それはある日の放課後、弦二郎さんと分かれて校内の巡回に向かう途中のことだった。
「……」
今、俺は少し困った状況に陥っていた。
「ふっふっふ」
「むふふ~」
「うふふ」
(……どういう状況だよ、これ)
目的地に向かって歩いている途中、突然目の前に3人の生徒が立ち塞がってきた。
しかもこちらを挑発するかのように、不敵な笑みを浮かべている。
新しく入った新入職員へのいびりとかそういう類だろうかと頭を捻らすけど、就職してからそこそこ日が経ってるし、新人いびりというには少し遅い気がする。
無視して行こうかとも考えたけど、彼女達がわざわざ俺の前に現れたってことは何か用があるのだろう。
ここで素通りしてやり過ごしても、何度もこんなことが起きるかもしれないし、だったら今のうちに用件を聞いてしまった方が早い。
「……えっと、俺に何か用かな?」
「用があるか、ねぇ。まぁ、ないわけでもない気がするけど」
「あることもあるかもしれず……」
「やっぱり、無いかもしれない?」
「しかし、本当はあったりする!」
「……なんなんだよ、もう」
言ってることがさっぱりだ。
これはやはり新人いびりなのだろうか、焼きそばパン買って来い的な。
小鳩さんのいるこの学校で、そういうことがあるとは思いたくないけど。
「まぁ、冗談はさておき。私たちは貴方に言いたいことがあってきたのよ」
冗談だったんだ、さっきのわけのわからない言い回し。
最近の若い子の冗談は、俺にはよくわからん。
「……で、言いたいことっていうのは?」
「話は聞いてます。貴方が高松直樹さんですよね?」
「まぁ、俺以外に同姓同名がいなければ、確かに俺がそうだけど」
「生憎と、この学校に高松直樹と言う名の人は、貴方以外にはいません。まぁ、わかってましたけど。一応、確認のためです」
「……はぁ、さいですか」
3人のうち真ん中に立っていたショートヘアの子、恐らくこのメンバーのリーダー格だろうか。
その彼女が一歩前に出て……。
「おっと、まずは自己紹介ですね。私の名前は三宅ヒデコ!」
「私は山本フミコ!」
「原紗ミカでーす!」
「「「三人そろって、オフィシャルファンクラブ! μ’s応援し隊!!!」」」
ポニーテールの子とおさげの子も含めて、3人そろって声高々に宣言してくる。
しかも、微妙にポーズまで決めて。
これがテレビだったら「ババーン!」とでも効果音がなる場面だろう。
そんな自己紹介? をされた俺はというと、どう反応すればいいかわからず、呆然としてしまってる有り様だ。
(……とりあえず、なんだ? 応援し隊? オフィシャル?)
「私たちはμ’sの最初のファン! 始まりの3人! 彼女達が活動を始めた初期から、その裏方として色々とサポートに徹してきて、今では彼女達公認のファンクラブのようなものになってるわ!」
“ようなもの”って何さ。
というか、この学校ってファンクラブまであるのか。
同じ学校内でファンクラブができるなんて、二次元の世界だけの出来事だと思ってた。
「松岡さんもμ’sのファンになったようだけど、貴方が一番最初じゃないということを覚えておいてくださいね! 一番最初のファンはこのヒデコよ!」
「私、二番目!」
「まぁ、私は三番ってことにしておきますけど」
「ふふふ、そういうことです!」
「……お、おう」
ヒデコ、と名乗った子がなぜか勝ち誇ったように言う。
ほんとになんでこんなことになってるんだと、若干脱力してしまう。
(てか、俺がファンになったってなんで知って……あぁ、あの屋上の時の事か)
数日前に屋上で、高坂さん達と会った時のことを思い出した。
自分ではそんな気はなかったのだけど、あの時俺は彼女達のファンということになってしまった。
高坂さんの勢いに乗せられたような気はしなくもないけど、特に不都合があるわけでもないとそのまま流したのだ。
この子達はあの場所にいなかったはずだけど、仲がいいみたいだし多分彼女達の誰かから聞いたのだろう。
「他にも彼女達のことを応援してる子はいるけど……まぁ、それはさておき! 今なら特別に、オフィシャルファンクラブの一員という名誉を貴方に!」
「……えぇと、つまりこれは勧誘的なやつ?」
「えぇ、そう受け取ってもらって構わないですよ」
「……俺、用務員で生徒とかじゃないんだけどなぁ」
そういうのは、同じ学生同士でやるものじゃないだろうか。
教師でないにしても、学校の職員をファンクラブに入れるのはどうなんだろう。
「そこんところは大丈夫! 別に会員になったからって、あれこれ強制するつもりはないですから。
私たちが勝手にやってるだけで部活ってわけでもないし、時々活動に参加してくれればそれで十分ですよ。といっても、その活動だって別に毎日してるわけじゃないんですけど」
「みんながライブする時に準備を手伝ったり、時間があるときに彼女達の作った曲を宣伝して回ったり……それ以外は、適当にいろいろ駄弁ったりしてますね」
「駄弁るとかいわない! 有益な情報交換の時間を作ってるだけよ!」
「おっと、そうだったわね。それと今ならなんと、μ’sの曲が収録されてるCDをプレゼント中」
「しかもしかも、まだ未公開の曲も入っているんですよ!」
なお、ちゃんと彼女達の許可は得てCDの配布は行ってるらしい。
なんでそんな無駄に根回しが行き届いてるんだか。
(……それにしても、どうしたものか)
俺としてはアイドルとかにそれほど興味があるわけでもなく、ファンということになってはいても、ファンクラブに加入してまでというほどでもないし。
それに用務員の仕事を始めたばかりで、まだまだ不慣れなところもあるのが現状だ。
そんな中でファンクラブに入ったら今よりもっと忙しくなって、大変になるんじゃないかという懸念もある。
(……んー、とはいえ、別に活動とか強制じゃないみたいだし)
「まぁ、俺も仕事で忙しいから、あんまり参加できないだろうけど。それでもよかったら?」
「……え? ま、マジですか!?」
「マジだけど……いや、なんで君が驚いてるのさ」
俺の言葉に、何やら予想以上に驚いた様子を見せた三宅さん。
自分から誘ってきておいて、それはないんじゃないだろうか。
「あ、いえ。なんだか簡単にOK貰えたから、少し……」
「おー、まさかの展開。片桐先生なんて、速攻で拒否してきたもんねぇ」
「うんうん」
どうやら他の先生方にも声をかけているようだ。
なんとも熱心なことだ。
「と、とにかく! そうと決まったらこれからよろしくお願いしますね!」
「はい! これが入会特典の、μ’s未公開曲のCDでーす! ポロリはないよ!」
「あぁ、ありがと。それとポロリはいいから」
鞄から取り出した1枚のCDを渡してくる。
受け取ってみると、それは市販されている安物のCDとケース。
その表面には手書きで“μ’s未公開曲第1弾!”と書かれており、その下に入れられている曲のタイトルが3つ並んでいた。
(……もしかして、全部この子達が書いてるのか?)
バッグの中にどれだけのCDが入ってるのかはわからないけど、彼女達の張り切り具合からして5枚や6枚じゃないだろう。
流石はことりちゃん達のファンクラブを自称するだけはある、といった所なのだろうか。
「とりあえず、俺はこれで失礼するよ。まだ仕事が残ってるからね」
「あ、そうだったんですか。ごめんなさい、こんなところで呼びとめて」
「……まぁ、ビックリはしたけどね。別に気にしなくていいよ」
これは本心だ。
むしろこんな真剣な彼女達に対して、少しでも新人いびりなんじゃないか? なんて変な想像した自分が恥ずかしいくらいだ。
……たとえ、あんなよくわからない登場の仕方をされたとしても。
「それじゃ、彼女達もそうだけど、三宅さん達も頑張りすぎないように気をつけなよ? それで体壊したら大変だからね」
「わかってますって。アイドルもファンも、体が資本ですからね! それと、呼び方はヒデコでいいですよ。同じμ’sのファン同士なんですし、もう少し親しみを持っていきましょうよ!」
「あ、なら私もフミカで」
「私もミカでいいですよ!」
「え? いや、それは……」
彼女たちの案は、俺にとって少し考えさせらえるものだった。
職員が初対面の生徒を名前呼びというのは、少し馴れ馴れしくはないだろうかと。
ここに来てまだそんなに経ってないこともあるのだろうけど、生徒と教職員の距離感というのが、まだいまいちわからないのだ。
……ことりちゃんのことを名前で呼んでて、今更かもしれないけど。
「そんなこと気にしなくてもいいですって、私達の仲じゃないですか!」
「いや、どんな仲だよ」
「えーと、同好の士でしたっけ? そんな感じのやつですね」
「なんか深い繋がりがあるみたいでいいね!」
「あの、やめてくれない? なんか聞く人によっては誤解受けそうな、そういう微妙な発言はやめてくれない?」
彼女達とのやり取りに、はぁっと深いため息が出てくる。
俺が気にし過ぎなだけなのだろうか。
「さしあたって、松岡さんの呼び方も決めないとね」
「……は?」
三宅さんの言葉に、意味が分からずポカーンとしてしまう。
呼び方? 俺の?
「えっと、普通に苗字読みとか、もしくは名前呼びでいいんじゃないか?」
「えー? それじゃぁ、味気ないじゃないですか!」
「そうそう!」
3人とも同様に頷いている。
そういうものだろうか、普通でいいと思うのだけど。
「直くんとか?」
「あ、いや、それは勘弁」
年下に君付けされるとか、「それ、なんてプレイ?」って感じだ。
それに“直くん”呼びは、小鳩さんだけで十分だ。
それにしたって、今の年を考えれば少し気恥ずかしさが湧いてくるっていうのに。
「直ちゃん?」
「なおっち?」
「なおなお?」
「きーくん?」
「なおきち?」
「なおっきー?」
「……えっと、な。渾名をつけるのはもういいとして、せめてもう少し普通のにしてくれないか?」
どんどん変な呼び方になっていくような気がする。
というか、俺は彼女たちと同年代の友達かと突っ込みたくなるくらい気安い呼び方だ。
「……うーん、それじゃ……マっさんとか?」
「「それだ!」」
「いやいやいやいや!!!」
原紗さんの出してきた案に、まさにグッドアイディアといった感じで二人が声を合わせる。
だけど俺は、そのどっかの朝ドラに出てきそうな名前に全力で首を横に振る。
「えー? よくないですか、マっさんって?」
「いいよねぇ? マっさん」
「うんうん! なんか呼びやすいというか、どこかしっくりくるというか」
「そりゃ、しっくりくるだろうね! だって、どっかの朝ドラみたいな名前だもの! 絶対、何度かは聞いたことがあるような名前だもの!」
彼女たち自身でなくとも、きっとご家族が見てたりしたと思うし。
興味があるなし関わらず、耳に入っていたらそれは初めて呼ぶ名前よりは呼びやすいだろうし、しっくりも来るだろう。
「それじゃ、マっさん! 時間がある時には、ちゃんと活動に参加してね!」
「むしろ毎回参加して、皆勤賞を目指してみましょう。特に商品とかないですけど」
「マっさんも一緒にμ’s談義しようねー!」
「ちょ、マっさんで決まりなの!? おい、君たち!? ……って、廊下は走るなぁ!」
俺の抗議なんて聞こえていないかのように、彼女達は気持ちのいい笑顔を浮かべて去って行った。
何とも言いようのない気持ちが湧いてきて、小さくため息が洩れる。
「……はぁ。とりあえず、巡回の続きするか」
何とか気持ちを切り替えて、俺が歩き出そうとした。
その時。
「あ、そうだ!」
何か思い出したのか、三宅さんがクルッと振り返ってきた。
「えっと、新任で仕事が忙しいっていうのはわかります。でも少しでもいいから、μ’sの練習も見に行ってあげてくださいね?」
「え?」
「きっと彼女達も、期待してると思いますから!」
「……あ、あぁ。わかったよ」
「ありがとうございます。それじゃ、これで」
そういうと、今度こそ本当に彼女達は去っていった。
「……μ’sの練習か」
まぁ、ファンクラブに入ったんだし、その活動の一環なのだろう。
とはいえ、もともと言われずとも練習は見に行くつもりだったけど。
ことりちゃん達にも応援するといった手前、1度位は顔を出そうと思っていたし。
それにしてもことりちゃん達もそうだったけど、あんなに真剣に、熱心に活動できるところには本当に感心する。
聞いた感じでは会員集めに相当苦労してるようだし、少ないメンバーでも力を合わせてことりちゃん達を応援していこうと頑張っているのだろう。
出来る範囲ではあるけど、俺も少しくらい協力してあげてもいいかもしれないと思えた。
「……おっと、いつまでもボーっとしてられないな」
腕時計を見ると、なんだかんだで結構時間が過ぎていた。
ただでさえまだまだ仕事が遅いというのに、必要以上に弦二郎さんに手間をかけさせるわけにはいかない。
俺は走らないように気を付けつつ、早足で目的地に向かった。
(あとがき)
一お酒好きとして、マッサンは朝ドラの中でも見てて楽しかったですね。
まぁ、だいぶ前なので、内容はあんまり覚えてないですけど。
実は主人公の渾名、以前再放送してるの見てた時に「うちの主人公の苗字松岡だし、渾名マっさんでいいかな」って感じで決まったものです。
結構適当な感じに決められた渾名ですが、まぁ、たいてい渾名ってそんなものですよね。
ちなみに今回出てきました、ラブライブの神モブと名高い3人娘です。
この子達の苗字に関しても理事長の時と同じくらい悩みましたけど、結局中の人の苗字を当てることにしました。
だったら理事長もそうすればいいんじゃね?と思ったんですけど、名前と苗字では重みというんでしょうかね、そういうのが違うんじゃないかなぁという私の心境によるものです。
苗字だったらほら、アイドルマスターのssでも赤羽根Pとか武内Pとか使われてますし。
……まぁ、そんな言い訳です。
あと、本文中に出てきた片桐先生にかんしては、本作における音ノ木坂のオリジナル教師です。
この人に関しては、また別のところで出てきますので、紹介はまたその時にでも。
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4話目です
今後は、文字数5000前後になってくると思います。下手すれば3000とかになることもあるかも?
昔から書いてるはずなのに、いざ頭の中の考えを文字にしようとするとなかなか出てこなくて難しいったらないです。
1万文字近くすらすらかける人ってすごいなぁ。