ファンタジー小説「遠くの光に踵を上げて」
番外編・明日に咲く花 - 利用
「どうして私がここまで来たかわかるか?」
ジョシュには、仕事を放り出してまで問題を
解決してくれたサイファの真意がわからない。
尋ねても、思わせぶりに微笑むだけである。
彼のそういうところが嫌いだった。けれど——。
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「あの、今日はありがとうございました」
そう言うと、サイファは少し驚いたように振り向いた。その鮮やかな青の瞳に捉えられ、ジョシュの心臓はドクリと跳ね上がる。
「あ……でも、わざわざ家にまで来てくれなくても……」
「私が直接説明した方が早いだろう?」
サイファはにっこりと魅惑的に微笑んで言う。
悔しいが彼の言うとおりである。自分にはあれほどわかりやすく説明は出来ないし、たとえ同じ説明をしたとしても、おそらく母親は簡単には納得してくれなかったに違いない。ラグランジェ本家当主という立場だからこそ、あの話に説得力を持たせられたのだ。そのことは誰よりも彼自身がいちばんわかっているはずだ。そして、その整った美しい顔が武器になるということも——。
「利用できるものは、何でも利用すればいいんだよ」
「自分には、利用できるものなんて何もありませんから」
ジョシュは前を向いたまま少しムッとして答える。サイファのことにやたらと腹が立つのは、彼の狡さが許せないだけでなく、多くのものを持つ彼に対する僻みもあるのだろう。そんな自分の卑しさにはとうに気が付いていた。
サイファはゆっくりと視線を流す。
「ジョシュ、どうして私がここまで来たかわかるか?」
「……ユールベルのため、ですよね?」
それ以外には考えられなかった。ただ、なぜそんなことを尋ねるのかがわからない。答えを求めるように困惑した眼差しを送ると、サイファは目を細めてくすっと笑った。
「君の場合、無自覚の方がいいのかもしれないな」
「いったい何が言いたいんですか」
一向に真意が見えない苛立ちが声に滲んだ。しかし、サイファは思わせぶりに微笑むだけで、何も答えようとはしない。彼のそういう人をからかうようなところが嫌いだった。ラグランジェの名や立場を何かにつけ利用するところも嫌いだった。自分なら何でも許されると思ってそうなところも嫌いだった。
けれど——。
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http://celest.serio.jp/celest/novel_kakato.html
番外編・明日に咲く花 - 利用
「どうして私がここまで来たかわかるか?」
ジョシュには、仕事を放り出してまで問題を
解決してくれたサイファの真意がわからない。
尋ねても、思わせぶりに微笑むだけである。
彼のそういうところが嫌いだった。けれど——。
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「あの、今日はありがとうございました」
そう言うと、サイファは少し驚いたように振り向いた。その鮮やかな青の瞳に捉えられ、ジョシュの心臓はドクリと跳ね上がる。
「あ……でも、わざわざ家にまで来てくれなくても……」
「私が直接説明した方が早いだろう?」
サイファはにっこりと魅惑的に微笑んで言う。
悔しいが彼の言うとおりである。自分にはあれほどわかりやすく説明は出来ないし、たとえ同じ説明をしたとしても、おそらく母親は簡単には納得してくれなかったに違いない。ラグランジェ本家当主という立場だからこそ、あの話に説得力を持たせられたのだ。そのことは誰よりも彼自身がいちばんわかっているはずだ。そして、その整った美しい顔が武器になるということも——。
「利用できるものは、何でも利用すればいいんだよ」
「自分には、利用できるものなんて何もありませんから」
ジョシュは前を向いたまま少しムッとして答える。サイファのことにやたらと腹が立つのは、彼の狡さが許せないだけでなく、多くのものを持つ彼に対する僻みもあるのだろう。そんな自分の卑しさにはとうに気が付いていた。
サイファはゆっくりと視線を流す。
「ジョシュ、どうして私がここまで来たかわかるか?」
「……ユールベルのため、ですよね?」
それ以外には考えられなかった。ただ、なぜそんなことを尋ねるのかがわからない。答えを求めるように困惑した眼差しを送ると、サイファは目を細めてくすっと笑った。
「君の場合、無自覚の方がいいのかもしれないな」
「いったい何が言いたいんですか」
一向に真意が見えない苛立ちが声に滲んだ。しかし、サイファは思わせぶりに微笑むだけで、何も答えようとはしない。彼のそういう人をからかうようなところが嫌いだった。ラグランジェの名や立場を何かにつけ利用するところも嫌いだった。自分なら何でも許されると思ってそうなところも嫌いだった。
けれど——。
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