師匠がいない時代の弟子は
きっと、みんな自分で見つけたんだから
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魔法使いと弟子
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ね子だるま(ぽんたろ)
木枯らし吹き込む12月はじめの土曜日。
最後の客が帰り、店の前に置かれた看板のライトが消えた。
テストが終わった報告も兼ねて環は店に来てくれていた。来週末から環は二泊三日の修学旅行だ。
「ああ、たま。明日は店を閉める」
俺が声をかけるとたまはモップを止めて首をかしげた。
「あれ……なにかあるんですか?」
好奇心に目を輝かせる環に、朔はため息をついた。
「もしかして……橙さんと」
「違う」
たまは以前一緒に会いに行ってから橙を俺の彼女だと勘違いしている節がある。
橙は姉のようなものだ。
「夜会……術士の集会が有るんだが……なにか予定はあるか?」
「夜ですか?」
「いや、二次会に出るなら夜になるが会自体は昼過ぎからだからそんなにはかからない……はずだ」
「魔女集会、みたいな感じなんでしょうか……なにをするんです?」
「期待させて悪いが協会の登録会みたいなもんだ。ただ術士はたくさんいるし、運が良けりゃ杖屋がいるかもしれん」
チャイルドスリープの件もあるし保険は多いに越したことはない。
「で、どうなんだ」
たまはもじもじしながら答えた。
「あの、予定はない、です」
「ん……」
「い、行きます。行きたいです!」
夜会(カヴン)。
協会が主催する簡単な懇親会と登録会を兼ねている集会。
朔も昔橙と連れてこられたことがある。登録以外は一度しか来たことがないが。
「ここなんですか?」
たまが不思議がるのも無理はない。電車で30分。そこは普通の住宅地の民家に見える。
建物の前には俺達以外人影はない。
「招待状を使う」
朔が取り出した名刺大のカードを翳す。
眼前の空間に波紋が生まれ、扉が現れた。
「……ほら」
俺が手を出すとたまはおずおずと握った。
夜会の会場は同じ場所を使うが入り口はしばしば変わる。セキュリティの関係だろうが面倒この上ない。
「いらっしゃいませ」
俺は入り口でお辞儀する男を凝視するたまの頭を正面に向かせた。
「あまりじろじろ見るな」
「いたた……す、すみません」
男の身体に山羊の頭が乗っているのだ。気持ちは分からないでもないが、失礼なものは失礼だ。
ドレスコード等は無い筈だが皆照らし合わせたようにスーツやフォーマルドレスに身を包んでいる。
俺も橙に言われ一応くたびれたスーツ姿だ。たまは小さいから余り目立つまい。
簡単に身体検査を受けて俺達は奥に通された。
「わぁ」
部屋が切り替わると一気に人の気配が増えた。
建物の奥は細長いホールになっている。
ホールの壁にはいくつか店や窓口が設置されていた。
どこかの寂れた商店街を丸ごと買い取りホールの壁面に構築し直して組み込んであるらしく外観の面影はない。
夜会の日は料理や酒が無料で振舞われるのでそれ目当てでくる術士もいる。朔も協会の依頼で一度だけ出店したことがある。
ほとんどケーキしか出ず客が缶コーヒーを飲んでいたという屈辱を受けたので以降無視してきたが……
「あ、いたいた。朔ちゃーん」
人をかき分けて明るい髪色が覗いた。
橙だ。普段はパンツスーツを好んで着ているが今日はワンピースを着ている。
「よぉ」
「橙さん。こんにちは」
橙に促されて壁際のフリースペースに移動したが小さなテーブルの上に空のグラスがいくつも置かれている。まっ昼間からこいつ……
「たまちゃん、どう?朔ちゃん、ちゃんと先生してる?」
「は、はひ!」
「橙、お前………もう出来上がってるのか」
橙はたまの頬を両手でつついている。
「朔ちゃんも飲むー?」
「勘弁してくれ」
「たまちゃんはーまだ駄目かぁ」
当たり前だと朔は環を後ろに追いやり話題を変える。
「お前がスカートだなんて珍しいな」
「似合う?」
環から手を離してスカートのすそを摘まむと橙はくるりと回って見せた。
「ああ、そうだな」
「え、なーに?褒めても何も出ないぞー?」
「酒臭い。寄るな」
酔っ払いを引きはがし、朔は環を連れてホールの奥に進んだ。
ざっと見た限り杖屋はいない。たまの登録を済ませれば今日の用はおわりだ。さっさと帰りたい。
受付には先に何組か並んでいるが冬場は新規登録が少ない気がする。
「俺の弟子として協会に登録するが、本当に大丈夫か?」
「はい!」
「……まぁ……そうか」
「協会ってどんなところなんですか?」
「ああ、説明してなかったか…」
協会は術士の互助会だ。
「情報交換と技術の共有も大事なんだが、何より危険な術士から新人を守る決まりになっているのが大きい」
命がけの強制力はないがお互い様というやつだ。
術士の肉体で作った触媒は一般人のそれの比にはならない。
術士>>>>>>ただの人間>>>>一部の無機物>>家畜くらいは差がある。
保護者会みたいなもの…というのも少し違うか。
「俺が近くにいないときでも協会の術士が助けてくれる場合もある。弟子側から見れば不利な事は無…」
話が終わる前に順番が来てしまった。
受付は朔の見知った男女だった。
東條と波積。朔と同じ時期に協会に入ったのだが、師匠が上役のためか雑用をしていることが多く協会の支部や依頼で何かと会う。
「望月さんおひさですー」
「ども」
「おっ初めてのお弟子さん?おいくつ?」
波積が用紙を取り出し手短に規約の説明をすると個人情報の記入欄を指差す。明るいショートボブの髪を耳にかける薬指に指輪。
そうか、もうお互いそんな歳か。
たまが書類を書いているのを横目で眺めていると東條が絡んできた。
「お子さんっスか?」
「違う」
「隠し子っスか?」
「怒るぞ」
しかし、朔が手を上げる前に波積が東條の頭に肘を落とした。
「この子17歳だから子供じゃないわよ。あと、東條君もそろそろ仕事してくれない?」
「うっス」
苦笑いを浮かべながら朔は東條の手にも似た意匠の指輪がはまっているのに気づいていた。
登録が終わり、朔は環を連れて橙のところに戻った。
道中の出店でたまにジュースをもらってみたがたまはまだガチガチに緊張してあたりをきょろきょろ眺めてばかりいる。
橙は一人で暇だったのかさらに増えた空きグラスを積んでタワーを作っていた。
「なんか、パーティーみたいですね……」
「魔女集会っていうか、夜会って本来そういうものだしねー」
「場違い感がすごいです……」
「大丈夫よー。たまちゃんは可愛いよー」
環を抱き締めて頬を擦り付ける橙を朔は生暖かい目でながめていた。
橙、化粧が落ちるぞ。
橙の弟子、吾妻はどこに行ったのだろうか。
俺は見まわすが姿は見えない。適当に満足したら橙を事務所に送って帰るかと俺は橙の座っていた椅子に腰かけた。
軽く辺りを見回すが社交ダンスの発表会に紛れた気分だ。どこにいても浮いている気がする。
「5年前より派手になってないか…」
「前に一回すごいのが来たからねー。なんかみんなそういうものなのかなって空気ができちゃってぇ」
「すごいの?」
「そー。ドレスがひらっひらでね」
「海外の賓客かなにかか?」
「違うよ。今日久しぶりに来るって言ってたんだけどなぁ」
「??お前の知り合いか?」
と、そんな話を知ってか知らずか壁際に寄っていた朔たちにもわかるほどホールの空気がどよめいた。
「有名な方とかがいらしたんですか?」
たまがひょこひょこ跳び跳ねるがもちろん見えるはずがない。
ただ、俺は何故だか確信めいた嫌な予感を感じていた。
「ごきげんよう」
一部だけ結い上げた白い長い髪が銀糸で彩られた白い着物にかかりさらりと流れる。
白い肌と背が高くモデル体型の美女。雰囲気は雪女のようだ。
後ろに控える仮面をつけた少女は対称的に長く黒い髪をまとめ、赤地に少しづつ色味の違う糸と金糸で花が織り込まれた着物を身につけ、言葉なく付かず離れずの距離を維持している。
揃いのこれまた繊細なショールをかけ、何故か少女は憮然とした雰囲気をまとっていた。
彼女達が何者か、知る者も知らない者も自然と興味を向けつつ距離を取り人垣が作られていく。
女はホールの端にいる見知った若者たちに気づくと唇を吊り上げた。
一歩後ろを歩いていた少女はそこではじめて師の思惑を知る。
「!!」
ざりと後ずさる少女の手を引き、女は人垣を割りながらまっすぐ朔に向かってきた。
「やぁ、柊君、朔くん、たまちゃん、ごきげんよう」
「何の用だ。神楽坂」
神楽坂は女にしか見えない容姿と声音で微笑んだ。
「こ、こんにちは」
たまは頭を深く下げて挨拶する。
「!……か、神楽坂さんは危ない神楽坂さんなんですか?」
危険人物の名前を覚えていたのは偉いが本人に聞くな。
「ん?今はただの綺麗なお姉さんだよ?」
何言ってるジジイ。
女の姿、高い声音だがこいつは神楽坂だろうという確信があった。
こんなやつが二人以上いてたまるかと思う。
「ほら、お前もご挨拶なさい」
「?」
たまは仮面の少女を凝視する。
神楽坂の弟子であり、背格好から間違いなく少女は長谷川邦子。
俺は諌めるか少し悩んだが、成り行きを見守ることにした。
じーっ
じーーっ
仮面の少女は師を盾にして環の視線から逃げようとするが神楽坂に首根っこを捕まれ引き戻された。
「……くにちゃん?」
少女はぶんぶんと首を横に振る。
「くにちゃんだよね??」
朔達の周りは人が距離をとっているので寸劇のような感じになっている。視線が痛い。
橙だけがマイペースにビールを煽っている。
「この子はワタシの弟子なんだよ」
「!!!」
仮面の少女は神楽坂をバシバシと叩いた。
「くにちゃん……?」
仮面の少女はしばらく首を振り続けたがやがて観念したのか面を外した。
相変わらず顔だけは可愛い
「ご、ごめんなさい。わた……わたし、たま……内緒にしてて……あの……」
「くにちゃん」
たまには秘密にしている素振りだったが相当な狼狽え方だ。
「くにちゃんも魔法使いだったの…??」
たまの声音に怒りや叱責はない。
「……うん」
「すごい!すごいね!」
死んだ顔の邦子の手を握って環はぴょんぴょん飛び跳ねている。
「あの、怒って……ないの?」
「どうして?魔法使いって内緒なんだよね?それに私も邦ちゃんに弟子入りしたこと内緒にしてたよ?ごめんね」
邦子の悲壮な表情がアイドルを前にストーカーがバレたけど許してもらえたファンのように変化する。
「う…ん……そう……」
「邦ちゃん、着物似合うね」
「い……師匠が……着ろって言うから……」
「綺麗でびっくりしちゃった!浴衣も似合ってたもんねー。あれ、眼鏡はコンタクトにしたの?」
確かに長谷川は目が覚めるような美少女だ。
見た目は。
因縁はさておき緊張が解けたのかたまも楽しそうに談笑しているし、あいつらは放っておいても構わないだろう。
「……なるほどね……」
朔は立ち上がって環達から少し距離をとり、より壁際に退避した橙の傍に移動していた。
庵と邦子、二人の着物で高層マンションの部屋が買えそうな値段がしそうだ。
人間性もヤバいがいろいろな意味で近づきたくなくなる。
今もさりげなく帰りたい。
「わかるでしょ?来たのは久しぶりだけど……。朔ちゃんも新しいスーツ仕立てたら?」
「うちは零細喫茶店なんだよ」
声は潜めたが恐らくしっかり聞いていただろう神楽坂がいつの間にか隣に来ていた。胃に悪い。
「朔くん達、今日は登録にいらしたの?」
何の抵抗もなくしなを作るのはやめてほしい。あと良い匂いがするのもなんだか腹立たしい。
口紅を塗った唇を歪め目を細める神楽坂が何を考えているのかよめない。
「ああ」
嘘をつく必要もない。
「あんたは…何しに来たんだ」
弟子達は仲良くじゃれているが神楽坂に限ってそういう趣味はないだろう。たぶん
「朔くん達を見物に」
お前もストーカーか
「いやなに、そろそろ邦子の正体を芦原にばらしておいた方がなにかと都合がいいんです」
都合とは何だろうか
「環に……変な事をするのは」
「勿論。ワタシは邦子に嫌われたくないからそんなことはしませんよ。アレ自体に興味もありません」
狐はにまりと笑う。
「もう嫌われてるんじゃ…」
庵はちちちと指を振った。
「ふふん、分かっていませんね。邦子は怒るとあの夜みたいに見境がなくなるんですよ。本気で怒っていたら既に簪を剣山みたいに刺されています。あ、これ暗器なんですよ。綺麗でしょ?」
分かりたくもなかった。
「とはいえ、さすがにそれだけのためにはワタシも来ませんよ。今日は地区会長さんに呼び出されてるんです」
「それはそれは、お疲れさん」
「なに、多分そろそろアナウンスが来ますよ」
ーーー
頭の中に音が響いた。
「同胞達よ。ごきげんよう」
たまがおどろいたのか駆け寄ってきた。長谷川の視線が怖い。
「せ、せんせ」
「静かに」
「今季も多くの同胞達を迎えられ、非常に嬉しく思う」
地区会長、万世橋乙夜だったか。声しか聞いたことはないが若い男だ。
東京都の一部と関東東部連合直轄地域の代表だったはずだ。
各地区会長は余り表には出てこないので珍しい。
「今宵は……まだ宵と言うには尚早か。今日は大規模なウィッチハントの予定をお知らせするよ」
ホールの空気が凍る。
会長は直々にどこかの結社かギルドを潰すと言っているのだ。
「ターゲットは銀の蛇の鶴来来光、及び支配従者全てだ。尋問の必要はない。生死も問わない」
銀の蛇……環の同級生を殺し、橙の事務所を襲ったギルド。
協会が武力攻撃をするのは人間社会のバランスを著しく損なう団体。
つまり殺したのだ。
大量に、無関係な人間を。
「今回は主力部隊に神楽坂老が参加してくれるよ。稼ぎたい人と彼と共闘してみたい人は奮って参加してほしい」
神楽坂にどこからかスポットライトが当たる。
神楽坂はにっこり微笑み白い扇子をパタパタと振った。
扇子からは大量の白い花弁が舞い散る。
散った花弁が狐の形を取り、神楽坂の肩に登ったり思い思いに動いている。
神楽坂は犯罪者だがファンも多い。
なるほどイベントに使うには適した人選だろう。
「正式な日取りは来年になるから参加者には追って通達するね」
「最後に。市川の小橋くんと弟子二人と妻君、お腹の子が犠牲になった」
朔も会ったことがあるが世話焼きで温厚な人だった。
ざわと名前に反応した人が結構な数見受けられた。良い人だったのだろう。
「では」
通達は終わった。
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いつもの説明
いつか暇なときに作りたいエロゲの話。とても進みは遅いけどもうオチはできてる。無垢鳥が共通ルートで無垢鳥後にルートが分岐します。終わったら本にしようと思います。
→1:http://www.tinami.com/view/553020
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