No.100441

A heart to cross

。。。さん

デスノートのメロ×ニアで原作沿い。メロが死なない未来捏造の話です。

2009-10-11 23:43:18 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3260   閲覧ユーザー数:3244

「…ニア…。メロから連絡が…。」

 

ニアが仮眠を取るように促され、プライベートルームに戻って程無くしてリドナーから通信が入った。

 

「会いたいと…。今、ビルの下まで来てるそうです。」

 

「まさかこの為に仮眠を取るように、と?」

 

「……。」

 

リドナーとメロは繋がっているのだから、そのくらいのお膳立ては造作も無い事…か。

良くも悪くも彼女は正直だとニアは思う。

 

「…分かりました。私の部屋まで通して下さい。」

 

開け始めたプラモデルの箱をすぅーっと横にやりながら、ニアは脳裏に焼きつく声を思い出していた。

幼馴染の青年の、馴染みの無い低くて暖かな声を。

 

「どうしてまた…ここへ…?」

 

再び湧き上がった、泣きたくなるような感情を鎮めるかのように、ニアは傍に転がっていたロボットを胸に抱き締め、俯いた。

 

 

 

メロがSPKの元に再びやって来たのは、深夜…リドナーとニア以外の者がいない時を見計らってであった。

リドナーに頼み込んで、もう一度ニアと接触する機会を作って貰ったのである。

 

 

―――――どうしてここに来たくなったのかはよく分からない。

ただ、数日前4年ぶりに会ったニアの後ろ姿に、激しい眩暈を覚えていた。

あの感覚をなんと言うのだろう。

俺があの写真を取りに来る事を見越していたくせに。

あれだけ俺をキラから守る為に手を回していたくせに。

ニアは背中を向けたまま、こちらを見ることもなく再会は終了したのだ…。

だからかどうかは自分でも分からないが、もう一度…誰の目にも触れない場所で納得のいく再会をしたかったのかもしれない。

 

メロは混乱する自分の心を整理することなく、思いつくままに行動していた。

 

 

 

ニアがロボットを抱えてベッドの端に座っていると、再び通信が入る。

 

「ニア…メロを連れて来ました。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう言うとドアの傍まで歩み寄り、ボタンを押してドアを開けメロを迎え入れた。

 

「メロ・・・ようこそ」

 

先日顔を合わせる事も無かった青年の、精悍でどこか憂いのある表情がニアの目の前に立ち塞がる。

もう、小さい頃の、思い出の中にいる自分の知ってるメロではなかった。

背丈などは自分より頭ひとつ分程高く、華奢ではあるが金色の髪がよく映える均整の取れた体つきをしている。

持っていたロボットを抱き抱え、緊張を悟られないようメロから視線を外し背を向ける。

 

「また背を向けるのか?…ニア。」

 

低く甘く響く声はニアの琴線に触れて、泣きたくなってしまう。

そしてそんな顔を見られたくなくて、ますます動けなかった。

 

「甘いな…」

 

聞き覚えのある金属音に反応して、ニアが思わず振り向くと、額の前に突きつけられていたのはクロスモチーフの付いた拳銃だった。

 

ああ…ここで殺されるのも悪くはないかもしれない。

メロになら…。

 

ゆっくりとメロの方に向き直って、抱えたロボットをぎゅうっと抱き締めると、静かに目を閉じた。

眠るように…祈るように…。

 

「…ムカつく奴…」

 

苦しげな表情を浮かべてニアを見つめるメロの心の中では、漠然としたストレスが溜まってゆく。

いつだって勝った気がしない。

そして…いつもニアは自分の事など見ようともしないのだ。

しかし、メロにはそれが悲しいのか悔しいのかもよくわからない。

 

「お前より先に…俺が必ずキラを引きずり出して捕まえる。その為にSPKを利用させて貰う事もあるだろうけどな。」

 

ニアがゆっくり目を開けると、視界の上方に映る硬質な物体…そしてその先に見えてくる金色の髪をした青年が目に飛び込んできた。

その声音からは想像出来ないほどに、メロの表情は悲しげだった。

 

「何故私を越してそんなに一番になりたがるのですか?何故私に固執するのですか?」

 

「……」

 

「私の事が…そんなに嫌い…ですか…?」

 

「…ああ。嫌いだ…。」

 

ニアが確認するかのように問えば、さも当然と言わんばかりの返答が冷たい部屋にじわりと響く。

予想通りの答えにも関わらず、ニアは一瞬の不整脈を感じて顔を顰めた。

抱えていたロボットを手から離すと、ガチャンという無機質な音だけが部屋中に広がった。

メロと目を合わさぬ様、視線を真っ白な床に落として口を開く。

 

「メロ…前にも言いましたが、私を撃ちたければ撃って下さい。」

 

「…?」

 

「私は一番になりたかった訳ではありませんし、二人でLを継いだって構わなかった。」

 

「……」

 

「ですが、私を殺して貴方がLを継げば、それはイコール貴方が一番ということです。であれば…迷う必要などないでしょう?

憎いと思い続けた私も居なくなるのですから…。」

 

その言葉を聞いたメロは、ニアの顔の前に銃を突き付けたまま、動けないでいた。

ニアの方は言ったまま俯いて黙ってしまった。動揺を悟られまいとするも、見透かされてるのではないかと内心穏やかではなかったのだ。

メロから表情はよく見えなかったが、いつもの平静な、憎たらしいニアではない。

 

 

(確かにそうだろう。・・・では、何故・・・。今のニアの言葉全てに違和感を感じるのだろうか。

 

何故・・・今まさに目の前に居るニアに対して、引き金を引く事ができないのだろうか。

 

今の自分は人を殺す事など怖くはないというのに。)

 

二人の間に空白の時間が流れてゆく。しかしそれはけっして、追い詰められたような緊迫感のあるものではなく、互いに与えられた考える時間のようでもあった。

ニアの言葉が頭の中をぐるぐる廻って、メロはあらためて自分の気持ちや行動の意味を思案した。

 

そもそも、殺したい程ニアの事を憎んでいたのだろうか?いや…「憎んで」いたのだろうか?

 

目の前のニアを見ていると、イライラして、苦しくて、どうにも落ち着かない自分がいる。

 

 

メロとニアは、もともと仲が良い訳でも悪い訳でもなかった。

ただ、ワイミーズでの成績が一番・二番を飾った時に、初めて互いの存在を意識し始めたというだけで…。

メロは、いつも年上の自分より上を行くニアに対して、嫉妬心とライバル心とがないまぜになった複雑な気持ちを抱えて。

ニアは、トップの成績だとかLの後継者だとかそういう事が自分の価値の全てではないと思っていた為、常に後ろに追いついて来る

金髪の少年が、自分を目の敵にするのを筋違いだ・・・と思いながら。

それでも、互いが互いを認め合っていた事は確かで、ニアはメロが常に努力をしていたのを知っていたし、メロは不器用なニアをいつも気にかけていた。

そう、メロは気付けばいつもニアの事を見ていた。

小さいくせに生意気で、そのくせとても不器用な白い少年の事を。

 

 

ニアの目に映っていたかったのかもしれない。

何事にも無関心で誰にも心を開かないニア。その彼の目に少しでも・・・。

友達の多いメロには、美しいニアの顔がいつも寂しそうに見えていた。

しかし、一位と二位が逆転する事もなく、メロはニアへと近づく事を躊躇していた。

 

 

自分が何を言ったとしても、冷めた目で冷ややかに…自分の事を見下す口調で否定されるのではないか・・・と。

 

自分を拒まれる事が怖かったのかもしれない。

 

拒まれるのが怖い?拒まれたくない理由は・・・?

 

 

俯いたままのニアを目の前に、メロはそれら全ての情報を頭の中で整理していた。そして、ある事に気付く。

 

(嫌いだ…。なのに…。何故、嫌いだと言えば言う程…心はお前に傾いてゆく…?)

 

これまでの経緯に鑑みれば、この4年間ずっと心を占めていたのは、ニアの事ばかりであった。

一番になる事も、マフィアに身を置きキラを追う事も、その淵源は全てニアだったのだ。

 

(ニアにたどり着いたこの先…俺の望んでるものは一体…)

 

 

ワイミーズハウス一、ニを争う頭脳の持ち主でも、殊に自分の感情という事になると、その知識と頭脳など無能でしかないように思えた。

思えばこんな難問にぶち当たった事などなかったではないか。

数秒の逡巡の後、メロはふと湧き上がった何かわからない感情の赴くまま、突きつけていた拳銃を床に放ってレザーグローブを外し、ニアに半歩近付いたかと思うと小さな両肩に手を置いた。

ぴくっと、ごく僅かに両肩が跳ね上がった。しかし、ニアは顔を上げる事はせず、ただ息を潜めて立っている。

メロの方はその触れた箇所の想像以上の細さに…そして温もりに戸惑いを隠せない。

 

(俺は…こんな儚いヤツを追いかけて…恐れて…拳銃まで突きつけていたのか…?)

 

ニアの肩に触れているうちに、ちぐはぐだった一つ一つの感情が全て一本の線で繋がって、漸く一つの答えに辿り着いた。

 

「俺は…お前を殺す為に来た訳じゃない。嫌いだと言ったが表現が正しくない気がする…。」

 

その言葉にニアは思わず顔を上げてしまう。

 

「昔は…成績で負かされる事がいつも悔しかった。ニアにとっては成績なんてどうでも良かっただろうけど。それでも、いつも一人で居たお前が気になってた。いつだってお前を見てるとイライラしてた。それが何故なのかはずっとわからなかったけど…。」

 

ニアは今、ただ真っ直ぐにメロを見ている。

はっきりと嫌いだと言われてすぐに、その言葉を覆すような言動をするメロが、一体次に何と発言するのか…。

「嫌い」が「正しくない」という言葉に期待の気持ちを込めて、その真意を掴もうと見据える。

メロにしてみても、そんなふうにニアに見つめられるのは初めてであった。

凛とした大きな黒い瞳が物言いたげにこちらを見るので、そこから目を逸らせなくなってしまう。

そしてそのまっすぐな瞳がメロに、今までになかった新たな感情を呼び起こさせる。

 

「…メロ…?」

 

メロは、ニアの両肩に置いた手をそのまま背中へ回し、ニアを身体ごと引き寄せた。

 

(拒絶したければすればいい。もう今更…どんなふうに拒絶されたって痛くも痒くもないんだ。)

 

しかし、ニアは一向に動く様子がなかった。

ただされるがままに抱き締められている。

ニアの鼓動だけが唯一、トクトクトク…と速い速度でメロの体に伝わってゆく。それが恐ろしくリアルだった。

次いでシャンプーのような柔らかい香りが鼻先をかすめ、驚く程ニアを意識してる自分を感じていた。

自分の胸元で感じる暖かい息が、メロの先ほどまでの緊張を少しずつ解きほぐしていった。

 

「自分の気持ちがやっと分かった気がする。俺はニアがいなくなったら困るんだ。だから撃てない。」

 

「それは…どういう事ですか…?」

 

「お前…案外鈍いのな」

 

メロがふっと頬を緩めて言うと、ニアは上目遣いのままムッとした表情になってしまった。

 

(可愛い…)

 

迂闊にもそんな事を思ってしまったメロは、もう自分の気持ちがどんなものなのかこれ以上自覚のしようがなかった。

イライラするのも、気になるのも、拒絶されるのが怖いのも、負けてプライドが傷つくのも、近付きたいと思うのも…。

全部…ニアの事が好きだからではないのか…。

そして、その自覚によって新たな欲求がメロの中に湧き上がってきた。

 

「要するにこういう事だ」

 

メロが顔を傾けてニアの顔に近付き、小さくてふっくらとした唇を瞬時に奪う。

ちゅっと、触れ合うだけの軽いキス。

それでもニアは、何が起こったのかわからないという表情で、数秒の間瞬きも忘れて固まったままだった。

 

「嫌だったらもうしない。今更気持ちを押し付けるつもりはないからな。」

 

メロが切なそうな、寂しそうな表情でニアから離れようとすると…。

 

「ニア?」

 

ニアが首を横にふるふると振って、メロの背に腕をまわしてぎゅっと抱きついてきた。

 

「嫌です…」

 

メロを再びまっすぐ見つめると、ニアの目には涙が滲んでいた。

 

「離れないで下さい。…もう…どこにも行かないで下さい…。」

 

 

そんなふうに縋るようなニアを見るのは初めてで、メロはまるで現実の事ではないような気がしていた。

むしろ、拒絶されて嫌悪されるのではないかと思っていたので、受け入れられた事に半ば半信半疑であった。

しかし、背中に感じる腕の感触と身体に感じる温もりが、現実である事をかろうじて認識させている。

 

「本気で言ってるのか?」

 

「…メロは私の事が嫌いなんだと思ってました。ずっと目の敵にされてましたし…だから一緒にLを継ぐのも嫌で…私から離れたいのだと・・・。だから…」

 

一呼吸置いて、再び口を開く。

 

「だから…まさかこんな…キス…なんて…」

 

瞬きする度にポロポロとこぼれる涙を見ながら、メロはニアの頬を両手で包む。

頬を滑り落ちる雫を、指でそっと拭ってやる。

ニアがその行為を受けて目を閉じると、色素の薄い、長い睫毛が目元に陰影を作り、美しさをより際立たせた。

涙を堪えようとキュッと結んだ口元は小刻みに震えている。

やはり可愛い…とメロは思った。

そして、あどけない顔つきとは裏腹に品のある綺麗な泣き方をするのを見て、本当に男なのだろうかと思う。

ニアのこんな顔を見たのは初めてだったが、それ程にニアは昔から無表情でいる事が多かったのだ。

それにしたって、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう。

つい先程まで銃を向けていた相手に、こんなにも胸が疼くような…暖かいものがじわじわと湧き上がるような気持ちになるなんて思ってもみなかった。

メロだってさっき自覚したばかりで、こんな気持ちは初めてだった。

 

「もう一度キスしたいと言ったら?」

 

確認するようにニアに問えば、軽い溜息とともに非難するような表情を向けてくる。

 

「どうして貴方は…。自分から勝手に出て行って…なのに今度は貴方の勝手でキスをせがむんですか…?」

 

「そうだな…俺は本当に勝手な奴だ…。」

 

負い目を感じてかしおらしくなったメロだったが、腕の力を緩めた瞬間、ニアが背伸びをしてメロの首に両腕を回してきた。

 

「でも…嬉しいです…。」

 

「なっ…なんだよ…!」

 

ニアの突飛な行動に一瞬たじろぐ。

しかし、思ってもみないニアのその行動が…笑顔が…言葉が…あまりにも嬉しくて…。

そしてニアは、メロの気持ちを初めて知った喜びで…。

ごくごく自然に二人の顔の距離が近付いていた。

 

 

メロが逸るような気持ちを抑えて、ゆっくりとニアの唇に自分のそれを重ねると、今度はその柔らかな感触を味わうように軽く唇を食む。

そして…お互いの唇を吸って、離して、何度も優しく啄ばんで…。

回数を重ねるごとに薄らぐのは理性と意識。

肌と肌、唇と唇、舌と舌…触れ合う場所から広がる快楽の波をすんなり受け止めて、もはや動物的に、本能のままに。

ニアの頭の後ろに自分の手を添え、自分の方に押し付けるようにしてもっともっと深く口付けてゆく。

 

「んふ…っう…んっ…」

 

ニアが、酸素を求めるかのように苦しげな声を漏らしては、互いの口の中までも進入して舌を絡ませ、貪欲に気持ちのいい場所を探し求め合う。

前のめりになって口の内壁を…歯の裏側を…ヌルヌルと舐め上げていくうちに、メロは体中が痺れるような感覚に酔いしれていた。

 

(俺はきっと…ずっとこうしたかったんだ…。)

 

果実のようにしっとりと柔らかい唇の感触と暖かいニアの体温を感じながら、自分が今まで欲しかったのはニアの温もりだったのだと思い知る。

時折「メロ…」と零すニアの甘い声にメロの興奮も益々高まってゆく。唾液だってもう、どちらのものか判らないくらいになって、それでも吸い合って、顔中を唇で触れ合って、今まで離れていた時間を埋めるかのようにひたすらキスに没頭していた。

どれ程の時間そうしていたのか、やっと顔を離すと、お互い顔は上気し惚けていて、その気持ちよさから離れ難い気分だった。

それでどちらからともなくぎゅっと抱き締め合い、見つめ合うと、涙をまだ僅かに湛えた目を細めてニアが悪戯っぽくふふっと微笑んだ。

 

「私は…ずっとずっと昔から…メロの事が好きでした。知らなかったでしょう?」

 

メロは一瞬キョトンとして、再び優しい表情でニアを見つめると

 

「…そんな素振りは見せなかったくせに」

 

と、悔しさ半分、嬉しさ半分の気持ちで返した。

 

「私を撃ちたければ撃ってくださいと言ったのは、本心です。貴方に撃たれるなら本望だと思ってましたから…」

 

真剣な眼差しでメロを見つめた。

 

「私を殺していいのは…メロだけなんです。」

 

そう言うと祈るように、静かに…目を閉じてメロの胸に額をくっつけてニアが寄り添う。

 

 

メロが出て行ったあの日から、ニアは自分という存在を諦めていた。Lの後継者として生きる覚悟。

いつかメロと再び同じ場所に立つ為に、キラを追う為に…「ニア」という個を抹殺して生きる事。

それでも、未来の事など考えてはいなかったから、メロが自分を必要としないなら…自分を憎んでいるのなら、いっその事その手で殺してくれればいいのに…と、すれ違ってしまった想いに何度悲嘆しただろう。

メロの心が、憎しみであれ、嫌悪であれ、私の事で一杯になればいい…。

そして、メロの居ない世界に生きるくらいなら私の存在など消えて無くなればいい…そういう気持ちにまでなっていた。

こうして抱き締め合う日が来るとは思ってもみなかったから。

 

 

メロはメロで「私を殺していいのはメロだけです」と言ったその気持ちが分かると思っていた。

何故なら、メロが抱くニアへの想いも、まさにそんな風だったから。

ずっと嫌いだと思ってきたその想いは、今考えればニアへの執着と独占欲。

矛盾した感情ゆえ自分の気持ちに気付けなかったのかもしれない。

振り向かせたくてニアの背中をずっと追いかけていた。

いつか必ずお前を越えてやるから俺だけを見ていろ…と、無言の呪縛をかけていたのだろう。

 

 

けれども、結局一番になれなかったメロはニアにLの座を譲って、違う形でいつか必ず同じ土俵で対峙する事になるであろうと予想し、自分のやり方でキラをおびき寄せた。

それはある意味、ニアを直接の危険から遠ざける為でもあった。

 

それでも…ニアが他のヤツの手に掛かるような事になるくらいなら…。

自分が殺して、憎しみでもなんでも、ニアの心を自分の事でいっぱいにしてやりたいとまで思っていた。

 

しかし、そんな負の感情を断ち切る程に、今、目の前のニアからは溢れる程の思慕の念を感じ取っていた。

小さな身体を両腕で…想いをぶつけるように抱き締めてみる。ニアの肩に顔をうずめて甘えるように擦り寄った。

ニアは少し窮屈そうに身を捩って、それでもメロの体温を離すまいと同じように抱きついて体を預ける。

傍から見れば幸せそうなカップルさながらである。

 

「ニアがキラに殺されるくらいなら俺がお前を殺してやるよ。」

 

「はい。」

 

「だけどな…ニア。俺が望んでるのは…俺が本当に望んでるのは…」

 

「メロ…?」

 

「お前がキラに勝つ事…ただそれだけだ。」

 

「メロ…。」

 

「でなければ、俺は何の為に今まで手を汚してきたのか分からないだろ。」

 

「何を…考えているんです?」

 

「別に。ただ、ニアと組まない事に変わりはない。俺は俺のやり方で…」

 

言い終わらないうちにニアがメロの胸に顔をうずめ、胸のロザリオをギュっと掴む。

メロの行動パターンならよく分かってる。およそどんな事を考えているのかも…。

 

「無茶だけはしないで下さい。絶対に。」

 

「約束する。」

 

「もう二度と私を置いていかないで下さい。」

 

「……。分かった、約束する。」

 

「全てが終わったら、必ずここへ戻って来て私を迎えに来て下さい。」

 

「ああ…必ずな…。一緒に帰ろう。…俺達が育った場所へ。」

 

目を閉じて愛おしむようにニアの髪を、頬を、撫でるメロの心には、その時新たな決意が生まれていた。

 

 

―――――必ず生きて…二人でイギリスの地に戻る事。

 

その為に出来る事はなんだってしておきたい…。

 

 

バラバラだった二人の心が交差した今、それぞれの心の中に僅かな希望が灯り、意外な程穏やかな気持ちに包まれていた。

 

 

 

「じゃあ…他の奴らと鉢合わせしないうちに出るか…」

 

「ええ…その方がいいです。」

 

ニアが惜しむように腕を離すと、メロは拳銃とグローブを拾い上げ、それらを上着のポケットへ無造作に突っ込んだ。

ポケットから手を抜くと、拳銃の替わりにチョコレートが現れ、その銀紙を破って齧り始める。

メロをドアの前まで見送る為にニアが後について行くと、ほのかに甘い…そしてひどく懐かしい香りが鼻腔をくすぐって、思わず息を呑む。

そして立ち止まってドアが開く寸前、いきなりニアの視界が遮られた。

 

「…!!」

 

「じゃあな…ニア」

 

「ではまた…。メロ」

 

目の前のドアが閉まるとぼんやり突っ立ったまま、ニアは唇に残った甘く懐かしい味とメロの感触をもう一度思い出していた。

 

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

「もうすぐだな…」

 

「ええ…」

 

車窓から流れ行く石畳の町並み。歴史的建造物。

青空と白い雲を中心に描かれるのどかな緑の風景。

 

ニアにはそのどれもが懐かしい白昼夢を見ているようで、ずっと目が離せなかった。

気付くと、隣にいるメロがニアの柔らかな手をそっと握っていた。

それを合図のように、メロの肩へ頭を預けると、バックミラー越しにマットが目を細める。

 

「何年ぶりだろうな…」

 

「まぁ…俺は特にそうだからな」

 

言いながらメロは、自分の肩で光を受けて輝くニアの髪を幸せそうに見つめていた。

 

 

キラ事件が終結したのはもう半年近くも前の事。

ロジャーがハウスにいる為、ニアは早めにウィンチェスターへ戻る予定だったが、SPKや事件後の処理をしながらLの仕事を引き継いだりと、色々区切りがつかずに今日まで来ていた。

それに関しては、手続きや報告等、日本の警察がさっさとしてくれればいいものを…と、ニアは愚痴をこぼしている。

 

 

生死の分からなかったメロもマットも奇跡的に生きていたが、それが高田のミスなのかノートのトリックなのかはニアには分からなかった。

メロ自身、マフィアに身を置いていた頃から、ノートのルールを利用してあらゆる手段を試していたらしいので、自分でもどれが功を奏したのか、それともキラ側のミスなのかが分からないらしい。

ある意味それはそれで用意周到だとも言えるのだが…。

 

 

「さー着きましたよ、お二方!」

 

メロの名義で借りたレンタカーを運転していたマットは、外に出るとようやく一息つけると言わんばかりに大きく伸びをした。

そしてドアにもたれながらタバコに火を点け、ゴーグル越しに懐かしい建物を眺めていた。

ワイミーズハウスは、キラ事件の為に一時人払いをしていて今はまだロジャーが管理してるだけであったが、ニアが正式にLを(正確にはメロも一緒に)継いだので、ロジャーがワタリを引き継ぎながら管理していた。

そのためハウスを任せる後任が決まるまでは、子供の受け入れもなく、今は静かな佇まいを見せている。

 

メロとニアも続いて外に出ると、自分達の育った施設の門、そしてその奥に広がる変わらない風景を眼前に、幼い日々の記憶を思い起こしていた。

お互いに意識し合って、競い合って、時にケンカをして、寝食を共にし、Lの死をきっかけにすれ違ってしまった…そんな二人が今、隣に並んで手を繋ぎ合っているなんて、あの頃の二人にはそんな日が訪れようとは夢にも思わなかったから…。

 

 

胸がいっぱいのニアが何も言わずに、繋がれたメロの手を握り締めると、メロも同じ想いで優しく握り返し、ニアの方をそっと振り向いた。

目が合ったニアの瞳が潤んで揺れていたのを見て、思わず優しく微笑みながら肩を抱き寄せる。

 

 

 

―――――必ず生きて…二人でイギリスの地に戻る事…

 

 

メロの密かで不確かな決意は現実のものとなって、今ここに存在していた。

 

 

「では…とりあえず、ロジャーに挨拶しに行きますか」

 

 

 

三人は思い出の残るハウスの門をくぐり、ゆっくりと、懐かしむように歩き始めた…。

 

 

 

 

 

 

 

end.

 


 
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