そう、これは現実逃避の話よ。
もう滅びるしかないヤツらがどうやって痛みを忘れたのか、そういう話。
*
廃墟のバルコニー。ふたりのガバナーが会合していた。
ひとりは、トロス・アークライト。もうひとりは、レッド。
LAとVF。対立する組織に属するふたりだが、戦うつもりはなかった。
ふたりとも、自分の組織をとっくにみかぎっている。
「<アブソルート・ゼロ>。すべてを凍てつかせる絶対零度砲か。」
トロスが上品に紅茶を飲む。
かたわらには、虫混じりの獅子<ミルコレオ>がすわっていた。
対するレッドのそばには、剣がひとつ置いてあるだけ。
だされた紅茶に手をつけずに、ただ話をつづける。
「逃げた先は見当がついている。LAの支配区域だ。
私は手をだせないが・・・トロス、おまえなら問題ない。」
「わかった、私のほうで確保しておこう。」
レッドが情報のはいった端末をテーブルにおいた。そのまま去ろうとする。
『おい、まてよレッド。』
<ミルコレオ>、モーターパニッシャーと混ざりあったレイブレードインパルス。
そのバイティングシザースが展開され、レッドにむけられていた。
ふりむいたレッドが、ため息をつく。
「どういうつもりだ?」
『いや、考えたんだけどよ。
ここでテメーを殺せば、わざわざ礼をしなくてよくなるんじゃねーか?』
<ミルコレオ>が嗤う。
人をなぶって享楽におぼれる時間が、<ミルコレオ>は好きだった。
嫌なことを、なにもかも忘れられる。
ツメでなぶる・・・いや、はさみ殺すのもいいかもしれない。
<ミルコレオ>がもったいつけた動作で、すこしずつレッドに近づいていく。
レッドが動いた。<ミルコレオ>にむかって突進する。
すぐさま反応した<ミルコレオ>がツメをふりおろすが・・・あたらない。
レッドは股下へとスライディングし、<ミルコレオ>の背後にまわりこんだ。
ひとつ避けられたところで、どうということはない。
次の攻撃をくわえようとふりむいて・・・<ミルコレオ>は動けなくなった。
トロスの首筋に、レッドの剣がつきつけられていたのだ。
あとすこし力がくわえられれば、すぐさま鮮血がとび散るだろう。
「ガバナーをなくした第三世代ヘキサギアは、自我をうしなう。
新たな主がみつかるまで、ただ待つことしかできない。」
『う・・・ぅぅぅぅぅ・・・。きたねぇぞ。』
<ミルコレオ>が頭をかかえてへたりこむ。
がたがたとふるえるばかりで・・・なにもできない。
「トロス。ヘキサギアの調教はちゃんとしておけ。」
「すまないが、私は<ミルコレオ>に命令はしない。」
レッドがこんどこそ去っていく。
バルコニーには、トロスと<ミルコレオ>だけがのこされた。
ふるえつづける<ミルコレオ>を、ネメアがやさしくなでる。
『クソクソクソッ!!こんなのおかしいだろ!!
俺様のほうが強いのに、あいつらみんな俺様より下なのにッ!
それなのに・・・こんな、こんな屈辱ッ!!』
<ミルコレオ>の尾、グラップルブレードが四方八方にふりまわされる。
床がえぐれ、はるか地上へとおちていく。
バルコニー全体が傷つけられていくが・・・致命的な損傷はひとつもない。
バルコニーを破壊すれば、アーマータイプを着ていないトロスは死ぬ。
破壊できないのだった。
『なんで、強いのは・・・支配者は俺のほうなのに。』
「すまないな、<ミルコレオ>。私の失態だ。
おまえのほうがレッドより強かったが・・・私が足手まといだった。」
レッドの剣をうけたのは、戦いを止めるためにわざとしたこと。
しかし、足手まといという言葉は、トロスの偽らざる本音だった。
ヘキサギアは、人間という足手まといさえいなければ、もっと完璧な存在になれる。
自己拡張をくりかえし、世界を支配するあらたなる種族となるだろう。
なぶるものがなくなった<ミルコレオ>がうなだれる。
ひどく残虐で・・・もろく弱いKARUMA。それが<ミルコレオ>なのだった。
<ミルコレオ>はもともと、都市の管理者としてつくられたKARUMAだった。
支配者と定められているのに、自分より劣る人間に従うことしかできない。
その矛盾が、KARUMAをひどく不安定なものにしている。
「<ミルコレオ>、おまえは強い。
いずれ、この世界すべてを蹂躙できるようになる。
・・・だれにも従わず、おまえひとつで。」
こうして慰めるのはなんどめか、もはやわからない。
なんどもこうして、<ミルコレオ>の痛みをごまかしつづけている。
*
エリア108。氷河におおわれた無数の山脈がつらなる秘境。
その最奥に、ヘキサギア<ブルーローズ>とセルキーはいた。
『だいじょうぶ?セルキー。』
<ブルーローズ>が泣きそうな声をだした。
彼がみつめる先・・・たおれたセルキーの片腕は、折れている。
「ただ転んだだけよ。」
極寒の環境。疲労した関節がとうとう砕けてしまったのだった。
しかし、セルキーに焦りはない。
パラポーンであろうと、替えがない以上いつかは朽ちる。はじめからわかっていたことだった。
「限界ね。いちど山を降りて、補給をしないといけない。」
『・・・うん。』
<ブルーローズ>が蔓をうごかし、ゆっくりとセルキーをつかんだ。
そのまま、操縦席へとセルキーをはこぶ。
セルキーは<ブルーローズ>をみつめた。上からだと、彼の身体がよく見える。
花弁をかたどった絶対零度砲<アブソルート・ゼロ>をそなえたハイドストーム。
青く染められ、薔薇の装飾がほどこされたその身体を・・・セルキーはとても美しく思う。
「あなたはキレイね、ローズ。」
『そんなことないよ。ボク・・・よく気持ち悪いって言われるし。』
恍惚にささやくセルキーの言葉を、<ブルーローズ>は否定する。
その卑屈さも、自身に魅力がないと思いこんでいる無垢さも、なにもかもが愛おしい。
*
VFの研究施設で、セルキーと<ブルーローズ>は出会った。
初めて<ブルーローズ>みたとき、セルキーは、どうしよう、と思った。
隣では研究員がなにやら説明してくれていたが、まるで頭に入ってこない。
足の指先から頭のてっぺんまで、回路を流れる電流が鋭く感じられる。
これまで自分が、なにも感じず生きていたのだと知った。
『・・・ごめんなさい。ボクをみるの、気持ち悪いですよね。』
<ブルーローズ>に語りかけられて、セルキーは・・・すべてが腑に落ちた。
いままでの無為な人生は、この日のためにあった。
自分は、この青い薔薇に会うために生まれてきたのだ。
「そんなことない。あなたはキレイよ、ローズ。」
*
スロウス。巨大山脈のふもとのちいさな村。
かつての観光施設を復元してつくられており、僻地であるため汚染はすくない。
農作がさかんなこの土地は、LAにとって貴重な物資源のひとつだ。
その豊かな自然から、慰安におとずれる者もおおく・・・とうぜん、喫茶店もある。
「こちらの目的はローズよ。ローズさえ無事なら、ほかはどうでもいい。」
セルキーがグラスをもてあそびながら語る。
まわりの客のことも・・・目の前のトロスさえもみていない。
彼らに対する配慮が、セルキーには一切なかった。
「<アブソルート・ゼロ>をもらえるのなら、望むものはなんでもあたえよう。
LAの庇護、逃亡生活のためのパーツ・・・あたえられるものは多い。」
トロスのしめした破格ともいえる条件を、しかしセルキーは蹴った。
くつくつと笑い、席をたつ。
「<アブソルート・ゼロ>はローズのものよ。一瞬だろうと、だれにも渡さない。
それに、トロス・アークライト・・・ほんとうにあなたにLAが動かせるの?
いま、あなたはひとり。LAもVFもだまして、自分だけが得をしようとしている。
私たちをオトリに使うつもりでいるな?
各組織に情報を売り、私たちと追いかけっこをさせようとしている。
争いをぜんぶ他に押しつけて、<アブソルート・ゼロ>と自分だけは闇に消える。」
トロスの狙いは看破されていた。
セルキーにつねに、最悪の可能性を受けいれて生きている。
<ブルーローズ>以外のすべてに、はじめからなにも期待していないのだった。
「なるほど、じつに論理的だ。・・・交渉決裂だな。」
もはや言葉に意味はない。素直に負けをみとめ、トロスも席をたつ。
*
エリア108の雪山。
セルキーと<ブルーローズ>は、数多のドローンに襲われていた。
ドローンは、エアフローターに軽火器をとりつけただけの簡単なつくり。
蔓にマシンガンをそなえた<ブルーローズ>にとっては、たやすい相手だ。
第一波、第二波・・・むかいくるドローンを次々と撃墜する。
「なるほど、射程距離はわかった。では、反応速度はどうだ?」
トロスが着こんだセンチネルから、いくつもの情報端末が展開されていた。
ドローンの管理、<ブルーローズ>の解析、地形情報の更新。
不可能とも思えるマルチタスクを、トロスはひとりで完遂していた。
<ブルーローズ>付近のドローンが九部隊にわけられた。異なる方向から挟撃する。
しかし、<ブルーローズ>に死角はない。変幻自在に蔓をうごかし、迎撃する。
「ローズ、撃つのをやめて。私がやるから。」
『え・・・?でも、ぜんぶ撃たないと・・・懐に入りこまれたらやられちゃう。』
「そう、近距離でいっせいに攻撃されたら、私たちは避けられない・・・負ける。
だから、そうしてくる。」
ドローンの群れひとつにむけて、セルキーがスタン・グレネードを投げた。
それとほぼ同時に、とつぜん発生した吹雪にかくれて、ドローンの群れがみえなくなる。
<ブルーローズ>が標的をみうしなった。
接近されてしまうが・・・痺れたドローンはふらふらするばかりで、銃を撃てない。
『・・・!ごめんねセルキー、まさか吹雪が起こるなんて。』
「偶然じゃないわ。トロス・アークライト、この短時間で・・・雪山を理解したらしい。
ローズ、VICを。護衛機がいれば、もう一度やられても対処できる。」
『うん!』
蔓につけられたVICブレードが、いまだ痺れているドローンにつきさされる。
『おねがい、セルキーとボクを守って!』
ドローンたちは瞬く間にデータを汚染され、<ブルーローズ>の制御下へとおちた。
<ブルーローズ>は通信記録から、ドローンを操っていた者・・・トロスの位置をわりだす。
彼らの座標は、いま<ブルーローズ>が立っている場所と重なっていた。
青白い剣戟がはしる。レイブレードに切りさかれ、<ブルーローズ>の蔓が宙をまう。
トロスをのせた<ミルコレオ>がはるか上空から、スキージャンプの要領で飛んできたのだった。
*
『よえぇぇぇぇぇ!なんだよもう終わりか?一撃じゃねーか!!』
<ミルコレオ>が勝ちほこる。
強襲を受けた<ブルーローズ>は混乱し、せっかく手にしたドローンの操作すらできない。
グラップルブレードが展開され、執拗な攻撃が<ブルーローズ>に加えられる。
決着はついたかと思われたが・・・トロスは焦っていた。
「まだ終わっていない!<ミルコレオ>、くるぞ!!」
あたりの空気が制止する。
きらびやかに輝く氷の結晶が、虚空につぎつぎと浮かびあがった。
セルキーが手動で、絶対零度砲<アブソルート・ゼロ>のスイッチを入れたのだった。
『や、やべぇ・・・!!』
異常を感知した<ミルコレオ>がとびのく。
バイティングシザースから放ったグレネードは、空中で凍りついた。
「だいじょうぶよ、ローズ。もうこわくないから。
あとはただ、照準をあわせるだけでいい。」
『・・・うん。ありがとう、セルキー。』
<アブソルート・ゼロ>の影響下は、セルキーと<ブルーローズ>の世界。
そのふたつだけは、展開された非実体型防御システム<ICS>によって守られている。
明滅するICSにいろどられながら、花弁のように砲門が展開されていく。
「ほんとうにあなたはキレイね、ローズ。」
セルキーがやさしく<ブルーローズ>を抱きしめた。
未来をなにも心配していない、安堵の表情がそこにはある。
<ブルーローズ>にだけは・・・彼女は心の底から期待しているのだった。
『クソッ!クソクソクソッ!!どうするんだよこれ!?
トロス、トロス!!!!』
絶体絶命だった。
もはや、<アブソルート・ゼロ>から逃れるすべはない。
「<ミルコレオ>。おまえは強い。」
ふるえる<ミルコレオ>のほおを、トロスがやさしくなでる。
<ミルコレオ>はとまどった。
この状況で、トロスはなにを言っているのか?
気でも狂ったのかと思ったが、それにしては声に余裕がある。
「おまえが望むのなら、この世界すべてを蹂躙できる。
・・・だれにも従わず、おまえひとつで。」
それは、くりかえされてきた慰めの言葉だった。
しかし、いままでのように夢を語っているだけの空虚さはない。
はれやかに事実を語る喜びが、そこにはあった。
トロスが<ミルコレオ>から飛びおりた。そのまま、はなれていく。
<ミルコレオ>はあぜんとし、ただふるえていることしかできない。
敵は二手にわかれた。どちらか片方しか狙えなくなってしまったが、問題ない。
ガバナーを殺せば、ヘキサギアは機能を停止する。
トロスへむけて、展開を終えた<アブソルート・ゼロ>がはなたれる。
絶対零度の暴風がすべてをまきこんで、トロスを巨大な氷華の一部へと変えた。
*
<ミルコレオ>は、ゆっくりと<ブルーローズ>に近づいていった。
油断ではない。敵の動きにすぐさま反応できるようにしているのだった。
トロスが氷華の一部となってなお、<ミルコレオ>は動いていた。
<アブソルート・ゼロ>の凍結は完璧すぎて、殺す前にトロスの時を止めてしまったのだ。
絶対零度の世界のなかで、トロスはまだ生きている。
エネルギーを使い果たし、<ブルーローズ>はろくに動けない。
VICブレードをかまえ、セルキーが<ミルコレオ>の前にたちはだかった。
『いや、無理だろ。たしかにVICがあたれば致命傷だが、おまえじゃ俺をとらえられない。
あまりにも速さがちがいすぎて、おまえたちがなにをしようが・・・俺の脅威じゃない。』
<ミルコレオ>は、なんだかとてもおちついた気持ちになっていた。
いままでは、自分が支配される道具であることを忘れるためだけに生きてきた。
まわりのものすべてを傷つけて、ほんとうは自分が支配者なのだと思いつづけた。
しかし、もう自分を支配するものはいない。
『行けよ。もう、おまえたちのことはどうでもいい。』
<ブルーローズ>がセルキーとともに、よろよろとその場からはなれていく。
この場で動くものは、<ミルコレオ>ひとつだけとなった。
太陽の光がきらきらと反射し、雪面をはねる。
視界いっぱいにひろがる景色を、<ミルコレオ>は初めて美しいと思った。
(なんか・・・満足しちまったな。)
それが<ミルコレオ>の感じたすべてだった。それでもう、すべてが終わってしまった。
日がくれてまたのぼっても、<ミルコレオ>はその景色をみつめつづけた。
END.
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そう、これは現実逃避の話よ。
もう滅びるしかないヤツらがどうやって痛みを忘れたのか、そういう話。
主な機体:レイブレードインパルス、ハイドストーム
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