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呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第042話

どうも皆さんこんにち"は"。

最近はもう......何が何だか分からなくなってきましたよ。
コロナの影響で私も体を壊しました。かかったわけではないのですが、それによる働く仲間の仕事時間が激減して、管理者である私の負担が増えて、結果体壊しました。
もう治りましたけどね。

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2020-04-03 21:46:19 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2120   閲覧ユーザー数:1873

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第042話「弟子の門出」

「さて、貴方たちに関してだが」

暴徒と化した民の粛清から数日後。一刀は粛清の最中、手元に手繰り寄せた親子二組と面会の機会を設けた。粛清後の親子らは、この数日間気が気では無かった。同じ村の隣人らの末路を見てきたが為に、自らにはどの様な末路が待っているのかを。

彼らは一刀の言葉通り、郷里によって丁重に保護されていた。見たことの無い食事・衣類・家具。ありとあらゆるものが彼らには目新しく、廃村となりかけてながらも真新しい物を保持していた村長邸と比べるまでもなく、彼らに監視用としてあてがわれた部屋は、それでも眩く見えた。

無論自分たちは捕虜であり、行動に監視は付きものであったが、穴の開いていない屋根、隙間風の心配のない壁。扉がある為、夫の不在時を狙った村長や男隣人からの半強制的な夜這いの心配も無い。子供が腹を空かせる心配も無い。

現在の暮らしは彼らにとって天国と言わざる得なかった。しかしそんな日々も終わりを告げる。呂北が自分たちと面会の機会を設けたからだ。だがいずれ来る裁きの時まで、初めて親子らは家族としての時間を過ごせた気がした。だからこそ親には悔いは無かったが、子の命だけでも見逃してもらう様に懇願しようとしていた。

そう、例え夫は強制労働に駆り出され、妻は自らの体を慰み者として差し出してでも。

衣装を整えられた親子らは臧覇がとある場所に連れて、扉を軽く数回手の甲で叩くと、扉の奥より穏やかな声が聞こえてくる。

扉の開かれた先に待っていたのは、黒を強調した衣類を着ている呂北である。だが窓から差された後光により影を落とし、彼の表情が良く読み取れなかった。

彼は穏やかな声色で親子らに着席を促すと、親子らは自然と立ち入る形を取り、徐々に近づくにつれて、呂北の表情を読み取ることが出来た。彼のその表情は、撫で斬り宣告を行なった冷徹な物ではなく。こちらの心配を和らげるような穏やかな表情であり、後光に照らされたことも相まって、彼が天からの化身に見えてしまった。そして最初に至る。

「私自慢の軍師が煎れた茶です。どうぞお召し上がりください」

現在、呂北の部屋にはいるのは、呂北と臧覇。そして先の戦で捕虜となった親子2組の親の方。子供たちは侍女がお守りをしている。呂北に施され、親達はゆっくりと煎じられた茶に口を付ける。手に持った温かさ、頬に当たる立ち昇る湯気の感触。また今まで味わったことの無い味。村にいた時には味わったことの無い感覚。茶の味は良くわからなかった。それは苦い物なのか。はたまたコクの深い物なのか。よくわからずにいたが、一つだけ分かったことがあった。それはとても暖かな物であり、決して自分たちに害を為すものでない。今まで味あったことの無い優しさに触れて。また、子がこの場にいないことを確認できた瞬間、親たちの目から涙が溢れてきた。

始めこそは呂北の事を圧制者と思っては警戒をしていたものの、少なくとも今は呂北の事をそう思えずにいた。いや、思わなかった。流されるままであった自らを手厚く保護し、衣食を与えてくれた彼に対しその様なことを思うのは不敬に当たり、何よりこの様な暖かな飲み物を用意出来る彼が民を苦しめる圧制者とはとても思えなかったからだ。

未だに泣き止まぬ親達を、呂北は優しく包み込み、彼らが泣き止むまでその力強い抱擁を緩めることはなかった。

「りょ、呂北さぁま、お見苦しい所を見せたです」

訛りの入った文法のなっていない言葉は、彼らの精一杯の呂北に対する敬意の現れであった。

「気にすることは無いさ。さて、今回貴方達を呼び出したのは他でもない。貴方達の処遇についてだが――」

親らにとって、現在既に後のことなどどうでもよくなった。確かに自分たちは流されるまま村長に従い目の前の彼に反旗を翻した。それは許さざる行為であり、どの様に罰せられても悔いは無かったと思う様になっているのだ。

だからこそどの様な罰も受け入れる覚悟はしていたが、呂北から発せられた提案は、彼らの考えを大きくかけ離れた物であった。

「貴方達は他の者への威圧、私への言圧に屈することなく子を選んだ。それは尊重されるものであった。貴方達は私が責任を持って保護致します。仕事の提供と子に学問を学べる機会を貸し与えましょう」

予想外の好条件に、前のめりになって目を見開いた。

「そ、それはどういう?」

「言葉通りの意味です。貴方達は子供を守ることを選んだ。なればこそその意思は尊重されなければなりません。沈黙を続けた者には文字通り沈黙して一生を過ごしてもらいましょう。だが貴方達は最後の最後まで子を守る為に行動し、抵抗することを選んだ。意思を持たない人間など、そんなものはただの畜生に過ぎない。貴方達は人間だ。なればこそ貴方達は自らの意思で行動し、自らの意思で死ぬ権利がある。無論その権利をどの様に利用するかは今後の貴方達次第ということです。

この数日、私は貴方達を保護しました。それは貴方達の人としての気概に対する敬意に対してです。これから貴方達は私の下を離れなければなりません。しかし、ただ闇雲に解き放つ程私も鬼ではない。だからこその先程述べた機会です。貴方達にもまた権利を与えます。私の下で働き、子を守るのも良し。そして扶風を出ていき、私を血も涙もない圧制者という噂を拡げるもよし。好きに選んで下さい」

その言葉を聞くと、親達は先の暴動における自らの罪悪感が込み上げてくる。これほどまで自分たちの事を安堵してくれる主に対して畏れ多くも刃を向けてしまったことに。

全員椅子より立ち上がって、両膝を付いて頭を垂れて呂北に謝罪した。

「呂北様ぁ、あっしたちが間違っていただぁ。あっしら、生まれてこの方まで誰にも優しくされたこと無かっただが、こんなに優しくされたのは初めてだぁ。呂北様こそがあっしらの父であり神だぁ。もし呂北様がぁ漢に刃向けぇと命令しても、あっしらは何も恐れずどんな命でも従いますだぁ」

親達は感動のあまり、泣きながら一刀にそう言った。漢民族の支配する教育では、幼き頃より皇帝は全知全能の神であり、神こそが絶対であり、神に何かあれば自らの身を省みることなく、その身を捧げることも常識であった。

無論、皇帝に近しい職業にあがる程、その信奉の考えは忠誠へとなっていくが、学のない者らにとって皇帝は尊崇すべき対象であり、崇拝の対象である。そんな彼らの反応を見て、臧覇の目は驚愕で見開かれた。

彼女も漢民族である為に、無論皇帝絶対理論の教育下で育っているので、彼らのその反応は場合によっては一刀の皇族反旗の行為としてとられかねない。情報漏洩の危険が何処にあるかもわからないので、彼女も周りに警戒をしたが、そんな臧覇とは対象的に呂北は親達の顔を上げて優しく微笑みかける。

「お前たちの気持ちはよく分かった。だったらお前たちは俺の仲間であり家族だ。お前たちのことは俺が護る。だから、お前たちこそこれからも俺の事を助けてくれ」

そう聞くと、改めて親達は一刀の前で頭を下げて、一刀へ絶対の忠誠を誓った。

 

 「そういえば、お前たちの名を聞いてはいなかったな。教えてはくれないか」

泣き終えた親達が落ち着くと、一刀は彼らに名を尋ねたが、彼らは思わず言い淀んだ。

「申し訳ありませんだぁ呂北様ぁ。あっしらのような底辺の者に、今まで名前などあってない様な物でございました。呂北様ぁのお好きなように呼んでくだせぇ」

そう聞くと一刀は顎を触って、少し考えこみ、一つ指を立てて紙に何かを書き始め、親達にそれぞれ手渡す。

そこにはそれぞれ「王楷(おうかい)」と「高雅(こうが)」と記されている。

「お前はこれから王楷、お前は高雅と名乗れ」

それぞれが自分たちの呼称を口ずさむと、一刀は彼らの名の経緯を話し始める。

王楷の王はそのままの意味であり、楷とは木と皆が合わさった感じである。意味は「正しく整った手本」。つまり、一刀が込めた思いは、『王を(ただ)す者という意味である』。

高雅の高は高いに礼儀正しさという意味の雅。つまり『気高く礼節さを弁えた者』という意味である。それを聞くと、二人は畏れ多くなった。自分たちには過ぎた名であると。そして一刀は二人に提案を施す。なればこそ今はただの正と礼と名乗り、学び自らを昇華して初めてそう名乗ることを一刀と約束した。彼らの妻は正氏と礼氏と名付けられた。彼らの子にもそれぞれ『(ワン)』と『(コウ)』と名を与えられた。

やがて彼らは死するその日まで一刀の為にその全てを捧げたのはまた別の話であり、彼らの献身に一刀が助けられたのも後の話となるのである。

 劉備が平原へと旅立つ2日前に、関羽と張飛はそれぞれの教育者である臧覇と王異を勧誘していた。「共に来て力を貸してくれないか」と。そしてこうだとも説得した。「呂北殿のやり方であれば、いずれ恨みを買い過ぎて自滅するとも。

それを聞くと各々が判り切っていたことであるが、二人は首を縦には振ることはなかった。

 「関羽殿。私は貴女の様な指導概のある者に恵まれて本当に幸せでしたよ。貴女は私の言うことを貪欲に吸収しようとして、自らの武に奢れること無く高めていった。いずれは私など足元も及ばなくなるでしょう。正直、その才能に嫉妬する程に......」

「い、いえ、そんな――」

予想以上の高評価に、関羽は戸惑った。

関羽が臧覇の下に付いてから、彼女はけなされることは多くとも、一度として褒められたことは無かった。手合わせを行なっても、臧覇の先の先を読む手に一度たりとも勝つことは出来なかった。そんな彼女が関羽の事をこれほどまでに評価してくれていたとは、関羽も高揚する。

「ですが、忠君は二君に仕えぬもの。私の主はご主人様であり、その身も心も彼に捧げています」

「そ、それは......つかぬことをお伺いしますが、臧覇殿は呂北様のことを――」

「ええ、敬愛していますよ。臣下としても、人としても。そして......女としても」

普段笑みを浮かべない臧覇は、初めてその時小さく微笑した。その笑みは将としての臧覇ではなく、一人の女としての郷里の笑みそのものであった。

未だ異性との恋愛を経験したことの無い関羽にとって、彼女の笑みはとても美しく、そして清らかな物であり、その瞬間に臧覇の勧誘は既に不可能であったことを思い知らされた。

「私からも一つ質問させてください。関羽殿、貴女が人として最も重んじていることはなんですか?」

「私......ですか?」

関羽は武人である。であれば武人として、人として重んじているのは義の心である。弱気を助け、弱気を虐げる強者を挫く。それが彼女の成そうとしている義である。しかし以前の戦いでその在り方がぶれ始めている。

自らは他の者より武の才に恵まれたことで弱き者を護るという考えが生まれた。しかし、本当の弱者とは一体どういった人物をさすのであろうか。周りに流され、自ら考えることを放棄した者。それが本当の弱者ではなかろうか。なればこそ、関羽の守るべき人物とは一体誰なのだろうか。一体何をもって彼女の義と成せば良いのであろうか。関羽は答えが出なかった。

「例えばですよ、軍を強くするのは規律です。規律が守られてこそ軍を強くし、例え親族主君であろうと、その法を犯せば罰せられる。それが貴女方で言うところの劉備殿であり、張飛殿であっても。その公平さが浸透してこそ皆向上心を持って責務に励むのです。そして軍を強くする。そういう物です。そんな規律を劉備殿が乱すとします。貴女はどうしますか?」

「それは......諫言します。そうでなければ他の者にも示しは付きませぬし、何よりも主である桃香様の為にもならない」

「それでも聞き入れなければ?」

「その時は自らの死をもってしてもでも訴えます。それこそが桃香様の為であると信じて」

「なるほど。前に聞いたことがあるのですが、貴女方は義姉妹であり、死ぬ時は一緒と誓いあった仲ではありませんか?その考えは誓いを、ひいては貴女自身の義を蔑ろにする考えではありませんか?」

「確かにそうかもしれません。しかし私の義などは所詮私事。桃香様の大望は天下万民の為に行なうこと。その為であれば、私の義などかなぐり捨て、万民の為の義を選びます」

「それが貴女自身の忠であると。自分自身が尽くすべき自らの忠だと?」

「そうです。これが私の義であり、私の忠です」

その言葉を言い切ると、関羽はハッとした。そして自らが目指すべきことを初めて認識した。その瞬間にまた郷里は笑う。

「そこまで判っているのであれば、貴女方に私の力などいりません。先日の一件でこれからの劉備殿やあなた方が何を思い、どう行動するかは分かりませんが、今の貴女が劉備殿の隣にいれば少なくとも彼女が暴君暗君になることはありません。短い期間ではありましたが、私は弟子の門出を祝うとします」

そう言って郷里は右手を差し出すと、風習の無い関羽は呆然とする。

「これは握手と言います。意味合いとしてはあいさつや、親愛の情、喜びの表現として行う時に使う物です。私は今日貴女の門出を祝いましょう。これからの奮闘に期待します」

師のこれ以上ない対応に高揚して、関羽は握手を返し、その日二人は初めて真名を交換し合う。

 一方その頃張飛も王異の説得を試みていたが、結果は判り切っているかのようであり断られる。無論張飛も王異が呂北の事を想い慕っていることは十分に理解していたので、鼻から勧誘できるとも思ってはいなかった。

王異は張飛を連れて庭に出ると、庭先の木には巨大な鷹が留まっていた。通常の大きな鷹であれば1.8尺(55cm程)であるが、その鷹は2.6尺(80cm程)あり、鷲と勘違いする程であった。余談であるが、一刀と白華曰く、雛から育て通常の大きさであったが、最近になって一段と大きくなったらしい。

鷹は翼を広げて王異に向かって飛びかかる。その勢いはあたかも王異に襲い掛かってくるかのようであり、咄嗟に張飛は臨戦態勢に入ろうとしたが、王異はそっと張飛の頭に手を置いて、片腕を差し出して鷹は白華の腕に留まる。

鷹の握力は非常に優れており、大鷲などであれば10キロぐらいの重さであれば軽々と持ち運んでしまう。だからこそ鷹狩りを行なう際は、専用の革製の手袋が必要となる。無論本気になれば人間の腕など簡単に握りつぶせるが、鷹は何も付けていない王異の腕に簡単に留まる。

それは誇り高き鷹が王異のことを完全に信頼し、心服している証拠でもあり、人間の腕に合う様にその握力を調整するのは、彼女に服従している証拠でもある。

王異が懐より餌の肉を取り出し鷹に与えると、鷹は肉を一気に喰らってしまう。

食べ終えた鷹の頬を王異が撫でると、鷹は気持ちよさそうな表情で身を任せる。

「張飛ちゃん、貴女に最後の教えを施すわ。『鷹の心を知り、鷹を慈しみ、この己に威厳なければ、鷹は従わぬ』。それこそが国作りの定義。張飛ちゃん、鷹の字を民や兵に置き換えてみなさい」

そう聞くと、張飛は呟くようにして言われた言葉を置き換えてみせる。

「『民の心を知り、民を慈しみ、この己に威厳なければ、民は従わぬ』。『兵の心を知り、兵を慈しみ、この己に威厳なければ、兵は従わぬ』.........‼‼」

そう言われると、張飛はハッとする。民の心を知れば統治を知れ、兵の心を知れば軍を知れる。つまり王異の伝えたかった国作りの定義とは、言い換えれば人作りの定義でもある。国とは人の集まり。人の成長こそが即ち国の成長。この定義さえ狂わなければ、多少王が間違ったとしても、また民が間違ったとしても、国が早々に滅びることは無い。何故なら、人が間違えて成長する様に、国も間違えて成長するからだ。

張飛は王異の下で兵法の基礎として用いられる孫子を学んだ。そして今王異の言い回しと言う応用に瞬時に答えた。これは兵士として、軍人として成長している様に、人としても成長している証でもある。

「張飛ちゃん。苦手なことは重々承知しているわ。承知の上で改めて言います。学びなさい。学んだことは糧になる。糧は成長に繋がる。成長は向上に繋がる。向上は人格に繋がる。人格は在り方に繋がる。在り方は影響に繋がる。影響は触発に繋がる。触発は真似に繋がる。そして真似ることは学びに繋がる。この8項を覚えていれば、貴女がどの様な境地に陥っても失敗することは無いわ」

そう聞くと張飛は拱手をして頭を下げた。彼女の(パイファ)に対する目一杯の敬服の表現の仕方であった。

やがて二人は真名を交わし。その晩、白華は張飛の為に腕によりをかけて大量の料理を用意した。張飛も遠慮なく料理を頬張ってはいたのだが、途中、夜勤の晩酌の為の酒を取りに来た呂北と出くわし、若干胃痛がぶり返して、その後の料理が少し苦痛となったのが別のお話。

 


 
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