No.1009840

恋姫†夢想 李傕伝 4

短め。

華雄さんが大変お強い小説だけど活躍はまだ先。

2019-11-10 18:32:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1085   閲覧ユーザー数:1051

『産業』

 

 

 技術者として登用された李典とは違い、于禁と楽進は武官として登用された。現状は李傕の護衛や警邏。現在は殆どが黄巾賊討伐の為に出陣しているが、馬超や華雄が気乗りせず指揮を放棄している歩兵の指揮などが主な仕事として決定し、現在は李傕と共に警邏に向かっていた。

 

「底様。改めてお礼を申し上げたいのです」

 

 道中、楽進は突然李傕に向き直った。

 顔は普段よりもさらに引き締まり、古傷の残る表情はは凛々しく、視線は鋭い。

 

「お礼?」

 

「真桜の事です。いつも良くわからない絡繰ばかり作っている真桜ですが、私達を含め、誰もあの絡繰に価値を見出せませんでした。それが李傕様と出会い評価され、真桜は今までにない程喜んでいました。そのお礼を」

 

 腰を折り彼女は頭を下げた。その様子を見た于禁も続く。

 

「沙和も感謝してますのー」

 

 三国志を舞台にした異世界ともいえるこの世界でも、頭を下げるという行いは挨拶などには決して使われない。相手に対し深く感謝や謝罪の意を示す時にしか頭を下げない。

 彼女達三人の強い絆を目の当たりにした。

 例え友人の為とはいえ、頭を下げる等中々出来ないことだ。

 

「頭を上げてくれ。感謝しているのはこちらの方だ。真桜のお陰で一大産業が形になり、凪や沙和が新たに将として加わってくれたことに、本当に感謝しているんだ」

 

 急速に進められている養蚕場と製糸工場の建設。もう骨組みは完成し、招かれた製糸の知識を持つ人々の意見を仰ぎながら必要な内装の準備をしている段階である。また桑の木の植林も開始され、各地の村からは育つまでの一、二年間桑の葉を買い付ける旨を伝えており、養蚕の準備も万全である。

 今回の産業計画は真桜―――李典が居なければ発足しなかっただろう。この世界にまるで機械のような絡繰を作ることが出来る者が居るなどと、誰が思うだろうか。

 機織り機という物は一応存在してはいる。その名前を聞いてすぐに想像できるのはペダル式の機織り機であるが、今存在するのは全て手動の物だ。その労力は果てしなく、機織り職人という専門の職人が存在する程度には難しい作業である。

 羌の地では壁のように縦にし、しゃがみ込んで作業をするという機織り機―――のような物が一応あったが、それを機械と呼称するにはあまりに原始的すぎる。

 そのため糸まではある程度安く取引されているが、反物になった瞬間から値段は跳ね上がる。主に工賃による上乗せによって。絹の製糸工場を作り糸を産業とするには安すぎ、反物を産業とするには職人を雇う費用や、販売するにしても値段が高く、金持ち向けの狭い業界であるため利益はあまり見込めない。おまけに大陸の東側―――徐州や揚州の一部地域には絹織物を産業としている土地が既にあり、機織りの技術もそちらの方が格段に上ともなれば、売れ行きも悪いだろう。

 しかしそれを覆すのが李典の絡繰だった。糸から反物を自動で編めるのならば機織り職人に支払う莫大な工賃が浮く。柄の無い単色の絹織物は柄物より値段は下であり、さらに工賃が浮くともなればさらに値段が下がる。

 大陸に散らばる金持ちの数より庶民の方が数は多く、消費もそちらの方が圧倒的に上。となれば庶民が少し手を伸ばせば届くような値段で販売する事が出来さえすれば、絹織物業界の頂点に雍州は躍り出る事となる。

 李典はおいおい柄物を織ることが出来る絡繰の存在を示唆しており、もしもそれが完成すれば大量生産によって現在世に出回っている全ての絹織物の値段は大暴落する。売り上げの損失。それに伴う職人の解雇。大陸東が受ける経済的損害は著しい事だろう。

 李典というたった一人の存在で、雍州はこれまでに無い発展を遂げることが出来るのだ。大陸東の経済的打撃というおまけをつけて。

 さらに楽進、于禁は今まで兵を率いたことが無いというのが嘘のように指揮に卓越していた。特に于禁は兵の調練に長けており、現在多くが出兵中というのが悔やまれる。楽進は武器を持たず、気を使った徒手空拳を得意としており騎兵には向いていない。李傕を含め騎兵にしか興味を示さない者達が多く居る中、歩兵を指揮できる人材が増えたことは貴重だった。

 

「三人と出会えて本当に良かった。心からそう思っているよ」

 

「底様……」

 

 感極まるといった感じで目じりに涙をうっすらと浮かべられてしまうと、李傕は苦笑することしか出来なかった。

 

「なんかいい雰囲気になってるの。沙和ってばもしかしてお邪魔なのー?」

 

「沙和!」

 

 楽進と于禁がいつものようにじゃれ合い始めると、一人走ってくる者が居た。

 

「李傕様。お客人がお見えになっております」

 

「わかった。一足先に警邏を終える。後はませた」

 

「はっ! お任せください」

 

 二人に警邏を任せ、城へと戻る。

 客間へと急ぐとすでに程昱と郭嘉が居り、客人と思われる二人の男女がそこには居た。

 二人共二十代後半か三十代前半あたりだろうか。特に男性は筋肉質で服がぴっちりとしていた。

 

「五斗米道の張魯。字を公祺と申します」

 

 男性は張魯と名乗った。五斗米道の現教祖。

 

「劉虞。字は伯安でございます」

 

 女性は劉虞と名乗った。

 その事実に李傕は慌てふためいた。

 

「李傕。字は稚然と申します。まさかお二人に御足労頂いてしまうなど……大変申し訳ありません」

 

 李傕はおいおいこの二人の元へ足を運ぼうと思っていた所であった。手紙で何度かやり取りはしていたのだが、まさか二人が直接雍州へ赴いてくれるなど思ってもみなかったのだ。

 

「いえいえ。突然の来訪、ご容赦ください。どうしても一度お会いして話をしたかったのです」

 

「張魯殿とは二人で時期を決めていたのです。お忍びではありますが、私も同じくお会いしてお話をと思いまして」

 

 張魯は五斗米道の教祖であり、おいそれと人の元へと訪れる様な身分ではない。まして劉虞など、皇族である。

 現在の雍州という田舎へ訪れる様な身分の人々ではない。李傕が頭を下げながらどうにか会うことが出来る様な人物だ。

 

「私と劉虞殿は教えは違えど宗教の信者。そして李傕殿は雍州の民に布教を許して下さるとか」

 

 席に着き、張魯は話題を切り出した。郭嘉と程昱は少し離れたところに控えている。

 

「ええ。勿論それは悪質な勧誘は許されませんが、相手の合意があり、布教するというのであれば制限する物ではありません」

 

「確かに過去、強引に入信させるという出来事はいくつもありました。が、そのあたりは完全になくなったといっても過言ではありません」

 

「こちらも同じです。元より隠れて信仰している身。強引な手段はとれませんもの」

 

 劉虞がお淑やかに笑う。

 

「それで布教を許して下さる代わりに、医療団を派遣して欲しいとのことでしたが、具体的にどのような扱いをされるのか?」

 

 李傕は自分の中で意見を纏め、ゆっくりと口を開いた。

 

「まず病院を設立したいと思っています」

 

「病院とは具体的にどのような?」

 

「巨大な建物ですね。数十人規模の、寝たきりの患者を看病できる病棟を共に建設したいと」

 

「民の為に?」

 

「ええ。まずは病院を建て、安価で人々が治療が受けられる場所を作ります。これは最優先です。次に軍医というものも作りたいのです。戦に赴く兵士を治療する専門の。なので派遣していただいても到底数が足りなく、またせっかく派遣していただいた方を戦場に連れていくという事は流石に出来ませんので、弟子を取っていただきたいなと」

 

 戦場では傷を負った兵士の治療の他、病気という最大の敵が潜んでいる。

 屋外とはいえ密集した集団。一人が風邪を引けば二人に。二人が風邪を引けば四人に、と病は蔓延する。さらに危惧するならば風土病など、恐ろしい病に対する処置出来る者が多く必要だった。

 

「では例えば李傕殿が望む通り、弟子を取りつつ治療が出来る者を派遣したとします。見返りの布教についてですが、どれ程まで許されるのでしょうか?」

 

「施設の建設まで許可します」

 

「なっ……」

 

 その驚きは誰の声だったか。その場にいた李傕以外の誰もが口を開き、驚愕の表情を見せていた。

 施設の建設。五斗米道はまだしも、劉虞の崇拝する仏教の施設―――寺の建設は儒家に対する反旗ともいえる。大陸中から非難の謗りを受ける事は間違いないだろう。

 

「無論今すぐに、というわけではありません。施設の建設が有る程度受け入れられる程には信者が増えてからです」

 

「……私は今すぐにでも飛びつきたいお話ではありますが、何故そこまで宗教に寛容なのでしょうか?」

 

「本来宗教とは心の安寧を求める人々の拠り所であるべきなのです。良いことをすれば死後極楽浄土へ。悪いことをすれば死後地獄へ。必然と人々は善い行いを心がけます。それ自体の何が悪いのでしょうか。黄巾賊はその教えで人々を騙し、大乱を起こすという最低の行いをしています。ですが私に言わせればあれは宗教では無くただの詐欺団体にすぎません」

 

 漢の治世により貧困にあえぐ人々。その人々に戦をするよう仕向けるという愚行。黄巾賊における教え等、あくまでも戦の為の方便でしかない。それは宗教という定義に当てはまっているとしても、宗教のあるべき形とは異なるものだ。

 

「張魯殿の五斗米道。劉虞殿の仏教。どちらも私は真っ当なあるべき姿の宗教であり、民にとっても良いものであると思っています。それがたとえ儒教に反するものであっても、選ぶのは民自身であるべきなのです。儒家が非難する事自体がおかしいのです」

 

「……やはり今日お会いして良かった。私は医師団の派遣を致します」

 

「五斗米道からも同じく派遣しましょう。やって良い事、やってはならぬ事。それらはおいおい纏めて書面にて」

 

「ありがとうございます。これで雍州の人々が無為に病でなくなる事も減るでしょう」

 二人を門前で見送り、さっそく病院の建設案を考え始めた李傕へ程昱と郭嘉が声を掛けた。

 

「本当によろしいのですか?」

 

「我々はやはり宗教に対しそこまで寛容にはなれません。非難するわけではありませんが」

 

「ですが宗教を招いてしまった以上弾圧は出来ません。もう戻れない道を歩みだしてしまったのですよ」

 

「学が深く、心が強い者は宗教に縋りはしない。しかし民の殆どは学ぶ機会も少なく心は弱い。宗教によって救われるものは多く居る。それに医者という存在を多く招致できたというのは余りにも大きい。今の高額な治療費では悪戯に人々に死を招くだけだ」

 

 現在の医者という存在は余りに悪質だ。高額の治療費を要求し、李傕の生前の知識からすれば全くの無意味な薬を処方する者が多く居る。何せ不死の霊薬として水銀を飲んだりという事も過去にはあったほど、医療は進んでいない。

 出生率は高いが、成人を迎える前に亡くなる。そんなことは日常茶飯事だ。そんな状況下でのんびりと医者を増やそうなどという気には到底なれない。

 

「問題が起こったら責任は俺が取る。でも、良い人達だったな二人共」

 

「それは共感できますねー。黄巾賊もあのような方々が指導者なら違ったのかもしれません」

 

 まだ見ぬ長角という人物。この世界ならばもしかすると女性なのかもしれない。何故人々を扇動し、反乱を起こしたのか。

 それは当の長角本人すらわからない。


 
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