No.1023193

三章三節:マミ☆マギカ WoO ~Witch of Outsider~

トキさん

2020-03-16 04:25:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:463   閲覧ユーザー数:463

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁマミさん、わたしもそろそろ失礼します」

 似たような別れ際の言葉を巴マミが聴いたのは一時間ほど前となる。

 『ワルプルギスの夜』に対抗する計画の下準備のためマミの住むマンションの一室から暁美ほむらが先に去り、料理に関する質問などにいくつか答えて、ちょうど話題に一区切りが付いたところであった。

 ほむらと共に部屋を出ると踏んでいたが、残された食べかけの菓子が引き止める要因となったのかもしれない。何にしても部屋に残ったもう一人――鹿目まどかが余裕を持って帰宅を切り出すには頃合いであった。

「うん。またね。風が強いから気を付け……あぁそうだわ。最近出来たお店の通販でね、お菓子を頼んだんだけれどちょっと買い過ぎちゃったの。まだ開封してないし日持ちもするから御土産に持って帰ると良いわ。小さな子が食べても大丈夫なのだし御家族と一緒にどうかしら。先に玄関に行って靴の準備でもしていて」

「え? そ、そんな。悪いですよ」

 遠慮がちなまどかではあったが、といってマミが丸め込むのはさほど難しいことではなかった。明確な断る理由が無くまごつく少女には、幾つか背を押す言葉を追加でかけてやればそれで事足りる。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…」

 (いささ)か歯切れが悪いながらも承諾したまどかは、言われたように先に玄関に向かって歩を進め始めた。廊下を行くその後ろ姿を目にしたのを皮切りに、マミも台所へと足先を向ける。

 ――暁美ほむらの分も抜かりなく同じ商品を購入しておいて"買い過ぎた"という言い回しは正しくはないだろう。が少しでも自然に渡せる事情が用意出来るのならマミにとって実状との違いは些細なことでしかない。

 それなりの値とはいえ買ったのはただの菓子。魔法で手を加えることもない。暁美ほむら個人に譲る予定のものも同様である。贈り主がそれぞれに透明なリボンで異なる飾りつけをしている他は何もないのだ。

 届いたのが近日中だっただけでこうすることは暁美ほむらと出会う少し前から決めていた。突き詰めればまどかが受け取ることに了承しようとしまいとさほど重要ではない。マミにしてみれば口にした時点で話はほぼ終わったに等しかった。

 いつかの己が思いもしない意図をこうして行動として繰り返せば本質が変化するような気がしていた――だからこれも試さねば。魔法による精神操作に比べ遥かに効果のほどが定かではない迂遠(うえん)愚昧(ぐまい)な行いだと自身で分かっていても、最後に頼るのがその魔法だけになるよりかはずっとマシだから。

 こんな腹積もりでいようとする者に穏やかさは与えられはしないというのだけはかつてとの共通認識だった。といって何もかもの救いになるかは別である。たとえば最近報道された失踪事件の少女。あれは自分の身代わりだった。

 マミには"あの時"とその事件が結びついていると明確に判断出来るだけの情報は無い。ただ少し時間が経ったとはいえ、意識無意識問わず鮮明に思い出せていた。なにゆえ『アレ』は逃げたのか……それを含め今でも浮かぶ一つとして確証の無い疑問の数々も生々しさを失わせない原因だ。想像を膨らませるには充足している。

 そうした毎日の煩慮(はんりょ)よりも報自体への印象は薄かった。引っ掛かったのはこの時期にされたことである。たまたまであったとしてもまるで以前の巴マミの要素がまだ戻れると潔癖を訴えているかのようで――

 だが今のマミにとっては既に聞き入れる価値のない妄想の延長線上に過ぎなかった。なりたいのは画面に映し出された情報提供を求む写真の中でどこか誇らしげに微笑む少女ではなく、電源を消した時に薄ぼんやりと現れたこちらを見返す黒く顔を塗り潰された必要以上の感情など全く無さそうな物体だったから。

 鹿目まどかという存在は、現下(げんか)マミの周囲において最もそこへと至らせる近道にもなってくれそうだという予感をもたらしてくれる。

 まどか――あるいは記憶にある二人――でさえ受け入れないであろう色に変わっていくのが分かっていても、絶やさぬと崇め掲げているからこそマミはいくら染まろうとも構わなくなっていた。

「――――~~~~!!」

 鳩が豆鉄砲を食ったようにマミがなったのは甲高い悲鳴が部屋中に響いたからだった。

「ま、まどかさん――!?」

 機械的に進んでいただけにより大きな不意打ちとはなったが声が聞こえてきた大本へはすぐに身体ごと目が行った。残り数歩で置き場所の収納棚ではあるもひとまず切り上げ小走りで玄関へと急ぐ。

 並ぶ靴の前に人影。どういうわけか足元を見ながら小動物のように震えるまどかの姿が。マミに気付き振り返った時まどかは瞳に涙さえ浮かべていた。

「ま、マミさぁん……」

「どうしたの?」

 叫びの度合いにしてはまどかは元気そうであり――おどおどと指差した先に原因はいた。

 まどかのものである脱いだ靴の先。鈍く動く手の平に収まりそうな大きさの何か……蜘蛛がいた。

"あれ? この蜘蛛……"

 おぼろげながら見覚えのあるその形態にマミは思うところがあったが、どうであろうとまどかを安心させるのが先決だろう。自分としても来客としては好ましくない部類だ。

 いつの間にかまどかにマミは服の端を掴まれていた。無自覚の行いだった素振りである年下の少女の頭部をさすりながら幾つか(なだ)めの言葉をかけたのち、マミは行動を開始する。辺りを見回し……近くに立て掛けてあった傘を手に取ると眼下の蜘蛛にその先端を徐々に寄せていく。

 蜘蛛は最初こそ歩脚を警戒させるように蠢かすも――諦めたのか大人しく全身を絡み付かせていった。

"よし。これで"

 そうとなればすべきことは僅か。マミはゆっくりと玄関の戸を開け放つ。傍に行くだけで扉越しに大気の荒れ具合が想像出来る音が耳に届いてきたが、外との垣根が微かな隙間であっても消えた途端昨今から続く風の唸りが鼓膜を震わせる。

 幸いなのはいざ外の通路に出てみれば、着衣をはためかせるほどの風力はありそうだと思わせる轟音にしては直接身に絶えなく当たるのはそよ風程度だったことだ。吹き荒ぶ方向が違うかこの建物にでも阻まれているらしい。

 とかくマミは真正面にある排水用に設けられた溝まで歩み寄ると、付近にあったむき出しの配管の背面に傘の先を(あて)がい動きのない小さな乗客ごとゆっくりと回していく。蜘蛛は回転に逆らわずに足を下し……気温のせいかなおのことゆっくりとした動きでマミから離れていった。

「もう大丈夫よ」

 傘を伝って登ってくることに恐れが無かったといえば嘘なのでマミは順調な運びに内心少しほっとしていた。

 収拾がついたのはこわごわと追随し後ろで一部始終を見守っていたまどかにも分かったらしい。振り返ったマミが笑顔であれこれ言うまでもなく、少女の顔からは突然の驚きにより塗られた困惑の色がかなり薄れている。

「マミさん優しいんですね」

 己をあんな風にさせてなお鹿目まどからしいといえば鹿目まどからしいが。逃がした場所を見つめながらそう口にするまどかの言葉はマミを称賛し、どころか蜘蛛の今後を案ずる響きも多分に含まれていた。

「蜘蛛は益虫よ。見た目はアレで嫌われ者なのもよく分かるけど、害虫を食べてくれる。それに向こうの国だとむやみに蜘蛛を殺さない方が金運が上がるっていう話もあるそうよ。ただそれだけよ」

「あ! 似たようなこと聞いたことあるかも。朝の蜘蛛は殺しちゃダメとか……あれって、外国の話なんですか?」

「え? そうなの? そっちは初耳ね。まぁどこだっていいわ」

 元よりマミの話も以前技名を作る時にでも読んだか観たかしたそこまで信憑性がある情報ではなかった。この会話も妙なことで褒められどことなく気恥ずかしくなっている心に適当な理由を用意してやりたかったのが大きい。

「でもどうして入ってきたんだろ?」

 まどかの疑問にマミは通路の上部に目をやる。位置が悪そうな場所に張っていた為に本来の粘着力が発揮されなかったのか。半壊した蜘蛛の巣が垂れ下がり風に揺れていた。

 直感通り先ほど放した蜘蛛は数日前から角で巣を作っていたものと同一と見るべきだろう。そして学校からの帰宅時から――もしかすれば部屋から最初に人物が出るまで風向きは今とは異なっていたのではないか?

「たぶん。風の向きが違ったのね。何かの拍子に、ほら、あそこにいたのが飛ばされたんだわ。それに暁美さんが帰るときは何もなかった。初めから玄関にいたならあの子がそこまで無頓着だとは思えないから、もしかしたら彼女が開けたときに偶然入ってきたのかもね」

 憶測だがそれ以上を誰も求めていないのだから答えとしては遠くも無いだろう。

「ほむらちゃん大丈夫かなぁ……」

 説明と壊れた巣を見て納得したようであるまどかは、そこから曇天(どんてん)に視線を移しぽつりと呟いた。

「うーん。でもせっかくの休日だし、これから先晴れたりこうなったりが続くと思うと、今行くのが一番ベストだとは私も暁美さんも思ってるんだけどね」

 質問があった時のために準備していたのでマミはすらすらと口にする。とはいえ偽りなど交えてはいない。

「マミさんは……」

 不意に何かを言おうとしてそこから言葉を宙に浮かせたまどかに、マミはひとまず玄関に戻ろうと提案した。微風だろうと当たり続けるよりは良いと判断した為だ。頷いたまどかを横目に自室の扉の取っ手を握りしめた。

「マミさんはほむらちゃんのことどう思います?」

 思ったよりも勢いよく閉まりそうになった戸に気を付け、傘を元の場所に置いたところで、まどかはようやく言いたいことが固まったらしくマミに質問してきた。

「……あなたはどうなの?」

 マミも質問を返してみる。溜め込ませたものを引き出すらなこの時だと思ったからだ。

 まどかとマミとほむら。この三人が始めて揃って邂逅(かいこう)した日。電話越しにマミはまどかに湾曲した表現で監視をするように頼んでいた。といっても端から大した期待はしておらず、用件もあくまでほむらに不自然な言動や思いつめているような素振りが無いか気にかけてくれといった程度のものである。

 まどかはマミの返しにさほど驚きはせず、言われたように黙々と思い出している様子だった。

「良い子だと思います。ちょっとミステリアス……ていうのかな、そういうところあるけど」

 精一杯言葉を選びながらもその表現はまどかも違和感があるということだろう。何か重要なことを隠されているとはマミも感じてはいる。より疑っているマミと比べれば下級生のこの少女の言い表し方がまだやんわりしたものであるのも当然だろう。

 ただ正体は分からないが一貫した意志だけはどことなく伝わってくる。

「それに……このあいだキュゥべえに声をかけられた時なんですが。どうすればいいか分からなくなってたわたしをかばってくれて……むやみに魔法少女になるのはいけないと思ってるような、そんな感じでした。

 ほむらちゃん。言わないけど沢山辛いことがあったような気がします。前の街にいた同じ魔法少女の人の話もホントだと思うんですが他にもある気がして……。そういえば、ほむらちゃんわたしに魔法少女のこと、全然良いように話してくれた覚えがないです」

 苦を分かち合うことが出来ないのは自身の不甲斐なさのせいだ。まどかが整理の付かない状態で表に出した疑問の数々にはあまねくそうした調子が付与されていた。それでもまだ希望は手放してはいない。

「でも。今だっていっぱい知らないことばかりですけど……わたしは、もっと友達になれるって信じてます」

 ……静かに聴き終えたマミは黙って相槌を打つ。まどかにとっての暁美ほむらの全てを教えられた心持ちだった。仮にこの印象に致命的な受取り違いがあったとしても良いとさえ思える。あるいはこんな風に語ってくれることをどこかで期待していたのかもしれない。

「私も、同じ意見よ」

 仲良く出来るのなら越したことは無い。たとえ疑惑の塊であっても信念があるのなら。昔は寂しさからもあり、今はこうして救われた命だからこそ求めるモノがあった。自分の今後の身の振り方を考えれば考えるだけ共にいられることが難しくなっていくというだけの話だ。

 無難とも取れる返事に、まどかはそれでも満足そうであった。

「マミさんは……」

 またしても何か呟こうとしてすぐさま続かなかったまどかに小首を傾げたところで、マミはふと忘れていることがあったのを思い出した。足元にあったまどかの学生鞄が目に入ったのだ。

「あぁそうだいっけない! まどかさん家に帰るところだったのよね。蜘蛛はともかく引き止めることになっちゃってごめんなさい。そうそうすぐに言ってたお菓子持ってくるから少し、すこーしだけ待ってね」

 今日どころか数日中で最もマミは動揺していた。そこまで長く話はしていないはずだがどれだけ時間が経ったかも定かではない。申し訳なさが込み上げてくる。

 とにかく少しでも早く帰れるようにとマミは台所へと向かおうとし――まどかに呼び止められ一歩も進むことなく立ち止まったのは虚を衝かれたも同然だったからだ。

 少々謝罪した後に、決まったらしい質問をまどかはぶつけてきた。

「明日一緒にいても良いですか?」


 
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