第二十一章~敵は涼州にあり・後編~
「華琳様!!お待ちしておりました!」
「遅くなってごめんなさい、春蘭。」
「道中で如何なさったのですか?」
「それについては後で話すわ。桂花!」
「華琳様、ここに!」
「風と稟と一緒に、軍の再編成をしておきなさい。それが完了次第、進軍を再開するわよ。」
「御意!」
「おーい!季衣ぃ~~っ!!」
「あっ!翠ちゃん!たんぽぽ!」
「おうっ、季衣!久しぶりだな!」
「お二人も来たのですね。」
「ああ、何たって涼州が五胡に襲われているんだ。じっとしているわけにはいかないさ。」
「そっかぁ~、そうだよね。じゃあ、早く行って早く五胡をやっつけちゃおう!」
「応よ!!」
「おうっ!!」
「というわけだから、流琉。今日はご飯たくさん作ってね♪はらが減っては・・・何だっけ?」
「戦は出来ぬ・・・ね。分かったわ、楽しみにしていて。」
思わぬ襲撃に遅れを取ったものの、無事涼州に先行していた春蘭達と合流できた俺達。
合流出来たからと言って、すぐに動けるという訳では無い。分断された二つの軍を一つに編成し直す
必要があるからだ。その辺りは桂花達に任せておいて、俺達は設置された天幕の中で互いの情報の交換をした。
「・・・成程。そのような事情が・・・。」
俺と華琳から外史喰らいの話を聞いた秋蘭は一人、大体を把握できたという顔をする。
「むむむ・・・。」
一方、秋蘭の横で聞いていた春蘭は一人、唸りながら眉を曲げ、首を傾げていた。
「信じてくれるのか?」
俺は秋蘭にこんな小説の類の様な現実味の無い話を信じてくれるのか、恐る恐る尋ねた。
「信じる、信じぬか・・・。問われれば、私は前者を選ぶさ。何せ、お主と華琳様がそう言うのである以上、
それが事実なのだろう?」
と、逆に秋蘭は俺に尋ね返す。
「・・・ありがとう。」
俺はそれだけを言う。
「春蘭・・・?」
そして俺は春蘭の方を見る。
「何だ・・・?」
と言って、俺の方を見る春蘭。
「今の話・・・、分かったか?」
「ば、馬鹿にするな!!・・・つまり、・・・その、・・・あれだろう。・・・この国が狙われている、
という事だろ!!」
「「「・・・・・・・・。」」」
春蘭の返答に、俺達は言葉を失う。
「な、何故そこで黙るっ!?」
「・・・でも確かに、ある意味では春蘭の言った通りよ。それにこんな話をすぐに全て理解しろ、と言う
方が酷でしょうしね。」
と、そこに華琳がフォローを加え、春蘭を立てる。
「ですよねー、華琳様!どうだ、北郷!!」
と言って、ふふんと胸を張って威張る春蘭。
「言っておくけど、華琳は別に褒めてはいないぞ。」
「な、何だとっ!?そんな馬鹿な!」
「北郷の言う通りだ、姉者。」
「一刀の言う通りよ、春蘭。」
華琳と秋蘭の春蘭に向けられたセリフが重なる。
「何とぉ・・・。」
二人に言われ、ショボンとへこむ春蘭。
「それは兎も角、今は涼州の五胡をどうするか、それを優先して考えましょう。」
へこむ春蘭を余所に、華琳は話を切り替える。しかし、軍の再編成が思いの他、時間が掛かってしまい、
進軍は明朝となった。
これは夢か現(うつつ)か・・・、誰かの記憶の中なのか・・・。
「一刀・・・!一刀ぉっ!何処にいるの?」
「・・・ここだよ、蓮華。」
「一刀!今日は午後から軍議だって、朝言ったじゃ・・・!」
「しーーーっ!声が大きいよ・・・。目を覚ましたらどうするんだ?」
「・・・?・・・ぁ。」
彼女の目に飛び込んできたのは、木影で休んでいる彼と彼の腕、太腿、背中、腹、と彼の体を枕代わり
にして、寝息を立てながら寝ている彼の娘達の姿であった・・・。
「遊び疲れてしまったんだろうな。木影で少し休んでいたら、皆眠ってしまって・・・。」
「動こうに動けないと・・・?」
「・・・、気持ちよく寝ているのに、起こしてしまうのがかわいそうに思ってしまって・・・。」
「・・・全く、あなたという人は。」
そんな彼に呆れながら、彼女はゆっくりとしゃがむと、彼の子供達の寝顔を一人一人見て行く。
「でも、本当・・・、皆とてもいい寝顔。この世の幸せ全部を独り占めにしているようだわ。」
「・・・だろ?」
「ずっと、続けばいいのに・・・。こうやって皆と、ずっと一緒に、この国で、こんな平凡な日々が。」
「何をいているんだ・・・ずっと、一緒だよ。俺達はいつだって・・・。」
そう言って、彼は彼女の手をとる。
「だから、この手は絶対に離さない。」
「・・・えぇ。そうね、一刀・・・。」
そう言って、二人は互いに手を取り合い、握りあう・・・。その幸せが、そこにある事を確かめ合う様に。
「う、う~ん・・・。」
俺の顔に光が差し込む。その光が、俺に朝が来た事を鮮明に教える。
俺は上半身を起こし、背中をピンと反り返るくらいに伸ばすと、勝手に喉の奥から欠伸が出て来た。
「・・・ん?」
目を擦った時、それに気付く。
「あれ・・?俺、何で泣いているんだ?」
両方の目から涙が流れていた事に・・・。それは欠伸のせいで出たものとは明らかに違う・・・。
何か悲しい夢でも見たのかな・・・?
「・・・って、いけない!早く着替えないと・・・、華琳に叱られてしまう。」
俺は涙を寝巻の袖で拭うと急いで、寝巻きから通常着に着替える。今日はいよいよ、涼州へと
向かう・・・。
「っ!?・・・何だ、これ?」
上に来ていた寝巻きを脱ぐと、その異変に気付く。昨日までは何ともなかったはずなのに、どうして?
「・・・この事は、華琳達には黙っておこう。」
驚きから生じた胸の高まりを抑えつつ、俺はとりあえず着替えを再開する。鎧を下に着け、上に
ポリエステル製の学生服を身に着け、腕に装具を付けると、そのまま天幕の外へと出て行った。
「干吉ちゃん。一刀ちゃんの体に・・・何が起きているの?」
「・・・そうですか。ついに始まりましたか。」
「その様子だと、何か知っているようね?」
「北郷殿がそうだと言うのならば・・・、恐らく左慈の体も同様の現象が起きているでしょうね。」
「どう言うこと?」
「『同化』が始まったのです・・・。南華老仙が懸念していた、無双玉との同化現象が起きたのですよ。」
「同化?それは初耳よ。・・・で、その同化で二人はどうなっちゃうのよ、干吉ちゃん?」
「このまま同化が進めば・・・。」
進軍を再開して二日・・・。俺達はついに涼州に入った。それと同時に、華琳が心なしか元気がない。
もしかして、馬騰の事を思い出しているのだろうか・・・?
―――私は今まで、私が欲しい物は必ず手に入れて来た。手に入らなかったのはたった一人・・・馬騰だけよ。
前に華琳が言った事を思い出す。それだけに馬騰は華琳にとって拭い去る事の出来ない存在なのだろう。
確かその後に俺を自分の物にするとも言っていたな・・・。そして、俺は今・・・、2年という時間を隔てて
彼女の傍にいる。・・・いるはずなのに、どうしてだろう。俺は今、とても不安で仕方がない・・・。とても
大切な何かがこの手から離れて行くような、そんな不安が・・・。
そして俺達は五胡の襲撃にあったとされる問題の街より数里ほど離れた所で、霧が立ち込め始めた。
霧は街に近づくにつれ濃くなっていき、ついには先が見えなくなってしまった。視界の悪い中で下手に動くの
は危険と判断した華琳は、霧に包まれた街から離れた場所にて今後の方針を立てるために、作戦会議を始めた。
「皆も知っての通り、五胡に襲撃され、占拠されたとされる街は原因不明の濃霧に包まれ、現在街の詳細が
分からない状態にあるわ・・・。」
「その事なのですが、華琳様。実は先日、あの街に撫子が潜入したという報告が。」
華琳の横から桂花が進言する。そうか、あの街の中には撫子さんがいるのか・・・。そう言えば、魏領内を
歩きまわっているって、前に聞いた事があるっけ。
「そう、彼女が中に・・・。それは都合がいいわ。で、撫子から何か連絡は?」
「今の所は・・・。恐らくはあの濃霧のせいではないかと・・・。」
と、華琳の質問に桂花はそう答える。それを聞いた華琳は街の方角に目を向ける。
「霧のせいで、下手に動けなくなってしまった・・・、もしくは既に敵の手中に・・・。いずれにせよ
街の様子が分からなくてはどうしようもないわね。」
「なら、誰かが街の中に潜入して、撫子さんと合流するべきだ。」
俺は華琳にそう言う。
「・・・あなた、何当たり前な事を言っているのよ?」
すると、向こうの桂花が嫌そうな顔で俺を見てくる。
「当たり前のことを当たり前の様に言って、何かおかしいのか?」
すると今度はフンッと鼻を鳴らす。
「別におかしいとは言わないわ。でもね、実際にどうやって撫子と合流するというの?街の中にいる・・・、
ただそれだけが分かっているだけで、街の中の何処にいるのか分からないの。何処にいるかも分からない
まま、ただ闇雲に探すなんて・・・、危険すぎるのではないのかしらね~?」
何か俺を試すような、少し小馬鹿にした顔で桂花は俺を見る。
「確かにこっちも相当の危険を冒す事になる。だが、街の様子が分からない以上・・・、こちら側の人間で
唯一、街の状況を知っている撫子さんと合流し、知るべきだと思うんだ。この戦いは、情報が鍵になる。
向こうの動きを出来る限り多く手に入れておく必要があるはずだ。考えもなしに大軍率いて街に入っていく
方が、余程危険だよ。多少の危険を覚悟は承知の上で、それ以上の危険を回避するべきだと思うんだけど・・・。」
と、俺は考えた事を言うだけ言ってみた・・・。まぁ、それで桂花に何か罵りの一つ、二つが来るだろうと
待ち構える。
「・・・・・・。」
あれ・・・、何も返って来ない。桂花は黙ってこっちを見ているだけだ。
「お兄さん、やりますね~。あの性悪桂花ちゃんを黙らせちゃいましたねぇ。」
そう言って、風はぱちぱちと拍手して来る。
「性悪は余計よ・・・!」
と、風に一言加える桂花。
「桂花の言う事も確かに最な事。でも一刀の言う事もまた一理あるわ。私は多少の危険を背負ってでも、
それ以上の危険を回避するべきだと思うわ。稟、風、あなた達はどう思う?」
「今我々の手元にある情報だけでは戦いおいて、その必要とされる分が足りないかと・・・。私も一刀殿の
意見を通しても良いかと思います。」
「情報は戦いにおいて、兵力や策と同じくらいに重要なものですからねぇ・・・。彼を知り、己を知れば
百戦殆(あや)うからず。孫子も言っていることですぅ~。」
あれ?何だこれ・・・、俺の言った事が採用されている。何か嬉しいぞ・・・。
「ならば、次に問題になるのは『誰が』行くのか・・・、と言う事になるのだけれど。」
「なら、私が・・・!」
「却下よ。」
「却下だな。」
「却下ね。」
「却下です。」
「却下ですね~。」
「まだ何も言っていないというにっ!!!」
勢いよく前に一歩出て来た春蘭は華琳達(俺もその一人だったりする・・・)の一言によってその出鼻を
挫かれる。まぁ、確かに春蘭には向いていないよな・・・。
「春蘭は除外と言う事で、他に適任者はいるかしら?」
さらりとひどいこと言うな・・・、華琳の奴。
「適任者かぁ~。例えばどんな奴が適任なんやろなぁ?」
「例えば・・・、かくれんぼが得意な人・・・とか、かなぁ~。」
「なら凪がええんちゃうの?」
「え・・・?」
「へぇ~、凪は隠れるのが得意なのか?」
部下三人の話を聞いていた俺は、凪に聞いてみる。
「は、はい・・・、別に大した事ではありませんが。」
凪は照れ臭そうに顔を俺からそっぽ向けて話す・・・。
「よういうでぇ~。なぁ、沙和、覚えとるかぁ?昔、村の奴等で一緒にかくれんぼした時、最後まで凪が
見つからなくて・・・、日が暮れた後、村の大人を総動員で探した時のこと・・・。」
「・・・ああっ!覚えてるのっ!確か木の幹の中に泣きながら隠れていたんだよね♪」
「おい、こら!そんな昔の話を持ち出すなっ!!」
「なら決まりだな。ここは凪達に任せよう。」
「いいでしょう。ただ、彼女達にこの辺りの土地勘は無いでしょうから。・・・馬超、馬岱。」
「あたし等も一緒に行けって話だろ?」
「頼めるかしら?」
「・・・あたしも、自分の街がどうなっているのか、この目で見ておきたいからな。」
「姉様が行くなら、たんぽぽも行くよ。」
「そう・・・。では、街への潜入は凪、真桜、沙和、馬超、馬岱の五人に任せるとしましょう。まずは、
街の中に先に潜入している撫子と合流し、彼女から情報を手に入れなさい。その後は、あなた達は撫子の
指示に従って行動しなさい。」
そして方針が決定した所で解散となり、凪達は街の潜入の準備をするためにそれぞれの天幕へと戻っていく。
そして俺も一度、自分の部署に戻ろうとした時、後ろから華琳に呼び止められた。
「一刀、あなたは私と一緒に来なさい。」
「えっ?・・・分かった。」
華琳の言われた通りについて行くと、そこは華琳の天幕だった。華琳は中に入っていくので、俺も中に入る。
「で、華琳。俺を天幕に連れて来て何する気だ?」
俺は背中をこっちに向けたまま、天幕の中央の柱に手を当てて立っている華琳に話しかける。
「・・・一刀、脱ぎなさい。」
「は?」
華琳の言った事が理解出来ず、ポカンとしてしまう・・・。こんな時に、何を考えているんだ?華琳は。
「華琳、いきなり何を言い出すんだ。今はそんな事をしている状況じゃないだ・・・。」
「一刀。あなた、私に何か隠しているわね?」
俺の話を遮って話す華琳。ドクンッと心臓が動く・・・。かまをかけているわけでは無く、華琳は
何か強い確信の上に、俺にそう言った。
「・・・・・・。」
俺は華琳に背中を向ける。だが、それがまずかった・・・。その行動は、そのまま華琳の問いに対して
YESと言ったのと同等の意味を持っていたからだ。だからこそ、華琳は早歩き気味に俺に近づき、俺の前に出る。
「もう一度言うわよ。一刀、脱ぎなさい。」
「・・・・・・。」
「これは命令よ。もし、それに背くというのなら・・・。」
そう言って、華琳は絶を俺にさし向ける・・・。
「・・・分かった。」
俺は仕方ないと、華琳から離れながら装具、学生服、鎧、下着の順に脱いでいった・・・。
上半身に来ていた物を全て脱いだ俺は天幕の中にあった鏡の前に立つと改めて俺の体を鏡で確かめる。
「・・・・・・。」
俺の体を見た華琳は手で口を押さえながら、一言も発する事なく黙ったまま、俺を見続ける・・・。
「・・・・・・っ。」
俺は鏡に映る自分の姿から目をそらす。
「・・・いつから、そんな風になってしまっているの?」
「・・・異変に気付いたのは、二日前の朝・・・だ。少しずつだけど、全身に広がって来ている。」
「・・・どうして、そんな風になってしまったの?」
「・・・分からない。・・・思い当たる節があるとすれば・・・。」
「あなたの体に埋め込まれている・・・無双玉かしら。」
「・・・。」
俺は無言で縦に頷く。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
俺と華琳の間に沈黙が流れる。先に口を開いたのは華琳の方だった。
「・・・今はまだここだけの話にしておきましょう。あなたも他の娘達にも黙っておきなさい。」
「言われなくても、こんな事言わないさ。本当なら、君にも・・・。」
俺は服と鎧を着直すと、何も言わず天幕の出入り口に向かう・・・。
「一刀・・・。」
天幕から出ようとしたところで、華琳に呼び止められる。
「・・・無理は、しない様にね。」
「・・・分かった。」
俺はそれだけを言い残して、天幕から出て行った。・・・華琳の奴、きっと別の事を言おうとしたんだろう。
口では無理するなって言っていたけど、あの顔はもっと別の事を言っていた・・・。あんな顔を見るのは、
あの時以来だ・・・。
―――逝かないで・・・。
済まない、華琳・・・。俺は心の中で彼女に謝った・・・。
それから一刻後、凪達五人は濃霧に包まれる街に向かって行った。俺達は彼女達が無事に戻って来る事を信じ
ながら、彼女達の背中を見送った。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
第十九章、第二十章がかなりの膨大な量だったので今回は少し、少なめの内容で物足りなさを感じるかもしれません。後、第二十一章の題名を変更させていただきました。前回、またとしても得体の知れない敵が登場して、またややこしい事になりそうな予感を醸しだしていました。さて、今回はどのような展開が待っているのでしょう。
では、真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十一章~敵は涼州にあり・後編~をどうぞ!!