五胡に対抗する為。大陸に平和をもたらす為。
三国が同盟を締結してより一年。
蜀都・成都にて同盟一周年を記念した大祭典が催されていた。
魏や呉からも周知の武将・軍師が皆参加し、友人との語らいに笑顔が零れる。
――僅かな歪みを見せながらも。
三国会談、恒例の大目玉。
今回の三国同盟一周年記念祭典においても、ある種中心的なイベント。
三国の武将がその覇を競う、武の祭典。
『天下一品武道会』である。
今回は、初日から二日間に亘(わた)って行われる。
まずは初日に行われる予選。一般参加者を含む五十余名から、本戦出場者八名を選出。
翌日に本戦がトーナメント形式で行なわれることとなっている。
各々の得物は基本的に刃・穂先・鏃(やじり)を潰したものを使用する。
事前に申請すれば『三国一の開発王』と称される李曼成こと真桜特製レプリカ(当然刃や穂先は潰して作られている)が渡される(この一年で、三国の主な武将の愛器は既に製造済み)。
弓や鈍器はそのまま使用して良いとされた。
なお、主たる武将からの不参加者は黄忠、厳顔、夏侯淵、典韋、于禁、李典、孫策。
その理由は、黄忠、厳顔、夏侯淵、于禁、李典は別のイベントの裏方管理や準備。
典韋はそれに加えて晩餐の宮廷料理を作る料理人達への采配。
そして孫策は周囲の制止によるものだ。
予選の内容は、成都の街の隣りに作られている闘技場(普段は兵が常駐する兵舎兼修練場)の横に広がる森の入り口(成都からは逆側)からスタート。各人が首から紐で下げている拳大の木札を闘技場まで持ち込めた者、先着八名が予選通過者となる。
無論、木札を紛失・破壊された者は即時失格である。
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予選の中心は約四キロメートル四方の自然の森である。
今、この森の中のとある地点では。
“狩り”が行なわれていた。
森に漂う芳しい匂い。怪しいことこの上ないのだが……これに釣られてしまった獲物が四人ほど。
「……いい匂い」
「うう~、肉の焼ける匂いが……お腹が減ってしまったのだ~……」
「肉~~」
「へへっ、腹が減っては戦はできぬってね~」
恋、鈴々、季衣、猪々子。四人はほぼ同時に、肉を炙る焚き火の元に顔を出してしまった。
「「「「…………」」」」
肉はひとつだけ。四人は視線で互いを牽制し合う。
が、深く考えるのが嫌いな猪々子が突出する。
「いっただきぃ~!」
「「「!!」」」
先手を取られた三人も、警戒しつつ飛び出す。
が。
「どええぇぇぇぇぇ~!?」
足に縄が掛かり、見事逆さ宙吊りになる猪々子。
そして無防備となった懐の木札に飛来した石礫が命中し、割れてしまった。
「わ、罠なのだ!」「罠ぁ!?」
肉の時点で気付こう。鈴々、季衣。
ともかく、石礫の飛んできた方向を向いた鈴々と季衣。
しかし、その足元はもう崩れ始めていた。
「お、落とし穴なのだ~!?」
「ひえぇぇぇぇ!?」
二人とも、ほぼ肩口までしか地面に出ていない状態である(しかも落とし穴の中には泥のような粘度の高い何かが詰められていて、犠牲者の身動きを更に封じていた)。
身動きが取れなくなった瞬間、やはり石礫によって木札は割られていた。
「あぅ~、割られちゃったのだぁ~……」
「やられたぁ……」
「……。気配が消えた」
石礫を放ったものは一旦距離を置いたようだ。
恋だけは運良く落とし穴のない位置に移動していたようで、この罠を潜り抜けたらしい。
のだが……
ふわ~~~~ん(焼ける肉の香り)。ぐぐぅ~~~~~(恋の腹の虫)。
「…………。…………。…………」
ぱくっ!
「……おいしい。……っ!?」
味は普通に兎肉のようだったが……当然、肉にも罠――痺れ薬が盛られていた。
「……あぅ」
痺れが全身に回り、地面に倒れる恋。そこに姿を現したのは――
「ふぅ、狙い通りです! 一時(いちどき)に掛かったので、かなり緊張しました~……」
額の汗を拭う、周泰こと明命である。
「こんな手でごめんなさい。でも、勝負は勝負ですから!」
明命の長刀が一閃。恋の木札も真っ二つとなったのだった。
楽進こと凪は木々の間隙を、身を低くして走り続けていた。
そこへ何かが飛来する気配!
「はっ!」
凪は腕を一閃、手甲『閻王』でもって飛来した矢を弾き返した。
「はっはっは。勝負形式からして、気が急くのは分かるがのう。せっかくの舞台じゃ。氣の使い手同士、一戦いこうではないか」
「……祭様」
木の陰から姿を現したのは黄蓋・祭であった。
一瞬、無視して進むことも考えた凪であったが、百戦錬磨の古強者である祭を相手に無事逃げ切れる可能性は高くないと思い直した。
「そうですね。ここは胸をお借り致します」
「はっはっは!潔し!」
祭は弓を背に背負い、拳を打ち合わせた。その全身には眩いばかりの氣が纏われている。
(なんという発気と威圧感……正に胸を借りる戦いだな……)
「先に言うておくが、おぬしに合わせて素手戦闘しようという訳ではないからの。隙を見せれば、我が矢が射抜くぞ?」
豪快に笑いつつも、全く隙を見せない祭。
「勿論承知しております。――いざ!」
凪は上手相手にも怯まず、先手を取った。
突進から拳打の連撃。ジャブだけでなくフック、アッパー、ストレートも織り交ぜたラッシュだ。
祭は完全な素手であったが、凪の攻撃はほぼ受け流されていた。
(流石は祭様……! しかし、ここまでは折込済み! 本命は――)
右のストレートから間断なく打ち放つ、全身の氣を一気に集中した凪必殺の右回し蹴り――『猛虎蹴撃』!
「はあぁぁぁっ!」
「ぬうぅ!?」
さしもの祭も氣を伴う蹴りの衝撃を流しきれず、防御の上から弾き飛ばされた。
爆発のような土煙を上げて、祭が地面に叩きつけられる。
(どうだ!?)
残心(攻撃後に油断しないこと)して土煙を睨む凪。
そこへ、凪の胸の中心、参加者の木札目掛けて飛来するのは……氣を纏った石礫!
「ッ!」
咄嗟に体をずらして、木札に当たらぬように回避する。
その極々僅かな、隙とも言えぬ隙に、祭は一瞬で凪へ肉薄し――
「ぬうぅん!!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
その上段から振り下ろされた一撃を回避出来ず、凪はその場で地面に叩きつけられる。
先ほどと同じく爆発でも起きたかのような土煙が収まると、地に埋まるかのごとく凪が倒れ伏していた。
「げほっげほっ……参りました。木札も割れてしまいましたし……」
「ふっ。なかなかの功夫じゃったわい。今後も精進せいよ」
「はい。ありがとうございました……」
そこまで言うと、凪はゆっくりと目を閉じた。
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森の中、対峙する少女二人。
蒲公英と焔耶である。
「今回こそ決着つけてやるんだから!」
「こちらの台詞だ!」
振り下ろされる焔耶の金砕棒『鈍砕骨』。
隙を突いて繰り出される蒲公英の槍『影閃』(のレプリカ)。
一撃必殺を旨とするパワー重視の焔耶と、鋭い突きを基本とするスピード重視の蒲公英。
戦闘スタイルからして正反対の二人。
この一年、幾度となくぶつかり合った二人だが、一向に決着は着いていない。
今回も何十と打ち合うが、まだ互いに大きなダメージはない。
「ええい!すばしっこい奴め!」
焔耶は、大の男ですら持ち上げることが出来ない重量の『鈍砕骨』を振り切っても、体勢を崩さず防御へ移行出来る。
故に隙を突いて打ち込まれる蒲公英の攻撃にも全て対応していた。
「このー!しつっこぉーーい!」
逆から見ると、重量故に攻撃パターンがある程度限られる焔耶の攻撃を、スピードに勝る蒲公英はほぼ見切っていた。
かつて二人が出会った頃。
地力という意味では蒲公英は焔耶に劣っていた。焔耶の猪突な精神性を利用して罠などには掛けることが出来るが、真正面からの一騎打ちにおいては勝ったことがなかったのだ。馬上戦ならばともかく。
故にこの一年、彼女は従姉である翠に追いつき、今また眼前に立つ無性に神経を逆撫でするこの焔耶に勝つ為、相当の努力を重ねた。
同じ槍使いである星や翠に比して体躯・腕力など身体能力で劣る彼女が、それを補う為に出した答え――それは一撃離脱を極めた、『蝶のように舞い蜂のように刺す』スタイルだった。
努力の末に身に着けた彼女の戦闘スタイルは、星のスピード性と翠の豪撃を合わせた形へと昇華しつつある。
こうして焔耶とも渡り合う実力を身につけた蒲公英は、スピードにおいては焔耶を圧倒した。
しかし焔耶とて猛将で鳴らした益州の実力者。たとえスピードに翻弄されようとも、隙を見せるようなことはなかった。
そしてその豪腕は、未だ発展途上の蒲公英の一撃で崩れることはない。
結局、史実で因縁のあるこの二人の真っ向勝負は、体力の尽きた方が負けるという持久戦となっていた。
「「はぁはぁはぁ……」」
いよいよ、決着近しと。呼吸を荒くしつつも二人は互いの挙動へ集中していく。
「「…………」」
先の先か。後の先か。手を読み合う。
「「!!」」
二人の集中が極限まで高まった瞬間――
「きゃぁぁぁぁ!?」「ひえぇぇぇぇ!?」
二人は片足を縄に絡め取られ、木に逆さまに宙吊りにされていた。
「ど、どうなってんのぉ~!?」
「ワタシが知るかぁーーー!」
「ふん。今は一騎討ちの場面ではないのだ。周りへの注意を怠った貴様らの負けだ」
「そうです。正に隙だらけだったのです!」
焔耶の背後からは思春が、蒲公英の背後からは明命が現れた。
「「ひ、卑怯者~~!?」」
ハモって罵倒する二人であったが。
最早完全に死に体。どうすることも出来ず、木札を割られてしまったのであった。
思春と明命は、互いを牽制しつつ。
今は戦うべきでないと判断したか。
共に離れていった。
「てぇぇぇぇい!」
「はっ!やるやないか!」
霞の『飛龍偃月刀』(のレプリカ)と鍔競り合う、亞莎の袖口から伸びる鉤爪『人解』(のレプリカ)。
「軍師と聞いてたんやけどな!」
「元々は一兵卒でしたから!」
会話を機にして、ざざっと離れ間合いを取る二人。
と思いきや、突き出した亞莎の袖口から流星錘が三本、霞の軸足、胸の木札、頭部を目掛けて放たれる!
「と、と!ちぇぇい!」
偃月刀を回旋させて二本を弾き、体を捌いて最後の一本も躱す。
「びっくり箱かいな!? ちゅーか、さっきの爪なんて袖に入りきらへんやん!?」
「これぞ暗器の妙技です!」
珍しく強い言葉を発する亞莎。
彼女は既に『人解』(のレプリカ)と弾かれた流星錘を回収して何処かへ隠蔽しており、無手の状態だった。
両手を胸の前で合わせる、特殊な構え。彼女の服の長い袖は、手の位置から垂れ下がる形で膝上までを隠している。
ゆらゆらと揺れるあの長い袖を見る限り、とても中に何かが隠されているとは思えないのだが……
(かぁ~!森ん中じゃ一等やり難い相手やんか!そもそも……)
霞は二者択一を迫られていた。
豪撃で亞莎を弾き飛ばし、そのまま戦場を離脱し先へ進むか。
敢えて不利な地形で、暗器使いと戦り合うか。
(う~~~ん、悩む~~~……)
勝利条件を考えれば前者、心情的には後者。
(……よし、戦う!)
結局、心に正直になることにした霞である。
「いっくでぇ~~~!」
「はい!」
十数合の打ち合いが続く。
内心、霞は舌を巻いていた。
暗器使いは言わば“死角”の達人。その攻撃は実際の速度以上に速く鋭く映り、防御側は反応が一歩遅れる。ましてここは森の中。いくらでも死角を作ることが可能だ。
しかも、暗器使いは大概において防御が不得手なものだが、亞莎は鉤爪手甲『人解』(のレプリカ)に加え、様々な刀剣や鉄鞭、連接棍を駆使し、見事に霞の攻撃を凌いでいた。
また少しでも気を抜けば、流星錘や鎖分銅、鉤縄などの中距離武器によって、木札を狙ったり、霞の得物や脚を絡めとろうとしてくる。
地力や一撃の威力で勝る霞であったが、変幻自在の間合いで地の利を活かして戦う亞莎に翻弄され気味であった。
(はぁー、こんだけ戦えるモンが軍師やっとるとはな~)
木札を狙って飛来する礫を躱しつつ、霞は勝機を探る。
(こうなると……地の利を取られとるウチの勝機は、一撃必殺のみ!)
近接においては明らかに霞が上手。ならば一気に間合いを詰め、乾坤一擲の一撃を見舞う心積もりである。
その為に、次々に飛来する投擲武器を払い、時機を窺う。
そして、待っていた連射の間隙。
「――ここやぁ!」
「!!?」
神速の突進からの偃月刀の一撃――『蒼竜神速撃』!
亞莎も左右の袖から出した二本の直刀を交差し受け止めるが、余りの威力に刀は折られ、身体が弾かれる。
「きゃぁぁ!」
返す刀で胸の木札を狙わんとする霞。
「!!」
しかし、連撃が来ることを察知した亞莎は、防御ではなく反撃を選んだ。
倒れながらも右手を振るい、霞の木札目掛けて袖口から飛礫を放つ!
(なっ――そう来るか!?)
相討ちかと思われたその時。
「はあぁぁぁっ!」
何者かが二人の間に飛び込み、双方の一撃を受け止めてみせた。
「なっ!?」「ええっ!?」
直剣で霞の偃月刀を受け流し、亞莎の放った飛礫を手刀で打ち落とした第三の人物。
「ふふ……ここはまだ予選よ。この決着はまた今後にしましょ♪」
狙ったかのような登場劇。
現れたのは一人の女性。
赤みを帯びた長い髪。鋭くも楽しげに細められた碧眼。すらりとしつつも抜群のプロポーション。
頭には真っ赤な帽子。
目だけを露出するよう二つの穴が開いた、長い鉢巻のような細長い布。
薄桃色をした露出のない長袖長裾の上下一体の服(所謂“つなぎ”だ)。
「……なにモンや、アンタ?」
「私? 私は武道会参加者の一人……呉勇士よ♪」
…………。
訝しげな霞。
唖然としてしまい、文字通り開いた口が塞がらない亞莎。
一人愉快気な自称・呉勇士。
「……ま、木札割られんで済んだし。一応礼は言っとく。――ほなな!」
霞は刃を収め、さっさと森の奥へと消えていった。
「さ、あなたも行きなさい♪」
亞莎にも進むよう促す彼女。
しかし。
たとえ、長い帯のような眼帯(?)で目元を隠していても。
いつもと違う、薄桃色の露出のない服を身に着けていても。
「…………し、しぇ、雪、蓮、さ…ま?」
亞莎は、呆然としたまま、その名を口から零した。
瞬間。その名を呼ばれた彼女は、先ほどまで楽しげであったその瞳をギラリと光らせた。
「――ふふ。気付いちゃったんじゃ仕方ないわね……うふふふ♪」
「ひえ!? あ、あ、あ……ひゃぁぁぁぁぁ!!」
……亞莎、脱落。
またとある地点では、森が盛大に破壊されていた。
木々はへし折られ、地面は何箇所も大きく陥没している。
「っしゃおらぁーーーー!」
「ちぃっ」
翠の一撃を紙一重で回避する思春。
「くっ……馬鹿力め!」
「ば、馬鹿力って言うなぁ!」
思春の零した言葉に、涙目で反論する翠。
「はっ。槍の一撃で巨木をへし折り、地面に大穴開ける女を、馬鹿力と言わずして誰を馬鹿と言う」
「なんだとーーー!しかも最後“馬鹿力”じゃなくて只の“馬鹿”って言っただろ!?」
「ふふん。このまま逃げ回っても埒が明かんな。――我が奥義を受けてみるか!?」
「いいだろう!かかってきやがれ!!」
翠が槍を構えると、思春は凄まじい跳躍を繰り返し、木々の間を飛び回り始める。
カウンターを取るべく、神経を集中させる翠。
段々と思春の気配が消えていく。
(くっ、飛び回っての撹乱から一気に気配を消しやがった!)
なお神経を尖らせるが、彼女の気配を掴む事が出来ない。
(どこだ!?いや、焦るな……焦れば思春の思うツボだ……)
……
…………
暫く経って。
ようやっと翠は気付いた。
「……もしかして……逃げられた……?」
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時間は少々遡る。
予選のレギュレーションはバトルロイヤル形式の野戦であるが、その本質は「レース」である。
己の木札を守りつつ、如何に早くゴールである闘技場へ到着するかが重要なのだ。
よって、特に森の中で振るい難い長物を得物とするものは、戦うことより駆け抜けることを優先すべきだ。
この予選の性質に真っ先に気付き、実行したのは星であった。
その健脚でもってひたすらに森を駆ける。
(む? 誰かが付いて来ているな……)
視線を感じつつも、殺気までは感じない為、暫くはそのままに走り続けたが。
(――上か!?)
愛槍『龍牙』(のレプリカ)を振るい、木の上から襲い来る剣撃を打ち返す。
「そんなに急がなくてもいいじゃない? ちょっとは楽しみましょうよ♪」
現れたのは帽子と目元を隠す帯に上下が一体となった服に身を包んだ戦士、自称・呉勇士――ぶっちゃけ雪蓮であった。
「む……!?」
星はその姿を見て、一瞬誰かの姿がダブって見えたのだが。結局判然としない。
「貴様。さてはその目元を隠す長帯……宝貝(パオペイ)や術具の類だな?」
「!! へぇ……流石は蜀きっての武侠・趙子龍殿ってことかしら? まあ、私も細かいことは分かってないんだけど。身に着けた者の正体を隠せるらしいわ」
「正体を隠してこの武道会に参加し、何を狙う?」
「……何も。ただ、参加したかっただけよ」
雪蓮は星の視線を正面から受け止めて見せた。
「……よかろう。しかし何事か企んだそのときは、我が槍が貴様を討つ」
「分かったわ」
「ふふっ。ではな!」
「あっ!?」
一瞬の隙をついて、星はまた駆け出した。
「逃げられちゃった。……コレって完全に正体隠せるってわけじゃないのね。まあ今更どうしようもないけど」
武道会への参加を家臣一同から満場一致で反対され、不貞腐れていた雪蓮の前に現れたぼろ布を纏った巨漢。
怪しげなオネエ言葉で話すその者の言葉によれば。
『これは身に着けた者の正体を隠す術具よん♪ どうしても武道会に参加したいんなら、貸してあ・げ・る♪』
はっきり言って怪しさが一回転して、怪しいとか怪しくないとかどうでもいいや、的な域に達していたが。
雪蓮は、“きっと大丈夫だ”、という自らの勘を信じる事にした。
そのカマっぽい巨漢は、ついでにと薄桃色のつなぎと赤い帽子もくれたのだった。
実を言えば、これは星の『華蝶仮面』の仮面と同様で、深い親交があり、かつ高い知力や洞察力、ある種の勘を持つ相手には“正体隠蔽”が無効化されるのであった。逆に“純粋無垢(サンタとか白馬の王子とか、虚構の存在を信じ易い、という意味で)”な相手には効力が強まる場合もあるようだ。また、どういうわけか『天の御遣い』北郷一刀にも無効である。
但し、この『呉勇士』の目元隠しの長帯は、『華蝶仮面』のそれと違い、身体能力増強の霊力は持たない。
「ま、本戦で戦れればいっか♪」
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夏侯惇こと春蘭は、森の中をひたすらに前進していた。
因みに何も考えていない。
いや、唯一つ――優勝を華琳様に捧げる!ことだけを考えていた。
(む!あちらで走るのは……愛紗か!)
すぐさま進路を変え、愛紗と一戦交えようとする春蘭だったが……
「ここで会ったが百年目!いざ――」
ズボッ!
「おおおおお落とし穴ぁ~~!?」
予選会場であるこの森には様々なトラップが仕掛けられているのだ。
他のメンバーはちゃんと回避したり、利用していたのだが。
「先ほどは罠に邪魔されたが……今一度!愛紗――」
ばさぁ!
「ぎゃーー!捕まったぁ!?」
網に捕らえられ。
「こ、今度こそ!あい――」
びよーーん!
「にょわーーーーー!」
逆さ吊り上げられ。
「お、おい……」
ぎぎぎぎ……ばたーーん!
「むぎゅうぅぅ……!」
木の下敷きにされ。
それでも春蘭は、罠を強引に突破して進み続けた。
(これだけ声を掛けているのに、愛紗の奴め。てんで気付かないとは……どうしたというのだ?)
無視している様子でもないようだった。
罠に掛かりまくっている間に愛紗を見失ってしまった為、問い詰める事も出来ない春蘭であった。
一方の愛紗は……
罠こそ回避していたが、明らかに集中力を欠いていた。
「…………」
時折立ち止まり、溜息を吐く。
(駄目だ……全く集中できん……)
その胸に去来するのは……愛しい男の相貌、共に死線を潜り抜けた大切な仲間達。そして、新たな隣国の友人達。
考え続けても、考える事を止めても。
彼女の心の中にある靄は消えてはくれない。
予選を見事勝ち抜き、決勝進出を決めたのは以下の八名。
星、明命、愛紗、思春、霞、春蘭、呉勇士、祭(到着順)。
予選通過者をランダムで振り分けた結果、翌日の本戦トーナメント表は以下の通りと決定された。
第一回戦 黄蓋 VS 趙雲
第二回戦 甘寧 VS 呉勇士
第三回戦 周泰 VS 張遼
第四回戦 関羽 VS 夏侯惇
以降は当然のことながら、以下のように準決勝となり。
準決勝の壱 第一回戦勝者 VS 第二回戦組勝者
準決勝の弐 第三回戦勝者 VS 第四回戦組勝者
そして準決勝で勝ち残った者同士による決勝戦が行われる。
/参加者休憩所 兼 医務室
「お兄ちゃん、ごめんなのだ……鈴々、負けちゃったのだぁ……」
悔しげに報告する鈴々。一刀は彼女の頭を撫でて慰めていた。
「しかしこの戦場と勝利条件だと、明命の強さが際立つなぁ」
「……あんな風に気配が消えるの、初めて……」
恋も鈴々と一緒に頭を撫でてもらっていたが、ぽつりと零した。
「へえぇ……動物的な勘を持つ鈴々と恋に気付かせないなんて、ほんと凄いな」
「そ、そんな!あんまり褒められますと、照れてしまいます……////」
赤面しつつ両手を合わせてもじもじする明命を、一刀は敬意と愛玩の混じった目で見ていたが、そこへ祭が現れた。
「謙遜せんでもよい。幼平は、森林などの遮蔽の多い場所での“暗殺”なら呉で敵う者のない工作兵じゃからのう」
「祭さんがそこまで言うくらいだもんな。……でも、暗殺ってちょっと聞こえが悪いよ……」
感心しつつも、思わず突っ込んだ一刀であった。
(こりゃ、次回はレギュレーション考え直さないとな……)
今回の予選の最大の失敗は、観客には森の中が見えないことだった。
森の中では相当な激戦が繰り広げられていたのだろうが、外から見ると到着した順くらいしか見るところがない。
また、天下一品武道会は優秀な武官を発見する為のイベントという側面もある。予選が見れないのは、そういった観点からも大失敗であった。
と一刀が内心反省していると。
「北郷!ちょっと顔を貸せ!」
「うぇ!?お、おい春蘭!そんな引っ張らなくても……」
「あ!お兄ちゃんをどこに連れて行くのだ~!」
「もっと撫でて欲しかった……」
不平を漏らす鈴々と恋を無視し、春蘭が強引に一刀を部屋の外に連れ出したのだった。
……
…………
「どうしたんだ、春蘭?」
「それはこちらの台詞だ! 何なのだ、あの愛紗の腑抜けっぷりは!?」
「ええ!?普段は変わりないよ?」
「いいや、戦場にあってあの集中力の欠きよう。何かあったに違いない!そして愛紗を困らせるのは北郷、貴様くらいのものだ!」
普段馬鹿っぷりやKYっぷりが表に出すぎる春蘭であるが、武に関することならば超一流だ。しかも愛紗の困窮の原因など、平時ならば意外にも的を射た意見であった。
「た、確かに俺はよく愛紗を困らせちゃうけど……今回は覚えがないぞ?」
「くそっ!折角今までの借りを返せそうだというのに……肝心の愛紗がこれでは意味がないではないか! 何とかしろ、北郷!」
春蘭の本戦一戦目の対戦相手は愛紗と決まったのだ。雪辱に燃える春蘭であるからこそ、余計に愛紗の不自然さが目に付くのかも知れない。
「……分かった。ちょっと愛紗と話してみるよ」
「頼んだぞ、北郷」
一刀としても愛紗が困っていると聞いては黙っていられない。早速行動に移すことにした。
……
…………
「思春!よくも騙してくれたな!」
結局、翠は置いてけぼりを食ったことに気付いた後、すぐに思春を追ったのだが、到着順が九位で惜しくも予選敗退となったのだった。
「ふん。戦場の状況が見えていないお前が悪い。だから馬鹿と言ったのだ」
「なんだとぉ!くそ~……なあ、愛紗も何か言ってやってくれよ!」
口では勝てないと、愛紗を巻き込んだ翠だったが……
「…………」
当の愛紗は床の一点を睨むばかり。
「愛紗?聞いてるか?」
「……む。何か言ったか、翠?」
(だめだ、こりゃ……)
がっくりと肩を落とす翠。
部屋へ戻った一刀は、今の三人のやり取りを見ていた。
(確かに様子がおかしいな……くそっ!忙しかったとは言え、愛紗の不調に気付かないなんて……)
「……愛紗。ちょっといいか?」
「こ、これはご主人様! はい、構いませんよ」
……
…………
一刀は先ほどの春蘭のように、愛紗を部屋から連れ出した。
この一室は砦の二階にある。二人は階段を上り、屋上……砦の城壁の上へ出た。
「なぁ、愛紗。ちょっと疲れてる?」
「え!? いいえ。そのようなことは……」
「でも……どこか上の空というか。なんだかいつもの愛紗らしくないからさ。もし、何か不調ならすぐ言ってくれ」
「そのようなこと……ございません。体調に問題はありません。……でも……」
「でも?」
「……ご主人様! ご主人様は……いつまでも私達のご主人様ですよ……ね?」
まるで懇願するかのような表情の愛紗。
一刀は即答してみせた。
「当然だよ。俺は……死ぬまで君と。みんなと一緒にいる」
「……そのお言葉が聞けたのならば、何も問題ありません。大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
愛紗は一礼し、去っていった。
「…………」
どこか釈然としない一刀を置いて――
祭典初日の日は明けて。
天下一品武道会、本戦の開始である。
本戦は闘技場にて行われる。闘技場(つまり修練場)の壁沿いには観客席がぐるりと設置されており、本来なら見張り台である砦の壁上の通路も観客用に開放されている。また、内庭――つまり闘技場を一望出来る宿舎の一角は貴賓席となっていた。
/第一回戦 黄蓋 VS 趙雲
「ふむ。趙子龍殿か。……凄まじい闘気じゃの」
「ふっ。呉の宿将たる黄公覆殿がお相手ならば不足はありませぬ」
「くくく。言うではないか」
闘技場中央で相対する二人。
片や槍、片や弓。一対一で五メートル程度の距離の正面対戦となるこの形式では槍有利が明らかだった。
達人にとって五メートルなどは一足飛びの射程圏内だからだ。まして長物の槍である。
『それでは、第一回戦。始め!』
対戦開始の合図と同時に、星が一気に間合いを詰める。
「ほっ、流石に速いのう!」
対して一瞬で三矢射る祭。
(一瞬で見事な三正射――しかし!)
「はいはいはい!」
走りながらも飛来する三本の矢を槍で打ち落とす星。そのまま突進し、祭へ一撃を見舞う。
がきん!
早くも決着かと思われたが、星の一撃は祭の右手に握られた鉄の棒――鉄鞭によって受け止められていた。
「ふふん、その程度の一撃で儂を打ち倒そうとは片腹痛いわ!」
「ならば、我が連撃受けられるか!?はいはいはいはいはいーーーーー!!」
星が得意の連撃を繰り出す。
「ぬうん!!」
祭は鉄鞭を自在に振り回し、その連撃を右手の鉄鞭で全て弾き返す!
「なんと!?」
「まだまだ!そぉれぃ!!」
しかも、受けきった瞬間。更なる氣を発した祭は、強烈な一撃で反撃した。
「くっ!?」
受け止めた星だったが、その威力に数メートルも跳ね飛ばされてしまう。
「はっはっは!離れては儂の間合いじゃぞ!!」
祭は、すかさず鉄鞭を腰帯に差し込むと、剛弓『多幻双弓』を構え直し、矢を連射する。
(紫苑や桔梗もそうだが、全く年長の方々には驚かされる!)
紫苑は武芸百般に優れる武将だ。弓が突出して有名であるが、刀や矛においても武神と謳われる関羽・愛紗と百合以上打ち合って、互いに引かなかったほどの腕前なのだ。
また、桔梗の得物『豪天砲』は、大の男を跳ね飛ばす程の反動を生み出す、杭打ちでもって射撃ならぬ“砲撃”による凄まじい火力を持つ。しかもそれだけでなく、近接においても重にして剛なる強力な大刀でもある。これを自在に操る桔梗には不得手な間合いがない。
そして呉の宿将・黄蓋こと祭は、遠きは弓、近きは格闘のみならず鉄鞭を振るう古強者であり、しかも気功――『氣』によってその戦闘スペックを増幅するラウンドプレイヤーなのだった。
鉄鞭は長さ一メートル程の為、リーチこそ槍・矛に大きく劣るが、祭は正に熟練した功夫と氣の補助により、驚異的な威力を発揮していた。
星は飛び来る矢を叩き落し、再度の接近を狙う。
趙雲こと星の強みは、その体躯の速度にある。短・中距離におけるダッシュ、瞬時に間合いを詰める縮地法、軽業のごとき跳躍……そして、その速度から繰り出される神速の連続突きこそ、星最大の武器である。
たとえ一旦間合いを取られたとしても、矢の狙いを外すジグザグ走行など、その間隙を埋める手段はいくらでもあるのだ。
(一、二、三――今だ!)
矢を番(つが)える僅かな隙を縫って、間合いを縮めんとする星。
(!?)
ところが縮地のごとき速度で前に踏み出さんとした足先に、矢が飛来している!
(最後の一射は、二矢同時の射撃――動きを読まれた!?)
祭必殺の、愛弓『多幻双弓』による二矢同時射撃だった。
星は踏み出す足を無理矢理止め、体勢を整える。こうなってはもう一度時機を見計らうしか――
「――もらったぞ!」
ほんの刹那、矢に気を取られていた隙。
祭は再度氣を発して、自ら一瞬で間合いを詰める。突進から、氣と剛力と発勁――三位一体の痛烈な横振り。
あの凪すら一撃で伸したこの剛撃を、星は回避することが出来なかった。
「ぐあぁぁっ!」
数十メートルを吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
地面を転がり、そのまま倒れ伏す星。
しばし、誰も何も動かない。
審判が祭の勝利を宣言するかと思われたその時。
場内が沸いた。
――星が立ち上がったのだ。
「よくぞ立ち上がったものよ」
「……この趙子龍を、侮ってもらっては困りますな、祭殿」
「ふむ。あの一瞬で槍を鉄鞭と身体の間に挟み込み、体(たい)を浮かせて衝撃を僅かでも殺したか」
「ふふ……。我が主より『五虎』の名を戴いた以上、無様な敗けは許されんのですよ」
「蜀に名高き『五虎将軍』の意地か。見事!」
互いの顔には笑み。
「参る!」
「来い!」
とてもダメージを負っているとは思えぬ速度で間合いを詰める星。
祭必殺の二矢同時正射すら、或いは弾き、或いは避け。
二人の近接の間合いが重なる!
「喰らえ!趙子龍の一撃を!!」
「逃げはせん!」
一瞬の交差。
鉄鞭は宙を舞い。槍の石突が祭の喉元に突きつけられていた。
『勝者、趙子龍殿!』
会場が達人同士の接戦の決着に大いに沸いた。
「我が槍『龍牙』はまさしく龍の顎(あぎと)に在りし牙。獲物を刺すだけでなく、絡めとりもするのですよ」
「くくっ。なるほどのう。二股の槍先で儂の鉄鞭を絡め、弾くとはな。してやられたわい!」
祭は大きく笑った。星も微笑を返し。
「……先ほど『五虎将軍』の意地と祭殿が仰いましたが。実を言えば、もうひとつ……“それ以上の理由”があったのですよ」
「ほほう。それは是非聞きたいものじゃ」
「はっはっは。それは――秘密、ということにしておきましょう」
「なんじゃい、けちじゃのう……。くくっ、わっはっはっは!」
暫く二人は笑い合っていた。
/第二回戦 甘寧 VS 呉勇士
「明らかな偽名で呉の姓を名乗るか……私が勝ったなら、貴様の本名と正体、明かして貰うぞ」
「ふふ。出来るならやってみせなさいな♪ でもその前に……これ、何だか分かる?」
呉勇士は、そう言うとズボンのポケットから小さな何かを取り出し、目の前で揺らす。
「そ、それは!?」
目の前の女が見せ付けたのは、薄青い蒼玉の小さな耳飾り。華美さはないが簡素で清楚な一品だった。
しかし、それは――
「き、さま!それをどこで手に入れた!?」
眼を見開き、荒々しい声で問い質す思春。
何故なら、目の前に晒されたその耳飾りは。
敬愛する主、蓮華が大切にしているものだったからだ。
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「ねえ思春。これ……似合ってるかしら?////」
普段あまり女性的な装身具で身を飾らない主――蓮華が、側近である自分へ尋ねてきた。
蒼玉が配(あしら)われた耳飾りを付け、頬を赤らめつつも楽しそうにする蓮華は、同じ女性である思春から見ても、とても綺麗で可愛らしい。
その蒼玉は、陽に照らされれば薄群青に、蝋燭に照らされれば薄紅に輝くのだという。
一点物であるらしいその蒼玉の耳飾りは、彼女の瞳の色とも相まって、控えめで清楚な蓮華によく似合っていた。
(北郷め。見立ての眼は悪くはないらしいな……)
その品を贈ったのが、たとえ自分の神経を逆撫でるあの男だったとしても。
内心苦々しく思いつつも、主の問いに正直に答えた。
「よく、お似合いですよ。蓮華様」
そう言ったときの蓮華の笑顔。それこそは思春が心から守りたいと願う、正に至宝だった。
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「――答えろ!それは……あの方のものか!?」
「さあ? 私に勝ったら教えてあげるわ」
二人の間の空気が、身を切りそうなほどに張り詰められていく。
『それでは、第二回戦。始め!』
思春は即座に柳葉刀『鈴音』(のレプリカ)を抜刀し、突進。そのまま呉勇士へと斬りかかる。
「ならば――貴様を倒してその身体に聴く!」
「ふん!この程度でこの私を止められるとでも!」
その一撃は、呉勇士の直剣によって弾かれる。
が、弾かれたと見せて、思春は高く跳躍し、上空から追撃をかける!
「!!」
中空で振り下ろされた柳葉刀。重量に遠心力、そして落下の力を加えた剛の一撃!
呉勇士は、その変則的かつ重い一撃をどうにか受け止めて見せた。
「あっぶなー!」
「チィ!やるな……ならば受けよ、我が『迅速なる一撃』を!」
着地から更なる追撃。一瞬で繰り出される五撃一連にして刎頚(ふんけい、斬首)を狙う高速連撃!
「くぅっ!?」
呉勇士も完全には防御しきれず、腿と肩にそれぞれ命中していた。
しかし、止めと言える首への一撃は確実に防御してみせた。
攻撃を受けた箇所も、刃が潰されていなければ出血していただろうが、これは薄い鈍器による打ち身。そこまで大きなダメージではない。
(初見でこれだけ止めるとは!?まるで私の太刀筋を知っているかのようだ……研究されているということか!?)
驚愕する思春。
しかしそんな彼女を、呉勇士は興奮した様子で睨みつけ、笑い出した。
「ははっ!はははは!流石は『呉に甘興覇在り』と謂われた勇将ね!――でも、今度はこっちの番よ!!」
そう発奮して反撃にかかる呉勇士。その身からは凄まじい殺気が放たれており、双眸にはどこか狂気めいた昏い光がちらちらと揺らいでいた。
(なんという圧迫感!これほどの気迫を発するものが在野にあるとは!?)
勇将甘興覇をして戦慄せしめるほどの気迫。
その連撃は、一撃ごとに確実に思春を追い詰めていた。
「どうした、甘興覇!この程度か!」
「ちぃぃっ!」
跳躍とダッシュを組み合わせ、一旦大きく距離を取った思春。
連撃に耐えかねて、大きく距離を取ったと判断した呉勇士は、更に追おうとした。
「!?」
が、思春の異質な気配に気付き、動きを止める。
思春から発せられる気配は、正に鬼気迫るものだった。
(まともにやり合っても勝ちは薄いやも知れぬ。ならば……)
「……“決死”の構え、か」
「『不惜身命』――我が命を賭して貴様を討つ!」
それは単なる身体の構えや型ではなく。
“肉のみならず骨を切らせてでも確実に相手の骨を断つ”一撃を振るう為の覚悟の構え。
即ち玉砕の覚悟を秘めた、日本的に言えば“特攻”の気構えである。
「本来ならば我が鈴の音は黄泉路に誘う道標だが。安心しろ、命だけは助けてやる。情報を聴かねばならないからな。――代わりに我が命をくれてやる!」
思春はそう言い放ち、低い姿勢を保ったまま、呉勇士へと迫る!
(北郷!貴様ならあの耳飾りを見れば状況を把握出来るはず!癪だが……後は任せたぞ!!)
「この……馬鹿者が!!」
一喝とともに繰り出された呉勇士の一撃は、思春の身体ではなく。
自らの直剣も砕かれつつも、思春の得物である柳葉刀を破壊していた。
しかし、それでも。思春は止まらない。
砕けた刃を握り、なお敵へと迫る!
「思春!頑張ってーーー!」
そこへ響いた声援。その声は――
(え!?)
蓮華のものだった。
見れば、貴賓席には確かに蓮華の姿。その隣りには、忌々しいあの男。
「隙あり♪」
一瞬呆けてしまった思春の首へ、手刀一閃。
思春は崩れ落ちた。
「全く、忠誠心が篤いのはいいけど。あんたが死んだら蓮華がどれだけ泣くことになるのか。ちょっとは考えなさいよね」
そんな一言が、落ちていく思春の意識に届いていた。
『勝者、呉勇士殿!』
/第三回戦 周泰 VS 張遼
「うっし!予選じゃ亞莎とは決着つかず終いやもん。代わり言うたらちょい失礼かもやけど。ばっちり戦らしてもらうで、明命!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
(はぅあ!森林戦であの亞莎と相対して怪我を負ってないなんて。攻撃特化な人だと思ってたけど、防御も相当な技量です!)
『それでは、第三回戦。始め!』
「!?」
号令と同時。明命は長刀『魂切』(のレプリカ)を大きく一振りしたかと思うと、霞の視界から消え失せた!
驚愕に硬直する霞。
左右を振り返り、背後や上空も確認するが、明命の姿は捉えられず、気配も全く感じない。
(どないなっとんねん! 常に死角を取ってるちゅうことか!?)
ざわり。
(――ヤバイ!?)
武人の本能か。背を走る悪寒に任せて振るった偃月刀が明命の長刀を受け止めていた。
「くっ!よく止めましたね!」
「当然やっちゅうねん!」
と口では強気に言いつつも。
内心かなり焦っていた。
(まさかこんな遮蔽物も何もないとこで姿を消してみせるとはな!こりゃ予選で出くわさんで済んだんは幸運やったわ)
初撃の鍔迫り合いから、何合と打ち合う。
霞は徹底して明命を追う。明命は五合と打ち合わない内に姿を消してみせる。
スピードとフェイントの応酬。
霞が明命を捉えている内は、霞が押しに押す。しかし、明命も虚を突いて背後を取り、連撃を見舞う。
さしもの霞も背後からの連撃は完全に受け止めれず、幾つかの攻撃を浅く喰らっていた。
(ははっ!こら長期戦はありえへんな。覚悟決めるか!)
さらに打ち合う二人。そして再び明命が霞の視界から消える。
消えられた状態から、どれ程背後を振り返っても明命の姿を捉えられないことは実証済み。
ならば――自身の勘を信じる!
ざわり。
(きたぁっ!!)
振り向きざま、偃月刀を振るう。しかしたとえ一撃を抑えても、それまでの連撃は躱せない。
「――んなモン承知の上よ!うおらぁっ!!」
「はぅあ!?」
打ち合った刀と刀。数撃をまともに受けつつも霞は強引に鍔迫り合いにもっていき、そのまま体を低くしたかと思うと。
――下から押し上げ、明命を空に放り投げた!
「これで丸見えや! さあ受けてみぃ、ウチ渾身の一撃――『蒼龍神速撃』!!」
「ならば私は、速さと――数で勝負です!」
中空に放り出された明命へ、弾丸のごとく突進する霞の一撃と。
空中で姿勢を整え、思春と同じ五撃一連の『迅速なる一撃』を放つ明命と。
明命が着地する寸前の一瞬の交差。
倒れたのは――明命だった。
『勝者、張文遠殿!』
「はぅ~。負けちゃいました~……」
「いや、こら実戦やったら相討ちやん?……めっちゃ楽しかったで!」
「あ、あはは……」
ニカリと笑う霞に、苦笑で返す明命であった。
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/第四回戦 関羽 VS 夏侯惇
蜀の武神と、魏武の大剣が対峙していた。
しかし双方とも、その心の内は乱れている。
(……魏、か……)
(愛紗め。多少覇気は取り戻したようだが……)
「愛紗よ!おぬしが何に気を取られているかは知らん!だが……私は今度こそ優勝を華琳様に捧げるのだ!故に……手は抜かん!」
「ふん!手を抜いてこの私を倒そうなどと大した妄言だな、春蘭!やれるものならやってみろ!」
『それでは、第四回戦。始め!』
真っ向からぶつかり合う二人。刃が火花を散らせる。
「どうした春蘭!威勢がいいのは言葉だけか!」
「……!」
更に数合。
「いつものように攻めて来ないのか!」
「……!!」
言葉を吐くのは愛紗ばかり。
「受けよ、我が豪撃を!」
「――ほざけ!どれも!これも!私の台詞だ!!」
大きく振るわれた愛紗の一撃を、春蘭は正面から受け止め――そして一歩も引かない。
「!?」
「力ばかり込められていて、勁も――魂も全く通っておらん!」
今度は春蘭が連撃をかける。愛紗は受け止めるのがやっとのようだった。
「言葉も面(つら)も表面ばかり!」
「……!」
「刃からは戸惑いしか伝わって来ない!」
「……!!」
「認めん!こんな貴様など、私は断じて認めん!!」
「――うるさい!貴様に……貴様等に私の何が分かるというのだ!!」
ようやっと出た、心からの叫び。共に振るわれた一撃は、春蘭の刀を弾くだけの力を放った。
「貴様が何をうじうじしとるのかなぞ、私は知らんと最初に言った!」
「貴様が!貴様達が!私を!惑わすのではないか!」
振るわれ続ける豪撃同士。言葉同様、どちらも引かない。
「あげく主君にまで心配をかけ!それでも蜀の筆頭将軍か!」
「貴様は!何故!迷わないのだ!」
ただ真っ向からぶつかる。だが……
「私は、只あの方に――華琳様の御為に!勝利を捧げるのみ!」
「!!?」
春蘭の一撃が、愛紗の偃月刀を弾き飛ばした。
「……私は馬鹿だからな。悩むだけ無駄というだけだ」
刀の切っ先が愛紗の喉元に突きつけられる。
『勝者、夏侯元譲殿!』
「貴様の……馬鹿さ加減が。今ばかりは羨ましい……」
愛紗は、脱力したまま――天を見上げていた。
/幕間 医療室
「……蓮華様」
「思春。目を覚ましたのね。どう、気分は悪くない?」
寝台に寝かされている思春に寄り添い、椅子に座ったまま尋ねる蓮華。
「はい。問題はありません。……ひとつ、お尋ねしたいのですが」
「なに?」
「以前、北郷から贈られたと仰っていた蒼玉の耳飾り。今、お持ちですか?」
「ええ!?あ、ああ。あれね……」
蓮華は急に落ち着きを失い、ちらちらと後方を気にしつつも、少し小声で答えた。
「……姉様がどうしても貸して欲しいっていうから、今は手元にないの」
「……そうですか。ならば構いません」
「そ、それがどうかしたの?」
「いえ。どうかお気になさらず」
その後方では、冥琳と一刀が何事か話していた。
「……北郷。正直に言ってくれ」
「……うん。俺にもそう見えたよ」
「そうか。何故、他の者は気付かんのだ……」
「冥琳。もしかしたら……俺は同じようなモノを知ってるかも知れない」
「どういうことだ?」
「ここ成都の名物というか……『華蝶仮面』って知ってる?」
「噂はな」
「あれも実は、とある人物が正体を隠して変身した姿だ。でも俺を含め、極々一部の人間は気付いてる」
「それはつまり……逆に言えば、それ以外の人間は正体に気付かない……ということか?」
「ああ。薄っぺらい仮面を着けただけなのに、何故か正体に気付かない。きっとアレもそういうものなんだと思う」
「そうか……情報、感謝する」
そう言うや否や、冥琳は一刀に背を向け部屋の出口へ向かう。
手には『白虎九尾』――現代ではキャットオブナインテイルと呼ばれる、柄に九つの革紐を取り付けた拷問用の鞭を、戦闘用に改造した冥琳愛用の武器だ――を握り締め。
その背中からは、『神人』の字を背負う鬼神の姿がオーラのごとく立ち上って見えたとか見えなかったとか……
(雪蓮……合掌。-人-)
一刀は一人、呉勇士――雪蓮の冥福を祈った。
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/準決勝の壱 趙雲 VS 呉勇士
会場はざわついていた。
開始時間になっても呉勇士が姿を現さないのである。
(正体こそ分からんが、彼女は戦いを楽しむ武侠と見た。とすれば敵前逃亡はありえん。何事かあったか?)
ふと会場の観客席側に目線を巡らすと、貴賓席が目に入った。
丁度席を外していた一刀が戻って来たところだった。
(……『華蝶仮面』の正体を一目で見破った主ならば、或いは……)
星の視線に気付いた一刀は……目を閉じ。胸の前に両腕で×印を作った。
(……そうか。多少残念だが、体調的にはありがたい、か)
『只今情報が入りました。呉勇士殿は、とある貴人が正体を隠してご無理に参加されたもので、ご配下の方より棄権する旨が届けられました。よって準決勝の壱は、趙子龍殿の不戦勝と致します!』
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/準決勝の弐 夏侯惇 VS 張遼
「なんや、惇ちゃん。えらい機嫌悪いなぁ」
「貴様も、先の私の試合を観ていたのだろう!?」
まるで怒号のような返事を返す春蘭。
勝ったというのに、この不機嫌っぷり。
「あー、まあなぁ。しっかし、ある程度は仕方ないっちゅうか……」
「何が仕方ないというのだ!?」
「いちいち怒鳴らんといて。……ふぅ。愛紗はなぁ、今苦しんでんねん」
「そんなことは分かっている……全く、北郷も案外役に立たんし!」
「なんや、一刀を愛紗んとこ行かせたんか。いやー、一刀だけじゃなぁ……」
ばりばりと頭を掻く霞。
「愛紗が困るなど、奴がらみに決まっているではないか!」
「今回も確かに一刀が原因ではあるけど……なんというか、こっちも悪いというか……」
「こっちってどっちだ!?」
「あー……そうやなー……」
霞は手を腰にして天を仰ぎつつ、言葉を続ける。
「例えば、華琳が新しい女を閨に連れ込んだとする。しかもその女が、結構仲のいい奴やったら惇ちゃんどう思う?」
「……勿論、口惜しくはあるが。仲のよい者が華琳様の御眼鏡に適ったのだ。祝福してやろうではないか」
「ええ!?そうなん!? い、意外やなぁ……」
春蘭の予想外な返答に、霞が戸惑う。
(いや、惇ちゃんやったら。寧ろこう訊くべきか)
しかし、思い直して再度質問する。
「じゃあもっかい質問や。もし華琳が一刀を閨に呼ぶっちゅうたらどう思う?」
「なんだとーーーー!言うまでもない!奴を、北郷を殺す!!」
拳を握り締め、力説する春蘭。しかし霞はそんな彼女を横目に続ける。
「と言っても、実際には殴るか蹴るかくらいで、殺しはせんやろ? 惇ちゃんかて一刀のこと気に入ってんやん」
「ぐむ!? い、いや。そんなことは……」
「今の愛紗は、そういうことなんよ。愛情と友情の板挟みというか」
霞の言に動揺する春蘭。
「な、なんだと!?……ということは……愛紗が華琳様のことを!?」
「なんでやねん!?」
余りの思考の飛びっぷりにコテコテのツッコミをしてしまうくらい仰天の霞である。
『すみません、そろそろよろしいでしょうか……?』
審判からとうとう制止が入ってしまった。
「あ、えろうすまんな。いつでもええで」
「はっ!そうだったな。ともかく、今は貴様との決着が先だ」
『……それでは、準決勝の弐。始め!』
「んじゃ、最初ッから飛ばしてくでぇーーー!!」
「むぅ!?」
合図とともに、突進からの連撃を見舞う霞。
春蘭も、霞の鬼気迫る連撃に反撃の隙を見出せない。
「おらおらおらぁーーー!」
「……!!」
防戦一方であった春蘭であったが、霞の実情はしっかと把握していた。
(やはりチビ黒髪との一戦で相当手傷を負ったようだな!)
(ははっ、バレバレかいな? ま、往けるとこまで往ったらぁ!)
目と刃で会話する剛勇同士。
霞による一方的な打ち込みが続く。しかし……
「――かぁっ!!」
「!?」
春蘭が気合を発し、霞の一撃を受け流したかと思うと。
次の瞬間には霞の身体は十数メートルと弾き飛ばされ、地面に大の字で仰向けに倒れた。
会場が大きくどよめく。
会場の殆どの人間には、何が起きたか把握出来ていなかったろう。
春蘭は攻撃を受け流した刀の柄で霞の鳩尾を痛打し。
その衝撃で動きの止まった隙に、右肩の肩当てで顎をカチ上げ。
止めに隙だらけの胴へ渾身の一撃を打ち込んだのである。
交叉法――攻防一体の反撃から、流れるように打ち込まれた連撃。
『魏武の大剣』の面目躍如であった。
『……し、勝者、夏侯元譲殿!』
改めて会場が大きく沸いた。
「大丈夫か?霞」
「かはっ、ごほっ……さすが惇ちゃん、容赦ないわ~……」
「当たり前だ。武人相手に手を抜くことなぞせん」
「はははっ!やっぱウチ、惇ちゃん好きやわ~♪……武人としてやで?」
「分かっとるわ!さっさと医務室へ運んでもらえ!」
因みに。春蘭は一度戦った相手か、よほど近しい相手でないと未だに隣国の武将や軍師の名前を覚えていない。
というか自国の軍師も偶に怪しい時が……
何はともあれ、春蘭が決勝へと駒を進めたのだった。
/決勝戦 趙雲 VS 夏侯惇
いよいよ決勝戦である。
片や『五虎将軍』の名を冠する蜀の勇将にして、武侠で名の通った趙子龍。
片や『魏武の大剣』と称される、大国曹魏の筆頭武将である夏侯元譲。
会場が、その開戦を今か今かと待ちわびる中、二人は対峙した。
「……星。知っていたか……?」
「む?何をだ」
「愛紗のことだ」
「ああ……貴公にとっては又とない雪辱の機会であったろうが、少々時期が悪かった。只あれも愛紗が心底主を思うが故。どうか容赦願いたい」
「そうか、知っていたか……私は全く気付かなかった」
「こう言っては何だが、春蘭は国外におるのだ。気付かなくとも仕方あるまい。とは言え……覚悟を決めろとは言っておいたのだがな……」
「誰かを慕う気持ちは、自身ですら自在にならんものだ。私とて、そうだ。それに……二人を同時に想ってしまうのも、少々分かる気がしている」
「……?何の話だ?」
いきなり訳の分からないことを言い出した春蘭に怪訝とする星。
しかし、そんな星を無視し。拳を握り、強く目を瞑りながら。春蘭は続ける。
「華琳様に惹かれてしまう気持ちは大いに分かる! しかし確かに男に限れば、北郷もまた英雄であることも……癪だが認めざるを得ない。その二人の間で揺れる気持ちは……分かってしまう気がしたのだ……」
神妙に、悩ましげに語る春蘭。
地面に倒れる星。
――ズッコケかます星は貴重かもしれない。
それはともかく。
「し、春蘭よ……お主、とんでもない勘違いをしておるぞ……」
「な、なに!?」
よろよろと槍を杖代わりに立ち上がる星。
「まあ込み入った話だ。詳しくは……決勝の決着が着いてからにしようではないか」
「……それもそうだな。戦の前にこのような話を持ち出して済まなかった」
「ふふ、なんの。……そろそろか」
『皆様、お待たせ致しました。是より天下一品武道会、決勝戦を執り行います!』
会場が興奮の叫声に包まれる。
『趙子龍殿!』
「応!」
『夏侯元譲殿!』
「応!」
『それでは、決勝戦……始め!!』
決勝戦は、静かに始まった。
対戦者二人は、じりじりとその間合いを詰めていく。
誰もが口を閉ざし、闘技場は緊迫した静寂に包まれる。
そして、間合いが詰まるごとに、二人の間の空気もまた緊迫を増していく。
先手は――やはり得物のリーチに分のある星だった。
「はッ!」
一呼吸でフェイントを含めた四連撃。
春蘭は危なげなく連撃を受け止め、その連撃の引きに合わせて自身の刀の間合いに詰め寄り、上段から一撃!
「せぇぇい!」
「く!」
槍で受け止めた星が顔を歪める。しかし、星は下がらない。
刃の根本近い部分に右手を握り替え、即座に一撃返す。
「ふっ!」
「そんな軽い一撃など……!?」
刀で軽々と弾く春蘭。
ところが星はその反動も利用し、右手を支点に左手で槍の柄を操り、石突間際で春蘭の足を払っていた。
「しまっ……ぐはぁ!」
体が浮いた春蘭の隙を狙い、星はそのまま身体を右回りに回旋――後ろ回し蹴りを見舞う!
数メートルを吹き飛んだ春蘭へ、星は更なる追撃に迫る。
「――我は無敵!我が槍は無双!受けよ、趙子龍の一撃を!!」
槍を構えたまま矢の如く突進し、繰り出されるは神速豪撃の刺突――『星雲神妙撃』!
「かぁっ!!」
ほぼ着地と同時だった春蘭は、星の奥義に対し全身の勁を集中した体当たり――ショルダータックルで真っ向から打ち合った!
響く金属が割れる音。飛び散る血飛沫。
星の渾身の一撃は、春蘭の金属製の肩当てを見事に砕き、その右肩に大きな傷を与えていた。
如何に穂先が潰されており、防具部分で打ち当てたとは言え、勇将の一撃に春蘭の肩は大きく裂け出血していた。おそらく肩の骨にもヒビが入っているだろう。
「……ふふん。この千載一遇の好機、私が着地する前に攻撃出来なかった上……本来の貴様の奥義ならば連撃である筈。一撃がやっとのところを見ると、祭との一戦で相当の傷を負ったな?」
「……ぬかせ。今のお主よりはマシよ」
不敵な笑みを浮べあう春蘭と星。
利き腕の左こそ無事だが、右腕は一切動かない春蘭。
固定も出来ず、身体の動きに合わせて腕が揺れるたび、肩に激痛が走る。
対して星も、数本の肋骨には最低でもヒビが入り、見た目の出血こそないが内臓にもダメージを負っている。
実を言えば、全速力で走ることが出来るのは先ほどの一撃で限界だった。この試合、動きを最小限に絞っていたのはその為だったのだ。
「さて。少々早いが――決着といこうか!」
「応! 夏侯元譲、参る!」
二人ともほぼ機動力は削られている。決着は足を止めての打ち込み合いしか残されていない。
リーチで勝る星が手数で攻めれば、肩の激痛を無視し剛の一撃で星を打つ春蘭。
打ち合いは数十合と続いた。
「「はぁっはぁっはぁっ……」」
会場の誰もが固唾を飲んで見守る中。
春蘭が僅かに間合いを取り。愛刀『七星飢狼』(のレプリカ)を肩に背負い、独眼を瞑る。
春蘭から発せられる気迫に呼応するように、星も『龍牙』(のレプリカ)を構え、闘気を立ち昇らせる。
「――我が剣は魏武の剣……我が武威は魏武の武威なり!」
「我が槍武の舞……その身で確と受け止めよ!」
同時に発した大音声(だいおんじょう)。共に最後の一撃が交差する!
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
数瞬、二人は微動だにせず。
まず春蘭の刀が大地に落ち。
そして――星が崩れ落ちた。
『勝者――夏侯元譲殿!!』
わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!
会場に溢れかえる大歓声。
かくして第十一回天下一品武道会は、様々な背景に彩られつつも、夏侯惇こと春蘭の優勝で幕となったのだった。
続。
諸葛瞻「しょかっちょ!」
曹丕「そうっぺ!」
周循「しゅうっちの!」
三人「「「真・恋姫†無双『乙女繚乱☆あとがき演義』~~~☆彡」」」
諸葛瞻「初めましてでしゅ。朱里の娘にして北郷一刀の第23子、諸葛瞻(せん)こと、しょかっちょでしゅ!」
曹丕「ふふん、初めまして。華琳の娘にして北郷一刀の第9子、曹丕(ひ)こと、そうっぺよ♪」
周循「同じく、初めまして。冥琳の娘にして北郷一刀の第25子、周循(じゅん)こと、しゅうっちで~す☆」
諸葛瞻「今回からこの三人であとがきのようなものをお送りしましゅ」
曹丕「……どこまで持つのかしらね?ふふふ……(遠い目)」
周循「まーぶっちゃけてしまうと、某ネットラジオのパクリですからね~。色々と無理が……。もし、元ネタが分からないという方は、単純に“一刀の娘三人が喋るだけのあとがき”であるとご理解下さい」
曹丕「基本的には、執筆時の裏話や、本文に書けなかったネタバレ、本文中の元ネタとかでお茶を濁していくわ」
諸葛瞻「……面倒なハナシでしゅね」
周循「そう言うな、しょかっちょ。お前が『面倒くさがり』なのは分かっているがな。……なお、わたし達が父さんの何番目の娘か、というのは予告なく変更になる場合があります。ご了承下さい」
曹丕「あと一応補足しておくわ。ここでの私達の呼び名は飽く迄“あとがき(ここだけ)”のもの。要はさっき、循……じゃなかった、しゅうっちが言った通り、某ネットラジオをパクったものよ。性格は一応設定の通りだけれど」
周循「そうですね。今後、作中にわたし達が出てきたとしても、このような呼び方はしませんので。また、子供達には『真名』を設定しない方向で考えているそうです。……読み手側が混乱するかも、という理由であって、考えるのが面倒とか、そういうことではないようです。ま、筆者は設定魔ですしね。もし、ご意見があれば、コメント等をお願い致します」
曹丕「多少ネタバレだけれど。私達の年齢は第01話の冒頭、今より随分未来である帝暦・黄平12年において、私そうっぺが10歳。しょかっちょとしゅうっちが9歳よ。ただ序列と同様、性格・年齢等も予告なく変更される可能性があるわ。悪しからず」
周循「あと、そうっぺは年上というだけでなく、“元国主の娘”ということで、同じ皇女ですが少々身分が上に扱われています。故に我等はそうっぺには敬語になっています。あと、読み手様への言葉にも敬語を使用しております」
諸葛瞻「『芸人気質』の癖に、相変わらず真面目でしゅね~」
周循「……わたしはその設定のせいで、筆者に“表現出来ない~(泣)”と愚痴られているのだが……。その点、お前は性格がはっきりしていて羨ましい限りだよ、しょかっちょ」
曹丕「私もある程度固まってるわね。まぁ私はお父様を初め、誰しもから“母親そっくり”と言われているくらいだし」
周循「それもこれも、筆者が子供の設定に『中の人ネタ(声優ネタ)』を多用するのがいかんのだ……全く」
曹丕「もし、ゲスト(笑)に呼んで欲しい娘がいるようなら、リクエストをコメントしてくれると嬉しいわ。娘が設定されているのは、例外なく『原作で真名が設定されているキャラ』よ。……この一言で色々察して頂戴(ホロリ)」
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○議題:仮面各種について
曹丕「『真・恋姫†無双』になって、えらく数が増えた仮面キャラについてね。本作今回でも同様のものを雪蓮様が使ってらっしゃるわね」
諸葛瞻「筆者は、これのせいで愛紗様が妙に馬鹿キャラと化している気がしてしまうそうでしゅよ」
周循「まあな。『華蝶』はともかく。お手製っぽい『むねむね団』や『猫連者』すら気付かないのはな」
曹丕「ということで、本作では何れの仮面も『宝具(ぱおぺい)』の類であるとしているそうよ。倉庫に眠っていた秘宝をパクったり、漢女的な何かの存在から貰ったり、山奥の宝箱から手に入れたり、何故か霊妙な力が宿ったりw……ということらしいわ」
諸葛瞻「はわ~、オフィシャル設定まで変更しちゃっていいんでしゅかね~?」
周循「……“『外史』というのは、便利な言葉だよな”、だそうだ」
二人「「あー……」」
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○議題:冥琳の武器『白虎九尾』について
周循「ああ、母さん愛用の鞭ですね」
曹丕「公式イラスト案(参考文献:真・恋姫†無双パーフェクトビジュアルブック)によると馬上鞭みたいね」
周循「そうですね。ですが、本作では名前のイメージを優先してオリジナルの形となっています」
諸葛瞻「『白虎九尾』だからキャットオブナインテイルでしゅか……安易でしゅね。逆の発想ならカッコイイんでしゅけど」
曹丕「ま、確かにね。でもキャットオブナインテイルは拷問用の鞭だから、より冥琳様“らしい”武器になったとは思うわ。……どっちかというと“無印”恋姫†無双の冥琳様のイメージだけど」
周循「母さんが本気になると『白虎九尾』で大木をも切り裂くそうですが。……そう言えば、たんぽぽ様の御子である馬承が、悪戯のおしおきにコレで“お尻ぺんぺん”されて以来、やたら母さんに従順になりましたね」
諸葛瞻「しょ、しょれは……オシオキというより、拷問しょのものなんじゃ……」
曹丕「雪蓮様は大丈夫だったのかしら……。考えてみると、旧呉勢で元軍師のお母様方は、皆“戦う軍師”なのね」
諸葛瞻「冥琳しゃま、穏しゃま、亞莎しゃま。確かにそうでしゅね~。お国柄でしゅか?」
周循「わたしは大和帝国、洛陽生まれ故に分からんな。原作サイドに質問してくれ、と無茶振りしてみる」
諸葛瞻「しょれは無茶過ぎでしゅよ……」
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○議題:『氣』、及び『勁』と『発勁』について
曹丕「専門用語の解説? 本文中に書きなさいよ、全く……」
諸葛瞻「はわ~……面倒この上ないでしゅね~……しゅうっち、任せましゅ」
周循「いきなり!? えー、まず『氣』ですが。原作ですと凪様が使ってらっしゃいますね」
曹丕「そうね。あと、真桜様の『螺旋槍』を回転させるのにも使っているらしいわね」
周循「はい。また原作中の説明によると祭様もお使いになるようで。本作では、このお三方が“氣を意識的に使用出来る人”と設定されています」
曹丕「それ以外の方は、使用出来ないか、無意識的に使用している、という扱いね。次に『勁』と『発勁』だけれど。しょかっちょ、いい加減、あなたも働きなさい」
諸葛瞻「仕方ないでしゅね……こほん。本作において『勁』とは“肉体の正しい運用法によって発揮される運動量”を指し、『発勁』とは“勁の武術的力積伝達法”として扱っています」
周循「(相変わらず、気合を入れないとちゃんと喋れないのか)少々小難しい表現だな」
諸葛瞻「“運動量(勁)”とは物体の質量と速度との積、即ち“攻撃のパワー”です。そして“力積”とは力とそれが物体に影響する時間の積、即ち“攻撃の当たり方”です。よって『発勁』とは“肉体から大きなパワーを生み出し、それを有効的に対象へ与える技術”を指します」
曹丕「要するに?」
諸葛瞻「(ぷしゅ~)……要は“上手(じょうじゅ)なぶん殴り方”でしゅ。『氣』とは関係ありましぇん」
周循「もうダウンか……? ともかく、『氣』はドラゴンボ○ルの“気”とか、ハ○ター×ハ○ターの“オーラ”のような超常的パワーであり、『勁』や『発勁』は飽く迄“体術”である、ということですね」
曹丕「最初からそう言えばいいじゃないの。これで分かってもらえたかしら?」
曹丕「この無理無茶無謀企画。ほんと、どこまで持つのやら。単に筆者のフォローになっている気もするし……」
諸葛瞻「しょれは言わないお約束(やくしょく)でしゅよ。ではまた次回、お会いしましょう」
周循「それでは、せーの☆」
三人「「「バイバイ真(ま)~~~☆彡」」」
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第4話を投稿です。
三国同盟締結一周年記念祭典、まずは天下一品武道会です!かなり予定より長くなってしまいましたw
今回は戦闘が中心の為、一刀くんを巡る状況は沈静気味。しかし、戦闘シーンは描写が難しいですね……
また、あとがき企画もスタート! 皆さんに受け入れて戴けると良いのですが ^^;
それでは、蜀END分岐アフターの始まり始まり~!