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「遠くの光に踵を上げて」番外編・明日に咲く花 - 報告

「遠くの光に踵を上げて」番外編・明日に咲く花 - 報告
ファンタジー小説「遠くの光に踵を上げて」
番外編・明日に咲く花 - 報告

「俺、結婚するんだ」
サイラスにだけは、どうしても自分の口から報告したかった。
なぜなら、彼はたったひとりの友人であり、
そして、おそらく彼もユールベルのことを——。

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 しかし、結局、この日も何も言えないまま終わろうとしていた。
 ジョシュは欠伸を噛み殺しながら大きく伸びをすると、ぐったりと机に突っ伏した。仕事で疲れたというのもあるが、サイラスに今日も言えなかったということが、精神的に大きなダメージとなっていた。自分の不甲斐なさにはとことん呆れるしかない。
 もうこのフロアにはもう誰も残っていなかった。
 ユールベルもすでに帰っているだろう。せっかく二人で暮らすようになったのに、平日は帰るのが遅く、なかなか一緒に過ごす時間が持てなかった。だが、帰ったときに「おかえりなさい」と言ってくれる人の存在は、とてもありがたいものだと実感している。その小さな言葉だけで気持ちがあたたかくなれるのだ。
 そんなことを考えていると、急に家が恋しくなった。
 そろそろ切り上げて帰ろうと、机の上に散らばった資料やデータを片付け始める。そのとき——。
「ジョシュ、もう帰るの?」
 ふいに名前を呼ばれて振り返る。そこにいたのはサイラスだった。残って仕事をしていたのか、それともアカデミー帰りなのかはわからないが、ジョシュのいるフロアに入ってくると、ニコニコしながら歩み寄ってくる。
「ああ、そろそろ帰ろうと思ってる」
 そう答えながらも、ジョシュはチャンスかもしれないと思う。今なら二人きりでまわりに誰もいない。だが、どう切り出していいかわからず、挙動不審にあたふたと目を泳がせてしまう。
 サイラスはジョシュの隣の席に腰を下ろした。
「もしかして悩みごと?」
「えっ?」
「昼間から何かずっと考え込んでたよね」
「…………」
 まさかサイラスが気にしてくれていたとは思わなかった。ジョシュは資料の山に手を置いて下を向く。なぜ悩んでいたのか、何を悩んでいたのか、それを伝えられればすべて解決するのだ。今しかない——意を決すると、ごくりと喉を鳴らし、何の前置きもなくストレートに切り出す。
「俺、結婚するんだ」
「……えっ?」
 サイラスはきょとんとして短く聞き返した。無理もない。本人でさえ信じがたい話なのだから。しかも——。
「相手は、ユールベルだ」
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