英たちの勝ちってこと?」

「まぁそういうことやな。そんであの化け物を倒したんやから、大手柄やないか翠ぃ~!!」

バン、バンと真桜は翠の背中を叩く。翠は気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

「大袈裟に言うなって。お前達がいたから、あたしは倒せたんだ」

「けど、これやったら華琳様も許してくれるやろ?」

「・・・?曹操がどうかしたの?」

真桜のそれは失言だった。蒲公英は翠が華琳に刃を向けた事を知らなかったのだ。蒲公英は真桜にどういう意味なのか

問い詰めようとしたが、翠が慌てて遮った。

「ま、まぁそれは良いからさ。早いところ皆のところに戻ろうぜ」

翠の指摘に三人ははっとする。そうだ、早く華琳の元へ戻り、何があったのかを報告しなくてはいけない。

四人は緩んだ気を引き締め、執務室を後にした。

「城内は誰もいないようだな」

「うん、くまなく調べたけど誰もいなかったよ」

「祝融の姿もないようだな。どこに行ったんだ?」

「最後まで出てこんかったしなぁ。何企んどるん?」

「逃げたんじゃない?」

「・・・・・・」

城内の廊下を走りながら、四人は状況の確認をする。

蒲公英は祝融に会っていないため人物像が分からなかった。一方、他三人はわずかに言葉をかわした程度であれど、

そのやり取りの中で祝融が尻尾を巻いて逃げ出すような人間とは考えていなかった。だからこそ、未だに姿を現さない事に

疑問を感じていた。

そんな時・・・。

「うぉっ!?」

城内に揺れが発生する。涼州に入ってから幾度の揺れを味わってきたが、今回のそれは今まで以上に激しいものであった。

「きゃあ!」

「蒲公英!」

城内の壁や柱に亀裂が入る程の揺れに体勢を崩し、蒲公英は廊下の壁にもたれかかった。

事態はそれに留まらず、亀裂の入った壁や柱は揺れに耐えきれず倒壊、四人の頭上に瓦礫が落ちてくる可能性が十分にあった。

「くっ!ここにいてはまずい!早く外にでるぞ!」

「せやな!翠!蒲公英!踏ん張りぃ!!」

「あぁ、行くぞ、蒲公英!」

「う、うん!」

揺れだけではなく瓦礫にも注意を払い、四人は城内を走る。だが、注意を払うべきはまだあった。

「うわぁあああっ!?」

翠が叫ぶ。最初は地面にひびが入り、揺れのせいで石畳が割れたのかと思ったが、そこから黒色の触手が石畳を

押し退けて現れたのだ。触手に触れそうになり、翠は寸前で避けるも体勢を崩して転んでしまう。そこに急ぎ駆け寄る真桜。

「翠!」

「だ、大丈夫、だ・・・」

真桜の手を借り、翠は立ち上がる。だが、何故あの触手が現れたのか。周囲を見渡すと、瓦礫や地面を押し退けて次々と

触手が地上に出現していた。

「どうなっているんだよ、これ!?あたし達は倒したんじゃないのか!!」

盤古は倒したはずだった。だが、実際に盤古の触手が無秩序に城内を侵食していた。何が起きているのか分からず、

ただ翠は混乱する。そんな翠に触手が襲い掛かろうとした。

「なにぼさっとしとるんや!早う逃げるで!!」

真桜が翠の手を引っ張り、辛うじて触手から逃げられた。しかし、その場に留まっていれば触手の餌食になるだろう。

盤古には人間を化物に、傀儡兵に作り変える能力を持っている。触手に捕まれば、外史喰らいの尖兵にされるだろう。

「二人とも早く、出口はこっちだ!」

「姉さま!早くーっ!!」

真桜と翠を急かす凪と蒲公英。二人の背後に触手の大群が迫っていたからだ。

揺れに注意しつつ、瓦礫にも注意しなくてならない状況では移動速度を上げる事は難しい。

それでも、何とか真桜と翠は凪達の元へと急ぐのであった。

 

「これは・・・」

一刀と春蘭が別れた場所に辿り着いた春蘭と秋蘭。

そこに一刀の姿はおらず、何故か地面が赤く染まっていた。地面を赤く染めるもの、それは血であった。

おびただしい量の血が辺り一面の地面に染み込んでいた。これは明らかに一刀の血だった。

「北郷ぉおおおっ!!」

春蘭は周囲に一刀がいないか捜す。秋蘭は地面の血を調べるためにしゃがみ込む。血以外に一刀の痕跡がないか探す。

「これほどの出血だ。そう遠くに行っていないはずだ」

周囲を見渡す。すると、一刀がもたれかかったであろう、民家の柱に手の形をした血痕を見つける。

近くで見ようと立ち上がり、柱の側に近寄る。手の大きさ等から一刀のそれに間違いないだろう。

地面の血は時間が経過していた影響だろう、所々乾き始めていたが、その柱の血痕はまだ濡れており、

付着してからまだ時間は経っていないと予想できた。まだ近くに手掛かりはないだろうか。そう思って左を見ると、

同じ手形の血痕が残っていた。きっと民家の壁を支えに移動したのだろう。血痕は一定の間隔で残っており、

秋蘭はその血痕を追う事にした。血痕が続く方向は、春蘭が捜しに向かった方向とは違っていた。

家の端まで進むと、そこで一旦血痕は途切れる。秋蘭は再び周囲を探索する。

視線を下に落とすと、一、二滴の血が地面に残っていた。恐らく移動する途中で出血をしたのだろう。

血は民家と民家の隙間で見つけた。その隙間は人が行き交う通り道というよりも、道具や木箱、ごみなどを一時的に

置いておく物置的場所として使われている感じであった。秋蘭はその隙間に足を踏み入れる。

「ん・・・?」

何かを見つけたのか、秋蘭は目を細め先を見る。

「!」

秋蘭は目を見開き、走り出した。地面に置かれた物を避けつつ奥へ進むと、その先に道の端に置かれていた木箱の上に

右腕を乗せて、それを支えに立ち上がろうとしていた一刀の姿があった。

「北郷!」

「・・・っ」

秋蘭の声に一刀の身体はびくんと反応する。一刀は秋蘭の方を振り返ろうとしたが、体勢を崩してしまう。

秋蘭は慌てて駆け付けると、倒れそうになった一刀の身体を支えた。

「北郷っ」

「あ、ありがとう・・・秋蘭」

声に力が入っていない。見たところ出血はしていないようだが、顔は血色が悪く青ざめていた。

ひとまず一刀を木箱の上に腰を掛けさせ休ませる。

「秋蘭、一人か?」

「いや、姉者も一緒だ。待っていろ、今呼んで来る」

「待ってくれ」

春蘭を呼び行こうとする秋蘭の手を取る一刀。一体どうしたのだ、と秋蘭は一刀の方を見る。

額から大量の汗を流し、肩で息している一刀は少しの間を置いて答える。

「頼むから、春蘭・・・他の皆には黙っていてくれ」

「何だと?」

「・・・、皆に心配を掛けたくない・・・」

「馬鹿者!そんな青ざめた顔をして言っている場合か!もう少し自分の身を案じろ!!」

「・・・・・・」

秋蘭は怒っていた。それは一刀の身を案じての事、一刀は十分に理解していた。項垂れる一刀、秋蘭は腰を落として

彼の顔を覗き込む。

「後の事は我々に任せて、お主はゆっくり休め。華琳様とて責めはしない」

事実、一刀はあの怪物、麒麟を倒し、恋を救出する事が出来た。この戦いでの戦果としては申し分ないものだろう。

「まだ・・・、休むわけには・・・いかない」

「・・・!まだそんな事を言うか!」

休めと言っているのにそれを拒む一刀。秋蘭はもう一度説得しようと試みるが、一刀が腕を伸ばし秋蘭を放す。

木箱から腰を上げ、一刀は立ち上がると、一刀の全身から青い炎が現れる。まるで炎で自身の身体を清めるように。

数秒程で炎は鎮火すると、先程まで真っ青だった一刀の顔色は血色の良い感じになっていた。衰弱していたはずの一刀は

秋蘭に元気な姿を見せてみた。

「無双玉の、情報の力を使えば、痛みも顔色も・・・どうにでもなるのさ」

「それは根本的な解決になっていないだろう?」

一刀は大量の血を失っており、出血性ショックの一歩手前の状態である。

一見すると、元気な姿に戻ったように見える。だが、それは飽くまで力を行使して身体強化を行っているにすぎない。

秋蘭の指摘は正しかった、解決などしていないのだから。

「・・・分かっているさ。だけど、俺にはまだやるべき事が残っているんだ」

「一刀・・・」

一刀が穏やかな表情で笑いかける。こんな状況でなければ、きっと自分も笑い返していただろう。

だが、今の秋蘭にはそれが出来ず、珍しく彼の名前で呼んでしまった。

華琳が一刀を呼び戻そうとしているのは、何らかの役目を与えるためだろう。

そうでなくとも、外史喰らいに対抗するためには今のところ一刀に頼らざるを得ない。

それは分かっている。しかし、そうするしか出来ない事が秋蘭には悔しくてたまらなかった。

「秋蘭!!・・・北郷!!」

この何とも言えない空気の外より現れたのは、事情を知らない春蘭だった。二人の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

「秋蘭が先に見つけたか!流石だな」

「姉者」

「それよりも北郷!貴様、こんな所で油を売っておったのか!」

「あははは、悪い悪い。道に迷っちゃってさ」

「全く、本当に何をやっているのだ!それでも警備隊長だった男か!」

「いや、それは関係ないだろう!ここ陳留じゃないし」

一刀と春蘭がいつも通りのやり取りをする様を秋蘭は見ていた。一刀はいつもと変わらぬ振る舞いをしている。

この場で本当の事を知っているのは秋蘭だけだった。そんな時・・・。

「うぉっ!?」

「くっ!?」

「何だ、また地震か!?」

突然の揺れに三人は身構える。涼州に入ってから幾度の揺れを味わってきたが、今回のそれは今まで以上に激しいものであった。

周囲の建物が軋み、窓は割れ、屋根の瓦が落ちてくる。建物の隙間にいた三人は急ぎその場を離れた。

「春蘭!秋蘭!」

開けた場所に飛び出すと、一刀はある方向を指さす。二人はその先を見る。

「「・・・っ!!」」

思わず絶句する二人。その先にあったのは涼州の城。この揺れの影響であろう、城壁などが崩れ落ちて半壊状態に

なっていたが、それだけではない。見た事もない黒色の触手が城の中から溢れる出さんとばかりに城壁、天井を突き破って

いたのだ。しかし、それで終わらなかった。城の中央より天井を突き破り、次に現れるは巨大な黒色の大樹・・・盤古であった。

凪達が遭遇した時に比べて、数十倍以上の直径に、城の約三倍以上の全長にまで成長していた。

 

その光景は更に後方の本陣にいた華琳達も目撃していた。

動揺する兵士達。動揺は本陣内に伝染し、混乱が起きないよう沙和達が対応していた。

不穏な空気が立ち込める中、華琳は遠方に見える盤古を睨みつけていた。

 

涼州での戦いは既に最終局面に突入していたのだった―――。

 

 

 

 

 


 
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