劉備は袁術と呂布との戦いで動けない。孫策は今のところ敵ではない。こちらが擁している皇帝に忠誠を誓う涼州の馬一族が牙を剥く可能性は限りなく低い。戦力を失った董卓に至っては論外。仕込みもすべて済ませた。
時は来たれり。
華琳は大号令を下し、魏軍の主力部隊を率いて北上することを決定した。総大将はもちろん魏軍総帥の彼女自身。副将となる左軍・右軍を率いるのはそれぞれ左軍が夏候惇こと春蘭、一方の右軍は織田舞人。本隊には風・稟がそれぞれ参謀として従軍し、左軍には秋蘭・季衣・流琉・霞が、右軍には凪・沙和・真桜・市。後に『織田の四羽烏』のよばれる将が従うことになっていた。許昌の留守は桂花が預かり、食糧の輸送などの補給面を担当する事になっている。
「この戦で我が曹魏は天下へ駆けのぼる!奮起せよ!」
『オォッーーーーーー!!』
「舞人さん」
出陣前夜、瞳に呼び出された舞人は皇帝の寝室にやって来ていた。彼女は出陣前夜に呼び出した事を詫び、「これを」と彼に一振りの刀を差し出した。
「これは・・・」
「私が洛陽を追い出される前日に、皇室御用達の職人に頼んで打たせた刀です。先日完成したので、持ってきてもらいました」
鞘には彼の異名である紅竜が描かれ、刀のつばには金色の竜が描かれているのをはじめとして華美で、それでいて上品な作りになっていた。鞘から刃を抜き、瞳と距離を取って素振りをし、炎の氣を刃に乗せる。
「すげぇな、これ・・・前の刀より氣が通りやすいし、馬上でも振り回しやすそうだ」
「よかった!気に入っていただけましたか!?」
「あぁ!すっごくいいぜ!ありがとうな!」
刀を佩き、瞳に礼を言う舞人。
「この刀の銘は雲台仲華(うんだいちゅうか)といいます。舞人さん、この刀で賊徒を切り払い、無事に凱旋して来てください」
「ああ、任せとけ。無事に帰ってくるよ」
舞人は踵を返し、部屋を立ち去ろうとしたが、
「・・・あっ、待って」
瞳が彼の足をとめた。
「どうした、瞳」
「・・・屈んで、目をつぶってください」
なにやらモジモジと頬を赤らめて、彼女はそんな事をお願いしてきた。
「あ、ああ・・・」
そんな彼女の様子にちょっと訝しげな舞人だが、彼女の言う通りに屈んで目を閉じると、スッと彼の首に腕が回され―――
彼の唇に、少女の唇が重なった。
「ひ、とみ・・・?」
驚いて目を見開いた舞人。一度少女は唇を離したが、さらに唇を重ねた。先ほどよりも深く、長く。
「・・・恐いんです」
唇を離し、少女は泣きそうな声で呟く。
「本当は舞人さんを戦になんか行かせたくない。この扉を出た後、舞人さんが帰ってこないんじゃないかって思うと怖くて仕方がないんです。でも、あなたが行かないと曹操は負けてしまう・・・」
「そうだな・・・」
一人で戦局を覆せるなどは思ってはいない。しかし自分が一軍を預かるに相応しい指揮官である事は解っているし、この少女もそんなワガママが通じるとは思ってはいないだろう。だからこそ舞人は、瞳の不安を解消させなければならなかった。
「そうだな、俺は行かないといけない。どうすればお前の不安を解消してやれるんだ、俺は?」
舞人は優しく背中を叩いて彼女の言葉を促す。
「抱きしめて、ください・・・」
「ああ」
舞人は瞳の震える体を抱きしめた。
強く、強く。
曹操軍は数日の日をかけ決戦の地・官渡に到着した。華琳は本陣を官渡城に定め、左軍大将春蘭を延津城に、右軍大将織田舞人を白馬城にとそれぞれ布陣させた。一方の袁紹も曹操軍と川を挟んで対峙。顔良を左軍大将、文醜を右軍大将にし、それぞれ顔良を白馬城に、文醜を延津城に派遣した。
合戦前夜。延津城から春蘭、白馬城から舞人がそれぞれ本陣に呼び出された。
「お呼びでしょうか、華琳様!」
「なんか用かー、華琳?」
城内の作戦本部とも言うべき玉座の間に、華琳は風と稟を侍らせて控えていた。「2人とも、御苦労さま」と彼女は2将軍をねぎらう。
「実は2人から作戦の変更があるのよ。特にこの作戦は春蘭の左軍が重要な動きをするから、後で風自身を差し向けるけど、とりあえず舞人にも説明しておこうと思ってね。風、稟、説明を」
「わかりましたー」
「それでは舞人殿、春蘭殿、この地図をご覧ください・・・」
官渡の夜は、更けてゆく。
曹操軍10万、袁紹軍20万の兵による『官渡の戦い』が始まろうとしていた・・・
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第17弾、官渡の戦いです。上・中・下の三回に分けて投稿する予定です。今回は(上)。この3連休最後の投稿です。
・・・明日から学校か・・・憂鬱だなぁ・・・