并州、一刀の屋敷
「予想通り、今回の討伐により并州に蔓延っていた賊徒はほぼ一掃されました。
また解散した義勇軍の元兵士達による自発的な警備活動によって各邑や村の治安は回復、以前と変わりない状態にまで戻りつつあります」
「そうか、それはなによりだな」
一刀は傍に控える玄武の頭領の報告を聞きつつ、日課である武術の鍛錬をしていた。
「それで、冀州・広宗で争っている官軍と黄巾賊の戦況はどうなっている?」 キュゥウン
「はっ、それなのですが帰還した密偵の報告によれば半月程前までは黄巾賊相手に一進一退の攻防を繰り広げていた様なのですが、ここ暫くは官軍の方が終始押され気味の様子で一つ間違えれば討ち破られかねない状況の様です」
「・・・・・・原因は?」 キリキリキリ
「指揮官が代わった所為かと思われます」
「指揮官が代わった?」 バシュッ ターン
強弓を引き絞り、見事に矢で的を射抜いた一刀が思わす問い返した。
「はい、一刀様も知っての通り冀州・広宗に展開する官軍の指揮は盧植将軍が執っていました。
しかし半月程前、盧植将軍は在りもしない罪を着せられて指揮権を剥奪、罪人として都に送られたそうです」
「そう言う事か・・・・・それで今官軍の指揮を執っているのは誰だ?皇圃嵩将軍あたりか?」キュゥウン
「それが・・・・・都から出陣して来た何進大将軍が全軍の指揮を執っているようです」
「・・・・・馬鹿な事を、戦の指揮も執った事の無い男が全軍の指揮を執るなど笑い話にもならないだろうに・・・・・・・遠からず官軍は討ち破られるな」 キリキリキリ
「恐らくは・・・・・・如何なさいますか?」
玄武の頭領が今後 どう動くのか一刀に問い掛ける。
一刀は弓を引き絞り、的を狙いつつ
「暫くは静観するしかないな。玄武は引き続き情報収集にあたってくれ」
「判りました。ではこれで」
言葉と共に姿を消す玄武の頭領。
それを見る事無く一刀は更に弓を引き絞り・・・・・的(目標)に向かって矢を放つ!
ターーーン
甲高い音と共に矢は見事に的のど真ん中に命中していた。
一刀はその結果を見つつ、弓を下ろし物思いに耽るのであった。
真・恋姫無双 ~黄龍記~
第二章
進むべき道 一刀新たなる仲間と共に戦場に立つとのこと
周辺地域の賊徒一掃から約半月後
一刀は義勇軍を解散させ、兵士達には家族の下に帰りそれぞれの住まう邑や村の復興に力を尽くす様に言って送り出していた。
そんな中、一刀が住まう邑に何の前触れも無く突然五千騎の官軍騎馬隊がやって来た。
彼等が掲げる旗印は『盧』
冀州・広宗にて五万の官軍主力軍を率い、三倍の数を誇る黄巾賊主力軍と互角に渡り合いながらも、無実の罪を着せられ罪人として都に送られた筈の盧植将軍の旗印であった。
(何故盧植将軍が?)
と、一刀が首を傾げる中、盧植将軍は天の御使いと噂される一刀との会談を望んできた。
対する一刀は盧植将軍の目的と真意を確かめる為に、その申し出を承諾。
二人は聞き耳を立てられる事の無い周囲を見渡せる庭園にて話をするのだった。
先ず自己紹介に始まり、その後は暫しの間お互いのこれまでの経緯や今現在の状況などを話し合う。
因みにその際、一刀に真名がない事を知って盧植将軍が驚いたり、逆に盧植将軍が宦官の左豊が要求した賄賂を断った為に降格された事等を知った。
そんな話を四半刻(約三十分)程続けた頃、徐に表情を一変させた一刀が話し掛けた。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか?」
真剣な顔付きで話し掛ける一刀に、盧植も居住いを正す。
「そうじゃな・・・・・・単刀直入に聞こう、北郷は今の漢王朝の施政と状況をどう思っておる?」
「・・・・・・どう言う意味ですか?」
「そのまま言葉通りの意味じゃよ。仮にも漢に仕える将軍の言葉ではないが、そう遠くない内に漢王朝は滅びるじゃろう。
例え心ある者達が漢の復権を目指しても、できる事は精々滅びの時を十年、或いは二十年程度遅らせる事位じゃろうな。
どちらにせよ漢王朝の滅びは避けられまいて」
「・・・・・・随分ハッキリ言いますね。でもまあその見立ては正しいでしょう。
既に漢王朝に往時の力は無く、宮中内に巣食い蔓延った私利私欲に走る悪官達の粛清すら出来ない有様
その結果、民は貧窮しやがて耐え切れなくなった民衆が黄巾賊として立ち上がると言う悪循環を生み出してしまった。
そして同時に黄巾の乱は大陸各地で爪を研いでいる英雄、諸侯達に『漢王朝に昔日の力無し』と言う認識を与え、この機に中央の混乱を逆手に取って自らの野心を果たそうと考える状況を作り出してしまった」
漢王朝の滅びを予見する盧植の言葉に内心驚きながら、一刀も今の現状を省みた意見を話す。
そんな一刀の言葉に盧植は「うむ」と、一度頷く。
「全く以ってその通りじゃよ。今はまだ大丈夫だが、何か一つでも切欠さえあれば・・・・・・」
「・・・・・・遠からず大陸全土を巻き込んだ未曾有の混乱が起こる、ですか・・・・・・」
一刀の言葉に再び盧植は頷いた。
そして盧植は・・・・・・
「北郷よ、奇しくも天の御使いと呼ばれるお前はこれから始まる乱世をどう生きる?」
偽りは許さないと言う顔で一刀に問い掛けた。
盧植の問い掛けに対し、一刀は考えを纏める為に眼を瞑る。
そして暫し後、ゆっくりと眼を開いた一刀は自らの答えを盧植に返す。
「俺は天の御使いなんかじゃない。
もし俺が天の御使いと呼ばれる存在ならもっと多くの人達を助ける事も、救う事も出来た筈だ。
だが助けられなかった人は大勢いるし、救えなかった者も沢山いる。賊の討伐の折には犠牲も多く出した。こんな俺が天の御使いなんて大層な存在な訳が無い。
俺は唯の人間だ。確かに人よりも優れた武を持っているかもしれない。他の誰も知らない知識や技術を持っているかもしれない。
それでもやはり俺は唯の人間に過ぎない・・・・・・・・・だから」
「だから?」
「だからこそ俺は自分にできる事をする。
俺を信じて付いて来た人達の為、途中で傷付き犠牲となった者達の為、そして何より俺が俺である為に、全てを背負って前に進む。
天の御使いとしてでは無く、一人の人間として・・・・・・これが俺の答えだ」
「そうか・・・・・・(天の御使いでは無い、か・・・・・調べた限りではこの者は龍が空を翔けたとされる四年前に突然この地にやって来たと聞く。管輅の占いと符合する点も多く、僅か数年で大富豪にもなっている事を考えるとやはりこの者が天の御使いか?
しかし天の御使い云々は兎も角この者は間違い無く英雄の、王の資質を持っている。それも類稀な・・・・・・・本人は気付いていない様じゃが、切欠さえあればこの者はいずれ昇竜となって誰よりも高い天へと駆け上がるじゃろう。
もしかするとこの者が今この時、この地に現れたのは天の采配なのかも知れんな。ならば儂のなすべき事は唯一つ、この者が天へ駆け上がる切欠を作り与える事のみじゃな)
・・・・・・北郷、いや一刀よ、お前にこれをやろう」
盧植は懐から一枚の紙を取り出して一刀に手渡す。
「! これは鉱山の所有権を漢王朝が認める証書!」
「左様、それがあれば役人は勿論の事、例え州牧と言えども迂闊に鉱山に手が出せん。
鉱山の安全が確保出来れば、この邑や周辺の村の者達の生活も安泰、お前も気兼ねなく自由に動けるじゃろう。後はお前しだいじゃよ」
語るべき事、言うべき事を全て言い終わると盧植は立ち上がって庭園を後にしようとする。
その時・・・・・・
「盧植将軍・・・・・・・ありがとうございます」
一刀は盧植を呼び止め、深く頭を下げて御礼を言った。
そしてそんな一刀を見て盧植は唯一つ頷いて庭園を後にするのだった。
盧植将軍の訪問から数日後
一刀は黄巾賊討伐の為の出陣準備に追われていた。
遠征する兵力は一刀に絶対の忠誠を誓っている私兵騎馬軍団二千に、新たに私兵団に加わった一千騎を合わせた計三千騎。
以前集まった義勇軍の者達は元々周辺地域に蔓延る賊徒を討伐する為に各邑や村々から集められた志願者達である。
そんな彼らを一刀の志に無理矢理付き合わせる訳にはいかない。
その為、一刀は黄巾賊討伐を目的とした此度の遠征には私兵軍団のみであたる事にしたのだ。
だがその一週間後・・・・・・一刀にとって嬉しい誤算が生じる。
出陣の準備を万端整えた一刀率いる私兵軍団三千騎の前に、二千騎の騎馬軍団が待っていたのである。
その騎馬軍団に所属する者達は皆、一刀率いる義勇軍に参加した者達であり、その中から特に馬術に優れ、騎射をも行える者達で編成された精鋭騎馬軍団であった。
実は彼等、一刀が黄巾賊討伐に出陣すると聞いて、今こそ一刀様に恩を返す時と考えて并州各地から集まって来た志願者達である。
そしてそんな彼等に一刀に助けられたり救われたりして深い恩を感じていた邑や村々の者達が協力や支援をして密かに義勇軍が結成されていたのであった。
そして最終的に二千騎もの騎馬軍団を作り上げ、一刀の力に成るべく待っていたのである。
「一刀様、どうか我らも共に御連れ下さい。
ここに集まりし我ら皆、例え志半ばで死すとも決して後悔は致しません。
ですからどうか、どうか! 我らも一刀様の進む道の御供をさせて下さい! 御願い致します!」
「「「「「御願い致します!!!」」」」」
一刀を待っていた二千の騎馬軍団の者達が一斉に下馬して跪き頭を下げた。
困惑する一刀。そんな一刀に邑の長老が話し掛けた。
「一刀様、彼等も皆一緒に連れて行って下され。
彼等は皆、自らの意思で一刀様の力になりたいと考えて着いて行く事を決めた者達ですじゃ。
決して足手纏いにはなりますまい、どうかよろしくお願い致す」
「長老・・・・皆・・・・・・・解った。
皆の命、確かに俺が預かった! 俺と共に天下泰平の世を築こう!!」
「はい!」「うおおおおーーー!」「何処までも着いていきますぞ」
一刀の言葉を聞き、集まった義勇軍の者達は歓喜の声を上げた。
此処に黄巾賊討伐を目的とした一刀率いる并州義勇軍が立ち上がったのであった。
「では皆、色々と世話になった」
見送りに集まった邑の人々に加え、周辺の村や邑からも大勢の人達が一刀達の見送りに着てくれた。
皆、口々に「一刀様ご無事で」「何時でも戻って来て下さい」「お元気で」などと言って一刀達の出陣を見送ってくれた。
「長老、鉱山の管理、運営をお願いします」
「判っておる。邑の者達も手伝ってくれると言うとる、何も心配せずに己の進むべき道を進みなされ」
「ええ、ありがとうございます・・・・・・よし! 義勇軍はこれより冀州・広宗へと向かい、盧植将軍と合流する。
その後、官軍と共に黄巾賊討伐を行う。全軍出陣だ!!」
「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!」」」」」
一刀の号令の元、五千騎の義勇軍が出陣した。
大勢の人々の歓声と励ましの言葉を受けながら・・・・・・
邑を出発してから数刻後
後衛軍の兵士が一刀の元に駆けて来た。
「申し上げます! 後方から砂塵、騎馬が一騎こちらに向かって駆けて来ます」
「騎馬が?・・・・・・一騎だけなら敵の可能性は低いな。一応警戒する様に後衛の軍に伝えろ」
「はっ、判りました」
暫くして再び伝令が一刀の元に駆けて来た。
何があったと聞けば、何でも立派な武器を持った武将らしき者が一刀に目通り願いたいと言っているらしく、一刀はその意を受けて会って見る事にした。
「君か?俺に会いたいと言うのは」
「は、はい・・・・・・えと、天の御使い北郷一刀様ですか?」
「天の御使いかどうかは兎も角、一応俺が北郷一刀だけど・・・・・・君は?」
「は はじめまして、わ、私は徐晃と言います。
その、天の御使いと噂される北郷一刀様が黄巾賊討伐の為に立ち上がろうとしていると話に聞きましたので、宜しければ私も義勇軍の一員に加えて頂けたらと思って邑に行ってみたのですけれど・・・・・・」
「既に出発した後だったので、ここまで後を追って来た、と・・・・・・そう言う事かな?」
「はっはい」
「(徐晃か・・・・・・確か魏が誇る五大将軍の一人に数えられる智勇兼備の将だったよな。それがまさかこんな大人しそうな女性とは・・・・・・・・・俺が知っている三国志の逸話通り大斧を携えているし、本人に間違いないんだろうけど)・・・・・・・判った」
「あ、それでは・・・・・・」
一刀の返事に嬉しそうに顔を綻ばせる徐晃
その笑顔に一刀は思わず(かわいいなぁ)と内心思いながらも言葉を続ける。
「その代わり君の力と実力を見せて欲しい。
女性だからと言って馬鹿にする訳じゃないけど、これから俺達が向かう場所は戦場、死地だ。
生半可な気持ちや覚悟で付いて来られる場所ではない。それでも俺達と共に言うなら付いて来れるだけの力と実力を示して欲しい」
厳しい事をハッキリと言う一刀。
だがしかし一刀の言う事は正しい。
義勇軍の向かう先は一瞬の油断が命取りになる戦場、文字通り命の取り合いが平然と行われる場所だ。
それ相応の気持ちと覚悟がなければ正気ではいられないだろう。
たからこそ、一刀はあえて厳しい言葉を投げ掛けるのだ。彼女の事を思って・・・・・・
因みに言うまでも無いが、義勇軍に参加している兵士達は一人一人がそれ相応の覚悟を決めた者達である。
「判りました。あの・・・・・・お手柔らかに」
だがそんな一刀の思いを知ってか知らずか、徐晃は受け入れた。
そして一刀と徐晃がそれぞれ槍戟と大斧・鬼斬を持ち構えて対峙する。
「・・・・・・いきます」
先手は徐晃。言葉と共に大斧を掲げて馬を駆け出させる。
対する一刀は槍戟を構えて真正面から迎え撃った。
「はぁっ!!」
ブォン
交錯の瞬間、風を切る音と共に徐晃の持つ大斧・鬼斬が勢い良く振り下ろされた。
ガギイィィイイン
女性の身から放たれた一撃とは思えない程の豪撃。
だが一刀はその重い一撃を槍戟の柄で難無く受け止めて見せた。
「やっぱり流石ですね、私の全力を振り絞った一撃を難無く受け止めるなんて・・・・・・」
自信のあった全力の一撃。その全力の一撃を難無く受け止められた事で、徐晃は一刀の実力が自分よりも遥か高みにいる事を武人として感じ取っていた。
「でも・・・・・・まだこれからです!」
しかし徐晃は一切怯む事無く一刀に攻撃を仕掛けていく。全力で・・・・・・
既に今の自分では到底敵わない事を彼女自身良く理解していた。しかし一人の武人として自分よりも遥か高みにいる武人と手合わせ出来るこの千載一遇の機会を逃すつもりは徐晃には無かった。
己の持つ力と技量の全てを出し尽くして戦える事に高揚する心
そんな彼女の姿は雄雄しくも美しく・・・・・・何時の間にか義勇軍の兵士達の眼を釘付けにし、その心を捕らえて離さなかった。
そして一刀もまた徐晃の力と技量に内心舌を巻いていた。
まだまだ到底自分には及ばないが、経験を積んで力と技量を上手く伸ばせば間違い無く歴史にその名を残す一角の武将に成れると確信していたのだ。
そして・・・・・・一刀と徐晃が手合わせを始めてから四半刻が過ぎた頃、
「やぁあああっ!」「はぁあああっ!」
ギィイイン
袈裟切りに振り下ろされた徐晃の大斧を、一刀は半回転させる事で得られる遠心力を上乗せした槍戟の一撃で見事に弾き飛ばした。
ヒュンヒュンヒュンヒュン ドン!
弾き飛ばされた大斧が空を回転しながら落下して、そのまま地面に重い音を立てて突き立った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・御見事です」
「君もね徐晃、改めてこれから宜しく」
「えっ!? それでは・・・・・・」
全く手も足も出ずに敵わなかった事でてっきり参加を認められないと思っていた徐晃は驚いた顔をする。
「ああ、喜んで君を迎え入れるよ」
「あ、ありがとうございます!
ならば北郷様、改めて自己紹介をさせてもらいます。私は姓を徐、名が晃、字を公明、そして真名が桜と言います。
北郷様には真名をお預けしますので、私の事はこれから桜と呼んで下さいませ。よろしく御願い致します」
「判った。なら俺の事も北郷では無く一刀と呼んでくれ。
元々真名を持たない身、一刀が真名に一番近いからそう呼んでほしい」
「えっ!? 真名が無い・・・・・・判りました。では一刀様と呼ばせて頂きますね」
真名が無いと言う一刀の言葉に驚いた徐晃だが、この方は天の御使いということを思い出して取り敢えず納得した。
その後、徐晃はその実力を認められて一刀の副将となる。
いきなりの大抜擢に驚き慌てる徐晃だが、義勇軍の兵士達も一刀の決定に全く異存は無く、そのまま徐晃は副将に就任するのだった。
因みに驚き慌てていた徐晃ではあったが、副将就任が正式に決まった折はとっても嬉しそうな顔をしていた事を付け加えておこう。
こうして新たに頼もしい仲間を得た一刀は、改めて黄巾賊討伐の為に兵を進めるのであった。
向かう先は冀州・広宗、黄巾賊の主力軍にして本隊が展開する激戦の地である。
つづく
改訂版の第二章、いかがだったでしょうか?
幾つか変更した点などもありましたが、予告通り基本的な部分は変わっていません。
何はともあれお楽しみ頂けたら幸いです。
次の改訂版も早めに出すつもりですので御楽しみに。
ではこれで失礼をば。
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