第九章
-3-
――――私は夢を見ていた。
曲げられた外史。
途中で改変された物語。
本流から分岐した支流。
本流は孫仲謀のための物語。
この支流は、孫文台と孫伯符のための物語。
死したものを再臨させ、死せるものの命を繋ぎ止め。
――――この枝分かれした外史は、志半ばで倒れていった彼女たちの願いを
叶える為に捧げられた、もうひとつの孫呉の物語。
その終端は――――………
???「……ちゃん……おねーちゃん…」
雪蓮「……ん……」
小蓮「おねーちゃん、もう朝だよ。 早く起きないと、どーん! しちゃうよ?」
蓮華「こら、やめなさい小蓮、姉様は体が弱いんだから」
雪蓮「…んもう、うっさいわね。せっかく良い夢見てたのに」
煌蓮「ったく、やっと起きたかい、この馬鹿娘。 もうすぐメシが出来るよ、とっとと顔洗ってきな」
雪蓮「はぁ~い」
祭「やれやれ、調練しなくなってからというもの、少々たるみ過ぎではないかの? 策殿は」
冥琳「仕方なかろう、例えどんな姿になろうとも、雪蓮や孫家の皆が生きていてくれれば、
私はそれ以上は望みはせぬよ。
まさかこうして、我ら七人水入らずで同じ卓を囲むことが出来る日が再びやって来ようとは、
私は夢にも思いませなんだ」
祭「そうじゃのぅ。 我らはかつて天下を目指し、その志半ばで堅殿は憎き黄祖の矢に倒れていった。
天は堅殿を再び常世に巡らせ、天の計らいによって戻りし堅殿は、黄泉路に旅立とうとしている策殿を
現世に押しとどめた。その心は…」
思春「恐らく天は、我らが目指していた覇道の続きをご覧になられたいのでしょう。
そしてその行く末に果たして何があるか、お確かめになりたくおいでなのでしょう」
煌蓮「んー、どうだろうねぇ。 あたしゃ、閻魔の大王とドンパチやってたことくらいしか
黄泉での記憶がないんだ。
そこで、あの大王の城に特攻(ブッコ)もうとしていた最中に、なんかよう分からん
若い二人組みの男に出会ったんだよね」
蓮華「二人組みの男、ですか?」
煌蓮「んー 名前は… なんて言ったっけな、よう思い出せんわい。
片方は坊主くらいの背丈の奴だったね、で、もう片方はヒョロ長い痩せぎすの男だったな。
で、ソイツラがあたしに言ったんだ。『孫呉の覇道の行く末をその目で確かめたいか』、とね。
んで即応したら、いつの間にかあの戦場の真っ只中にいたってわけさ。
敵の軍勢が魏の曹操と言う人物だってことが、どういうわけだか頭の中にちゃんと入っててね。
で、うちの娘が危ないってのもしっかりと」
小蓮「へぇ~、へんなの~」
煌蓮「まぁたしかに俄かには信じられないような話だぁねぇ。
でもあたしとしちゃぁ、あんま向こうにいたときのことは思い出したくないのさ。
あたしゃお前たちと一緒にいるだけでこれほど幸せなことなんざないさね。
今は坊主がいるし、魏の子達も、桃香ちゃん達もいる。
昔と違って、頼もしい連中が、今のあたしらにはこんなにも沢山いる。
あたしらの悲願、『孫呉に天下を』。 もうすぐ叶うよ。 お前たちも、しっかり精進おし! いいね!!」
七人「はい(御意)っ!!!」
煌蓮「んじゃ、メシにするよ、ほら、全員で…」
七人「いただきまーす!!」
煌蓮「っしゃおらぁっっ、競争だ!! 虎は虎らしく一気に平らげろぉい!!
メシ食ったら朝議だから、お前らも早く食っちまいな!!」
蓮華「母様…それだから華琳に下品と罵られてしまうのよ……」
煌蓮「んなこたぁどうでも良いさね。戦場では一分一秒が命! これに尽きる!!
魏の子たちゃぁ、 火 事 場 根 性 が足りなさ過ぎるわ!!」
小蓮「おかわりー!」
煌蓮「よっしゃ、まだまだあるよ、どんどん食いな!」
~坎宮 華琳の執務室~
秋蘭「華琳様……」
華琳「何? 今忙しいのだけれど」
秋蘭「はっ、しかしながら、急ぎお耳に入れておきたいことが……
誰も入れないように、鍵をかけさせて頂きたいのですが」
華琳「いいわよ。 何かしら、言って御覧なさい」
秋蘭「それが……洛陽で保護していた少帝の家臣の者たちが彼女らを連れ出し、
蓑陽を抜け、南荊州に向かっているようなのです」
華琳「……南荊州? 南荊州って、呉と蜀が帰属をめぐって係争中っていう?」
秋蘭「……信じて頂けないのは百も承知です。
ですが現に、彼らは数十にも満たぬ少数の手勢のみを率い、あの専属の軍師ともども……」
華琳「……魏を出奔した、と?」
秋蘭「……御意……その通りです、しかも、あの袁術や袁紹も、西に向かっているとの報せが…」
華琳「……明らかに何かの罠ね。 でも変ね…えさにしては上物過ぎるし、
釣り針にしてはあからさま過ぎるし……至極不可解ね。
何を考えているのかしら、あの連中は」
秋蘭「それだけではありません、もうひとつ…」
華琳「聞きましょう。 言ってみなさい」
秋蘭「はっ、草から入った報告では、『蜀にて、新たな皇帝の擁立の動きあり』……と」
華琳「なんですって!? ……まずいわね」
秋蘭「いかがなされますか、華琳様? このまま放置しておけば
我ら魏呉は、彼らに先手を取られてしまうやもしれませんが…」
華琳「そうね…… 秋蘭、冥琳殿と文台様、それから一刀に報告。 すぐに伝えなさい!」
秋蘭「はっ!」
華琳「蜀……か。 反董卓連合のときからずっと鳴りを潜めていたけれど…今頃になって…なぜ?」
夜のしじまに、二つの白装束が、ゆらり、と蠢く。
その者たちには、姿は見えども、影がない。 実体を持たない存在たち。
実体を持たぬゆえ、常人が彼らに触れること、かなわず。
彼らは外史と外史の狭間に生き、そしてその外史を荒らし、崩し、潰し消し去ることこそが彼らの存在意義。
すなわち、外史の否定派。
場所は、北郷たちのいる呉からはるか万里の東方、倭国・伊勢。
俗に、蓬莱や邪馬台と呼ばれている場所だ。
この地は、かの外史の世界の範囲外であり、この地にまでは天の御使いの影響を及ぼさない。
ゆえに、この島国の範囲内では、彼らは自由に行動できた。
だが、彼らは月明かりのともる夜にしか行動できない。
蒼天の中では、光が強すぎて表に出られない。
逆に、闇に閉ざされる新月の晩には光が届かないため、世界を繋ぐ鏡の前に縫い付けられて動けない。
今宵は満月。倭国の番人である卑弥呼もおらず、最近の彼らは行動を活発にしつつあった。
???「首尾はどうだ?」
???「順調ですよ、左慈。 …むしろ、思った以上の成果、と、言ったところでしょう」
左慈「そいつは結構なことだな、干吉。 どのくらい進んだのか、聞かせてもらおうじゃないか」
干吉「ではまず、我らが魂返しを試みた孫文台ですが…思った以上に活躍してくれていますよ、彼女は」
左慈「どのくらいだ」
干吉「そうですね…具体的に言えば、再臨したその日に、魏を降伏させました。
これはさすがの私でも、予想外といったところでしょうか」
左慈「ほう? あの女の強さにはいたく苦労させられたが、どうやら送り出した甲斐があったというものだな」
干吉「経過は上々ですよ…さすがは孫文台、我らが見込んだ強力なファクターですね。
このままのペースで行けば、あと半年もすれば、我らはかの地にて影響力を発揮できることでしょう」
左慈「ふんっ、毎度毎度のことながら、貴様の回りくどいやり方には反吐が出るぜ。
さっさと建業まで行って、北郷を始末してしまえばいいものを」
干吉「それが出来れば苦労はないのですがね… 建業には二十近い英傑の数に加え、
あの肯定派の二人も孫呉に参内しているのですよ…
建業の守りは、万全を通り越して、鉄壁、といったところでしょうか」
左慈「チッ… ならばどうするんだ、干吉」
干吉「手ならいくらでもありますよ… まず在野の英傑たちを、全て西に向かわせました。
さらに、孫文台が活躍してくれたおかげで、本来の蜀はその形を崩し、二つに分裂しました。
劉備側と、劉表側にです」
左慈「ふんっ、あの中身も何もない使い捨ての傀儡か」
干吉「ですが、あの傀儡には、劉備と同じく人心を集める『誘』の術をかけておきましたからね…
彼らが起つのも、もうすぐでしょう。 そうすれば、後は魏呉と蜀は、
我らが思うがまま、勝手に戦を始めてくれることでしょう。
許貢や黄祖といった、魏呉にとっての宿敵も揃えておきましたからね…
間違いなく彼らは乗ってきてくれることでしょう」
左慈「呂布や趙雲といった傀儡共がすべて呉に捕らえられたらどうするつもりだ」
干吉「その場合は、あの劉表の名を着せた傀儡は役目を終えるだけのことです…
尤もそのころには、外史の流れも孫堅の手によって十分乱れていることでしょうし、
後は五胡や大月氏国でもけしかければ、我らが復活できる日もそう遠くないことでしょう」
左慈「その時になったら貴様はどうするつもりだ?」
干吉「何、その時になれば、あとはあの終幕してしまった外史の筋道になるべく近づけるように
シナリオを修正するだけです。 そのときこそ、我らと北郷の決戦ですね」
左慈「ほう、今度こそ奴と一騎打ちが出来ると言うのか、貴様は?」
干吉「出来ればそうしたいところですがね…あの二人がそれを黙って見ているはずがないでしょう。
後は、あの管路がどう動くかによりますね。
普段は隠遁しているとはいえ、あの者も間違いなく肯定派の一人ですから…油断は出来ませんね」
左慈「チッ…先はまだまだ長いってころか」
干吉「今は忍耐のときですよ、左慈… どちらにしても、我らのここまでの計画には狂いはありません。
後はひたすら時期を待つだけです。 あの外史が崩壊するのも、そう先のことではありませんよ……」
第九章三節終了 第十章に続く
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