No.1003606

先触れの姫 第一章 客人(まれびと)1

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/1003424

2019-09-03 21:14:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1018   閲覧ユーザー数:1009

「はぁ……」

 夕刻だが、春らしく霞み、ぼうやりと明るさを残した空を、パタパタと気の抜けた様子で飛びながら、天狗は疲れたようにため息をついた。

 妖怪に荒らされた近在よりは……と思い、少し足を伸ばしてみたが、どうも成果が薄い。

 戦乱の拡大に伴って、巨大な軍事拠点である城館、城塞、高楼の建造、補修の為に、木材の需要は日に日に高まっている。

 それに伴い至る所で山林は乱伐され、そこに住まっていた野の小さき獣を食料とする猛禽たちの数を、著しく減らす事になっていた。

 山林の乱伐は、いずれ山津波という致命的な被害をもたらす愚行なのだが……まぁ、何が愚かと言って、人はその事を知った上で、なおその行為を続けている事だろうけど。

 人も妖も、時に式姫や神々すらも、一度野望と欲望に負けて箍が外れると、決定的な破局が来るまではこんな物。

 世の中そんな物だと、頭では分かってはいるが、さりとて、自分に被害が及ぶ現状に苛立つのは、聖者ならざる天狗としては当然の話である。

(これはもう少し深山まで行かないと駄目ですかしら)

 とはいえ、人が手を出せないような深山幽谷は、もともと彼女とは別の天狗や神々、もしくは妖怪の縄張りである事が多い。

 必然的に、立ち入る事に対しては、危険が伴う事となり、天狗としてはどうしても二の足を踏む。

 必要な争いを躊躇う事はないが、無用の争いを引き起こすなど、大望持つ主の下に居る以上、下の下の行動でしかない。

 だが、この調子で羽を集めていたのでは、新たな羽団扇を作り上げるのは、随分と先の話になってしまう。

 そしてそれは、彼女の新しい主が立ち向かおうとしている戦で、自分が十全に働けない事を意味する。

 そんな無様な真似……誰が責めなくとも、自分自身が許せない。

「仕方ありませんわね」

 明日にでも、旧知の大天狗、おつのにでも相談に行くとしようか。

 彼女が縄張りにしている葛城山近辺は、彼女自身の強大な力の守護もあるが、修験道に関わる人が多い事もあって、他よりは安定していると聞く。

(他よりはまだ、多少良いってだけだけどねー、それでも他よりはのんびりできると思うから、討伐が終わったら天狗ちゃんも、お友達誘って骨休めに来ると良いよー、里のみんなも良い人揃いだから、居心地良いよー、ご飯もおいしいしねー、そうだ天狗ちゃん葛餅好きだったよね、葛城山の周りって葛が一杯とれるんだよー、ってこれ洒落じゃないからね。甘蔓の蜜掛けて食べると、葛餅ってほんと美味しいよね、もっちもっちでぷるんぷるんで、あっまあまだよー、そういえばあれって天狗ちゃんのお肌みたいだよねー、瑞々しくってぷるぷるでおいしそーだよねー、つんつんぷるぷる、やーんやっぱり天狗ちゃんのお肌綺麗、可愛いもっちもち、ねぇねぇ、お肌のお手入れどうやってるの、何使ってるのー?)

 その後も、延々と天狗に言葉を挟ませず、四半時ほど喋りまくってから、用事を思い出したと慌てて飛び去った、おしゃべりでせわしない旧友の姿を思い出し、天狗はほろ苦く笑った。

 環境の激変から、遠い昔のようにすら思えるが、まだ、ほんの数日前の事。

 あの時はまだ、今のような事になるなんて思いもしていなかった。

 まだ前の主は健在で、凶暴な妖怪討伐と言っても、さほどの事は無いと仰っていた。

 だからこそ、あの方は、都に一人置くよりはと、唯一の肉親である孫娘のこうめ様を伴い、この地に赴いた。

 私たちも、いつもの妖怪退治程度の任務だと、それを疑いもしなかった。

 それが、あの狐の計略とも知らずに。

 油断だった……。

 今となっては、取り返しの付かない。

「はぁ……」

 と、再度ため息を吐いて、天狗は僅かに苦笑した。

 ため息の度に幸福が逃げるとは誰が言い出したか知らないが、その伝で言うと、私の幸福はそろそろ底が見えてしまっているのかもしれない。

「駄目ですわね、こんな事では」

 過去は変えられない。

 主を失った、この心の傷は、恐らく消える事は無いだろう。

 いや、忘れてはいけない。

 そして、傷の痛みを言い訳に、前を向く事を躊躇う事だけはすまい。

「明日にも、おつのさんに相談してみましょうか」

 葛城山まで飛ぶとなると、いかに天狗の翼でも泊りがけになるだろうし、更に、おつのの許しを得て、葛城山で羽を集めるとなれば、彼女が数日は不在となる事になる。

 いつ敵が襲ってくるか判らない中で、それは流石にやりたくないが……今の主に、その辺りは相談しないと。

 

 今の主……か。

 

 陰陽師どころか、何らかの術の心得がある訳でも無い、どちらかと言うと、不幸ななりゆきで彼女たちの主となった青年。

 彼と、旧主から託された孫娘の姿を思い浮かべ、天狗はぎゅっと手を握った。

 今度こそ……私は。

 

 天狗が目を上げると、日はかなり落ちてきていた。

 山の端が、燃えるような紅の色を帯びだす。

 その美しい夕焼けに染まる稜線を、何かの影が鋭く横切った。

「何ですの!?」

 天狗はその影を追うべく、羽を強く一打ちした。

 猛禽が得物を狙って急降下する一瞬ならばともかく、あの速さで普通に飛ぶ鳥は存在しない。

 あり得ぬ事象ならば、見定めねばなるまい。

 更に速度を上げる天狗の耳元で、風が豪と唸り出す。

 だが、相手との距離は縮まらない、羽団扇が無く全力を出せないとはいえ、彼女が付いて行くのがやっととは。

 ……あれは妖か、それとも。

「式姫」


 
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