No.100804

真・恋姫†無双 董卓軍 第三話

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
一部オリジナル設定あり。

はい、嘘つきが通りますよ~。リフレッシュ休暇ってなんですか。詳しくは前話のコメにて。
さて、これで洛陽編は終わりです。あとは後日談を残すのみ。

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2009-10-13 19:19:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:7889   閲覧ユーザー数:6193

「こっちでいいの? 朱里ちゃん」

「はい、指定された区域はこちらであってます」

 洛陽、その区画の一部。そこは洛陽とは思えないほど荒れ果てている区画。先の十常侍と何進の対立の時に激しい抵抗があった場所。ここに住んでいる者はほとんどいない、董卓により仮設住宅、と行っても天幕をも少し住みやすく改良した程度の物だが、が提供されそちらに移動している。そして、まだ復旧が行われていない。

 そんな場所を劉備一行はある物を探してさ迷い歩いていた。

「しかし、ここが洛陽だとは思えませぬな」

 反董卓連合の一部、劉備軍、曹操軍、孫策軍は無事に洛陽へと到着していた。途中で董卓軍の攻撃はない。攻撃どころかその姿すら見る事は無かった。

 それは予定されていた事。劉備たちは先にその事実を知っていた。だからこそ数人の供だけを連れてこの洛陽を出歩いている。だが、もし襲撃者がいたとしてもこの一団に勝てる者はそうはいないだろう。劉備の脇を固めるのは関羽、張飛、趙雲、そして諸葛亮。一騎当千の武将が三人、そして神算鬼謀の軍師が一人。鳳統のみ、劉備軍の統率のためここには居ない。この一団に勝つにはそれこそ一軍を持って当たらなければならないだろう

「そうだね、ここも早く直さないとね。でも誰が直すんだろう……洛陽って誰が統治するのかなぁ、反董卓連合の盟主の袁紹さん?」

「袁紹ごときにくれてやるにはちと勿体無い都ですな。それならばいっそのこと桃香さまが……」

「えー、無理無理。私になんか治められないよ」

 関羽の言葉に慌てて手を振り否定する劉備。

「ですが、桃香さまの夢を実現する為にはこれほど条件の良い都は他にございません」

「んー、無理だと思うけどなぁ。そんなことより、北郷さんに指示されていたものを探しましょう。この区画にある井戸の中を探せって事だったけど、その井戸がどこにあるのか……」

 劉備たちが探しているのは井戸。だが、正確な井戸の位置は指定されていない。この荒れ果てた区画にある井戸のどれか、としか指示は無かった。

「そうですな、瓦礫が多くて井戸がどこにあるのやら……桃香さま、どうしました。一人で行動して何かあったらどうします」

 関羽が慌てて止める。劉備は一人ふらふらと路地の奥へ向かって歩こうとしていたからだ。

「いや、なんかね。こっちから呼ばれている気がするの……声、じゃない。でも、呼ばれているの」

 劉備は関羽の制止を振りきり、さらに奥へと進んでいく。仕方なく、関羽は辺りに注意しながらそれに続く。張飛や趙雲も同様だ。

「……次はこっち?」

 まるで何かに導かれるように、劉備は歩みを進める。それは何の迷いも無い歩み。

 三度角を曲がった先で、少し開けた場所が見えてくる。

「ここ、なのね。私を呼んでいるのは……」

 一見瓦礫の山にしか見えない場所。だけど劉備だけは確信を持ってここだと言う。

 関羽や張飛たちに戸惑いの表情が浮かぶ。劉備の行動に慌てさせられたのは初めてでは無い。だけど、これほど不自然な行動をしたのは初めてだ。

 だが瓦礫の山を注意深く見ていた諸葛亮だけがそれに気付く。

「ちょっと待ってください。あれって井戸じゃありませんか?」

「なにっ?」

 他の三人も瓦礫の山を注意して見る。瓦礫の山に隠されてはいるが、確かにその中央に井戸らしき物が見える。だが、それは注意して見れば、という条件がつく。諸葛亮でさえ危うく見逃すところだったのだ。だが、劉備だけはそこに井戸がある事がわかっていたように移動していた。

 どういうことだ、劉備を除く四人は戸惑いの表情を浮かべる。

「ほら、井戸があったんだから確認しないと」

 そんな四人を気にする事なく、劉備は瓦礫をどかそうと作業を始める。小さい石からゆっくりと取り除いていく。

 その姿を見て、ハッと正気に戻る。

「桃香さま、その速度では日が暮れても井戸まで辿りつけませんよ。こういうのは我らに任せてくれればいいのです」

 そこからの作業は早かった。関羽、張飛、趙雲は体の大きさ以上の瓦礫を苦もなく取り除いていく。

 井戸がその姿を取り戻すのにそう時間はかからなかった。もちろん、井戸の中にも瓦礫は入り込んでしまっていたが、潰れることなく残っていたのは幸運だろう。

「この中……ということか。よし、私が見てこよう」

 そう言って関羽は井戸の中へ降りようとする。だが、数秒もしないうちに帰ってきた。

「愛紗ちゃん、どうだった?」

 関羽の手には何も何も無い。ならばこの井戸では無いという事なのだろうか。

 だが、関羽は顔を赤らめて言う。

「いや、その途中までは降りれたのですが……その……少々手狭と言いますか……」

「ほう、つまり尻がつっかえて下まで降りれなかったと」

「星っ!」

 関羽が剣を抜く。いや、すでに抜ききっていた。だが、趙雲の姿はすでにそこにはなく、ただ空を切ったのみ。

「にゃははっ、なら鈴々がいくのだ。愛紗よりお尻のちっちゃい鈴々なら大丈夫なのだ」

 星というのは趙雲の真名。そして鈴々というのが張飛の真名。ここでは真名を呼び合う間がらの者しかいない。

「鈴々まで……」

 落ち込みを見せる関羽。

 それを見て、誰からともなく笑いがこぼれる。

 張飛が井戸に入ってから数分。拳大の袋を抱えて戻ってきた。

「こんなのがあったけど、これが目的の物なのか?」

「そういえば、何を探しているのですか、我々は」

 張飛の言葉に続く趙雲の問いかけ。

 だがそれに答えられる者は居ない。北郷の文にも詳しい事は書いてなかった。それが見つかれば探している物だと気付くとしか書かれていなかったのだ。

「開けて見る、しかないよね」

「そうですな」

 張飛から袋を受け取った劉備はゆっくりとその袋を開けていく。だけど劉備だけは確信していた。袋を受け取った時に、これがそうなのだと実感できた。だから何が入っているのかわからない袋であっても、開ける事が怖くはなかった。

 その瞬間、袋の中から溢れんばかりの光が視界を遮る。その光はまっすぐに天へと昇っていく。

「な、なんだ?」

「妖術の類か!」

 関羽や趙雲は辺りを警戒する。

 しかし、劉備だけはその光に温かみを感じていた。まるで失った半身が戻ってきたかのような感覚。これを持ってやっと劉玄徳は劉玄徳になれるのだという、そんな感覚を。

 光が収まる。袋の中から出てきたのは龍を象った印。

 その重要性に真っ先に気付いたのは諸葛亮だった。

「桃香さま、それってまさか……でも、そうとしか……」

「どうしたのだ、朱里。そんなに慌てて」

「愛紗さん、だってこれ……ううん、そうに違いない。これって玉璽ですよ!」

「えーーーーーーーっ」

 諸葛亮、真名は朱里、の言葉に、他の物は驚きの声を上げる。劉備ですらも。

「だって、玉璽って言ったら帝の持ち物でしょ。それがなんでこんな所に……あっ」

「どうしました、桃香さま」

「すっかり忘れてた! 私反董卓連合に伝えないといけない事があったんだ!」

 オロオロとする劉備の姿。だが、他の四人には何の事だかわからない。

 

「安心しなさい、牢獄に繋がれていた郭汜から帝が亡くなっている事は確認しているわ。董卓軍が手を下したのではないという事もね」

 その場に、新たな人物が現れる。曹操だ。供として、青い髪の弓を持った武将を連れている。

「えっ、帝が亡くなっているって本当なんですか?」

 反応を返すのは諸葛亮。

 その反応に、呆れた口調で曹操は言う。

「劉備……あなた、自分の配下にも伝えてないの?」

「あはは、その……すっかり忘れてました」

 テヘッと舌を出す。

「曹操、こんな場所に何をしにきた!」

 関羽は、いや関羽だけでなく張飛や趙雲も劉備と曹操の間に割って入る。劉備を守る為に。

「下がれ! これは私と劉備の問題だ!」

 一気に膨れ上がる気に、三人は怯む。関羽や張飛、趙雲といった豪傑が怯むほどの気。それはどれほどの物であろうか。どれだけの覚悟があれば発せられるのであろうか。

「先ほどの質問には答えましょう。地上から天に向かって光が上がった。それを確認しに来るのは当然の事じゃない」

 半分は嘘だ。曹操は劉備を探していた。北郷が何をさせようとしているのかが気になっていたから。そんな折に光が天へ向かって上っていった。それこそが北郷の言っていた『舞台』だと気付いた。だからここへ着た。

「玉璽……か。まさかこんな所にあったとはねぇ。それで劉備、あなたはそれをどうするの?」

「どうするって、これは帝の持ち物だから返さないと……」

「劉備! あなたは聞かされているはず。そして私もさっき言ったわよね。帝はすでに亡くなられていると。誰に返すというの」

「えっ、でも……だって……北郷さんの文にも何かがあるから井戸を探せとしか……」

 曹操は脇にどかされている瓦礫に目を向ける。それは人の手によってどかされたもの。ならばこの井戸は隠されていた。それを見つけだし、中から玉璽を取り出した。時間的に考えてしらみつぶしに探していたのではない。ならば知っていた……けど、それはありえない。董卓軍ですらその所在は掴めていなかった。ならば劉備は己の才のみでここに辿り着いた。曹操は一瞬でそれを理解する。そして北郷がなぜ劉備を選んだのか、わかった気がした。

 いや、曹操自身も気付いていたではないか、劉備の隠された能力を。育てば必ず敵として自分の前に立ちふさがる、だからこそ関羽を激昂させて間接的に劉備の命を狙ったのだ。

「改めて聞くわ。劉備、あなたはそれをどうする」

「……」

 だが劉備は答える事が出来ない。うっすらと感じてはいる、だけどそれを口にする事は出来なかった。

「ならば、諸葛亮。今この時点で劉備が玉璽を手に入れた。それは何を意味する」

「えっ……それは……」

 諸葛亮の思考が高速で回転する。そしてその答えはすぐに導き出された。

「桃香さまが帝になる。それは天が導いた事」

「ほう、流石は諸葛亮。それがわかるか」

「朱里ちゃん、私が帝になんて無理だよっ!」

 慌てた口調の劉備。

 だけど、諸葛亮は落ち着いて言葉を続ける。

「いえ、全ての条件が整ってしまうんです。天・地・人の全てが……」

「えっ、どういうこと?」

「まず天、帝が亡くなられているこの時期に、地、この洛陽という都で玉璽という証を持った、人、中山靖王劉勝の末裔である桃香さまが帝につく」

「そうね、そして反董卓連合であなたは名を上げている。実力を示している。誰も文句をいう者はいない。いや、この曹操が言わせない。例え袁紹や袁術が相手になろうとも」

「でも……私にはそんな大役……」

「はっ、劉玄徳が目指していた物はその程度か」

「なっ」

「今、帝になればこの大陸を……この大陸に住む全ての者をその庇護に置くという事。それはあなたの望むべき民衆を助けるという事になるのではなくって」

「それはそうですけど……ですけど、帝になるということは……」

 確かに曹操の言うとおりだという事がわかる。今帝になれば、一足飛びで目標は現実へと近づく。だけど、その一歩が劉備は踏み出せないでいた。

「そう、その覚悟がないの。ならばこの曹操の傀儡になりなさい。あなたはただ椅子に座っていればいい。帝という椅子にね。あとはこの曹孟徳が全てをしてあげる」

「…………」

 返事が出来ない。わかっている。答えなければいけない事はわかっているのに、劉備は口を開く事が出来ない。

「劉玄徳! 今あなたが帝につかなかったらどうなるか。それを想像しなさい! 誰が国をまとめる! 誰が民衆を守る!」

「それは……」

「ここまで言ってもわからないか! 劉備、あなたは自分がどれだけ恵まれているのかわからないのっ! その立場になりたくてもなれない者が何人いると思っているのっ!」

 声が荒げられる。それは心からの声。魂からの声。

「これじゃあ、何の為に北郷が負けたかわからないじゃない! 何の為にあの人が身を引いたと思ってるの! あなたなら、あなたとその周りにいる者に、そしてこの曹孟徳とその周りにいる者になら出来ると、そう信じてあの人は託したのよ!」

 曹操の言葉は続く。堰を切ったかのように。

「あなたには出来る? この曹操の前に丸腰で出てくる事が。私の気分次第で命を落とす、そんな状況にあなたは出てこられる?」

「華琳さま」

 そんな曹操の肩に手を置いて気持ちを静めるように促す。曹操がつれてきた将だ。

「っ、確かに今のは私らしくないわね」

「はい、ですがそれが必要だったとは思います。それが華琳さまの為にもなると」

 その言葉に、曹操は落ち着きを取り戻す。

「ありがとう、秋蘭。さあ、劉備。あなたはどうするの。返答次第では私は……私は天下へ向けて歩みを進める。それがこの曹孟徳の進む道。だけど、あなたに覚悟があるというのならこの曹孟徳が補佐をしてあげる」

「曹操さん……」

 その熱意が伝わったのか、劉備の顔に浮かぶのは真剣な表情。

「あー、無理強いするつもりはないよ」

 そしてそこに現れる更なる人物。それは劉備と曹操を驚かせるのに十分過ぎるほどであった。

 

「北郷、なんでここに……」

「ちょっとしたお届け物と、あと頼み事をね。だけどそれは後回しでいいや。今はさっきの話を片付けようぜ」

 そう、俺はちょっとした用事があって霞のみを連れてこの洛陽に戻っていた。だけど、俺には劉備さんがどこにいるかわからなかったので、探し歩いていた。そんな時に目に入ったのは天へと向かう一筋の光。だから直感した、そこに劉備さんがいると。

 それにしても、俺がこの世界に着た時は流星が落ちたそうだし、驚かされる事がいっぱいだ。

「どこから聞いていた?」

 曹操さんからの問い。

「んー、玉璽がまさかこんな所にあったとはね、ぐらいからかなぁ」

 曹操さんの顔が赤くなる。

 はい、さっきの熱弁はしっかりと聞かせていただきました。

「さ、さっきのは単なる気の迷いよ。別にあんたのためにやったんじゃないんだからね!」

「はいはい、でもありがとう。曹操さん」

 これはあれですか、ツンデレですか。って、ツンデレって言葉もないんだろうな。でも、存在自体はこの時代にはすでにあったと。奥が深いな、ツンデレ。

「……華琳、よ」

「ん?」

「私の真名。あなたには預けてあげる」

 曹操さんの真名……それを預けてもらえるという事。さっきの熱弁もそうだけど、曹操さん、いや華琳か、に気に入られているらしい。

「わかったよ、華琳。でも、俺は代わりに預けられる真名は持ってないんだ。ごめんな」

 蘭には真名を名乗ってもらうようにしたけど、俺もなにか名乗った方が良いのかなぁ。でも、想像できないんだよな、別の名前で呼ばれる事が。それは多分育った環境の違い。

「べ、別に良いわよ」

 そう言いながら、顔を横に向ける華琳。どうやら照れているらしい。なんだ、華琳も年相応の表現が出来るんじゃないか。

「さてと、それじゃあ、さっきの話に戻りますか。劉備さん、俺は強制するつもりは無い。劉備さんが考えてくれていい。いや、劉備さんの意思で決めてくれ」

「ちょっと、北郷。それじゃあ、あの約束は!」

 俺の言葉に慌てて反応したのは華琳だ。そう、華琳とした約束。それは劉備さんが帝となり華琳がそれを補佐する国の行く末を三年見守る事。だからここで劉備さんが帝にならなかったら約束は破られる事になる。そして賭けていたのは俺の命。

「約束?」

「ああ、劉備さんには関係無い事だよ。気にしなくて良い」

「なっ! だってあの約束では……」

 俺は慌てて華琳の口を塞ぐ。

 聞かせるわけにはいかない。聞かせる事は劉備さんに強制する事になる。だから、俺と華琳の約束の事は知られるわけにはいかない。

「私に出来るんでしょうか……」

 ポツリと呟くような声。

「劉備さんは一人で全部するつもりかい?」

 それは華琳にも投げかけた言葉。あの時はもっと強く。

 だけど、劉備さんの返答はわかっている。

「いえ、そんなつもりはありませんし、出来るとも思っていません」

「なら答えは出ていると思うけど?」

 見えるのは逡巡。だけど、悪い方向へ向かうものでは無い。

 だけど後一押しが足りない。そう思う。

「俺が思うに、劉備さんの一番の才能って誰とも仲良くなれる事だと思う。もしこの大陸全ての人が仲良くなれたら、それはきっと素敵な事だよね」

 劉備さんの中ではもう答えが出ている。だから俺はそれを口に出来るように、そっと背中を押してあげる。

「……わかりました。私が……劉玄徳が帝になります。だから力を貸してね、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、星ちゃん、朱里ちゃん」

 劉備さんの決意の言葉。

 そしてそれを肯定する返事。

「もちろんです」

「わかったのだ」

「全てをかけて」

「はい」

 そして劉備さんは華琳へと向きを変える。

「曹操さん、私に力を貸してくれますか」

「その道が間違っていないのならば、ね。それに劉備軍に全てを任せるつもりは無い。この曹孟徳も、曹操軍も力の全てをこの大陸の為に使おう。だから劉備よ、私が間違っていると思ったら正して欲しい」

「もちろんです!」

 二人は固い握手を交わす。

 さてと、これで問題は解決したわけだ……って、俺の用事を忘れていた。

 

「さて、それじゃあ、劉備さんの決意が固まった所でこの話はお終い。段取りは華琳や諸葛亮に任せていいよな。というか任せる。流石に帝になる手順とかわからないし……」

「任せなさい。事前にいくつか細工もしないといけないしね。まずは大々的に噂を流さないとね。帝が亡くなっていた事、だけどそれに代わる人物が居る事、そして劉備が帝にどれだけ相応しいか、天に導かれた存在かという事をね」

「頼むよ。さてと、ならこちらの用事を済ませるとするか。霞」

「はいよっ」

 俺の後ろに控えていた霞が歩み寄ってくる。手に持っているのは一つの武器。虎牢関の戦いの時に預かっていた関羽さんの武器、青龍偃月刀。

「関羽さん、預かっていた物を返しにきた」

 ちなみになぜ霞がいるかというと、俺の護衛という事もあるのだが、俺には青龍偃月刀を持ち上げる事すら出来なかったからだ。なんでこんなに重い武器を片手で軽々と振り回せるのか不思議だ。

「おう、すまん。やはりこれがないとな……ん? 何か違うような……」

 それを受け取るなり、一振り。だけどどこかしっくりこないのか、関羽さんは怪訝な表情を浮かべている。

「あっ、バレてもうた」

 そして霞のがっかりした声。

 なんだ、何があったんだ。

「実はな、それはウチの飛龍偃月刀やねん。関羽の青龍偃月刀はこっちや」

 改めて関羽さんの元へと放り投げられる偃月刀。

 確認する為にさらに一振り。今度はしっくりきたのか、納得した表情を浮かべている。飛龍偃月刀は霞の元へと返される。

「霞……」

「だって、本物が欲しかったんやもん。ウチの飛龍偃月刀はな、関羽の青龍偃月刀を真似して作ったもんやねん。本物が手に入るならそれに越した事は無いやろ?」

 納得できるような納得できないような。だけど、こっそりと入れ替えようとしていたとは……。

「実は関羽の噂は前から耳にしていたねん。おっそろしく強いっちゅう噂をな。だから憧れもしていたねん」

「張遼ほどの武将に憧れられていたとは、光栄だな」

「うんうん、だから戦場で戦うのを楽しみにしてたんやけど、今回の戦では別の役目があったり、関羽が青龍偃月刀を持っていなかったりとで戦う機会がなくってなぁ」

 そんな事考えてたのかよ。もし関羽さんに青龍偃月刀を持たせて劉備軍に戻していたら一騎討ちをしていた可能性があったのか。そんな事になったら計画に支障が出ていた。危ない危ない。

「別に今でも構わんぞ」

 関羽さんの一言で雰囲気が一変する。

 ここで戦うとか無いよな。そんな不安が沸いてくる。

「……なんやて」

「お互い自分の得物を持っているのだ。場所などどこでもよかろう」

「ええな、めっちゃ楽しそうやわ……だけど、今は無理や。お互いやる事がある。今は足を止めている時期やないしな」

 ふぅ、連れてきたのが霞で良かった。こういう所ではきちんとわきまえてくれる。これが恋だったら気にせずに戦っているだろうし、蘭も挑発を受けたら行動に移しそうだ。いや、でも霞じゃなければこんな状況にはならなかったのか。だったら霞を選んで失敗だったのか。まぁ、回避されたんだし良いか。

「これで用事の一つはすんだ。それと頼み事がもう一つ。えっと馬超は一緒じゃないのか」

 劉備さんの周りにいて俺が見た事ないのは三人。だけど、その三人のうち将は張飛、趙雲だと霞から説明を受けているし、もう一人の少女は先ほどの曹操との会話で諸葛亮だとわかっている。

 できるなら直接頼みたかったのだが、居ないのなら仕方がない。最悪、劉備さんの権限でどうにかしてもらうしかない。

「翠がどうかしたのか?」

 関羽さんの言葉。

 翠、馬超の真名だろうか。しかし、この世界は許されなくては真名で呼ぶ事はいけないと言いながら、そこかしこで真名で呼びあっている。矛盾を感じる。

「いや、董卓の統治していた地を馬騰に治めてもらおうと思ってさ。このままだと、董卓に反感を持つ者が攻めてくるかもしれないから」

「えっ、でも今の状況を作ったのは董卓軍とは違うじゃないですか。それを説明すれば……」

「劉備さん、それは違う。例え何があったとしても董卓軍と反董卓連合は戦った。その事実は消えはしない。反董卓連合の諸侯の中には董卓軍に対する恨みを持つ者もいるだろう」

 特に袁紹や袁術は直接被害を受けた。劉備さんや華琳とは立場が違う。

「だけど、董卓軍は悪くないじゃないですか」

「そう、董卓軍は悪くない。そして反董卓連合も悪くない。お互いがこの大陸の為になると思って激突して……そして董卓軍が負けた。勝者の権利を振りかざそうとする連中がいるかもしれない。それを防ぎたいのさ」

 正義だとか悪だとか、そんなのは立場によってすぐに変わってしまう。だけど、それによって人々が生活出来なくなるのなら、それは防がなければならない。

「でも……董卓軍が負けたのだって……」

「結果が全てなんだよ。董卓軍は負けた。その事実はなくならない。だけど、これ以上の被害は出さないで欲しい。口実とするなら戦功を立てた馬超に対する報酬としても良い」

「けど……」

「董卓軍は必要悪として存在した。それが全てだ」

「劉備、もうおよしなさい。北郷は平和な世の中を作る為に負けを選んだ。そしてその平和な世の中を作る為の力は私たちへ受け継がれた。袁紹や袁術ではなく、私たちを選んでくれた」

 俺の言葉を曹操が補ってくれる。

「董卓軍はどうするんですか?」

「すでに軍としての董卓軍は存在していないよ。虎牢関から引いた後、何部隊にも分けて分散し、最終的に故郷に帰るように手配してある……帰れる場所があるってのは幸せな事だと思う。だから劉備さん、その場所を守ってくれ」

「……わかりました、董卓さんの領地については馬超さんと相談します。その結果が上手く行かなかった場合は、私と曹操さんでなんとかします」

「そうか、ありがとう」

 これで全てが終わった。董卓軍として拾われた北郷一刀のやるべき事は全て。

「それで、北郷さんはどうするんですか。いえ、北郷さんだけじゃありません。董卓さんや呂布さん、董卓軍に所属していた将は……」

 あー。やっぱりそこに気付くか。出来れば気付かれずにお別れをしたかったんだけど。

「……表舞台に出るわけにはいかないでしょうね。でもなんとかなりますよ。だって、関羽、張飛、趙雲の三人相手に渡り合える呂布や、周瑜と対等に戦える軍師の賈駆。それに張遼や華雄もそこいらの武将には負けませんし、陳宮もいます。そしてそれらの人物が守ろうとした董卓……董卓はあなたに似て人を惹きつける魅力を持ってます。だからなんとかなります」

 なんとかなる。気軽に考えているけど、なんとかするのは俺の役目。もちろん力は貸してもらうけど、この状況を作り出した俺が率先して動かなければならない。

「さて、敗軍の将が長い事ここに居るわけにはいきません。そろそろ退散させてもらいます」

「また……会えますか?」

「どうでしょうね。この大陸は広い。本当に広い。それはこちらに来てそんなに時間の経っていない俺でも実感出来る事です。だから一度はぐれてしまえばもう会えないかもしれない。ですが、劉玄徳が帝として存在する限り、どこに居ても見させてもらいますよ。そして俺の……こんなにちっぽけな俺の力でも必要だと感じたらまた現れるかもしれませんね。だけどその時は帝の地位を狙う者になっているかもしれませんけどね」

 そういって微笑みで返す。

「わかりました。なら私はいつも見られている事を意識して……この大陸を平和にします、必ず。だから、この大陸が本当に平和になったと感じたら遊びに来てください。いえ、遊びに来なさい。これは帝としての最初の命令です」

 まだ帝にはなっていない劉備さんの言葉。もちろんそれに強制力はない。だけど、そんな時が来たのならひょっこりと顔を出すのも悪くないかもしれない。

「北郷、約束忘れてないわよね」

 立ち去ろうとした俺に声をかけたのは華琳。約束の内容を口にしないでいてくれるのは助かる。あれは俺と華琳だけの約束。月や詠、他の皆にも伝えてはいない。

「わかってるよ。そっちこそ、劉備さんの補佐頼むよ」

「さあ、どうかしらね」

 返ってきたのは妖しい笑み。

 だけど、俺の脳裏には劉備さんの補佐として忙しそうに働く華琳の姿が浮かぶ。それはきっと現実になるという予感と共に。

 そして俺は劉備さんや華琳に背を向けて一度だけ手を振る。たった一度だけ。

 

 風の噂で劉備さんが帝になり、華琳がその手腕を振るっていると聞いたのはしばらく経ってからの事だった。


 
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