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「東京ラビリンス」第15話・見えない枷

「東京ラビリンス」第15話・見えない枷
現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第15話・見えない枷

「人生で一度くらい我が儘になっても構わないだろう?」
「……そういう言い方、ずるいです」
長い間、自分の時間も持てないほど橘家に尽くし、
澪が幼いころからずっと面倒を見てくれた彼が、
たったひとつ望むことだとしたら——。
彼を受け入れるしかないのかもしれない。

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「大地が何を考えているのかわからない」
 悠人は、白い柵に腕を置きながら言う。
「昔から相談してくれたことなど何ひとつなかった。いつも自分で勝手に決めて進み、そして僕を巻き込んでいく。他人がどうなろうとお構いなしさ。僕は彼のことを友人だと思っていたけれど、彼は都合よく利用していただけなのかもしれない」
「……恨んでいるの?」
「そういう気持ちもないとはいえない。でも、結局のところ彼が好きなんだろうな」
 初めて聞く悠人の本音。
 今日の彼は、今まで語らなかったことを次々と口に上している。研究所の不正を知った影響だろうか。澪と同じように、もしかすると澪以上に、やりきれない思いを抱えているのかもしれない。言葉の端々からそれが滲んでいるような気がした。
 澪が無言で立ち尽くしていると、悠人はふっと柔らかく微笑んで振り向いた。
「何より、彼のおかげで澪と会えたわけだしね」
 そう言いながら、人差し指で澪の横髪をすくい、ゆっくりとなぞるように耳に掛けていく。たったそれだけのことで、くすぐったさとは別のものを感じてゾクリとする。表情に出したつもりはなかったが、悠人にはすっかり見透かされたようで、意味ありげに彼の口角が上がった。澪はほのかに頬を染めたまま、唇をとがらせる。
「師匠も最近は随分自由に見えますけど」
「大地を見習ってみたんだよ」
 悠人はしれっと答えた。そして、薄い唇に笑みをのせると、白い柵を握り、仄暗い鉛色の空を仰ぎ見る。
「人生で一度くらい我が儘になっても構わないだろう?」
「……そういう言い方、ずるいです」
 鈍い痛みが胸に走る。澪は目を細め、鼻筋の通った彼の横顔をそっと見つめた。大地の我が儘に振り回され、剛三の野放図に付き合わされ、自分たちの世話まで押しつけられてきた、そんな彼がたったひとつ望むことだとしたら——。
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▼東京ラビリンス
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