No.1010057

恋姫†夢想 李傕伝 6

華雄さんがお強い小説。

毎日投稿してるわけじゃないです。

2019-11-13 01:35:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1155   閲覧ユーザー数:1103

『蚩尤が如く』

 

 

 さて、と李傕は人が揃った天幕の中で軍議を始めることにした。

 なにやら郭嘉からの視線がかなり痛々しいのだが、李傕は無視した。

 

「実のところ、どうするかはもう決めてある」

 

「それはどのような?」

 

 郭嘉がそう問いかけるも、李傕は彼女に一瞥もくれない。視線の先には華雄が居た。

 

「華雄」

 

「ん?」

 

「時間は半刻。頼んだ」

 

「ああ。任された」

 

 たったそれだけの会話。

 華雄は微笑みを浮かべながら頷き、さっさと天幕を後にしてしまった。

 

「おいおい、どういうことだよ」

 

 馬超が困惑気味に声を上げる。

 それはこの場に居た全員の言葉を代弁したといっても良い

 

「一応我々にも策が―――」

 

「まぁまぁ凜ちゃん。今回は全てお兄さんに任せましょう。風達は軍師。雑兵にはそれに見合った策を。精兵にはそれに見合った策を。我々は羌族の騎兵がどれほどのものか知りません。それで、残りは?」

 

 郭嘉を程昱がたしなめた。

 二人は軍師だった。

 相手の策を見破り、味方に策を与える。しかしそれは味方の兵士の能力がいかほどのものか知っていてこそ。この場にいる李傕以外の者は羌族の騎兵がどれほどの強さかなど知らなかった。

 程昱は見届けるつもりでいた。

 華雄が、李傕が、羌族の騎兵が、果たしてどれほどのものであるかを。これからの為に。

 

「華雄が羌族騎兵一万。残る騎兵を翆。星。碧殿。紅殿。そして自分がそれぞれ一千。華雄が突撃し切り開いた敵陣の中へ入り、左右にそれぞれ枝分かれして陣を崩し、出血戦を行いながら華雄の帰還を待つ。歩兵五千は凪が指揮し副官に沙和を付けて待機。半刻経ったら退却銅鑼を鳴らせ」

 

「相手は十万という大軍。策も無く正面から僅か一万の騎兵で突撃し、残る五千の騎兵でその退路を維持すると?」

 

 趙雲の言葉に李傕は頷き、同時に周囲の空気は冷え切っていた。

 何故そんなことを。という思いがその場にはあった。

 

「無謀が過ぎるのではないかしら。包囲され、押し潰すように呑まれて終わりを迎えるだけだと思うのだけれど。それに華雄はどこまで突撃をすると?」

 

「最奥まで」

 

「まさか!」

 

 馬騰の言葉に李傕は笑った。

 そして李傕は天幕に集まった全員を見回し言った。

 

「走る馬を包囲することに意味は無い。止まらぬ馬の前に立ちふさがる者無し。それに華雄は―――」

 

 李傕は懐かしいものを思い出すような、遠くを見る様な表情をした。

 

「漢の地で再び走り出す。誰も、華雄の行く手を阻むことなど出来はしない」

 

 と。

 一言二言反論の声が上がったが、程昱の勧めもあり今回は李傕の指示の下突撃が行われることになった。韓遂はせめて馬騰だけは逃げ果せることが出来ないかと言葉を投げかけたが、馬騰その人によって拒否された。

 曰く。

 

「羌の地で培った戦い方。この目でしかと見届けましょう」

 

 と。

 かくして反董卓連合と李傕軍は相対する。

 余りに不条理で、余りにも理解しがたい一戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 華雄は羌族騎馬隊の先頭に移動し、後ろに続く者達へ振り返った。

 永遠に終わらないと思っていた羌での多くの戦を共に戦ってきた猛者達。共に笑い、共に苦渋を舐めた、友であり家族。彼らの強さは誰よりも、李傕や治無戴よりも華雄が知っていた。

 聞けば連合軍は目立った騎兵が無く、どこにでもいる様な存在であるという。これの何と笑える話か。

 

「待ちに待った我々の戦いが今始まる」

 

 華雄は声を荒げないが、その声は不思議と通り、最後尾の兵にまで届いていた。

 

「相手は十万の烏合の衆。先ほどの軍議で我々は明確な指示を受けてはいない。つまり―――」

 

 その整った華雄の顔は、凶悪な笑みを浮かべた。それを見て驚く者はこの場に居なかった。今までの戦で幾度となく見てきたものだったからだ。

 

「やりたい放題だ」

 

 兵士達の間に笑い声が上がった。

 勝利を疑わず、それがさも当然であるというような笑い。

 

「まぁそれなりに指揮官を狙いはする。あわよくば大将首、というやつだ。まず当たるは袁紹。袁術。最奥は曹操、孫策らだ」

 

 十万の敵陣に飛び込み、その最奥にまで到達するのがさも当たり前という様に彼女は告げる。

 それが真か虚かは、一万の彼等の表情に答えがあった。

 

「時間は半刻。我々の力が、騎兵がどれほどのものかを奴らに見せつけてやれ」

 

「「「おおー!!!!」」」

 

 華雄の言葉に彼等は雄叫びで答えた。

 静かな戦場を飲み込む程の鬨の声が上がった。

 

「さて、突撃の合図を待つとするか」

 

 

 

 

 

 華雄は味方が布陣するのを待ち、その中に李傕を見つけた。視線が合うと李傕は一度だけ頷いたので、華雄も頷いた。

 手を掲げ、空に円を描き馬を進めた。

 それは合図であったようで、敵陣に向けて走るのではなく、ゆっくりと大きく円を描くように回り始める。羌族の騎兵は彼女の後に続き、それはやがて大きな輪になった。まるで自分の尻尾を追いかける蛇のように動いている。

 李傕もまた自ら率いる騎馬隊や、他の将に命令をし、同じように動き始めた。

 速度を徐々に上げていき、馬が地を蹴り土煙がもうもうと上がり始める。

 人の声はもう届かない。馬の走る、馬蹄の音だけがその場に響いていた。

 華雄が目を閉じれば脳裏にはあの草原が広がる羌の地が広がる。どこまでも真っ直ぐ進んでいける、広大な緑の大地と、馬蹄の音。

 あの時、初めて見たその光景に思わず馬を走らせてはしゃいでしまったのは、仕方のない事だろう。木の一つも無く、遠く地平すら見える平面なあの草原。いつだって自分はあの草原の中に居る。

 そして。

 

『そろそろ大人になりなよお嬢ちゃん!』

『大人になったらよ! 駆け続けろ華雄! てめぇが馬を駆り続ける限り、止められる奴はこの世にいやしねぇんだからよ!』

 

 少し老いた一人の女の、雄叫びにも似た声が脳裏に反芻した。

 華雄は彼女が発した言葉の全てを覚えている。

 華雄にとっての世界が、人生が変わったあの日。彼女が華雄に投げかけた言葉が思い出される。

 目を開いた華雄は戦斧を空高く振りかざした。それに合わせて銅鑼が鳴らされた。

 ドォンという低く重い音。進軍銅鑼が鳴り響いた。

 

「進めぇぇぇぇ!!!」

 

 華雄は方向を変え、連合軍へ向けて動き出した。すでに馬達は速度が上がっており、直線になればさらに速度を上げた。振り返ることは無く、背後からはしっかりと馬蹄の音が続いており、彼らの存在を感じられる。

 

「蚩尤か……」

 

 華雄は呟き、笑った。羌族の兵士は華雄の事を蚩尤と呼ぶが、蚩尤と呼ばれることに抵抗があった。自分の武が認められ、戦神と称賛されていることには素直に嬉しさがある。

 だが、蚩尤はいずれ討ち取られる存在だから嫌いだったのだ。黄帝と、それに味方をした龍らによって敗北し、殺されてしまうのだ。

 だから華雄は蚩尤と呼ばれるのがあまり好きではない。

 勝ち続けたいのだ。そしていつかは何者にも負けない、蚩尤では無く華雄という戦神の名をこの大陸に轟かせたい。

 

―――だが、それまでは蚩尤で良い!

 

 連合軍の前列の目の前まで、華雄は迫っていた。彼らの表情が一人一人良く見える。驚き、慄き、悲鳴が上がる。

 

 

 

 

 連合軍そこのけそこのけ蚩尤が通る。

 黄帝、応龍いずこに御座す。

 居ざればその歩み止める者無く、その道赤く染まる川となる。

 

 

 

 

 

 

 その突破力は、まず袁紹軍の兵を吹き飛ばすという形でもって現れた。

 華雄の前に立ちふさがるものはその斧で両断され、馬に吹き飛ばされ、踏みつぶされ、何人も先に立ちふさがることは出来なかった。いとも簡単に陣は真っ二つに割れ、その中へ後続の騎馬隊が侵入してさらに大きく陣を寸断していく。

 足元の兵を薙ぎ払うのは最早手癖か、そちらには目もくれず視線ををぎょろぎょろと動かしていた。

 そしてその視線は一つの所で止まった。それは華雄が突撃した場所から少し離れた場所。自分達の所に敵が来なかったので安堵したような表情を見せて、戦闘の構えを解いている者達が多く居る場所。

 華雄は左手を掲げ指を四本立てた。そして続けざまに人差し指一本を立ててその方角を示す。

 華雄の背後から四千の騎兵が離れ、華雄の指さした方向へと突撃していった。

 袁紹の兵は誰も彼も煌びやかな金色の鎧を身に纏っていたが、より一層煌びやかな鎧を纏い、金髪の女を華雄は見つけた。根拠などは無い。ただそれとなく指揮官らしい人物であるとだけ。

 進路を定め、その女へ向けて一直線に駆け出した。背を屈め、馬の腹を蹴り、速度はさらに上がっていく。

 驚愕に満ちた表情が、次第に迫っていく。

 この距離。この速度。幾度となく同じように振るった斧は、決して外しはしない。そして、目の前にいる袁紹と思しき人物は武器を持っていない。

 決して防げない。

 

―――獲った。

 

 すれ違いざまの一瞬。華雄が振り下ろしたその戦斧は女の首を捕らえ、刎ねあげ―――られなかった。

 

「姫えええええええええ!!!」

 

 突然の大剣を持った乱入者によって華雄の斧は、ギィンという大きな音と共に防がれた。その反動で乱入者は後ろに吹き飛び、背後にいた金髪の女にぶつかり二人して吹き飛んでしまった。

 華雄の馬の進行方向とは全く別の方向に。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを一つこぼし、その場を後にすることにした。

 真偽はわからないが、あれがもしも袁紹だったならば馬から降りてでもその首を上げに行くのが世間一般的には良いのかもしれない。ただ、華雄にとってそれはどうでも良い事だ。あくまでも、今この場で指揮官や将を討ち取るのはあくまでもおまけ程度。

 騎馬の強みはその速さ。その突撃力にある。止まってはならない。

 華雄は気を取り直して奥へ奥へと進んでいく。

 道中再び華雄は指を四本立てた。

 同じく袁の旗は立っているが、金色の鎧ではなくいたって普通の鎧を纏った軍勢。

 彼等はそもそもやる気が無いのか、緊迫感に欠けていた。まだあの金色の兵士達の方が引き締まった顔をしていたように思われた。

 そして人差し指を向け、また四千の騎兵が突撃していった。

 大抵歩兵の中にあって騎乗している人物は指揮官である。名のある者でなくとも千人長あたりの階級ではあるだろう。手当たり次第に見つけては斧を振るい、華雄と残る二千の一団は朱に染まっていく。

 幾度も斧を振るい、馬が兵士を蹴り飛ばし、たどり着いた先。

 敵兵の様子が一気に変わった。

 それは精兵。掲げられる旗は曹と孫。先ほどまでは草刈りだった。振るえば吹き飛ぶ哀れな草。しかし今は森の中で木を相手にしているようだった。

 決して斬れないわけではないがそれなりの技術が必要になる。

 しかし手薄。

 それもそのはず。汜水関側の最前線であるここは、汜水関から打って出てきた張遼を迎撃するため兵士が出払っているのだから。

 華雄の歩みは止まらず進んでいく。そして指を二本立て、人差し指を向ける。弓兵がそこには居た。戦が始まると同時に矢を放ち、味方が乱戦に入ったので弓を撃てなくなり手持無沙汰になった者達。丁度いい的だと華雄は思った。

 残る二千の騎兵が華雄の指示通り弓兵の元へ突撃をするために離れていく。

 単騎になり進む華雄の視界には背の低い、またしても金髪の女が居た。それは雰囲気とでもいうのだろうか。ただの少女。そう言うにはあまりにもその空間は違っていた。

 覇気。例えるならそれが適正であろう。

 名前も顔も知らぬその少女からは並々ならぬものを感じ、華雄は狙いを定めた。

 彼女は先ほどの金髪とは違い、決して驚いたような顔を見せなかった。きつ然と華雄を見据え、手には鎌を持ち、睨んでいる。

 華雄は同じように斧を振り下ろし、その首を狙った。

 この背の小さい少女は武に秀でているとは思えなかった。武器は持っているようだったが、おそらく華雄の斧を防げる程の武は持っていない。

 華雄はにやりと笑った。

 覇気を持つ少女。それはおそらくこれから先、李傕と治無戴の前に立ちふさがる存在。それをこの場で斬り伏せられることが、どれ程利になるか。

 振り下ろされた戦斧。

 が、またしてもそれは防がれることとなった。

 同じように覇気を纏う赤い髪の女が剣を片手に華雄の斧を弾いたのだ。受けるのではなく弾かれた。

 それは今までにない程の威力で、華雄の手が痺れる程のものだった。

 じぃんと痺れる腕を感じる。懐かしい感覚。

 

「くっ……ははははははは!」

 

 華雄は過ぎ去りながら笑った。

 これが愉快でなくなんとするか。

 

―――生きていて良かった。李傕と共に漢へ戻ってきて良かった!

 

 金髪の少女と赤髪の女を背後に華雄は馬を進める。

 決して振り返らない。決して同じ場所へ戻らない。

 羌の地で彼女は苦汁をなめた。

 羌の地で彼女は泣いた。

 輝かしい戦果の裏には失敗や後悔が山のように積みあがっていた。

 それを元に知った騎兵の有する力を最大限生かす動きを彼女は続ける。

 十万の敵陣を完全に両断した華雄は進路を変え、李傕の元へと戻る為に方向を変えた。

 その華雄の元へ続々と突撃の為離れていった騎兵たちが集合してくる。これだけの速度で移動しているにもかかわらず、彼等はぴたりと華雄の背後に整列する。

 数をいちいち数えてなどいないが、大体どれくらいが合流したかは見ればわかる。

 数が揃うと華雄は拳を握って空高く掲げ、親指と人差し指と小指を立て、それを前方へと向けた。

 すると彼等は華雄の背後から横に広がり大きな鋒矢の陣に変わっていき、突撃の面積を広げる。

 最後の突撃。

 華雄は馬の腹を足で絞め、蹴った。

 

 

 

 

 

―――私はいつだってあの草原の中を駆け抜けている。

―――木も丘も山も無い平面な広いあの草原を。

―――私を止めることなどできはしない。

―――たとえ、誰であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 天知る地知る我知る汝知る。

 蚩尤現世に甦れり。

 羌の地より戻りけり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

「張遼様。李傕軍が突撃を敢行したようです」

 

「なっ……!」

 

 配下からの報告に張遼は驚いた。

 

―――うちらに挟み撃ちの合図も無しに突撃とは、無茶も程があるで!

 

 書簡による伝達。あるいは狼煙による合図。

 それらの一切が無く、李傕軍は突撃を敢行したという。二万という軍勢で、目の前に広がる連合軍は十万。何故突然そんなことを。張遼は驚きながらもすぐに行動に移した。

 

「うちらも打って出るで! うちに続きや!」

 

 張遼は急ぎ馬に跨り走り出た。

 門が開く時間がやけに長く感じられる。早く早くと彼女は馬上でじれったそうに足を動かしていた。

 そして迫る前線は曹操、孫策軍。

 名だたる猛将が連なる軍と張遼は聞いていた。

 

「我が名は夏侯元譲! 張遼、私と戦え!」

 

 曹操麾下の猛将夏侯惇。相手にとって不足無し。

 

「ええで、かかってこいや!」

 

 張遼は己の武に自信があった。初めて勝てないと思った相手は呂布だ。

 天下無双と呼ぶにふさわしい化け物。彼女程自分が強くなれるのはいつになるだろうか。

 そして最近になってもう一人、現れた。

 華雄。

 馬上の武は呂布さえも押し込む新たな化け物。羌の地で戦い続けてきたという彼女の武は、天下無双の呂布に比肩した。

 あれらの化け物は如何にして生まれたか。張遼は命ある限り決して届かぬ存在であると知ってしまった。

 一合。二合。三合。夏侯惇と打ち合う張遼の心内はその二人で溢れかえっていた。

 

―――こんなものやない。あいつらは、もっと、もっと恐ろしい武を持っとった!

 

 一歩間違えば死がそこにはある。しかし張遼は夏侯惇との一騎打ちで自分が死ぬとは思いもしない。それ以上の武を、今までまざまざと見せつけられていたからだ。

 そして何合目かの打ちち合いの末、突然夏侯惇は背後を振り返った。

 隙だらけになった相手に攻撃するのを躊躇われた張遼は思わず動きを止めてしまう。

 

「すまぬ張遼! この戦い預けておく!」

 

 夏侯惇は一方的にそう告げると焦る表情を隠すことも無く馬首を翻し、兵を連れて張遼の元から去って行ってしまった。

 

「なんやねん……あいつ……」

 

 突然現れたかと思ったら突然引き返していった。

 手持無沙汰になった瞬間。張遼は何故夏侯惇が去って行ってしまったかを察した。

 悲鳴の上がる前方の曹操陣営。そこに一瞬見えた、華雄の姿。

 

―――なるほど。そういうことか……。

 

 張遼は配下の兵に命じる。

 

「追撃や! 背を向けた奴らを追いかけーや!」

 

 雄叫びと共に追撃戦が始まった。

 戦が始まってから半刻という短い時間が経つと、遠くから退却の銅鑼の音が小さく聞こえた。それが敵のものか李傕のものかはわからないが、無理に敵陣に入り込んで被害を出す必要も無く、張遼は戦い汜水関へと戻っていく。

 その後汜水関に再び立て籠る彼女の元へもたらされた両軍の被害報告。

 それを聞いた彼女は目をむいた。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 趙雲は一千の騎兵を率い、李傕の指示通り華雄の一団が切り開いた傷口から、傷口をさらに広げる様に展開した。

 李傕から言われていた出血戦。出来るだけ敵に被害を出すというもの。確かにそれならば騎兵でひたすら撹乱するのが適正であろうと思った。問題は数が少なすぎるという事なのであるが。

 彼女が進む先には劉の旗がはためいていた。

 

―――義勇軍の劉備か。

 

 反董卓連合に参加している諸侯らの情報を思い出し、その旗印の主君を思い浮かべ、彼女は走り出す。

 曰く民の為に戦う者。曰くこの乱世を終わらせ平和をもたらすもの。曰く民に慕われる者。そして曰く天より現れし御使いと共に戦う者。

 中々興味深い。

 実を言うと趙雲は天の御使いと呼ばれる人物とすでに出会っていた。程昱、郭嘉も同様。三人で旅をしている際、賊に襲われている天の御使いを助けたのが趙雲だった。

 その時趙雲は珍しい服を着ているという以外にその男に対し興味を抱かなかった。が、やはり特別な存在であったらしい。単なる噂にしては随分と遠くまで彼の話が届いているのだから。

 そんな彼と共に戦う者達。一層興味がわいた。

 公孫の旗の下にいる兵士から、余り装備の整っていない兵士達―――劉の旗の兵士達が趙雲の眼前に広がった。

 それは農民を兵士として徴用した、というのが適正かもしれなかった。ただ今までの噂を鑑みるに、無理やりに徴用したのではなく彼らが自ら望んで兵士となったのであろうという事は理解に易い。

 多少なり申し訳なさがあった。正規の兵とは違い、義勇軍として立ち上がった彼等は正義を為す劉備を支えるために農具を捨て、剣を取り立ち上がった。たとえ敵とはいえ、やはり気分の良いものではない。

 彼等は全く精兵ではなく、酷い言い方をしてしまえば雑兵。装備も訓練もまだ足りず、剣よりも農具の方が似合う人々だった。

 趙雲率いる騎兵が突撃すると彼等はあっという間に吹き飛び、恐れをなしてその道を開けてしまう。だからこそ騎兵は先に進んでしまう。陣が割れてしまう。

 左右に分かれた者達を趙雲が、背後の騎兵が槍でもって突き刺し命を奪っていく。

 

「そこの者! 私と戦え!」

 

 馬に乗って正面から青龍偃月刀を振りかぶる女が居た。見たところ相当の武を持っている。

 

「我が名は関羽! 尋常に立ち会え!」

 

 趙雲が名乗りを上げる前に彼女は切りかかって来た。

 何ともせっかちな人物ではあるが、嫌いではない。

 むしろ好ましいともいえる。趙雲は己の武に自信があり、より強い相手と戦いたいと思っていたからだ。

 彼女の一撃をいなし、素早く槍を手繰り寄せて一突きを繰り出す。的確に喉元を狙った一突を、関羽と名乗った彼女は柄で防いだ。

 幾度か打ち合うと、彼女は表情を変えた。先ほどまでは純粋に戦いに赴く者の顔だったが、今はなにやら激昂しているようだった。

 

「貴様は何故それほどの武を持っていながら、逆賊に加担する!」

 

 横薙ぎ。

 趙雲は身軽に体を伏せて避ける。

 

「董卓は帝を思うままにし人々を苦しめているのだぞ! 何故その武を奴らの為に使う!」

 

「そうは言われても、此方としてはそれが嘘である主張している。董卓とはすれ違いになりその姿を見たことが無いが、曰く悪事を働く存在では無いと李傕と馬騰は主張している」

 

 三突。

 首、心臓、肝臓。

 的確に急所を狙う素早い槍は、やはり防がれた。

 

「それを信じるのか!」

 

「然り。やはり人というのは見なければわからないもの。この目で見た李傕は野望こそあれど民の為に雍州で奮闘している」

 

 柄と柄で競り合い、関羽と趙雲は間近に顔を突き合わせた。

 かたかた、とお互いの得物が震える音が騒々しい戦場にもかかわらず良く聞こえた。

 

「待ってくれ二人共!」

 

 その男の声に、二人は同時に腕を突き出し弾き合った。お互い一瞬のけぞり体勢を崩し、声の主を見やる。

 そこに居たのはあの時の天の御使い。

 

―――名は確か……北郷一刀だったか? うむ。そうに違いない。

 

「教えてくれ趙雲さん。董卓は悪い奴ではないのか?」

 

「こればかりは断言できませぬな。人柄をこの目で実際に見たわけではないので。ただ、雍州は董卓の治世から平和。そして庇う者も多くおそらく違うであろうとだけ」

 

「わからない……俺の知っていることと全然違う……」

 

 彼は良くわからないことを呟いていた。趙雲は彼が前にも理解できないことを話していたことを思い出し、そういう人物だったなぁと納得した。

 

「あ、あの!」

 

 次いでさらに声を掛けるものが居た。

 桃色の長い髪、その可愛らしい顔は見るものを虜にする。趙雲も思わず魅かれた。それは顔だけではなく、纏う雰囲気がそうさせていた。

 魅力。

 旅の中にあってもこれほどの魅力を持つ人物は居なかった。

 

「私は劉備といいます! 劉備玄徳。董卓さんが悪い人じゃないなら、誰が?」

 

「檄文を発したのは袁紹。今某が客将として仕えている李傕は袁紹こそが悪であると述べている」

 

「そんな……」

 

「なぁ、李傕って信じられる奴なのか!? あいつは悪人じゃないのか!?」

 

 北郷は何やら信じられぬという、どこか必死な様子だった。実際に見たことが有るのかは不明だが、何故か李傕を悪人として見ているようだった。

 

「それは己が目でみればよろしい」

 

 しばらく会話をしているとドォンドォンと退却の銅鑼が鳴り響いた。ずいぶんと話し込んでいたようだ。

 

「さて、某はここいらで失礼する。機会が有ればまた相まみえよう」

 

 趙雲は引き返しざま首を返し関羽を見据えた。

 せっかく打ち合った関羽に、己の名を告げ忘れていたのを思い出したからだ。

 

「我が名は趙雲。字は子龍。さらばだ関羽」

 

 再び戦場の中を駆けながら思う。

 関羽という武。劉備という魅力。

 今保有する戦力は余りにも弱く小さい。しかしいずれ世に名を広める機会を得れば瞬く間に大きく羽ばたく可能性があるように思えた。

 

―――さて、どうしたものかな。

 

 旅をし色々な物を見聞きしてきた。色々な人と出会い、その人柄を観察してきた。そして今李傕の下で客将として迎えてもらいしばらく時も経った。

 そろそろ決断の時だと趙雲は思った。

 自分が槍を捧げる相手。

 それを決める時だ。

 趙雲は引き返す道中敵を再び吹き飛ばしながらそれを見た。

 戦場の中を突き進む巨大な獣。

 陣形を広げ、あらゆる者を切り伏せ、踏みつぶし、何人もその前に立ちふさがれないその獣を。

 その先頭を行く華雄という存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 馬騰は一千の騎兵を従え華雄の背後を付いていく。

 隣には韓遂が居り、彼女もまた一千の兵を率いている。李傕はそれぞれが散会し敵陣を寸断し、ひたすら撹乱に務めるよう指示していた。

 そのため馬騰と韓遂は二人共分かれて行動するべきなのだが、韓遂は

 

『二人で行動しちゃいけないとは言われてねぇ』

 

 と馬騰の傍を離れない宣言をし、馬騰は彼女らしいと笑った。

 頼もしく、愛しい姉妹。

 どちらが姉でどちらが妹という決め事はしていなかった。請われて義姉妹になった時から、彼女はずっと馬騰の事を姉妹と呼ぶ。真名を呼び合うよりも深い絆が、そこにはあった。

 視線の先に居る華雄が手で指示を出すと、騎兵の半分近い数が彼女の元を離れた。どこへ向かうよう指示したのか見やると、袁紹軍の一角。一瞬見えた彼らの安堵から一転して怯える表情。

 李傕の姿も見え、彼もまた何かを察知したのか方向を変えていく。行きつく先では悲鳴が上がった。

 それを見て理解した馬騰は韓遂に手で合図を出し、独自に方向を変えた。

 華雄個人の武は馬騰も知る所である。

 娘が一度も勝てないというのは少し悲しいところではあるが、あれ程の武を持ち、馬と意思疎通をする彼女が相手では仕方がないとも思う。

 しかし彼女や李傕の戦での姿は初めてみるものだった。

 どのように指揮をするのか。それは交易で会うだけの馬騰の知らぬところ。

 それが今分かった。

 単なる突撃。初めはそう思っていた。

 だが、華雄と李傕の二人は違うものを見ていた。

 隙。あるいは弱点。あるいは急所を。

 どういう相手を狙えば自分達の被害が少なくなるか。どういう相手を狙えば容易く打ち破れるか。

 姿。陣形。兵科。表情。雰囲気。様々なものを二人は察知し、そこを狙う。

 整然と並ぶ兵士達の中に乱れた隊列を組んでいる場所があった。そこに居る者はどういう者達か。彼らの意識は。練度は。

 

―――そういうこと……。

 

 よくもまぁという感嘆詞が漏れる。それが彼女の感想だった。馬騰は現在の年になるまでかなりの戦いに参加した。涼州で度々起こる反乱の鎮圧や、羌族の襲撃等多岐に上る。

 しかしきっとそれは華雄と李傕が経験してきた戦の数には及ばないのだろう。

 止まらぬ馬の前に立ちふさがる者無し。なるほど確かに、止まらなければ敵兵は自ら道を開ける。横に避ければ馬上から得物が。正面に立ちふさがれば踏みつぶされる。

 槍衾が、柵が、あるいは矢が馬の足を止めてしまい、その瞬間こそが騎兵が最も弱い。そして走っている騎兵は最も強い。

 強い相手を避け、足を止めてしまう場所を避け、相手の弱いところを的確に狙い敵陣を引き裂き、混乱をもたらし、士気が下がり弱くなった敵をさらに狙う。

 交易の度に見てきた華雄、李傕、治無戴三人の笑顔。和やかで、和気あいあいとしていた彼等は、いつしか成長していた。

 どれ程の困難がそこにはあっただろう。

 馬騰の元には良い報告ばかりが届けられていたが、常勝などまさしく不可能。時折暗い顔をして交易に臨んでいる時もあった。

 どれ程苦渋を舐めてきたのだろう。

 これ程の戦い方を身に付けなければならないと彼等は悟ったのだ。それこそ馬騰の想像もつかない失敗の数々があったに違いない。

 最も成長した華雄。

 少し抜けていて、単純で、子供だった彼女。

 見た目ではなく雰囲気が、いつしか彼女は大人びていて落ち着いていた。精神の熟成とでも言うのだろうか。我が子馬超のように兵を置き去りにして、一人で一騎打ちに興じる姿が目に見えていた彼女が今見せる手慣れた指揮。

 この戦いに参加して良かった。馬騰はそう思った。

 しばらくの間馬騰は敵陣の中を韓遂と共に駆けまわっていたが、突然空気が変わったのを感じた。

 と、同時に自陣からドォンドォンという退却銅鑼がなっており、時間が来たことを察した。

 

「お、おい! あれ!」

 

 韓遂が傍で慌てた様子で言った。

 視線の先には巨大な獣が居た。

 陣を広げ、もうもうと土煙を巻き起こして戻ってくるその光景。

 逃げきれず踏み殺される者、戦斧によって切り飛ばされる者。あの獣はまさしく蚩尤。

 その獣の元へ近づく騎兵の姿があった。

 李傕。

 彼は率いていた騎兵をその陣の末端につかせ、驚くことに自らは中心であり先頭に立つ華雄の隣に並んだ。

 速度や方向を合わせられず、一歩間違えば背後の騎兵に飲み込まれて死すらあり得るあの陣の先頭に横から合流する馬術に馬騰は驚いた。そして並んだ二人は何やら手で会話をしているようだった。そして二人は同時に笑い合っていた。

 比翼連理。

 治無戴と婚約している李傕ではあるが、二人を見ていた馬騰の頭にはそんな言葉が思い浮かんだ。

 軍議の際、二人だけはあの短い言葉で全てを理解し合い、お互いが何を求めているのかを理解していた。そして今も、馬蹄の音で聞こえないであろう声を発さず、手で何事か会話をしている。

 

―――本人達はどう思っているのかしらね……。

 

 遠く、今は氐で奮闘しているであろう治無戴。そして漢へと戻って来た李傕と華雄。

 三人からはいつも、家族としての愛情がそこにあることを馬騰は感じていた。

 いや寧ろ、連理は三つで一つなのかもしれない。根を違えども三つは絡み合いながら大木へと育っていく。どれか一つが傾けば二つが支え、天へと向かってその幹を伸ばしていく。

 そんなことを思いながら自陣へと戻っていく。

 彼女は一度も馬の足を止めなかった。


 
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