No.1031954

飯綱とお散歩

oltainさん

飯綱ちゃんと散歩するお話です。

2020-06-06 23:31:08 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:500   閲覧ユーザー数:500

「オガミさん、お出かけしようよー」

昼寝が捗りそうな程に気持よく晴れたある日の昼過ぎ。

今まさに昼寝の態勢に入ろうとしていた俺の部屋に小さな無礼者が訪れた。

「……何だって?」

不機嫌さを露わにした声と表情で飯綱を睨みつける。

「えへへ、お・出・か・け」

しかしそんな俺の態度とは裏腹に、飯綱の方はニコニコしていた。

どうも飯綱の方ではもう俺を連れ出す事が決定しているらしい。

元気な奴だな、と心の中で愚痴る。

「…………」

頭をかきながら視線を虚空に彷徨わせる。特に用事があるわけではない。

太陽にも劣らぬ眩しい飯綱の笑顔を前にして、これから昼寝するから出ていってくれなどと言えたものではない。

主としてのプライドも一応ある。

「はぁ、分かったよ。じゃあ玄関の前で待っててくれ」

ため息をついて、仕方なく了承した。

「じゃあ待ってるからねー」

元気のいい返事と共に飯綱が立ち去ると、俺は気怠い体に鞭を打ち、渋々身支度を整え始めた。

今日は嫌な一日になりそうだ。

数分後には、布団への未練を引きずりながら飯綱と共に陽の当たる小径を歩いていた。

穏やかな陽気と頬を撫でる爽やかな微風が心地良い。少しずつ体に活力が戻ってくる。

「やたら機嫌が良いな、飯綱」

「ほら、最近ずっと天気が悪かったからね。やっと晴れてくれて嬉しいなー」

「そうでやんすか」

適当に返事をしながら、先を行く飯綱の尻尾を見つめる。

どこへ向かうのか俺は知らなかった。

「なぁ飯綱、どこへ向かってるんだ?」

「え?ただのお散歩だよー?」

「…………」

「オガミさん、どこか行きたい場所ある?」

「……うんにゃ、任せる」

チッ、訊くんじゃなかったな。これじゃあ昼寝の方がまだ有意義だぞ。

散歩なら勝手に一人で行ってくりゃいいのに、何故わざわざ俺を引っ張りだそうとするんだ。

財布は持ってきていたが、既に街の方角とは逆方向に歩いて来ている。

今更やっぱり戻ろうぜとは言い出せなかった。

やれやれ。誘ってきたのは飯綱の方とはいえ、了承した以上は最後まで付き合ってやるか……。

川伝いに上流へと歩みを進め、気付けば木々の立ち並ぶ森に足を踏み入れていた。

川底が透き通って見える。竿の一本でもあれば釣りでも始められそうだ。

くらかけみやなら、竿がなくても自前の槍で……いや流石にないか。

「おーい飯綱ー、ちょっと休憩しようぜ」

額の汗をぬぐいながら飯綱に呼びかける。

まだ川沿いに歩いているので多少は涼しいが、穏やかな陽気と感じられたのは最初の数十分だけで、今や軽く汗が滴る程に暑い。

春の気配を通り越して、初夏のような日差しである。

喉も渇いていたが、茶屋のような休み処は見渡す限りどこにもなかった。

せめて水筒の一つでも持ってくるんだったな。

「はーい。じゃあこの辺で休もっか」

返事を聞いた俺は適当な木陰に退避してすぐさま横になり、目を閉じて乱れた呼吸を整える。

夏本番と呼ぶにはまだ早いようで、昼寝の邪魔になる蝉の喧騒は微塵も聞こえない。

「ふんふんふーん♪ふんふんふーん♪」

川のせせらぎに交じって、飯綱の可愛らしい鼻唄とパチャパチャという水音が聞こえてくる。

どうやら浅瀬で水遊びをしているらしい。

休憩なのにまだ遊ぶ体力があるのか、全く。

確かにこの晴天の下では水遊びは気持ちよさそうであるが……今の俺にはそれに興じる元気もなかった。

「…………」

じっと目を閉じていると、次第に瞼が重くなってくる。

あーやばい。これもしかすると俺の部屋より熟睡できるんじゃなかろうか。

そんな事を考えていると、突然派手な水音が辺りに響いた。

「!?」

一瞬でまどろみから覚醒して慌てて体を起こした。

音のした方に視線を向けると、そこには尻餅をついてずぶ濡れになっている飯綱の姿が。

「いたた……」

「おいおい、大丈夫か?」

起き上がって飯綱に駆け寄る。

「大丈夫、ちょっと滑っただけ」

「どこか怪我してないか?」

「うん、平気」

「……そうか」

ほっと胸をなでおろす。

飯綱の服が濡れて肌に張り付き、割と際どい格好になっている点はあえて突っ込まなかった。

本人は体をひねって後ろを見ながら尻尾を振り回して水気を飛ばしている。そっちの方が重要らしい。

「とりあえず風邪引くといけないから、そろそろ帰ろう」

「うん――あ痛っ」

歩きかけた飯綱がうずくまる。

「どうした?」

「うう……足、挫いたみたい」

飯綱の表情からしてかなり痛そうだ。

「仕方ないな、家までおぶってやるよ」

ほれ、と飯綱の前に屈みこむ。

「いいの?」

「いいから早く乗れ」

「……ごめんなさい」

「こういう時は、ありがとうって言うんだぜ」

「ありがとう」

「分かればよろしい。掴まったか?じゃあ行くぞ」

水を吸った飯綱の服は普段より重く冷たかったが、背中に感じる妙な心地よさのおかげでさほど辛くはなかった。

帰路に就きながらふと考える。災い転じてなんとやら、か。

たまには昼寝より散歩を楽しむのも良いかもしれない。


 
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