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「東京ラビリンス」第32話・おかえり

「東京ラビリンス」第32話・おかえり
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第32話・おかえり

「武蔵と楽しくセックスしていちゃついて、
誠一とも付き合い続けて、
愛想尽かされたら師匠と結婚すればいいとか思ってる?」
澪が曖昧にしてきたことを、遥が徹底的に暴き立てる。

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「誠一、刑事じゃなくなった」
「え?」
「警察庁に出向になったんだ。誠一が僕らと親しくしているのを知って、楠長官が利用しようと引き抜いたみたい。おかげで頑張ってた刑事の仕事も奪われてさ。楠長官には橘家の情報を流すように言われ、師匠には公安の情報を流すように言われ、意図せず二重スパイみたいな状態になってる。つらいだろうね。それでも辞めることなく耐えてきたのは、澪を救出する手がかりを掴むためだったんだよ」
 その話は、砕けた硝子の欠片のように、澪の胸に鋭く突き刺さった。
 しかし、遥は容赦なく追い打ちをかける。
「師匠も、一時は自責の念もあってかなり憔悴してたし、そのせいで精神状態が不安定なときもあった。楠長官のところに乗り込んでいって、逆上して首を絞めて殺しかけたりしてね。誠一が止めてなかったら取り返しの付かないことになってたよ」
 そこで大きく息を継ぐと、横目で澪を一瞥する。
「澪が元気に戻ってきてくれたのは嬉しいよ。たとえ生かされていてもどんな扱いを受けているかわからないし、肉体的にも精神的にも嬲られて壊れているかもしれないって、そんな覚悟もしてた。けれど、普段とまったく変わりなく笑ってて……本当に良かったけど、師匠や誠一からするとやりきれない気持ちもあるよね。あんなに心配していたのに、誘拐犯と楽しくいちゃついていたんじゃ」
「そんな、つもりは……」
 ドクン、ドクンと次第に大きくなる鼓動を感じつつ、澪は弱々しく否定の言葉を口にする。
「誠一と別れて武蔵に乗り換える気?」
「そんなこと、しない……よ……」
 全身から汗が噴き出し、喉がカラカラに乾いてきた。
 それでも厳しい追及はやまない。
「じゃあ、いったいどういうつもりなわけ? 武蔵と楽しくセックスしていちゃついて、誠一とも付き合い続けて、愛想尽かされたら師匠と結婚すればいいとか思ってる?」
「そんなこと……っ!」
 思わずパッと顔を上げて言い返そうとする。しかし、氷のような冷たい遥の瞳に凍りついた。
「してないの? セックス」
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