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ファンタジー小説「遠くの光に踵を上げて」番外編・三度目の家庭教師(前編)

ファンタジー小説「遠くの光に踵を上げて」番外編・三度目の家庭教師(前編)
「レイチェルに魔導を教えてやってくれないか」
今でも彼女を想い続けていることは知っているはずなのに。
それどころか実際に裏切ったことさえあるのに。
ラウルにはサイファの真意がわからなかった。

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「レイチェルに魔導を教えてやってくれないか」
 サイファが飄々とそう言うのを聞いて、ラウルはカルテを整理していた手を止めた。反射的に険しく眉を寄せると、僅かに振り向き、パイプベッドに腰掛けている彼を肩越しに睨みつける。
「本気で言っているのか?」
「ああ、もちろん」
 サイファは人なつこい笑みを浮かべて答え、それから少し真面目な顔になった。
「あの事件以来、レイチェルは怖がって外に出ようとしない。だから、彼女に魔導を制御できるという自信を持たせてやりたいんだよ。元を正せば、おまえの責任でもあるし、断らせはしない」
 宝石のような鮮やかな青の瞳を向けて、静かに毅然と言う。
 ラウルは机に向き直った。重ねたカルテの上に腕を置き、目を細めてそっとうつむく。
「……信じるのか?」
「おまえのことなんか信じるわけないだろう」
 さも当然という口調で、サイファは軽く答える。
「今でも吹っ切れていないことくらい、わかりきっているからな。だが、レイチェルは二度と私を裏切らない。そして、おまえは彼女の意思を無視することはない。だから、何も起こりはしないということだ」
 レイチェルは二度と裏切らない——。
 彼は少しの迷いもなくそう言い切った。そして、実際にその通りだろうとラウルは思う。彼女を連れて逃げようとしたときも、はっきりと断られてしまった。もう自分の割り込む余地はないのだと理解している。
「来週から頼むよ」
 サイファは笑顔でそう言うと、ラウルの肩をぽんと叩いて医務室をあとにした。
 細く開けた窓から滑り込んだ風が、クリーム色の薄いカーテンを波打たせる。そして、机に向かい額を押さえたラウルの髪を、撫でるように緩やかに揺らした。
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