No.1008490

紫閃の軌跡

kelvinさん

外伝~盤面を見通したからこその足掻き~

2019-10-27 22:51:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3007   閲覧ユーザー数:2699

~エレボニア帝国 ラマール州 辺境の町アルスター~

 

 ロッジの管理人であるエーデルの取り成しで特に追求されることなく、料理も頂いた上に十分休息も取れた。ミラ自体この世界でも通用することは幸いだったが、念のためにセントアークでセピス交換しておいたのが功を奏した。

 山道を抜けると、長閑な町―――オリヴァルト皇子が幼少期を過ごした生まれ故郷であるアルスターに辿り着いた。アルティナとフィーは傭兵崩れの関係で共闘したことがあるらしい。

 

「その猟兵団って、ひょっとしてジェスター猟兵団とかだったりしないか?」

「ご存じなのですか?」

「数回やりあったことがあるけど……まあ、一捻りだったな」

「てめえが言うと冗談にすら聞こえねえな……っと、あそこにいるのは」

 

 アスベルの言葉に対してアッシュが苦笑混じりに呟くと、視線の先にいる人物―――主計科の生徒であるサンディと遭遇した。サンディはユウナ達の中にアッシュがいることを結構驚いていた。まあ、無理もない反応だなと思いつつ、サンディの実家で事情を聞くことにした。

 

「教官代理ですか……」

「まあ、服装に関してのツッコミは勘弁してくれ。それで、色々聞きたいんだがいいかな?」

 

 オリヴァルト皇子の乗ったカレイジャス爆破により、“黄昏”の影響を強く受けてしまって戦争を“弔い合戦”と意気込んでいて怖いとサンディは述べた。赤黒い花に関しては、目撃者がいるとのことでその当該人物に聞いてみるのが一番だろう。

 

 情報収集の一環で蒸留所に足を運ぶと、酒の管理をしている青年が困っていたので声を掛けると、青年から一枚の紙を受け取った。それは、傍から見れば詩みたいなものだが……Ⅶ組である人間ならば理解できる文言が散りばめられていた。

 

「……成程。普通に読めば夏の季節に認めたものと読めるかもしれないが……アッシュ、彼女がここまで読み込んで仕込むのは簡単だと?」

「その認識で間違ってはねえな」

 

 “七の若獅子”―――つまりⅦ組のことを指すのであれば、この詩を書いた少女は北にある盆地で待つというもの。アッシュがⅦ組に合流し、リィン・シュバルツァーを取り戻す行動を起こすと読み取っていた可能性が高い。

 

「どうする、ユウナ? 多分、特異点の方向的にも合致するだろうと思うが」

「会いましょう。ミュゼあってこそのⅦ組ですから」

 

 アスベルも“指し手”の人間だからこそ、同じ側の人間の思考は自ずと読み取れていた。恐らく、彼女は全ての段取りを整えた上でユウナ達の前に立つ形となる。この世界を取り巻く“盤面”は、間違いなくギリアス・オズボーンが操っている。

 彼女が“駒”としての動きをしていることには疑問を呈する。似たようなことをしている自分が言えた義理ではないが、自分の感覚で言うなら……それが100パーセント正しいだなんて思ってもいないし、その通りになってほしくない部分もあったりする。

 

 そして、赤黒い花―――プレロマ草の情報を得てアルスターの北にあるオスギリアス盆地に向かう前、とある場所を訪れた。綺麗に整地されて館の面影はないが、レンハイム家の跡地だった。アスベルがその地に足を踏み入れた瞬間、突然アスベルに強い頭痛が襲ってその場に蹲る。心配するユウナ達の声が一切耳に入らず、この地に残った記憶がアスベルの中に流れ込んでくる。

 

(―――これは、この地に残った記憶?)

 

 恐らく、アスベルの中にある“零”に反応したものと思われる。

 記憶には、幼い頃のオリヴァルト皇子にミュラー、そしてオリヴァルト皇子の母親らしき人物が楽しそうに生活している風景。そして、その光景が一瞬として崩れ去ることになる見知らぬ来訪者によって、彼の母親が命を落とす風景も……アスベルが次に目を覚ましたのは、サンディの実家である宿酒場の部屋だった。

 

「……ここは」

「アスベルさん、大丈夫ですか!?」

「ああ。迷惑かけてすまないな……この分の借りは戦闘で返すよ」

「アスベルさんに戦闘させたら、借りを返すどころか貸しになってしまいそうですが」

 

 少し準備がしたいということでユウナ達が出ていったのを確認すると、アスベルは傍に置かれていた騎士剣を手に取った。かなり豪勢な装飾で、かなりの値打ちになるであろう。アスベル自身、その剣に見覚えなどないし、そもそも騎士剣を使う機会はほぼ皆無だ。そうなると、レンハイム家でのイベントで自分に託された代物だと解釈し、ボックスに放り込んだところでアスベルは思い出すようにつぶやいた。

 

「あ、やっちまった……ま、いっか」

 

 アスベルの能力によって無限に増殖した騎士剣……そのうちの1本ぐらいは跡地の石碑の下に埋めておこうと思いながら、身支度を整えた上で部屋を出た。改めてレンハイム家に行ったところで特に何かが起きるわけではなく、献花した上で祈りを捧げた。

 

 改めてオスギリアス盆地の奥地に進むと、見えてきた先に赤黒い何かがあることと小型艇が停泊している様子が見えた。しっかりと目視で確認できるところまで歩を進めたアスベル達は、その赤黒い何かがプレロマ草だと判断できた。つまり、ここがラマール州の特異点ということになる。

 更に、停泊小型艇の前には2人の人物がいた。1人はオーレリア・ルグィンであり、もう一人はユウナらと同じ新Ⅶ組のメンバーでもあり、次期カイエン公爵であるミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン公女本人がいた。

 

「よく辿り着いたな、Ⅶ組の諸君。“星杯”の時から見違えるほどに成長したようだ」

「相変わらずですね、分校長……そして」

「ふふっ、はじめましてトールズ士官学院第Ⅱ分校・特務科Ⅶ組の方々に見知らぬ方。私はミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン―――次期カイエン公爵家当主にして、ヴァイスラント決起軍のスポンサーでもあります。以後お見知りおきを」

「あっ……」

「ふうん、そっちで名乗るんだ?」

 

 ミルディーヌ公女もといミュゼが本名で名乗ることに関して、ユウナが率直に問いかけた。それに関しては騙してしまう形となってしまい申し訳ない、とした上で……ミュゼは語った。

 

 両親が亡くなり、家督を叔父のクロワールが継いだことに伴い、危険視されたミュゼはアストライア女学院に進学という名の“幽閉”を行った。彼女の持つ先代当主の忘れ形見というものに恐れをなしたのだろうが、クロワールはミュゼの持つ慧眼を見抜くことができなかった。彼女は、その頃に2年前の内戦まで読み切っていたと話す。

 荒唐無稽に聞こえるだろうが、ミュゼの言葉には不思議と説得力が宿っていたし、同じⅦ組として彼女の助言には助けられていた。だからこそ、ユウナ達は特に驚くということもなかった。

 それに補足したのは、オーレリア将軍の言葉だった。

 

「もとよりイーグレット伯の誼で顔見知りではあったが……北方戦役に至る流れと、帝国政府からの提案に関する予見を聞いて、私は心に決めた。あの強欲なバラッド候ではなく、この方を次期カイエン公と仰ごうと。尤も、国家総動員法と共和国との戦争。帝国で何かの“呪い”が発動することまで……全て昨年末の時点で予見していたのは、驚きを禁じ得なかったが」

 

 この言葉には、流石のユウナ達も驚きを隠せなかった。だが、その中で驚くこともせずに冷静な表情を浮かべていたのはアスベルだった。それを視界の中に収めつつも、ミュゼは説明を続ける。

 トールズ士官学院第Ⅱ分校の人事、そして次期カイエン公となってヴァイスラント決起軍の有志を集めること。その目的は“黄昏”によって増大しつつある帝国正規軍(プラス結社『身喰らう蛇』に有力な猟兵団である『赤い星座』『西風の旅団』の面々)を止めるためのもの。ギリアス・オズボーンが立案した「大地の竜(ヨルムンガンド)」作戦に対しうる手段。

 

「―――流石は“指し手”と言うべきか。だが、正気か? 相手はいわば非常識の塊みたいな存在。数の差を補うために、レミフェリアはおろか“共和国”にまでお前の立てた計画を提案したのだろう?」

「きょ、共和国って……アスベルさん、どういうことですか?」

「ロッジで出会った2人のうち、片方はレミフェリア公国でも国の中枢に縁のある人物。そして、もう1人は会話から推測した部分と、ヴァイスラント決起軍の規模から考えるなら、絶対に引き込まないと作戦が成立しない存在だ」

 

 いくらオーレリア将軍に“蒼の深淵”がいても、絶対的な数の不利と兵器の技術格差は覆せない。10万という規模で推定180~200万の帝国正規軍を相手にするだけでも厳しい。レミフェリア公国の更に東隣―――カルバード共和国の人間だろうと結論付けた。

 この状況を鑑みるならば、間違いなくリベール王国にも打診はされている。超常的な力による悪影響という点で見れば、リベールの異変でそれを経験している側は“黄昏”を無視できなくなる。

 

「その様子ですと、どうやら私の立てたプランに気付かれてるようですが……えっと」

「アスベルだ。ま、此奴らの教官代理という形で協力している。そんなプランを立てた理由も自ずと理解できなくはないが……なら、どうして“指し手”に徹しなかったんだ?」

「えっ……?」

 

 “盤面”を見通すことができるのなら、当然己の力ぐらい把握していて当然だ。だが、彼女は本来“駒”の動きの部分を垣間見せた。彼女がⅦ組に入った部分がその最たるものだろう。

 

「アスベルさんの言うとおりね。態々危険を冒す必要なんてないはずなのに、ミュゼはそうすることを選んだ」

「だが、それは“駒”の動きだ。“指し手”の君がその危険を冒す必要なんて本来はないはずなんだ」

 

 そうした理由はアスベルだけでなく、ユウナやクルトも気付き始めていた。確かにミュゼの才覚はギリアス・オズボーンに引けを取らない。だが、彼女が見出した解決法は……それこそ、良くて数十万規模、最悪数百万規模の犠牲が生じる。そんな計画を1人の少女に負い切れるのか。

 答えを述べるなら、否だ。

 

「“星杯”で皆さんで繋がったとき、ミュゼさんのことも感じました。あの時の貴女の暖かさは、紛れもなく本物であったと私は確信しています」

「ハッ、ポーカーフェイスが崩れてきたようだな。てめえは確かにすげえよ。あの鉄血を抑えるために、てめえの作戦以外にねえのかもしれない。だが、てめえ自身はてめえの立てた作戦に納得してんのか?」

「……っ……」

 

 彼女は計算でそれを弾き出しても、今まで布石を打ってこれたのは犠牲がまだ小規模の範疇で収まっていたからだ。だが、その作戦が実行されれば、今まで以上の犠牲は避け得れない。まったく、どいつもこいつも自己犠牲を厭わないのは問題があるだろうと言わざるを得ないだろう。

 

「ねえ、ミュゼ。あんた、自分が思っている以上に女の子らしいって気付いてる?」

「えっ……」

「色々博識で、すぐにエロいことで弄るのはどうかと思うけれど……ガールズトークを楽しんだり、皇女様やエリゼさんのことが大好きで、リィン教官のことも好きな普通の女の子。そのうえで改めて聞くわ。ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン公女としてではなく、ミュゼ・イーグレットはどうしたいの?」

 

 覚悟が弱いのではなく、ミュゼはその結論に至って布石を打っていても、諦めたくなかったのだ。その犠牲を限りなく抑える方法を。それがリィンやⅦ組なら見いだせるかもしれない。だが、そんないい話をぶち壊す乱入者がその場に姿を見せた。

 

「いやー、素晴らしいお話だ」

「っ!? アンタは……」

「殿下に、本校の……」

 

 エレボニア帝国のセドリック・ライゼ・アルノール皇太子。そして、本校の面々―――フリッツにエイダ、執行者となったシャーリィ・オルランド、更には鉄道憲兵少佐であるミハイル・アーヴィングまでいる。

 ダメ押しと言わんばかりに、離れたところでは『赤い星座』のガレスがオーレリア将軍を狙いに定めていた。すると、セドリック皇太子の視線はアスベルに向けられていた。

 

「アッシュ・カーバイド君に重要参考人のⅦ組、国家扇動を企むミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン公女。そして……貴方が報告にあった未知の騎神を操る起動者ですね」

「貴方に話すことなんてないと思われますが……して、自分に何か用ですか?」

 

 下手に喧嘩腰を取るのも問題はないし、今のユウナ達の実力ならセドリックやシャーリィにも遅れは取らないだろう。だが、アスベルは別に隔意を持っているわけではないため、敬語を使う方向で問いかけた。

 

「単刀直入に言いましょう。貴方をこちらの陣営に招きたい。如何なる恩賞もお約束いたしましょう。何でしたら、Ⅶ組のことは今後も見逃して構いません」

「なっ……」

「アスベルさん……」

 

 セドリックの言い分は、まるでアスベルの力だけを欲しているようにしか見えない発言。それに、この場でこう言っていても、今の帝国をコントロールしているのは間違いなくギリアス・オズボーンその人だ。

 その口約束を素直に実行する気があるのかどうか、ハッキリ言って疑わしい部分がある。それに、アスベルには決して相容れない理由を彼らが持ってしまっている。アスベルは大剣を抜き放った上で、ハッキリと言い放つ。

 

「―――断る。お前らは知らないだろうが、俺はこれでも“教会”に身を置く人間だ。仮にエレボニア帝国が結社や猟兵の連中とスッパリ手を切ったとしても、この事態を招いたギリアス・オズボーンは紛れもなく“外法”の誹りを免れない」

「……正気ですか?」

「正気の沙汰とも思えぬ所業を成した人間が言えた台詞か、セドリック・ライゼ・アルノール。そうそう、そこの憲兵少佐殿。一つ大事なことを言っておきます」

「何だ?」

「うちの知り合い、常識なんて通用しませんから……っと、丁度連絡が入りましたね」

 

 アスベルの持つARCUSⅡに通話音が鳴り、スピーカーモードにして前に掲げた。そこから聞こえてきたのは兵士の悲鳴や物体の破壊音。遅れるようにして、この場にもドンパチやっている音が聞こえてきた。一体何が起きているのかと困惑する一同に対し、更なる乱入者が姿を見せる。

 

「食らいなさい―――ニーベルング・ベルゼルガー!!」

「があっ!?」

「ぎゃああっ!?」

「え……ガレスたちを一撃?」

 

 高台からオーレリア将軍やミュゼを狙撃しようとしていたガレスや兵士たちをたった一撃で吹き飛ばして戦闘不能にしたことに、シャーリィは珍しく引き攣った様な笑みを見せていた。すると、その当該人物―――ロッジで出会った人間とは別の薄茶髪の女性は、気付けば小型艇の上に立っていて、飛び降りるようにして優雅に着地した。

 

「アスベル! やっと会えたよー」

「レイアか。出会い頭に吹き飛ばしてきたのは評価するが……他に誰がいる?」

「今は列車をクルルとスコールが対処してるよ。それに、もう一人」

 

 レイアの言葉の後に続く形で姿を見せた女性。それは、アスベルにとって大切な人であり。背中を預けるに相応しい人物であった。

 

「アスベル……」

「シルフィ……再会を喜ぶのは、ひとまず保留だ」

「ええ、そうね」

 

 ガレスたちを吹き飛ばした女性―――レイア・オルランドと、ワインレッドの髪を持つ女性ことシルフィア・セルナート。アスベルにとっては頼れるパートナーであり、大切な人たち。気持ちを切り替えるようにして、ユウナ達に声を掛けた。

 

「ユウナ、クルト、アルティナ、アッシュ。呆けてないでやるべきことをやるぞ! 敵対する連中全員を追い払う! 総員戦闘準備!!」

「は、はい!」

「分かっています!」

「承知しました!」

「そうだな、目の前にいる連中を全員とっちめねえとな!」

 

 アスベルはブレイブオーダーを起動し、全員の闘志を高める。すると、そこに協力を申し出たのはウィッグを外して銃を構えたミュゼだった。更には、オーレリア将軍も大剣を構えていた。

 

「見出した可能性、ここで潰えさせるわけにはいきません。トールズ士官学院・特務科<Ⅶ組>、ミュゼ・イーグレットとして!」

「憲兵少佐殿は引き受けよう。さて、反撃開始と行こうではないか」

 

 アスベルを起点として高まる闘志。それは最早、“星杯”での影響を完全に払拭するほどの高まりと言っても過言ではなかった。

 

「っ……各員、戦闘態勢! その勢いがはったりじゃないことを証明してもらおうか!」

 

 負けじと号令を掛けるセドリック。この時点で、彼が素直に退くという選択肢を取っていれば、まだダメージは少なかったかもしれない。尤も、力に執着する今の彼にそこまでの深慮ができるかと言われれば、極めて難しいと言わざるを得なかったかもしれない。

 レイア・オルランド、シルフィア・セルナート、そしてアスベル・フォストレイト。彼らが元の世界でエレボニアの大軍相手に単独で無双した実力を、敵はその身を以て体験する羽目となることなど、その時は誰も知る由がなかった。

 

 

次回「セドリックの敗北」にレディー、ゴー!(某機動武闘伝風次回予告)


 
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