No.1002129

式姫漫録 かるら

oltainさん

9月8日に開催されるこみっくトレジャー34で頒布する小説のサンプルです。
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2019-08-18 00:00:50 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:773   閲覧ユーザー数:773

「…………」

朝から目覚まし時計のようにけたたましく鳴り響く蝉時雨。

いや訂正しよう、押せば止まってくれる目覚まし時計の方がまだ許せる。

夏の短い期間とはいえ、何故にお前らはそう自分の存在を辺り構わず主張するんだ。

声を大きくすれば自分の主張が通ると思ったら大間違いだぜ、などと聞く耳持たぬ蝉に説くのも馬鹿馬鹿しい。

こんな馬鹿げた事を考えてしまうあたり、熱で頭をやられているのかもしれない。

五月蠅いなぁ、などとぼやく気もおきない。それを口にした所で、己の耳に入る前に蝉時雨に掻き消されてしまうだろう。

目と違って、耳は自分の意志で閉じる事はできないのだ。全く、不便な器官だ。

あーダメだ、こんな日にダラダラしていては本当におかしくなってしまいそう。

寝転がったままくるりと向きを変え、机の上に置いてある湯呑みに注目する。

猛暑の日々に突入してから何杯も冷えた麦茶を飲んでいるが、肌にまとわりつくような熱気は収まる気配がない。

ほんの数分前に空になったそれを台所で再び満たそうか考えたが、冷たい物を摂り過ぎると逆に体を壊してしまいかねない。

「はぁ……」

大きく溜息をついて体を起こすと、空の湯呑みを放置したまま部屋を後にした。

目指すは、おゆきの部屋。何よまた来たの、と文句を言われるのにも慣れる程に何日も入り浸っている。

文句を言いつつも冷房の効いた――もとい、涼しくて快適な自室から決して追い出したりせず、会話の合間にこちらの体調を気遣ってくれる。

元来、面倒見の良い雪女なのだ。そうでなければ俺など三日とたたず出禁をくらうに違いない。

機嫌の良い日は、お手製の氷菓子を振舞ってくれたりもする。にしし、さて今日は何を馳走してくれるのかなー。

そんな事を考えながら、部屋の前に着くと、

「おゆきー、邪魔するよ」

「…………」

「入っていいかー?」

返事がない。昼寝でもしているのだろうか。

少し間を置いてから障子を開くと、中には誰もいなかった。

部屋を間違えたかと一瞬疑ったが、机の上に置かれている二つのかき氷がそうでない事を示している。

いつ作ったのか分からないが、全く溶けている形跡がない為、何か術を使ったのだろう。

その傍には、おゆきによる手書きのメモが添えられていた。

拾い上げて読んでみると、

『しばらく出かけます かき氷は狛犬と分けること』

と、まるで俺が来る事を分かっていたかのような内容。

「出掛ける前に、お土産を用意しておくとは……」

メモを元に戻しながら苦笑した。

主を一時的に失った部屋は、お世辞にも快適とは言えない程の熱気で満たされている。長居する意味はない。

とりあえず、狛犬に届けてやるかな――と容器を掴もうとした両手が止まる。

待てよ待てよ、このかき氷、恐らく部屋から持ち出した途端に術の効力が失われるはず。

となると、どこにいるか分からない狛犬を探しているうちに完全に溶けてしまう恐れがあるな。

「…………」

結局、自分の分だけ拝借する事にした。

後は狛犬を見つけて、おゆきの部屋にかき氷が置いてあるから勝手に食えと伝えてやればよい。

廊下に出ると、またしても耳障りな蝉時雨の騒音が。せっかく良い氷菓子が手に入ったのだから、どこか落ち着く場所で食べたいのだが……。

「えーっと、狛犬の部屋は……ん?」

ふと、雑音とは違う何かが聞こえた。ピタリと足を止め、耳を澄ます。

どうもこの部屋から聞こえてくるようだ。ここは、確か……誰だったかな。

俺とて屋敷に住まう式姫全ての部屋を把握しているわけではない。ましてや熱気でろくに頭が働かない今は、思い出せという方が無理ってモンだ。

 障子に手を掛けた所で、ハッと気付いた。そうだ、この笛の音は――

「かるらー、ちょっとお邪魔するよ」

一声かけてから障子を開く。綺麗に片付けられた部屋の中央で、かるらは目を瞑って演奏に夢中になっていた。

蝉時雨との二重奏で、どうやらこちらの掛け声は本人には聞こえていないようだ。

うーむ、どうしようか。演奏を邪魔するのも悪いから、ここは気付かれないうちに立ち去るのが良いか。

いや、せっかく来たんだから狛犬がどこにいるか聞いてみようか……?

そうして迷っているうちに、かるらがこちらに気付いた。

「あれ、オガミさん。いつの間にいらしてたんですか?」

「あっ、いや……廊下を歩いてたら、笛の音が聞こえたんで、つい開けてしまったんだ。演奏を邪魔するつもりはなくて、その、ごめん」

しどろもどろになりながら頭を下げる。

「謝らないで下さい。私もちょうど休憩しようと思っていた所で……それは何ですか?」

かるらが俺の持っているかき氷に注目する。

「あぁ、これは…………えーっと……」

しまったな、一体どう説明したものか……。

「もしかして、差し入れですか?」

うぐぐ……ええい、ここはもう流れに任せるしかない。

「あぁそうそう、休憩がてらかき氷でもどうかと思って持ってきたんだ」

「わぁ、ありがとうございます! ちょうど冷たい物が欲しかったんですよ」

くそっ、可愛い。そんな眩しい笑顔でお礼を言われては、閉口するしかない。

本人はやや天然な所もある為、自覚していないだろうが 、アイドル活動に励んでいるだけあって男を魅了する術をよく心得ている。

「あ、よかったらオガミさんも一緒に食べませんか?」

「えっ? あー、うん……」

一応、かき氷はもう一つある。あるにはあるのだが……。

「そうだな、もう一つあるから取ってくるよ」

狛犬よ、すまん。

「んー! 冷たくて美味しいです」

かるらが美味そうにかき氷を口に運ぶのを、生暖かい視線で見守る。

ここは屋敷の離れに位置する書斎。

本の壁が熱を遮断しているのか、それとも壁の材質によるものなのか、あるいは方角や地脈的なものが絡んでいるのか――

原因は分からないが、俺やかるらの部屋より涼しい。

読書を嗜む式姫は何人かいたが、ちょうどいい具合に今は誰もいなかった。

二人して椅子に腰掛け、テーブル越しに向かい合ってかき氷を食べている。のんびり過ごすには、ちょうど良い空間だ。

「なんだか、不思議な気分ですね。書斎でかき氷なんて」

「ん? んー、まぁ本当はここ飲食厳禁だからなぁ」

「ふふふ。他の人には内緒、ですね♪」

かるらが人差し指を口の前でかざしながら微笑んだ。うっ……可愛い。

「どうしました?」

「べ、別に……」 

頭が痛くなるのも厭わず、かき氷を慌てて頬張る。

普段からあまり接する事がなかったせいか、どうも彼女の一挙一動にドキドキしてしまう。流石は暴れん坊天狗のリーダー。

華やかな舞台の上で舞い踊るかるらを見た事は何度かあるが、こうして間近で談笑しているとそれとは違った魅力に気付かされる。

「ところで、オガミさん。体の調子はどうですか?」

「見ての通り、夏バテ気味だ。いや、もうバテてるかもしれん」

「あはは……大変ですもんね、この時期は特に」

「この暑さで妖怪共も溶けてくれたらなーなんて毎日考えてる」

「あはは。でも、気を付けて下さいね」

「大丈夫だ。日除けがなくとも、盾になってくれる式姫がいるから」

盾は刃を通さないが、壁ではない。蝉時雨も、夏の熱気も素通りだ。

もし、その全てを防ぐ盾があるのなら。

この氷菓子を馳走してくれた、あの式姫ならもしかして――。

「かるらはどうだ?」

「私はまだまだ元気ですよ。夏のライブに備えて、日々特訓中です」

「恐れ入ったな。いやその元気を半分くらい分けて欲しいわ」

「えへへ、ありがとうございます♪」

この猛暑にも負けない熱意には、感嘆せざるを得ない。

「大変だな、アイドルも」

「この時期は、皆大変ですよ」

かるらが苦笑する。

「まあなぁ」

かき氷を口へ運びながら、適当に相槌を打つ。外より幾分マシとはいえ、書斎も暑い事に変わりない。

かき氷がかき水へと劣化する前に、二人して氷を咀嚼する作業に没頭していたが、

「……オガミさんのおかげでもあるんですよ」

「ん?」

唐突にかるらが呟いた。

「俺は特に何もしてないが」

彼女達の趣味に対し、俺は一切関与していない。好きにせよ、の一言以外は。

趣味とはそういうものなのだ。いかに常識から逸していようとも、理解できなくとも、他人が安直に口を挟んでいいものではない。

主従関係にあっても、だ。

互いに完食し、机の上に空になった容器が置かれると、再びかるらが話し始める。

「こうして、のんびり過ごせる場所を用意してもらってます」

「まぁ……な」

俺はあまりのんびり出来ない事の方が多いんだけどな、と心の中で愚痴をこぼす。

「とはいえ、この暑さと蝉時雨じゃあのんびり過ごせという方が無理だろう」

「そうですねぇ、流石にこの暑さはどうにもできませんが――」

スッと笛を取り出すかるら。俺が何か言う前に、演奏が始まった。

「~♪ ~~♪」

狭い室内に、笛の音が響き渡る。

あれほど耳障りだった蝉の声が、随分遠くに聞こえる。心地良い音色だ。

なるほど、閉じる事が出来ない代わりに、どうやら耳は音の善し悪しを判別する能力が優れているらしい。

かるらの笛には煩悩を浄化する力があるが、体感としては精神が研ぎ澄まされていくと表記した方が近い気がする。

「――……♪」

即興の演奏が止んでも、まだ耳の奥に余韻が残っている。

「どうですか?」

「良かった」

ありきたりな四文字の褒め言葉しか出てこなかった。しかし、他に適切な言葉が思い浮かばないので仕方ない。

それはつまり、音色や楽曲を冷静に分析する事を許さない程に、聴く者を魅了する力があるという事。

いや、本来は言葉すら必要ないのだ。間近で笛の音を堪能していた俺の顔を一目見れば、それだけでかるらにも十分伝わるだろう。

「またライブをやる時は呼んでくれ。楽しみにしてるよ」

「ふふっ、ありがとうございます♪」

もう休憩はこの位でいいだろう。立ち上がって、二人分の空の器を手に取る。さて、台所へ――

「あ、あの、オガミさん」

「うん?」

出て行こうとした足を止め、振り返る。

「もし良かったら、もう少しだけ付き合ってくれませんか?」

「それは、まぁ、構わんが……」

引き返して、再び椅子に座る。

「俺に出来る事は無いぞ」

「いいんです、そこで聴いていてくれるだけで」

「そうか……」

演奏を通じて自身の技量を確かめたいのなら、聴き手は暴れん坊天狗のメンバーが適役だと思うが……。

かるらにそれ以外の意図があるのなら、それは多分――

「~♪ ~~♪ ~~♪」

 

多分……いや、もうどうでもいいや。


 
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