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現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」第5話・復活した幻

現代ファンタジー小説「東京ラビリンス」
第5話・復活した幻

いよいよ怪盗ファントムのデビュー戦。
20数年ぶりの復活に世間も騒ぎ出す。
そして、澪の胸の内でも、叶わなかった
師匠への恋心が今さらのように騒ぎ出す——。

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「良かったね、花さん」
 帰りの車中、助手席の澪はニコニコしながら声を弾ませた。ペットボトルのミネラルウォーターに手を伸ばし、ひとくち流し込んでから続ける。
「私ね、怪盗ファントムやって良かったなって、ちょっと思っちゃった」
「怪盗なんてただの犯罪者だって、さんざん文句を言ってなかった?」
「うん、だからちょっとだけね」
 澪はシートベルトを伸ばして少し身を乗り出し、親指と人差し指をほとんどくっつける仕草で「ちょっと」を示した。それを横目で見た悠人は、ハンドルを握ったまま、くすりと含みのある笑みを浮かべる。
「えっ? 何ですか?」
「澪は本当に流されやすいなって」
「そんなことないと思うけど……」
 素直だと言われたことはあるが、流されやすいと言われたのは初めてだった。頭を巡らせながら小首を傾げる。
「自覚がないのが余計に危険だね。見ていると心配になるよ。絆されやすいっていうのかな。ちょっと情に訴えてお願いすれば、何でもしてくれそうな感じがしてね」
「私、そんなに馬鹿じゃありません」
「何でもってのは言い過ぎだったかな。でもキスくらいなら」
 ゴトン——澪は動揺してペットボトルを滑り落とした。足元で少し転がって止まる。
 彼の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。
 しかし、そこには微塵の色っぽさもなく、からかっているだけということはすぐにわかった。ムッとして眉を寄せると、ペットボトルを拾い上げながら、負けるもんかと挑戦的に切り返す。
「だったら、試してみてください」
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