No.1022869

逆も然り

宰原さん

地元を大切にしよう!という感じのメシつくるだけのBLです

2020-03-13 00:21:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:466   閲覧ユーザー数:466

 ごろん、寝返りを打つ。出かかったあくびを噛み殺した。

 朝か、と。毛布を握り直しながら、視界に入り込んだ光に思う。ちらりと壁にかかった時計に目だけをやって、七時。起きるには早いと隣の男は文句を言うだろうが、あいにく二度寝は性に合わない。というか単純にこれ以上寝ては疲れる。

 けれどもすぐに起き上がる気もしなかった。なんというか、その。体がまだだるいというか。余韻が、尾を引くというか。そう仕向けたのは彼だ、もういいと言うにだらだらと甘やかすから。だからこれは俺がだらしないんじゃなくて、このねちっこい男のせい。俺はなんにも悪かない。

 そう自分に言い訳しながら、目の前に転がるぬくもりへすり寄った。またうつ伏せになって枕の下に腕を通している。その寝相は腰にあまりよくないと何度か言ったけれど、寝相なんて自分でどうこうできるものかと文句を言われてそのままだ。転がしてやってもいいのだが、カオルは敏感に起きては機嫌を急降下させ舌まで打つから、知るかと捨て置くことにしていた。

 

 そうするしかないので、同じようにほとんどうつ伏せになりかけた体勢でその肩に頬を寄せながら、もう閉じる気にもなれない目を、どこへともなく泳がせた。分厚い遮光カーテンの下から漏れる光は弱々しく、あまり天気の良くないことを知らしめる。ならきっと寒いのだろう、思えば余計に起き上がる気が削がれていった。こんなことではいけないのに昨日の今日で仕事もないときたら、いや、休みだから昨日あんなことになったのだが。ああもうその話はやめてくれ。

 けれども彼は昼すぎから仕事だ。起こすには早いけれど、せめてもの仕返しにカーテンくらい、開けてやっても。思って、横たわる彼の更に向こうへ伸ばすべく毛布から出しかけた手は、しかし触れた外気があまりに冷たいものだから慌てて引っ込めた。ただでさえだというのに、窓から漏れる冷気も一緒くたに遮ってくれているカーテンを開けたりなどしたらどうなるか。難くない想像に、掴んだ毛布を引っ張りあげる。勢いあまって顔すらうずもれた。

 多分、それがよくなかった。

 

「…何時?」

「七時」

「バカお前、大人しくできねーの」

 

 引き上げられる布の擦れる感覚、そんなことで彼は目を覚ましたらしい。掠れた声で時刻を訊ねては、俺がくぐもりながら返した答えにわりと本気でキレている。起き抜けから呆れるほど元気の良い男なのだ。しかし刺々しいその声も毛布が吸い込んで、俺にはほとんど届かなかった、そういうことにしておこう。

 意地でも早寝早起き朝ごはん、から遠いところに位置していたいらしいカオルは、二度寝するべく颯爽と寝返りを打ち、想定通り俺に背を向ける。このうえなく分かりやすい、怒りと拒絶と睡眠への執着を示すポーズ。

 

 けれどまあ、都合は悪くない。その広いばかりでいっそ平べったいくらいの背に寄っていく。肩なんぞよりよほど面積が広い、必然、接触面も増える。温かいとは言いがたい、いつだって低い彼の体温。それにはっきりと触れて安心して、自然と呼吸が長く悠長なものになる。

 いつの間にか持ち込まれ洗濯までさせられている、箪笥の一角に我が物顔で居座るせいですっかりこの家の洗剤の匂いになってしまったスウェットの向こうに、微かに、確かに彼自身の匂いがある。ああ、これだ。そう、こういうことがしたかった、だからうつ伏せはやっぱりだめだ。腰にも悪い。

 単にカオルのなにかに手を伸ばしたいだけのだらけた余韻は、俺をどんどんおかしくさせる。そう認識できる理性が恨めしいほどに。

 

 毛布の下という薄暗闇のなかを色素の薄い髪が這っていたので、くるくると指に巻きつけて遊んだ。気が済もうが落ち着こうが暇なものは暇なのだ。さすがに毛先にまで神経を通してなんかいないだろう、これで怒るなら気色が悪いと逆に罵ってやる。

 けれど本当は、刺激だけではないと知っていた。彼を起こすもの。

 

「うるせえな、なに、今日は起きないんですか」

 

 さっさと起きていなくなれと、つまるところはそういう意味だ。案の定カオルは勢いよく振り返り、思いきり毛布を引っぺがす。肩まで剥がれたものだから寒さに身震いして、けれど起きている本人の胸板にまた縋りつけるほどまともでなくはなかった。まだ寝付けていなかった彼にそうと知りながらさんざ甘えたあとで言えることではないのだろうが。

 見上げた牡丹色のひとみは、そう言うほど不機嫌でもない。これも想定内だ。早い朝にまで気分を残すと知っていて、だからこそそういう溶かしかたをするのは彼自身である。つまり悪い気はしないんだろう。

 

「仕事じゃねぇもん」

「もん、じゃねーよ可愛くねーんだよ、そして俺は仕事なんだよ」

「知ったことか髪の毛にまで神経通しやがって、気色の悪い」

「気配がうっさいっつってんの」

 

 バチン、本気のデコピン。これはさすがに痛くて肩が跳ねた。思わず額を撫でさする。

 そう、気配。きっと音もなく泣いても彼は起きる。なんたって昔に思い出し笑いで起こして怒られたことがあるくらいだ、あんまりにも理不尽だ。

 それらも空気の揺れが起こす刺激として伝わるから、拾い上げて起きてしまうのかもしれない。確かに俺だって仕事柄、殺気は肌に伝うことを知ってはいるけれど。にしたって寝ているくせに敵意でもないものに過敏すぎやしないだろうか、人が用を足して戻ってきたらこちらを睨んでいるだとかもザラにある。気を遣って静かに歩くのが馬鹿らしくなるくらいだ。いやむしろ寝ているからこそだとか、そういうことなのかもしれないけれど。

 

 それほどに寝汚いこの男だが、しかしそれも夜と休日だけの話だと、俺だけがいまだに慣れることができずにいる。

 この六年で変わった。カオルがためらいなく蜘蛛を殺せるようになったこと、仕事がある日は当たり前みたいに朝に起きるようになったこと。いや、仕事を抱えていることがそもそも昔と違うのか。

 知らないところでオンとオフなんてものができて、そして彼は、それを切り替えられる大人になっていた。俺は正義の青い制服に身を包む彼に、仕事の内容を口では二度と伝えられない。

 果たしてこれはお互い様と言えるだろうか、これは裏切りと言われるだろうか。知れていた終着点だというのに。

 

「つか今日、寒くね」

「雨降るかもな」

「マジで?」

 

 あ、と思って、けれどなぜだか言う気にはなれずに、雨と聞いたカオルが寝そべったまんま右手でカーテンをめくるのを、黙って見ていた。そんなわけはないのに隙間風を肩に感じたような気がして、剥がされたまま放られていた毛布をかぶりなおす。カオルは外を眺めたままに、反対の手で俺の襟足を適当にいじっていた。

 ここからカーテンの向こうは見えない。けれど小さく息を吐いた彼に、ああ、と思う。つまりは寒くなるわけだ、気が重い。どうせ一日中家にいるのだろうけれど、寒い日だと言われて気分の良くなる馬鹿なぞそういまい。

 ぱたりとカーテンから手を離したカオルは、寝返りでもってこちらに向き直った。やっぱり、悪い気はしないんだろう。視線ばかりが暇を潰すようになにかを探している。その目はいつもの通り覇気もやる気もなく、代わりにもう眠たげでもない。ふいに左手が喉元をくすぐる。

 

「ひ、…やめろ」

「なんで怒んの」

「…怒ってはない」

 

 正しく不意打ちというほかないそれに思ったより上擦った声が出たから、反動で思ったより低い声が出てしまっただけだ。そんな分かりきったことを聞くから怒っているだけだ。

 そう睨みあげてやれば、そ、とだけ返して、そのくせにどことなく楽しそうに笑う。そういうところが嫌いだ。それはつまり、好きという意味だ。だから、頰をつまみだす遊んだ指を許して、目を閉じる。

 

「え、寝んの?」

「…二度寝、しない」

「どの口が」

「この口が」

 

 ああ、罠だ。そして大概の罠というものは、気付いた時には手遅れだ。

 どうにか取り繕えないかと開いてしまった目は、心底愉快そうに細まる牡丹色を映したきりで、すぐに閉ざすはめになる。退路を塞ぐ彼のつめたい手は、腕の下を通って背中を引き寄せている。

 

「これ?」

「…それ」

 

 わざとらしく音を立てて離れた男を、直視なんかできるはずもない。

 

 

 

 しばらくごろごろと無為に時間を過ごして八時を過ぎた頃、先に起き上がったのはカオルだった。制服のズボンと黒いシャツを着て部屋を出ていく背中を見送るなんて、もう俺は髄まで骨をぐしゃぐしゃにでもされているらしい。彼よりあとにベッドを出るなんてどうかしている。それでもいいかと、そんなことを思ってしまっているところが何よりだめだ。

 なにが、なんて。野暮なことを自問するのはやめた。

 

 またあくびを噛み殺してリビングに出ると、カオルが冷蔵庫を覗き込んでいる後ろ姿が目に入った。

 

「おい、相変わらずなんもねーな」

「今日は朝食うのかよ。面倒くせェなお前」

 

 と思ったら真っ先に飛んできたのが文句だったから、つい文句で返してしまった。けれど本当のことだ、朝食なんて食べたり食べなかったり気分で決めては絶対に覆さないくせに、そんなやつのために食料を余分に備蓄するほど俺はバカになっちゃいない。まだ。まだ大丈夫。これをセーフラインとしているのがもう手遅れと言われるのなら、…それはどうしたらいいのだろう。

 もたつく頭でくだらないことを考えている間にもカオルは冷蔵庫をがさごそ漁り、というほど物も入ってはいないのだが。ウインナーと卵、なにかの袋を取り出した。ふらふらと寄っていく。

 

「メシは」

「炊いたけど」

 

 聞いたくせ返事すらしやがらない。いつものこととはいえ、そもそもそれがいつものことであるのがどうなのかと思う。

 カチカチと高い音を立てコンロに火が点く、昨日俺に押し付けて作らせたゴボウと豆腐の味噌汁を温めているらしい。加減を見ながら火を調節している。

 そう、夕食がこれからだと言うわりに持ってきてねだったのは味噌汁だけで、主菜はどうするのかと聞いたら「肉にして」と、つまりは無いなら買ってこいと言い放ったその性根もやはり、どうなのかと。突きつけられた瞬間も思ったけれど、思い返すたびその感覚は深まるばかりだ。むしろ改めるほどにしみじみと。

 

 カオルは滅多に使われない包丁とまな板を軽く洗って、包丁で乱雑にウインナーの袋を破いた。そんな風にしたらしまうとき困るだろ、全部使うからいーんだよ。事も無げに言いながらトントンとテンポよくウインナーを二つにしていく。

 

「コショウと醤油出しといて、あとごま油」

 

 黙って横で見ていたら飛んできた指示に頷いて、それぞれをコンロの横に、すぐ使えるよう蓋をあけて並べておく。その程度のことはすぐに終わってしまうからまた手持ち無沙汰になり、じっと手元に見入った。

 ウインナーと卵、それからごま油。はたと思い出して、手元を見たまま声をかける。

 

「ホウレン草あるけど」

「ふうん」

「入れろよ」

「めんどくせー」

「野菜も食えって、俺が切るから」

 

 はあ?いらねーめんどくせーバカじゃねえの。必要以上の罵倒が飛んでくるのを無視して、野菜室から青々したそれを取り出す。想定、できなくはなかったが、そこまで言わなくたっていいだろう。

 

 昔、本当にたまに、ごくまれに、奇跡的な頻度で彼が俺に出してくれた食事。傍目にはどう見ても適当に調味料を入れただけのウインナーと卵とホウレン草の炒め物がひどく美味しくて、毎回食後の挨拶にまた作ってくれと付け加えるほどに好きだったあれを思い出したのだ。確かごま油を使っていた、はずだ。

 カオルがいなかった六年間、それ以上に低い頻度で自分でも作ろうとしたことはあったけれど、だめだった。なんせ知らぬ間に勝手に台所を使っていたり、調理している場面に遭遇できても調理している本人を物珍しさから眺めてしまったりで、なにをどれだけ入れているかまでよく見ていなかったものだから。

 こんなことになると分かっていたならもっとちゃんと見ていたし、本人に聞きもしただろう。仮説を立て調味料を入れてみても入れたとおりの味にしかならない。カオルが作った料理なんか、できるわけはなかった。

 

 また作ってくれ、そう言えば済むだけのことなのに。あのころ簡単に口にしていた言葉は、なかなかどうして喉につっかかり出てこない。

 

 どうせ一人で消費すると思って買った少量のホウレン草を、包みを開き取り出した。それまでちらともこちらを見なかったカオルが物音に振り向いて、なんにも言わず手元からホウレン草を引っ手繰っていった。はたはたとまばたいて見つめるばかりの俺など知らぬふり、ざぶざぶとその葉を洗っている。

 覚えてなどいないかもしれない、とまで思った。俺に作った、あり合わせの炒め物なんて。

 

 きゅっと蛇口をひねり水をとめ、ホウレン草をまな板に横たえる。落とした根元を三角コーナーへ放り投げると、まな板のそれを大きなあくびに目を瞑りながらざくざく切っているものだから、おい、とつい声が出た。それすら無視されたけれど。結局指を切ったりしないあたりは刃物の扱いになれているからか運がいいだけなのか、判断に困るのでやめてほしい。

 こちらの気も知らず、いや知っているかもしれないが。ともかく無事に切り終えたとき、

 

「茶碗」

 

 フライパンを出しながらで目線もくれず、飛んできたのは指示だった。言われたとおりにひとつ置く、またコンロを点ける高い音が鳴る。

 俺はすっかりやることがなくて、なのにカオルばかりが手を動かして、そういう状況はほとんどないからどうしたらいいのかよく分からない。ただ、次があるなら今度こそ作れるように、手元を見ておかなければと思う。

 

 置いた茶碗を右手に持つと、器用に片手で卵を割ってそこへ落とした。殻も放ると取り出した菜箸でちゃかちゃかと中途半端に黄身を崩す。

 温まったフライパンにごま油を敷き、傾けて均一に行き渡らせる。そこへなんの躊躇もなくまな板から、すべて、流すようにどさっと。ウインナーもホウレン草もひと息で入れてしまった。え、と声が出そうになったがカオルは不安になるほど平然としているので、そういうものなんだろうと思うことにした。

 それらを菜箸で転がしながら手にとったのは、顆粒の中華の素だった。ざらざらと適当に入れている、それ、しょっぱくないだろうか。塩は入れないようだからそんなものなのか。他人が目分量と感覚で作る料理は、見ていて案外そわそわする。

 ホウレン草がばらけてきたところで醤油を回し入れ、時折フライ返ししながら混ぜていく。そのフライを返す手首を、つい、ついだ。うっかり目に入ってしまったのだから、少しくらい見たって怒られやしないだろう。誰にともなく言い訳しているうちに卵も投下され、火が通るのをそのままで待ってから少し掻き混ぜ、また待ってを三回ほど繰り返したあたりで、少し高い位置からコショウを振りかけた。それが全体に馴染むまでしっかり炒めて、ああ、またフライ返し、それもうやめてくれ。ゴン、と調理台に頭を伏せる。さすがに不審だったのか、一度だけ彼の視線を感じた。ほっとけよ。

 

 奥のコンロも一緒に火が止められる。二つ続いた音に顔を上げて、素知らぬふりで皿と茶碗を引っ張り出した。置いておけば適当によそって持っていくだろうと炊飯器を開け米を混ぜる。茶碗に盛って、後ろをさっさと歩いていったカオルを追いかけようとしたら調理台に持ちきれなかったであろう味噌汁がひとつ放置されていたので、仕方なく盆を出して運んだ。

 

 米を差し出すと、こういうところは相変わらずだ、なんにも言わずに食べ始める。味噌汁を一口啜って、ゴボウと豆腐をひと切れずつ口に運ぶ。ウインナーに伸ばした手と反対のほうで頬杖をついたので、こら、とその腕をはたいてやった。

 

「いちいちうっさいね、お前は」

「外でやったら恥ずかしいのお前だぞ。いただきます」

 

 そう、これも変わっていないことだ、カオルの食べ方はだらしがないし忙しない。このあと用事でもあるの、というくらい、落ち着きがないというか。こちらまで急かされているような、要するに早食いだった。一口の量がやたらめったら多いしそれをまともに噛んでいるのだかも分からない。指摘すれば、

 

「そう言うお前は昔っから食うのだけはとろいな」

 

 これだ。お前と比較するな、といつも思う。

 片方にウインナーを刺した箸でホウレン草を挟み口に運ぶ、という作業を、それすら行儀が悪いと言ったら本当に箸を投げそうだから眺めるだけに留めながら、まずそうに食べるな、と思う。自分の作ったものを食べても特に何も楽しくないなんて身をもって知っているけれど、それにしたって無表情というより機械的だ。

 俺もそう見えるんだろうか。ふと気になった。

 もとから表情豊かなほうではない、と思っている。多分。会話する相手の向こうに鏡を置きながら喋ったことなんてないから分からないが、意図して動かす瞬間は限られているし、意図せず動くのを嫌った自覚ばかりがある。けれどじゃあ、美味しいね、なんて微笑めばいいのか。それはあまりに気味が悪いだろう。

 

 思いながら伸ばした箸は、緊張ですこし震えた。情けない。情けなくてもこわいのだ、俺の知らない味だったらどうしようだなんて、そもそもあれと同じように作ってくれと頼めなかったのは誰だったか。そうだ、そう口にすることさえ怖かったのに。

 ウインナーと卵とホウレン草を掴んで、気取られないようひと息で口に詰める。噛んだ瞬間、箸を投げたくなったのは俺のほうだった。

 

(あ、)

 

 あの時のままだと、気付いたときにはまた噛んでいた。噛んで、噛み締めて、涙が出そうだと思って、堪える。手はやっぱり震えている。

 俯くしかなかった、こんな顔、美味いんだか不味いんだか分からないがともかく異常があると思われるに決まっている。美味しいんだ、やっぱり、これでなければだめだ。カオルしかいないはずの家で台所を使っている音がする、と降りていったら出てきた日の。ホウレン草くらい頂戴しても千秋さん気付かないだろ、なんていい加減なことを言って笑いながら卵を割ったあのときの。その味じゃなきゃいけなかったんだ、ずっと、六年間。

 こんな化学調味料の味がするばかりの、いかにも彼が好きそうな雑でしょっぱくて大味な間に合わせ。これが、どれほど恋しかったか、どれだけ好きだったか、訊かれて言葉にもできないなら気付かせてはいけないのに。

 

「なんつー顔だよ」

 

 呆れた、と、カオルは笑う。見えてもないくせに。

 

「…箸で指すな、ひとを」

「はいはい、鳴海くんはうっさいでちゅね」

「バカ」

 

 まだ続けなければならなかった悪態は、けれどいよいよ歯の奥で軋ませるはめになった。それを見て、彼は余計に笑うから。

 

「バカはどっちだか」

 

 全くもってその通りだ、反論の余地もない。返事もできなくなった顔は上げられないまま、冷めていく味噌汁なんか放っぽって、大皿に盛られたウインナーに箸を伸ばす。

 また、と切り出す準備をしながら、こんなことならさっきだって手元ばかり見ていなかったのにと、変わらず俺は後悔ばかりしている。

 


 
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