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「東京ラビリンス」第28話・交渉

「東京ラビリンス」第28話・交渉
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第28話・交渉

澪が拉致されて三週間が過ぎた。
必死に行方を追っていた遥たちのもとに、
澪本人から突然の電話が掛かってくる。
しかし、電話の向こうの澪と誘拐犯は、
まるで恋人同士のようだった。

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 トゥルルルル、トゥルルルル——。
 机の隅に置いてある携帯電話が鳴り出した。
 そろそろ寝ようとノートや教科書を片付けていた遥は、携帯電話に手を伸ばすが、そのディスプレイを目にして怪訝に眉をひそめた。発信者の番号が非通知になっているのだ。短い逡巡の後、二つ折りのそれをさっと開き、通話ボタンを押して耳に当てる。
「……はい」
『遥、久しぶり!』
「澪?!」
 電話の向こうから聞こえた声は、疑いようもなく澪のものだった。しかし、行方が掴めないまま三週間が過ぎ、そこへいきなり本人から電話など、とてもにわかには信じられない。思わず、息を呑んで前のめりになる。
「本当に澪なの? 無事なの? 今どうしてるの?!」
『うん、長いこと心配かけて本当にごめんね。でも元気にしてるから。どこかは教えられないんだけど、武蔵……えっと、私を連れ去った人のところにいるの』
 どうやら武蔵というのはあのバイク男の名前らしい。澪の言い回しから察するに、その武蔵に命じられて電話をしてきたものと思われる。当然ながら、それには何らかの目論見があるはずだ。考えられることといえば——。
「僕たちと取引したいってこと?」
『取引っていうか……うん……』
 澪の返事は歯切れの悪いものだった。しかし、すぐに元の口調に戻る。
『だから、おじいさまに替わってほしいんだけど、その前に言っておきたいことがあるの』
「わかった、何?」
 遥が尋ねると、彼女は小さく息を継いで毅然と答える。
『私と武蔵の居場所を捜さないで。三億円の懸賞金も取り下げて。もし、ここを突き止めたとしても、私は絶対に帰らないし、全力で武蔵を守るから。私がみんなのところへ帰るのは、武蔵が目的を達成したときだけ』
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