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「東京ラビリンス」番外編・ボーダーライン

「東京ラビリンス」番外編・ボーダーライン
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
番外編・ボーダーライン

悠人は保護者として澪に接してきたが、
彼女が同級生の男子生徒にされたことを聞き、
頭が沸騰しそうなほどの激しい怒りを覚える。
それは、保護者として——?

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「澪、何があったのか教えてくれるか?」
 廊下の突き当たりまで彼女を連れて行き、小さめの古い長椅子に座らせると、真正面から瞳を覗き込んで尋ねた。ここならば、男子生徒のところからは見えない。澪は戸惑ったように目を泳がせながらも、小さく頷き、鉛のように重かった口をようやく開いた。
「あ、あのね……」
 訥々と語られたその内容は——悠人にはとても許し難いものだった。全身の血液が逆流するかのような、激しい怒りを覚える。それでも我を忘れるわけにはいかない。きつくこぶしを握りしめ、爪が手のひらに食い込むのを感じながら、必死で理性をつなぎ止める。
「わかった……つらかったね……」
「うん……」
 すべてを話し終えた彼女は涙目になっていた。悠人は右手のこぶしをほどき、彼女をそっと胸に抱き込みながら、優しく何度もその頭を撫でる。震える瞼を閉じた彼女の目尻から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「しばらくここで待っていて」
 澪にそう言い残すと、悠人は煌々と蛍光灯のともる待合室の方へ戻っていく。大きく息を吸って吐いて、強くこぶしを握りしめ、高ぶった感情を懸命に鎮めようとしながら——。

「澪に話を聞いてきました」
 悠人がそう告げると、長椅子に座ったままの男子生徒はビクリと肩を震わせた。まるで悠人から逃げるように、背中を丸めて深くうつむき、血の気の引いた顔をこわばらせている。その額には大粒の汗が滲んでいた。一方、彼の母親と担任教諭は、真摯に悠人を見つめながら、息を詰めてその言葉の続きを待っている。
「澪が言うには——放課後、日直の仕事をしているときに、彼に不意打ちで——」
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