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「東京ラビリンス」第34話・積み重ねた17年

「東京ラビリンス」第34話・積み重ねた17年
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第34話・積み重ねた17年

自分が実験のためだけに作られた存在だということを、
本当の父親は彼だったという事実を、
澪は少しずつ受け止め始める。
遺伝子だけじゃなく、生まれてからの17年が、
今ここにいる自分たちを作っているのだ——。

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「う……ん……」
 ぼんやりと開いた澪の目に映ったものは、慣れ親しんだアイボリーの天井だった。ここは自分の部屋だ——そう認識した直後、必死な顔をした武蔵が視界に飛び込んできた。
「澪、目が覚めたか? 気分はどうだ?!」
「えっ……と……」
 思考が混濁していて、何がどうなっているのかわからない。しかし——。
「過労と心労が重なってるみたいだから、しばらく寝てれば良くなるだろうって、さっき診てくれた田辺先生が言ってた。今朝、じいさんの書斎で何があったか覚えてる?」
「あ……」
 少し離れたところに座っていた遥に問いかけられ、ようやく記憶がよみがえってきた。帰るなり剛三に呼びつけられて書斎に集まり、そこで出生に関する調査結果を聞かされたのだ。夢であってほしいという一縷の望みはさっそく打ち砕かれた。
「おい、今、それを言うのかよ」
「隠したって何にもならないよ」
 武蔵と遥が淡々とした口調で言い合いをしている。その様子を、澪はベッドに横たわったままぼんやりと眺めた。自分と遥は実験のためだけに作られた存在、そして血の繋がった本当の父親は武蔵——今は少し落ち着いて考えられる。しかし、やはりすんなりと受け入れられるものではない。
「ねえ、遥……どうしてそんなに冷静でいられるの?」
「僕が僕であることに変わりはないからね」
 何か上手くはぐらかされたような気がした。納得がいかず顔を曇らせると、彼はちらりと一瞥してから言葉を繋ぐ。
「遺伝子だけじゃなく、生まれてからの17年が、今ここにいる僕たちを作っている。母さんたちの思惑とは無関係なところで、多くの人と関わり合ってきた記憶が、僕という存在を支えてくれてるんだ。もし、幼いころに知ったらもっとショックを受けただろうけど、今の僕は自分の存在意義を見失ったりしないよ」
「よく、わからないよ……」
 澪は天井に視線を移し、目を細めた。
「僕たちが実験のためだけに作られた存在だとしても、実験のためだけに生きてきたわけじゃないってこと。師匠が僕たちに武術を教えてたのも、じいさんがファントムをやらせてたのも、綾乃や富田や真子と友達になったのも、澪が誠一と付き合っているのも、どれも母さんの実験とは無関係だったはずだよ。それさえ理解していれば、必要以上に悲観しなくてすむと思う」
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