No.1004214

創作SF 紙の月 13話

更新頻度は年一ペースを予定しています。

2019-09-10 19:14:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:618   閲覧ユーザー数:618

「デーキス、一人で何処に行くんだ?」

 外に出ようとしたところでウォルターに声をかけられた。振り向くと、しかめっ面でこちらを睨むウォルターの顔があった。

「太陽都市の工場エリアから帰ってきてから、どうも付き合い悪くなってきたんじゃないか?」

「いや、別にそんな事は……」

「こそこそとして、まさかオレに内緒でアラナルドに会ってるんじゃないだろうな?」

 相変わらず彼を毛嫌いしてるみたいだ。でも今はその方が都合がいいかもしれない。

「もう少ししたらウォルターにも話すから、今は待ってて欲しいんだ」

「ふん、あいつの事なんか興味ないけどな!」

 そう言って、ウォルターは外へ出ていった。多分ハーリィ・Tの所に行ったのだろう。その姿を見送った後、デーキスはアラナルドと待ち合わせをしてた場所へ向かった。

「やあデーキス、待ってたよ」

「ごめん、ウォルターとちょっと話してたら遅くなって……」

「彼の事だ。ボクが君と会っていると知ったら機嫌悪くするだろうからね……」

 まさしくアラナルドの言う通りで、デーキスは苦笑いするしかなかった。ウォルターではなくアラナルドと一緒にいるのは、彼が思慮深くて今の自分が関わっている事で頼りになるかもしれないからだ。

「じゃあ誰もついてきてないみたいだし、早く行こうか」

 人の目を避けるように歩き出す。アラナルドと一緒にいるのを見られるのが困るわけじゃない。ただ、他の紛い者にこれから会う人を見られる事が厄介なのだ。

 その人がいるのは積み重なったゴミに埋もれて、隠されてるかのような廃墟の中にいた。

「やあ、よく来たね子供たち」

 廃墟の中もゴミだらけで、そこから這い出るように出てくる影があった。ボロボロで汚れた白衣、ひびが入って曲がった眼鏡……いかにも科学者だったという風貌の男だ。

「太陽都市の外がこんなひどい所だったなんてね。臭いも凄いし……君たちは平気なのかい?」

「もう慣れちゃったよ。おじさんも慣れるといいね」

「貴方の他にも太陽都市から出てきた大人はいるみたいだし……ハーブさんも慣れますよ」

「私には時間がかかりそうだ……」

 デーキスたちはこのハーブ・アーチャーと名乗った男の下に来ていた。彼もデーキスと同じ太陽都市から逃げてきた人間だ。しかし、デーキスは紛い者であるために太陽都市から逃げざるを得なかった。この男は普通の人間なのに、どうして太陽都市の外に逃げてきたのだろうか。

「外のいる他の人たちはきっと太陽都市で一等市民と言われてた人たちだろうね……二等市民たちからは特権階級とねたまれる彼らが、まさかこんな生活をしていると知ったら、彼らはどう思うだろうかね」

 ハーブは外を見ながら皮肉めいて呟いた。

 

 

太陽都市の一等市民。二等市民と呼ばれる一般人の中で、病等の理由で太陽都市の政府から保護を受けている市民だ。

「実際は、基本的人権すら適用されず、こうして都市の外に追い出されてしまうんだから……」

 デーキスも学校では一等市民は二等市民より選ばれた存在であると教えられたし、それを信じていた。実際にその現状を見るまでは……。

「おじさんはどうして都市の外に?」

「私はそう……太陽都市の研究所で君たちの様な紛い者について研究をしていてね……それが嫌になって逃げてきたのさ」

 デーキスは特に気づかなかったが、ハーブが途中で一瞬考えるようなそぶりを見せてから話し始めたことにアラナルドは少し疑問を感じた。

「太陽都市に紛い者の研究所があったの? そんなこと聞いた事ないよ!」

「普通の人たちには秘密だからね。本当ならそれを話すのも禁止だが、今の私には関係ない事さ」

 太陽都市には紛い者を収容する施設がある事は知っていた。そこから出てきた紛い者は誰もいないため、そこがどんな場所なのかは誰も知らない。運が悪ければ自分もそこへ送られていたのだ。デーキスは自分が紛い者になった日の事を思い出し、背筋が急に寒くなるのを感じた。

「もしかして、集めた紛い者を使って人体実験なんて……」

「まさか! 私がしていた紛い者の研究はもっと、何と言うか……普通の物だよ。彼らは普通の人間だ。そんな事出来るはずがないだろう……?」

 アラナルドの言葉を慌てて否定する。

「普通の人間……」

 紛い者は魂の汚れた存在というのが、太陽都市の中で常識となっている。それにもかかわらず普通の人間と言ってくれるハーブにデーキスは信頼を感じた。

「太陽都市では僕らは魂が汚れた存在だってみんな言っていたけど、おじさんは違うの?」

「魂だって? そんな非科学的な物を信じているなんてまるで中世だ……それほど君たち紛い者に対する情報が足りていないというのもあるが……私の研究と言うのは、紛い者がどうして生まれたのか、どうやって様々な超能力が使えているのか科学的に証明して、人々にそれを教えるためだった……だが……」

 ハーブは建物の外から見える太陽都市へと視線を向けた。

「あの中では、それを一般人に知られてはまずい人がいるのさ……そいつらに追われて、私は太陽都市から逃げてきたんだ」

「何でそんな……」

「人の不満や敵意を紛い者に向けさせるためなんだと思うよ。そうすることで人を管理しやすくするんだ。デーキスも歴史の授業で習ったんじゃないかな? 様々な時代の独裁者が、自分たちの敵となる存在を作っていた事は……」

 アラナルドが補足を入れてくれたおかげでデーキスにもようやく理解が出来た。やはり彼を連れてきて正解だったと思った。

「君はとても賢いね。私もその通りだと思うよ」

「ところでおじさんはこれからどうするの?」

 

 

「私は太陽都市から出る前にある組織と連絡を取ってね。彼らに情報提供する代わりにそこでかくまってもらう事にしていたんだ。彼らの迎えが来るまで、この廃墟で隠れながら待つことにするよ。外に出てしまえば、太陽都市の追手もそう簡単には手出しできないはずだからね」

 太陽都市の影響力はあくまで都市の内部だけだ。しかし、その外に出ることが非常に難しい。だからハーブも殆ど手ぶらのままでしか外に出ることが出来なかった。服や生活必需品だけでなく、彼の言う迎えを待つ間の食料すら持っていない。

「じゃあ、今日はもう行くねおじさん。明日来るときに僕らの余っている食料を分けてあげる」

「すまない子供たち……デーキス君だったかな。君と会ったのは私が食料を探しに行ってた時だったね。あの時は驚かせて申し訳ないね」

「ううん、いいんだ。ただ、僕たちが食料を持ってくる代わりに、大丈夫な所まででいいから、おじさんが知ってる紛い者の事について教えて欲しいんだ」

「ああ、明日来た時に教えてあげよう。それじゃあ子供たち、また明日だ」

 そう言ってデーキスはアラナルドと共にハーブと別れた。

「紛い者の研究者か」

 道中、アラナルドが口を開いた。

「きっと色んなことを教えてくれるよ。紛い者のことについて僕たち自身知らないことだらけだから、教えてもらう必要があると思うんだ」

「うん、その事は僕も同意だけど……」

 アラナルドの歯切れの悪い答えにデーキスは気になった。その理由を聞こうとした前に、突如現れたウォルターによって防がれた。

「ようデーキス、やっぱりそいつと一緒だったな」

「ウォルター……」

「オレに内緒でデートでもしていたのか?」

 ウォルターはそう言って二人を睨みつける。

「違うよウォルター、僕たちは紛い者について知ってる人に会いに行ってたんだ」

「へえそうかい。じゃあなんでオレには何も言ってなかったんだ?」

「君よりボクの方が適任だったからだろう」

 アラナルドの言う通り、まずウォルターよりも冷静な彼と話を聞いた方が、紛い者について詳しく分かるとデーキスは思ったからだ。だが、それがウォルターは気に入らないようだ。元々彼はアラナルドの事を嫌っている。

「そうかいそうかい、オレは役立たずって事かデーキス」

「違うよウォルター、ぼくは……」

「何が違うんだ! お前がそいつといるのが何よりの証拠だ!」

 激しい剣幕で怒鳴りつけられ、デーキスは身体が一瞬すくんだ。

「お前の事なんかもう知らねえ。今度からはそいつと仲良くおしゃべりしてな!」

 そう言ってウォルターは去ってしまった。彼との間に大きな溝が出来てしまった事をデーキスは感じた。

「やれやれ、話も聞かず一方的にまくし立てて行ってしまうなんて……気にすることないさデーキス」

「うん……」

 それでも、あらかじめウォルターに話しておくだけでもよかったかもしれないと、罪悪感からデーキスの中にいつまでも後悔が残った。


 
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