真祖① (女主人公)
私は今噛まれている。右肩をかぷりと。
血をゆるりと抜かれてゆく虚脱感と、可愛らしい鼻息に首を撫でられる甘美心地を分かってもらおうと、私つばめ、魂の座談会として軽く四半刻説明した。
しかし、その場にいたおゆきには引かれ、おさきには違った理解をされ、やさふろひめには違う喜ばれ方をした。短い時間に詰め込みすぎただろうか。
ゆるゆると血を吸ったあと、ひと心地ついたのか、親友の式姫"真祖"は顔をもたげた。
「やっぱり、つばめの血おいしくないのー……」
「我慢しなさい……といいたいところだけど、折角提供しているんだから美味しく飲んでほしいところだな……」
どうせなら美味しく食べてほしい。あ、これなら台所に立つ式姫面々に分かってもらえるかも。
吸った跡のために、回復術をかける真祖。本当かどうか知らないが、このために回復術を覚えたらしい。
「のど越しはとてもいいのー」
「やっぱり味なのか?」
「んー、つばめなのに血は”うすあじたんぱく”なのー」
私、性格は”濃い味濃厚”と思われているのか。濃さは貴女の女主人も大概だと思うけれど。
「濃い味、濃い味のもの……臓物の類を食べればあるいは……でもこってりし過ぎそうだから、香草も一緒に食べた方がいいのか……?」
今度かやのひめに聞いてみよう。≪私が美味しくなりそうな香草どれか≫と。
「んー、つばめっぽい……たこ。たこ沢山食べればおいしくなるのー」
「……た、たこ? 蛸?」
蛸のうねうねを身振り手振りで尋ねると、こくりこくりと返される。
「たこー。みんな食べたがらなかったけど、食べるとおいしかったのー」
私、”濃い味濃厚の海産物の蛸みたいな女”って思われてるのか? 問題ない? 問題じゃない?
ちなみに真祖に蛸食べさせたのは、おゆき。≪とまともいちごも今ないのよ。代わりに蛸持ってきたわ。え? "赤い"から≫ 翌日私は抱腹絶倒の姿を凍結された状態で発見された。
「まあ、真祖がいうなら試してみるか」
「ん。ぜひそうするのー」
一息ついた真祖が、外套を翻し立ち上がる。”すかあと”とかいう短い洋袴から延びる月のような脚が眩しい。なにを食べたらあれほど綺麗な肌や姿が手に入るのか。血か。やっぱ血か。臓物だ。
「つばめー、ごちそうさまー。ありがと、なのー」
振り返った真祖がそう礼を言った後、くにゃんと腰を折りお辞儀をする。すっかり様になっている。
「どういたしまして。次までにはもう少し味が良くなっているはずだから、また来てくれー」
「楽しみにしてるのー」
そう表情変化の薄い彼女らしい笑顔を返した後、いつも通りのふわふわとした足取りで部屋へと消えていった。
一時期、ある一件で人から血を吸うことを極度に躊躇っていた時期があったのだが、私の我儘で、私の血を吸ってもらうようにしてもらった――これだけ聞くと私が変態だが――。まあそんなに楽しい話でもないので割愛。
最初は、申し訳なさそうにしてたので≪恩着せがましいことしてしまった≫と思っていたのだが、それが表情に出てしまっていたのか、徐々に今のような軽口を返すようになっていった。
ぼうっとしているようで、人の機微に誰よりも敏い子である。さすが剣で、時に敵を疾く突き刺し、時に味方を守るべく盾となり戦況を見て飛び回るだけある。よく見ている。
まったく、血を吸うのもせめて語尾が治るぐらい吸えばよいものを。けれど言えばまた気にすることを増やすし、少なくとも辛くなった時にふらっと吸いに来てくれるぐらいに気軽さがでているようなので、良しとしよう。
それよりも。
私はたまたま通りがかった狛犬を呼び止める。
「なあ、狛犬。私って蛸っぽいのか。あの海の蛸」
「え、つばめたこ見たことないッスかー? たこって赤くて海にいて足10本あるッスよー?」
烏賊と混ざってることは気にせず、見たことあるうえで聞いているといったら≪バカッスねー!≫と返された。参考にならない。
”濃厚濃い味の蛸みたいな女”……。もやもやが残るある日の昼下がりだった。
けど、むしゃくしゃもやもやをぶつける様に、狛犬の頭をぼさぼさになるまで撫でまわしたらどうでもよくなった。
おわり。
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