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「東京ラビリンス」第52話・新しい関係

「東京ラビリンス」第52話・新しい関係
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第52話・新しい関係

「俺じゃ、駄目か?」
澪のことは娘だと思えない、好きな女だ、
と言っていたはずの武蔵が父親の名乗りを上げた。
17年間父親だった人に暴行された澪の、
せめてもの気持ちの拠り所になるために。

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「17年も積み重ねたのに、壊れるのはあっというまだね」
「これで踏ん切りがついただろう。あいつは父親じゃない」
「ん……」
 不意に泣きたくなり、手の甲を口もとに当てて目をつむると、小さく鼻をすすりながら顔をそむけた。滲んだ涙が溢れないように、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら気持ちを整えていく。ひんやりとした風が頬をかすめ、長い黒髪がさらさらとそよいだ。
「俺じゃ、駄目か?」
 静かに落とされたどこか思い詰めたような声。振り向くと、鮮やかな青の瞳がまっすぐに澪を捉えていた。
「何が?」
「父親」
 武蔵に冗談めかした感じはなかった。澪は濡れた目をぱちくりさせる。
「急に、どうして……?」
「放っておけないんだよ。もちろん戸籍上のことはどうしようもないし、実際に父親だとしゃしゃり出ることはないが、気持ちの拠り所になれるのならと思ってな。正直いって今のところ自覚はほとんどないが、そう思えるように、思ってもらえるように、出来る限りの努力はしていくつもりだ」
 別に彼に父親を求めていたわけではなかったが、身内として思ってくれる気持ちが嬉しかった。胸がキュッと締め付けられてあたたかくなる。先ほどとは別の意味でまた少し泣きたくなった。思わず潤んでしまった目元を拭いながら、明るい笑顔を見せて言う。
「遥の父親にもなってあげてね」
「あいつの方が嫌がりそうだけどな」
 武蔵は両手を腰に当てて苦笑する。思いきり嫌そうな顔をする遥がありありと目に浮かび、澪もつられるように笑った。
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