No.1023184 一章五節:マミ☆マギカ WoO ~Witch of Outsider~トキさん 2020-03-16 04:18:35 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:726 閲覧ユーザー数:726 |
「ま、マジ!? ほむら今日もラブレター貰ったんだって!?」
ショートカットのボーイッシュな少女が上げた驚きの叫びは二割ほど盛られているのを誰もが感じたが、それを差し引いても休憩時間に入った教室の雑多な会話の中ではひときわ大きな声だった。
数年前に全面改築された見滝原中学校には、市内で最初に建てられたという老朽からの脱却――あるいは学び舎としての長い歴史ゆえの
たとえば主な教室の備品だとしてもかつての黒板は大画面のタッチパネル式ボードに取って代わられ、電子機器への接続端子が付随した机は強度を保ちながら可変させ畳める仕様のため清掃への貢献度は高い。その片方でも、他の地方都市の市立中学では大幅にランクを下げても予算内での定数導入は厳しい代物だ。
伴って授業の内容や必須用具も宝の持ち腐れとならぬよう全面的な見直しが図られている。現在の校舎自体往年の閉鎖的な作事と反する建築思想ではあるが、それを抜きにしてもこの中学校が生徒の内面に与える影響は建て直す前と後とではまるで異なるものとなっていた。
とはいえ携帯端末や学習用ノートパソコンの容量の隙間に入れた情報で視覚的にも話題を増やす者がたまにいるようになっただけで、幾つかの集団が散在しているという大まかな休憩時間の教室の様相は数年前とさして変わりはなかった。
そして、唐突な驚きの声と"ラブレター"という単語に思わず四人組の少女たちに目をやり――話題の中心がその一人の黒髪の少女だと名前や関連がありそうな噂の記憶と共に合点がいけば――何人かには短いながら好奇や感嘆が伝播するのも、そうそう無くなるものではないのだ。
「み、美樹さん……声大きい」
暁美ほむらにとって幸いだったのは、騒ぎの発端である"美樹さやか"の性格を周囲のクラスメイトがなんとなくでも分かっていることだったかもしれない。
大きく知れたわりには他の集団の話題を継続してほむらに向けさせる力は無かった。興味があるなら後でたいてい誰にでも明るいさやか経由で"差しさわりのない範囲"でまとめられた話を聞くことも出来れば、結局深入りする気が無いならその『ほむらがラブレターを貰った』の一言で片付いてしまうからだ。
まれによくよく吟味してみれば第三者だろうと首を突っ込んでみたくなってくる話もあったが――どういう経緯にせよいずれは多数が知りそうな最新情報でさやかが驚く様を毎度見せられている皆からすればこの場合も、またお調子者がちょっと早く大声を出した、というのが素直な第一印象である。
それでも場面が変われば寄り集まり人だかりも出来たかもしれぬが……たまたまこの時間に教室にいた他の女子たちはある程度内緒話で盛り上がればまた元の話題に戻り、男子に至っては心中は別としても分かりやすいぐらいすぐさま昨日観たスポーツ中継の模様や最近販売されたゲームの内容を再び口にする者しかいなかった。
が一瞬でも大量の視線を向けられるもどかしさは当人からすればまた別な話だ。"どうしても慣れない"せいか、何故かほむらは自分が悪いことをした気がした。つい先ほどまで何も考えずに座っていた椅子が、急に拘束具のように心に生じた逃げ出したい思いに邪魔をする。
妙にそわそわしていたせいでほむらはいつの間にか俯いてしまっていた。
そんなほむらと羨望だけを送るさやかの立ち姿を見比べていち早く感づいたのは、つい数日前に新たな一面と付き合いがあることを知った、このグループの中でも最初に打ち解けたリボンの少女だ。
「そうだよさやかちゃん。ほむらちゃん困ってるよ」
助け舟として軽く咎めたのはほむらの後ろの席を借りて座っている鹿目まどかだった。
ほぼ形だけの在籍であったミッション系の学校から転校してきてまだ日は浅く、それ以前は入退院を繰り返し各地を転々として来たと自己紹介していたほむらへの心遣いもあったのだろう。あるいは慣れないと少々キツイであろう"小学校からの友人"のクセの強さにすぐに評価を付けないでほしい部分もあったのかもしれない。
「――! あぁいやぁゴメンゴメン」
考えをまとめるより先に口が出やすいのがさやかだったが、忠告されたのなれば冗談以外では概ね
「んー、でもさぁ今月に入って二通目を貰った仁美に早くも追いついちゃったじゃん!」
そして修復が出来る範囲というのも感覚とはいえ見定められるのがさやかの隠れた才能だった。親しくしたい関係間に均衡があることや、やり直しが効くというのが感情表現の豊かさのなによりの根源なのだ。
ほむらの様子から黙ったり内容を違うものにするにはまだ早いと踏んだらしい。暗いばかりも気に障る性格のさやかは、隠し事にしておきたいことを話題にしてくれたほむらへの申し訳なさもあってか……どう見てもわざとらしい意地の悪そうな笑顔を浮かべるや傍で興味深げにしていたもう一人に矛先を変えた。
「これは姫オブ姫にとっては忌々しき事態ってやつですかぁ仁美ィ。うらうらぁ」
「さやかさん。わたくしは別に人が思いのたけを募らせて
便乗してほむらも小さくこくりこくりと首を上下させる。
仁美もさやか同様ほむらがラブレターを貰った事態をどうするかと気にし、困り気な制止も羞恥心でなくまんざらでもない情動から来る照れ隠しだと思い込んでいたようだが……あくまでラブレターのもたらす"善し悪し"を知っているなりに別な観点からの驚きと憧れがあるだけなのだ。
まっとうな反論をされて身を引きながらさやかはくやしそうな表情を作った。だとしても――仁美ならそう言うだろう――と期待通りの反応に面白がっているような明るさも。
素早く周りに目をやるや、さやかは白い歯を見せて破顔する。小悪党の笑いだった。
「とか言うけどさ。ラブレターで競争なんてドラマとかぐらいじゃなきゃ無いと思わない? ね! まどか」
「えぇわたし? うーん言われるとたしかにいっぱいあるのは珍しいことなのかもしれないけど……」
「でしょでしょ! そのうちラブレターに留まらず告白イベントの連続かも、なんて考えたら見守る私らにしても今からもうドキドキもんなの。かわいい仁美とほむらの青春を想ってこそってやつよ」
半ば強引に賛同者を得たさやかは上機嫌で人差し指で仁美の胸元を軽く叩いてみせる。
調子の良い様に流されかけ……そこで仁美は一転して分かりやすいぐらい落胆気味に目を細めた。
「あら? 見守るだけなんてひどい友人を持ったものですわ」
「そこはほらぁ。愚痴と相談をして貰わないことには友人Mの出番は木陰でそうしてじっと見つめることと一緒にショッピングしてるシーンくらいしか無いからしょうがないわけでして。大根役者は気付かれないようにフェードアウトするしかないんですのよ。シクシク」
「まぁ大変。今からちゃんと出演の依頼しとかないと。もちろん私が大根役者側になったときはそれはもう詳しーく拝聴させて頂けるでしょうし」
「うげげ。敵は身内だったか。ぜ、善処しまーす……」
肩をすくめながらも仁美は納得した態でさやかに一笑を返した。さやかの方はというと声が揺らいだ割りには苦渋やほむらの時とは違い反省の色は見えない。
そもそも仁美もさやかが心配事を親身に聴き重要となるところは
"相変わらず根拠もなく明るいのね。あなたたちは……"
ほむらにしてみれば本心から二人のように振る舞えもしないと決めつけが出来れば今となってはそもそもさしてしたいやり取りでもなかったが――こうして
入院していた頃から"すぐ"ならばもっと素直にこの"おこぼれ"にあずかろうとしたかもしれない。……もしくは空回りでも"誰か"のためにさやかや仁美のように成ろうとしていたのだろうか。
ほむらが表情筋を緩めるまでに過程があったなど露ほども知らないさやかだったが、持ち直したことには違いなく満足げだった。こういうぶっきら棒なのが私なんだ、といった態でほむらにアイコンタクトよろしく大げさにウィンクしてみせる。
そして、反省したのか再びは落ち着いた口調での問いかけだった。
「ほむらだって真剣な手紙が沢山貰えるならそれはそれで嬉しいでしょ? 返事はどうでもいいとしてさ。かわいいって言われてるのと同じだし」
「え? それは、その……」
厳密にはここまでの二通は私用に割り当てられたロッカーの隙間に挟まっていたものだが――困惑してばかりで今まで一度たりとも深く"貰った後のこと"など考えもしなかった。
とはいえやるべきことが見つかっている現状としてはもはや思案するだけの価値は無い気もするが。
「ま、数だけじゃないっていうのは私も思うけれどもねぇー。曰くだねぇ、面と向かって渡せない男は付き合ってもダメだこりゃ、らしいし」
「さやかちゃん。それわたしのママが仁美ちゃんにしたアドバイスじゃないかなぁ。役に立つの?」
「良いのだよまどか君。役に立つとかじゃなくてこういう積み立てこそが乙女の恋路を豊かにしていくのだよ。うんきっとそう! だからより正しい道に導くためにご意見ご感想を集めてだね――」
さも我こそ恋愛の達人だと力説するさやかだったが、続く"であろう"話を要約してみれば――ほむら達への助言の拠り所は"キャリアウーマンで人生経験豊富そうなまどかの母"が割合を大きく占めているに違いない。
がそんなさやかをこうも近く横目にしてみれば、ほむらは少しだけこの場での肩の力の入れ方を間違えているような気がしてきた。
中身のない短絡的な無責任さはほむらにとってもはや焦がれもあるが畏怖すべきものでもある。だとしてもここではそれが求められている。そして何をどう考えようと詰まる所は、悟られなければ、なのだ。
……たとえば、本当にさやかの言うようにラブレターの多さは容姿が認められた証明だとしよう。
転校当初は、黒髪が綺麗だ、美少女だ、とひどく騒がれたことがあったが……ほむら自身はこのクラスに来て初めてそうした己の魅力を理解するに至っていた。――今でも合点がいかず違和感だらけだが。
これまで鏡に顔を映しても容貌に自信を持ったこともなければ、見知った人間に褒められても全て闘病中のほむらへの一種の励まし程度にしか思ってこなかったからだ。
よしんばあったとしても、生まれ持った病によって損なわれてきた全ての前では吹けば飛ぶ程度の価値だった。そんなもので帳尻を合わされるよりもただただ"普通の形状"があればそれでよかったのだ。そのような身の上だからこそ思うのだと痛感しながらもそれが入院中のほむらが出した結論だった。
そんな考え方は、こうして完治し、数々を経験した今なお残り続けているのかもしれない。
さやかの提案でこっそり皆で見に行ったラブレターを出した上級生二人は残念ながらどちらもしっくりこなかった覚えがほむらにはあった。不満があったというよりは、己がラブレターを送った誰かに何か見返りを与えることが出来そうにもなければ、その時点ではもう求めていたはずの"普通"以上に"手に入りさえすれば己の命さえ捨てても良いモノ"を知ってしまった後だったからだ。
言い訳でさえそれを中心に動いてみれば、他にどんなものを得たとしても何もかもが路傍の石ころ同然にさえ思えていた。自分にとって掴みたいモノの輝きがあまりに眩しすぎたのだ。
――けれども、もしも健全に今日まで生きてきて、これまでなかった友との時間を埋めたい思いさえすでに満たされていて……仮にあの仁美ほど幾人から貰えるとしたらどうだろうか?
仁美は裕福な環境で育ったと聞く。容姿や性格に関してもラブレターを複数もらえるだけのことはあるが、"お金持ち"という要素よりも低く見られることがこれまでなかったわけではない。厳格な家庭であることを知らなければ、一つの流行として面白半分にラブレターを送る者さえいた。その点は仁美なりの苦労がこれまであり、続いていくのだろう。
だがそんな仁美のように心眼を鍛える必要もなく、受け取る全てのラブレターがほむらだけのことを賛美する内容だったとしたら……恋をしたりしたのだろうか?
"それは考えすぎね……でも……"
「――んでさーやかちゃんとしては思うわけよ。このうらやましい悩みをもっと聞くことが先人の知識をより活用することにも……っと語りすぎちゃったわ。ん? でも待ってよ。手紙の量とかじゃなくてもしかしてそもそもほむらはそういうの興味が無かったりする? 男子苦手とか? あーでもどうしたら……ど、どうなの?」
一人で勝手に不安を増やしていくさやかだったが、とはいえそれはそれで後々の展開を仮想することで楽しんでいるようでもあった。
そんなさやかの様子を見て物言いたげに、だが穏やかな表情を浮かべるまどかや仁美がいるのが分かれば――ほむらは首を振って示すも、それに留まらずほんの少しだけでも今の気持ちを言葉として素直に外に出しても良いという思いがしていた。
「困るし、今は付き合ったりとかよく分からないけど……そう、ね。手紙でも沢山褒められたら嬉しいかも」
言い終えて、そこでようやくほむらは急激に変わった取り巻く空気の異常に気付いた。
さやかのみならず、まどかや仁美までもが、ほむらに視線を送りながらも見開いた眼できょとんとしている。
何かおかしなことでも言ったのだろうか――ほむらが眉を顰めるのと、さやかが思い出したように苦しそうに制服の胸元を掴んだのはほぼ同時だった。どういうわけか、頬を真っ赤に染めて。
「ぐっ! 強者の余裕とたぶんアルカイックなんとかスマイル! くぁあぁこれが男の心を鷲掴みにする秘訣なのかぁ!」
悶絶しそうなほど身をくねらせるさやか。先程からのわざとらしさや声量の配慮が無いわけではなかったが、言葉や仕草からは"そうでもしないと自我を保てない"とでも言いたげに余裕というものが先ほどと変わってかなり抜けおちていた。
続いて残る二名もようやく放心から脱したらしいが、まどかに至ってはただただ驚いているようであり、仁美は何故か両手を淡く色づいた頬にあてている。
"…………"
さやかたちの反応にほむらはしばし呆気にとられこそしたも、こうも明言されてなお推察がつかぬほど鈍感でもなかった。
思ったよりも滑らかに出た言葉に肩の荷が一瞬とはいえ降りたような感覚はあったが……果たして自分がその時にどんな表情をしていたのか。
まったく思い出せもしなければ想像さえもつかない。きょろきょろと三人を見ても誰かが応えてくれるわけでもなかった。
さやかの表現やまどかたちの動揺はおそらく好意的に都合よく解釈して支障は無いはずだが――分かっていながらも、まるで不都合な重大な秘密を握られたかのようなたまらなく恥ずかしい思いが胸の中に次々とあふれてくる。大勢に視線を向けられることなど比ではない。
はしゃぐさやかは先のほむらを引き合いに出してこそいたが、すでに話のメインは自身の魅力の無さを自虐的に語ることへと移り変わっていた。まどかも仁美もうまい具合にその流れに乗っている。
となればほむらなりの自衛としては気に留めず軽く受け流す選択肢等もあったはずだが……原因は己にあれど不意を突かれたことで
硬直しまっすぐ前を――とはいえどこも見ていないに等しい状態で耳元まで顔を赤く染めたほむら。その脇で、仁美たち相手にいくつかの己を責める文句を語り終えたさやかは次第に調子を取り戻してきていた。半分以上は冗談交じりといった様子で落涙を払うように腕で目元をこする。
「もういい。まどかぁ、こうなったら貰い手のいない同士仲良くするしかない」
さやかは静かに語気に熱を込めた。訴えかけるかのごとく大手を広げた姿と合わされば――どこか失礼とも取られかねない同胞への誘いでも、そのような面が露骨に浮き彫りになることなく妙な説得力を宿している。互いによく知る仲となればなおさらであった。
「えっと、その……実は……さやかちゃんごめん」
提案に苦笑いで返し、そしてしばしの沈黙を置いたまどかは口を開くや改まった語調で言葉を探しながら小さく頭を垂れた。曖昧模糊で意味深長な返事ではあったが……言い続けていただけあってすぐにさやかには察しがついたらしい。
「な、なんですとぉー。まどかお主も
乾いた笑いを最後によろけながらまどかの隣席にへたりこむさやか。開いた口から
これまでと同じく単にやりたいようにやっているだけとも受け取れたが……まどかは判断に困ったらしい。
「う、嘘だよ! 嘘! ちょっと、便乗っていうのかな。してみたくなっただけで――」
心配げにあくせくと両手を戦慄かせながらまどかは説明を付け足す。
おもむろに立ち上がったさやかがまどかを睨みつけたのはそのすぐ後だ。――が『そうすると思った』と言わんばかりの安堵を一瞬ではあったがさやかが浮かべたのを、ようやく持ち直してきたほむらは偶然とはいえ見落とさなかった。
「こ、このぉ! からかったわねぇ! そんなウソつきのワルい子にはこのさやかちゃんが特別にわきをワキワキしてあげよう」
「えぇー!?」
まるで別の生き物のように蠢く十本の指。じりじりと迫り来るさやかの圧力に押し出されるようにまどかは席から立ち上がると、標的となっているであろう両脇腹に手をやりすぐさまガードする。
一見すると固く隙もない体勢。だがさやかは引き離すか滑り込ませるつもりかなのか、蹂躙の喜びを顔に張り付けながら進撃を止めようとはしなかった。
「あ! あーそういえば引っ越してくる前の幼稚園の時にひよこ組のミツル君が好きだって言ってくれたことが」
くすぐったいのが嫌なのか。思い出したように慌てて付け加えるまどかだったが、残念なことに元よりさやかは返答など気にしてなどいなかった。むしろ逆効果であった。
「ノーカウント。よしんばカウントしてもこのままあたしの悶絶テクで快楽を与えてやろう。私のことしか考えられなくしてやるー」
襲い掛かるさやかの五指。運動神経は悪くないであろうことが垣間見えるほどの必要以上に洗練された外科手術並みの正確性を持つ鋭い一打は、距離の差をあっという間に詰めてまどかの脇を狙う。右の防御の甘さを見逃してはいない攻め手だったが……警戒していただけあってまどかが避けるのには労は要さなかった。
決着は二撃目以降に持ち越される。その瞬間がそう遠くない可能性が大きいのは――逃げた先にあった机に阻まれ怯んだことによって間合いから僅かに外れ損ねたことや、その備品の位置が絶妙にも回避の自由度を削っていることからしても、この場で相対する身ならより理解が出来るであろう。
機を逃さぬとすぐさま両腕が挟み込もうとまどかに迫る。
「あらあらまぁまぁ。さやかさん人に言うだけ言って自分こそ、そんな禁断の――」
頬に手を当てた仁美が淫乱なものでも見るかのような好奇の視線を送りながら唐突に横合いから口を挟んだのは、後ろから抱きつかれたまどかの腕の付け根にさやかが手を滑り込ませようとした、もはや優劣が決しているその時であった。
「えっ?」
「へっ?」
思わず固まってしまうまどかとさやか。
まるでこの状況から突飛な想像をしたかのような発言だったが……二人は気付いてはいないだけで、実際のところ仁美はさやかが
さやかとまどかは反応こそ違えど、『いつものか』と文字が書いてあるかのような表情を浮かべる。
「えぇ……と、その……仁美ちゃん?」
「ああ……いやそれはないわ……」
ダメとイケナイを小声で呟き続けては首を振る仁美の妄想がどういうものか察しがついたようだ。
だとしても仁美のそれは、自身の悦楽のために事実に己の趣向を過多に入れ脚色した想像ではなく、むしろ性別を超えた愛というものを肯定するか否かに対する自問の意味合いの方が強かった。優等生の性格と妄想癖がうまく両立出来ていないらしい。
その辺りもよく心得ているのも手伝ってか――水を差され更には放言でしかなかったものを少々誇大で真っ当に解釈されたさやかにとっては、悪い気はしていないようだったが、白けてしまいそして拘束を解除してしまう程度にきまりが悪くなるには事足りていたようだ。
まどかの方はというと同じく気恥ずかしい素振りだったが、『中学二年生』に対して背伸びした自覚とイメージがさやかよりもあるらしく、じゃれ合うのが全く嫌というわけでもなかったが場所も関係してかこの小休止が入ったことにどこか安心もしている。
そうして互いにいくつか取り留めもない思いを抱き、最後は共有した恥ずかしさに帰結したらしくそこまでの自分たちを反芻しながらけらけらと、だが秘め事のように小さくした笑い声を上げた。
――さやかはお調子者だったが、喋りたくまた通じたいのもあって出来うる限り
足りない言葉は性格を知るまどかが橋渡しとなって口下手ながらに中身を広げながら噛み砕く。
収集が付きそうになくなっても、話題の提供者になりやすい仁美が頭の良さと想像力の豊かさで尻すぼみする前に談を終わらせるか空気や題目を変えてしまう。
それがこのグループの在り様である。
微笑を浮かべながら三人を見つめている一員であるはずのほむらではあったが、疎外感は無いとはいえ内心ではまだまだくっついているだけなのを確信せずにはいられなかった。
もしもただ目先のことだけを考えて真に自分らしく振舞えている人生があったのならば此処でどのような位置を築いていたのだろうか――ふと魔が差したように思いが湧いたが、後にも先にも有りはしない願望になどやはり冷めた答えしか浮かばない。そもそも見滝原市に転校して来たかどうかも怪しいのだ。
「そうだ。返事はどうするかはほむらが決めることだけど、後々のこと考えるとこの街のこと知っといたほうがいいんじゃない?」
勘違いからの混迷に陥っていた仁美を引き戻し落ち着かせ誤解を解いたところで、さやかは思い出したようにほむらたちに問いかけた。
「殿方にエスコートしてもらうのはナシなんですの?」
いまいちピンときていないほむらが曖昧な返答で頷くや意見と共に首を傾げた仁美だったが、先の陶酔から早々と回復傾向にあるお嬢様にさやかは人差し指をリズミカルに振って見せる。
「ノンノン。仁美君は男が狼であることを知らないようだ。この街だって変な場所たくさんあるし」
開発計画による急速な近代化が進む以前から、見滝原市には数えるほどではあったが接待を行う風俗営業の店や短時間利用を主目的とした宿泊施設などが集中している地区は存在していた。
とはいえあくまで設備の成されたこれらの場所は法律や査察等により裏打ちがなされた上で生き残った事業である。だが昨今に新規開業した店の中には違法なものも散見されるようになっていた。摘発されるケースは決して少なくは無いが、まだまだ落ち着きを見せない街の発展に雑じり込み悪質な経営店も増加しているのが現状である。
無論それらを省こうとも地域のそうした移り変わりにで歓楽街と中学生が立ち寄るには好ましくない場所との境界は曖昧になってきていた。見滝原市で生まれ育ちそれなりに行動力もあるさやかによれば、大通りから外れると一変しているところも珍しくは無いのだという。
「というわけでほむらは何日か後、空いてる? 仁美とかまどかも都合つきそうだからみんなで一緒にどっか食べに行こうよ」
"街も見て回れるので丁度良い"――そう汲み取れるような口ぶりの提案にさやかは自信有り気だった。
「さやかさんそれ。ホントは自分が食べに行きたいだけでしょ?」
「あ、あははは。バレたか」
すかさず入る仁美の指摘に、さやかは後頭部を掻きながら図星だと笑って見せる。
それは何気ない掛け合いの一つだったが……"上辺"だけを頼りにした"素直"な推察で特別でも無い言葉を返そうとしたほむらには、決して誤りでも無いにも拘わらず、胸にちくりとした痛みがあった。
時間さえかければ、自分以外のこの場にいる全員がもう少しマシな返答をしそうな、そんな置いていかれたかのような感覚がしたのだ。時間だけは、この場の誰よりも有しているはずなのに。
だとしても、横にいるまどかや仁美と似たような笑みを作るのを邪魔するほどのものではなかった。捉われるほどでもないのは、もう"素直さ"が"興味の無さ"に限りなく近づいているからだ。
それで良いと心根では切り捨てながら、適度に頬をほころばせたところでほむらはその質素だがさやかが喜びそうな返事をしようとして――そこで鳴り始めた携帯電話の着信音に言葉を阻まれた。
同様に気付いたらしいさやかに色恋関係だと半ば
――画面を確認すれば、着信は"まだ関心のある方"からだった。
この状況では出るべきか否か一瞬悩んだほむらではあったが……すでに結論は出ているも同然である。『身体のこと』や『病院から』だと適当に理由を付け、さやかに簡潔ながらも誘われた嬉しさを伝えると急いで席から立ち上がった。
移動中にコールは止んでしまったが、廊下に出るやすぐにかけ直す。ほぼ間も無いのもあってか、繋がるのにそう時間は必要としない。
何故かそうして待つ数秒に、ほんの少しだけ緊張した。
「もしもし。ほむらです。待たせました」
『いえ、別に後でも出来る話だったから急がなくても良かったのだけど、せかしちゃったみたいで悪かったわ』
携帯電話越しにも落ち着いた物腰が伝わってくるかのようだ。もしくは対面していないからこそ、ほむらは以前のようにうすら寒さを感じなかったのかもしれない。
電話先の人物――巴マミはよどみなく続ける。
『それで明日の放課後なんだけど――』
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【あらすじ】
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