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「東京ラビリンス」第40話・都合のいい男

「東京ラビリンス」第40話・都合のいい男
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第40話・都合のいい男

間接キスだと思ってもいいぞ——。
揶揄するような囁きが耳朶をくすぐった。
悠人はいまだ感覚の残る唇を拭おうとするが、
上げかけた手を戻し、さらに深く顔をうつむけて下唇を噛んだ。

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「勝手なことばかり言いやがって」
「頼りにしてるってことさ」
 大地はすぐ正面まで来て足を止めると、すっと手を伸ばし、包み込むように悠人の頬に触れた。ほのかな温もりが手のひらから伝わる。何だ? と怪訝に思うと同時に顔を寄せられ、抗う間もなく唇を掠め取られた。触れ合っていた時間は一秒もない。何の反応もできずに呆然としていると、間接キスだと思ってもいいぞ——と揶揄するような囁きが耳朶をくすぐった。
「じゃあ、行きましょうか。目隠しや手錠をするんですよね」
 大地は踵を返し、何事もなかったかのように平然と歩いて戻る。
 ありえない光景にさすがに唖然としていた溝端も、すぐに仕事の顔を取り戻し、楠長官に伺いを立てるような目を向けた。彼が頷くのを見ると、手を取り合った大地と美咲に感情のない視線を移す。
「来てください」
 そう言うと、大きく扉を開けて部屋を出た。大地と美咲もすぐあとに続く。出る間際、大地は満面の笑みを浮かべて手を振ったが、悠人は応えることなくただじとりと睨み返した。大地の隣で、美咲は申し訳なさそうに苦笑していた。
 ガチャン、と扉が閉まる。
 悠人は執務机についている楠長官と二人きりになった。気まずさを感じて微妙に体をそむける。いまだ感覚の残る唇を拭おうとするが、上げかけた手を戻し、さらに深く顔をうつむけて下唇を噛んだ。
「相変わらずいいように利用されているな」
「……言われなくてもわかっています」
 小馬鹿にするように言われ、背を向けたまま静かに言い返す。
 今さらこんなことで傷ついたりしない。中学生のときに出会ってから今に至るまでずっと、都合のいい存在でしかなかったことくらい承知している。大地は基本的に去る者を追わない。嫌なら去ればいいだけのこと。それをしないのは、どんな理由を付けたとしても自分自身の選択に他ならない——悠人は吐息を落とすと、楠長官に目を向けることなく無言で部屋をあとにした。
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