No.1019487

ER509-1Eclipse 第1話

橘つかささん

コミティア130で連載開始した作品になります

2020-02-11 00:05:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:564   閲覧ユーザー数:564

 青い空。

 浮かぶ雲。

 真っ白な細い腕が伸び、顔を照らす陽を遮る。

 黒い影になった手を見つめる目は瑠璃色。

 真っ白なプラチナブロンドの長い髪の毛、整った顔立ち。

 少女はすっと目を細めると大きく深呼吸をする。

 彼女の耳に届く街の喧騒。

 街のベースノイズとも言える、どこからともなく聞こえてくる騒音が、都会の証。

 見渡すと殺風景な屋上に置かれた見慣れたベンチ、少し高めの手すり。

 少女は周りを確認するようにくるりと1回転する。

 ふわっとなびく紺色のスカートから真っ白で細い素足が覗く。

 ローファーの靴のつま先でまわりきると、両足をそろえる。

「今日でこの風景ともお別れ」

 少女の声はまるで鈴のよう。その声は美しく、聞くものを安心させ、しかし硬質な響きを持っていた。

 名残惜しそうに周りを見回すと、元来た階段の扉を開けた。

 

 無機質なしかし明るい廊下を進み、目的の部屋の扉を開く。ちょうど学校の教室のように横にスライドさせる扉だ。

 ざわざわと賑やかな女の子達の声が大きくなる。

 それはまるで小学校高学年の昼休みのような雰囲気。

「えくちゃん!どこ行ってたの?」

 銀髪の少女に気がついたボーイッシュな黒短髪少女が聞く。

「屋上!なんか名残惜しくて。まい、そのリボンどうしたの?」

 少女がまいの黒い髪の毛に結ばれた小さなリボンに気がつく。

「佐藤先生がね、結んでくれたの!いいでしょ!」

 えくちゃんと呼ばれた少女、エクリプスは室内を見渡す。

「あいちゃんも?」

 色違いのリボンをつけてもらったボーイッシュな短髪少女が目の前で振り返る。

「佐藤先生がね、結んでくれたの!いいでしょ!」

 あいは短い髪の毛を精一杯自慢するように頭を傾ける。

 エクリプスが周りを見渡すと、ほとんどの少女が色違いのリボンをつけてもらっている。

 あい、まい・・・全く同じ外見の少女たちがワイワイと騒いでいる。

 違いは・・・佐藤先生が結んでくれたリボンの色でしか分からない。

 同じ服、同じ身長、同じ目、同じ顔・・・その数、全部で10人。

 他に背中の中ほどまでのブロンド、プラチナブロンドの女の子が2人。

 奥で白衣の若い女性、佐藤しおりがリボンを結んでいる。

「はい!ちいちゃん、できた!」

 しおりは鼻声。あふれる鼻水と涙を拭う。

「佐藤先生!ありがとうございます!」

「佐藤先生!私もお願いします!」

 エクリプスはしおりに駆け寄る。

「えくもね。おっけー!あー、泣ける!」

 エクリプスは涙を拭うしおりの膝にちょこんと座る。

 しおりの鼻を彼女たち特有のほんのり甘い香りがくすぐる。

「しおりせんせい、泣いていますが悲しいことがあるんですか?」

 エクリプスはおずおずと聞く。

「あなた達がね、やっと今日を迎えられて、嬉しいのとお別れが寂しいのと、もうなんだか・・・」

 しおりがぐしゅぐしゅと鼻をすすりながらエクリプスのプラチナブロンドの長い髪の毛を一つに束ねる。

 リボンの束からエメラルドグリーンを選んで結んだ。

「人間は嬉しいことがあっても泣くことがあるんですよね?」

「そうだよ、えく」

「私達の納品が嬉しいんですね!」

「成長したねぇ。ほんと。1年間、一生懸命あなた達と向き合って、今日やっと・・・」

「えくは問題児だったからね!先生もやっとあなたから開放されるって、それで泣いてるんじゃない?」

 長いプラチナブロンドにレッドアイの女の子がからかうように言う。

「ハティ・・・」

 エクリプスは口を尖らせる。

「佐藤先生、そんなことありませんよね?」

「ないない!ハティ、そんなことないでしょ?」

「すみません、佐藤先生」

 ハティはすぐに頭を下げる。

「どうしてあなたたち、お互い同士だと、ライバル心バチバチになるのかしら」

 

 やがて扉を開けて白衣の長身の女性が入ってくる。

「はいみんな着席!」

 凛としたよく通る声。一瞬にして静まり返り、全員が各々の椅子に座る。

「佐藤、早いよ・・・」

 長身の女性、水面真理亞は目と鼻を真っ赤にして泣きはらしているしおりに言う。

「水面先生、だって・・・」

 しおりはちり紙で鼻をかむ。

 水面真里亞は全員を見渡す。

「皆さんがロールアウトしてからとつきとおか。本日をもって、ここでの研修は終わりです。あなた方はこのイブバイオテックラボラトリーにふさわしい、どこに行っても恥ずかしくないガイノイドに成長したと確信しています。あとは、納品後の家庭、職場などで経験を積み、納品先の役に立ってください。」

 全員が全員、期待が膨らんでいる表情をしていた。

「では、納品です。呼ばれるまでこの部屋で待機。しおりはここでみんなと待機。まずはER509-2スコルから」

 長いブロンドの髪を持つグリーンアイの女の子が立ちあがる。

 他のスレンダーな子たちと違ってふくよかな女性らしい体型だ。

「皆さん!お先に失礼します!またメンテでお会いしましょう!」

「スコルばいばい!」

「納品先で頑張ってね!」

 しおりは涙を流しながら手をふる。

「佐藤、泣きすぎ・・・」

 水面は後ろ手に扉を占める。

 

「スコルって、どこかの大使館だよね?」

「そうそう、偉いところから納品されていくのかな!」

 まいとちいが話す。

「あれ?あなた達、なんでスコルの納品先知ってるの?自分の納品先以外極秘じゃ・・・」

 しおりが鼻水をすすりながら聞く。

「あ・・う・・・」

 まいが必死に抵抗している。

 人間に嘘をついてはいけない。隠し事をしてはいけない。

 彼女たちの陽電子脳に刻まれた根底をなすプログラム。

「ラ、ラボのコンピュータをハッキングして・・・」

 まいがたどたどしく答える。

 発音の仕方がおかしい。明らかに悪いことをしたとわかっている口調だ。

「・・・真実をありがとう!今回は許す!今日はめでたい納品日だしね」

 まいがしおりのリアクションを見て安心して息を大きく吐く。

「あなた達の陽電子脳に比べたら、このラボのスパコンなんておもちゃみたいなもんだろうけど、人間たちには秘密もあるからね。あなた達が知らなくていいこともたくさんあるので、極秘扱いのデータにはアクセスしないように!」

「はーい!」

 全員が一斉に声を上げる。

「なになに、全員リンクしてたの?」

「お別れが寂しくて・・・」

 ちいがつぶやく。

「・・・わかる」

 しおりは鼻をすする。

 

 扉が開くと、水面が声をかける。

「次はER509-3ハティ」

「はい!」

 プラチナブロンドにレッドアイのスレンダーな女の子が立ち上がる。

「みんな!またね!」

「ハティ、またね!」

 

「値段順じゃない?マルキュー3番まではカスタムメイドだし」

「えくは?ハティとスコルと同じ値段じゃ?」

 エクリプスは話し声のする方をチラチラと見ている。

「うちら量産型は安いからね。次はえくかな?」

 一人納品されるたびに、残った全員がざわつく。

 今残っているのはER509-1エクリプスと、まいや、ちいなどのER501シリーズが全部で10体。

 

やがて扉が開くと水面が顔を出す。

「次はER501-1まい」

 黒髪、ショートカットの一見男の子にも見える快活そうな女の子が立ち上がる。

「しおり先生、お世話になりました!みんな、メンテでね!」

「まいちゃんばいばーい!」

 みんな手を振る。

 しおりは涙を拭う。

 

「あれ、うちら量産型は番号順かな?」

「じゃあ次は2番機のるいちゃん?」

しばらくして顔を出した水面が次の番号を呼ぶ。

「次はER501-2るい」

「しおり先生、お世話になりました!みんな、メンテでね!」

「るいちゃんばいばーい!」

 みんな手を振る。

 しおり先生は涙を拭う。

 

「製造番号順だね!」

 ちいが納得、という感じで顎に手を当てる。

「えくちゃんは?」

 あいがエクリプスをみると、エクリプスも不安そうに首を傾げる。

 

 ER501-3 ちい

 ER501-4 ゆい

 ER501-5 きい・・・

 

 順調に納品が進んでいく。

 やがて部屋にはしおりとER509-1エクリプスとER501−10あいだけになった。

 水面真理亞が顔を出す。

「次、ER509-10あい」

「はい!しおり先生!お世話になりました。またメンテでよろしくお願いします。」

「うんうん。あい、頑張ってね!」

 あいがしおりに抱きつく。

「おおーあいちゃん、あいちゃん!」

 しおりは泣きすぎてすっぴんになっている。

「えく、お先!またね!」

 あいはエクリプスの頭を撫でる。

「うん、あい、人間の役に立ってね!」

「うん!もちろん!」

 あいは満面の笑顔で部屋をあとにした。

 

 部屋にはエクリプスと佐藤しおりだけが残された。

「えくと別れたくない思いが通じたのかもしれない!」

 しおりが鼻をかみながら言う。

 エクリプスは慎重に最適な解をさがす。

「私も佐藤先生や水面先生と別れたくありませんが、納品先で人間の役に立ちたい・・・」

 

 真理亞に連れられたあいが応接室に通されると30代半ばの夫婦が待っていた。

 他に一緒に来た水面真理亞とイブバイオテックラボラトリーの営業の人が部屋にいる。

 あいは納品先の詳細なデータは把握している。

 

「あなたが、あいちゃん?」

 女性が上ずった声で聞く。

「はじめまして。ER501-10あいです!よろしくお願いします!」

 あいはニコニコしてぴょこんと頭を下げる。

「ほ、本当に、ロボットなのですか?」

 夫のほうが目を丸くして聞く。

 妻は立ち上がって、手を広げる。

 あいはそれに答えるように広げた腕に飛び込み、抱きついた。

「私達はガイノイドとよんでいます。女性型の人造人間、という意味ですね。ロボットと呼んでも差し支えないと思います」

「ああ、あたたかい・・・」

 あいが見上げる。

「お母さんと呼んでもいいですか?」

 妻がたまらず嗚咽を漏らす。

 あいは、この夫婦、島田大樹と島田弘子が1年前、10歳になる女の子を交通事故でなくしたばかりだということを知っていた。

「お父さん・・・」

 妻の声に父はうなずいた。

「住民票など、事務手続きはすべて終わっています。あと、技術的な話を、水面先生、お願いします」

「イブバイオテックラボラトリーの水面真理亞です。以後、彼女の生体パーツ部分のメンテナンスを担当します。」

 真理亞は名刺を大樹に渡す。

「彼女、ER501タイプは完全自立型となっていますので、特に皆さんが気にかけるべきことはありません。マニュアルもありません。最低限、これだけ、というお話だけさせていただきます」

 あいはすでに弘子の横に座り、頭を撫でられている。

「彼女の頭の中には陽電子脳というプラチナイリジウム合金のコンピュータがあります。これは、電子という名前から解ると思いますが、電子の放射によって機能を停止することがあります。ありえないとは思いますが、頭を電子レンジに突っ込んでスイッチを入れるようなことがあったら、故障します。この場合、すべての記憶と人格が失われます。彼女たちの陽電子脳はバックアップを取ろうとするともう一つ陽電子脳が必要になるため、バックアップをとることは非効率と判断され実施していません。次に作動に必要な電源ですが、お腹の中に内蔵されているバイオセル、という発電装置でまかないます。この発電機のエネルギーは糖です。ショ糖を水に溶かして飲んで発電し、充電します。外部からの充電等は必要ありません。この時、熱と二酸化炭素が発生するので、それぞれ呼吸と体表から排出します。人間の血液に当たるパーフルオロケミカルは、この熱と二酸化炭素を回収します。このときの余剰の糖が合成蛋白で作られた人工筋肉の収縮にも使われ、微弱な電気信号で糖と酸素が反応して筋肉が収縮し、二酸化炭素を発生させます。ざっと、こんなメカニズムですが、皆さんが気にすることは、砂糖と水の摂取を妨げないこと、放熱を妨げないこと、そして、排水を妨げないこと、くらいでしょうか」

「おかあさん、おとうさん、全部あいが知っているから、心配しないで!」

 理解しきれない二人の気配を察したあいがいう。

「我々よりも詳しいくらいの知識をあいは持っています。その知識と思考は彼女たちの脳を設計した技術者に匹敵します。その小さな頭の中に、今までの人類の得た知識の殆どがつまっています。なにか困ったことがあったらあいに直接聴いてもいいでしょう。」

「あと、アイディア的なことを一つ」

 真理亞はすこし間を開ける。

「彼女は人間に対して嘘がつけません。そして隠し事ができません。ですが、ある程度の秘密を持つことが、彼女の人間らしいふるまいに大きな影響を与えることがわかっています。余計な詮索はせずに彼女に秘密をもたせるのもいいかもしれません」

「水面先生!あい初めて聴いた!秘密?なんかわくわくするけど、聞かれたらぜったいしゃべっちゃうよね!」

「だよね、あい。最後に質問。あいが一番嬉しいことは何?」

「人間の役に立つこと!」

 水面の質問にあいは即答する。

「これが彼女たちの思いの根幹です。行動の原動力です。人の役に立ちたくてしょうがない子達です。普段の生活ではちょっと考えづらいですが、お二人にもしなんらかの危険が迫ったら、身を呈してそれを排除しようとするでしょう。お二人を傷つけるものが現れたら、身を呈してそれらから守るでしょう。とても頼もしいいい子です。可愛がってあげてください。何か質問はありますか?」

「あの、このまま家に連れて帰っていいのですか?」

 大樹の質問に水面はうなずく。

「もちろんです。お二人は今日から彼女のオーナーです」

 

「最後になっちゃったね」

 しおりが不思議そうにぽつんと残ったエクリプスに話しかける。

「みんな行っちゃいましたね」

「みんなうまくできるかなぁ、とても心配」

「先生たちが一生懸命育ててくださいました。大丈夫です」

「おお、たのもしいね、私は不安でいっぱいだよ・・・」

 

 扉が開くと、水面が顔を出した。

「佐藤、ちょっと」

「は、はい?」

 水面は扉を閉める。

 エクリプスはふと考え、耳の感度を上げた。

 好奇心旺盛に設計されているエクリプスたち。

 廊下を遠ざかる二人の足音が聞こえた。

 

「納品拒否?ど、どうしてですか?」

 佐藤しおりの驚愕した声がかすかに聞き取れた

 

 広い教室の真ん中に、身じろぎ一つしないエクリプスが、ぽつんと残された。

 

 つづく


 
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